第94話 結果が出ました。
寸でのところで、握りしめた拳そのまま開かれて、ノートパソコンの薄いキーボードの上へと戻った。
タッチパッドを悠長に滑らせるつもりはない。シフトキーを数度叩いて、エンターキーを押す。マイキーボードの小気味よい打鍵音とはほど遠い、へこっとした情けない音がなったけれど、今はそれすらもどうでもいい。
――結果来たっ!! イベントの結果っ!!
イベントダンジョンを攻略し終わってからの何日も待ちわびて過ごしたが、鈴見総次郎と事務所に二人きりでいた時間のほうがずっと長く苦しかった気がする。
でもこれで終わりだ。
「おい、ユズハ。聞いてんのか!」
「うるさっ――じゃなくて、静かにしてください。……結果、出ましたよ」
「結果ぁ? なんの話だ?」
「……」
この人、大丈夫? 多分、自分の中ではもう私に勝った気でいるから結果どうこうなんて興味なくなっているんだろう。本当にお気楽な人だ。
相手にしていられない。
私は結果発表公式サイトを見ていく。参加パーティーがどれくらいいて、ダンジョンを最後まで攻略できたパーティーの数がいくつで、みたいな話を読み飛ばしていく。
そのれからトップページの真ん中あたりに、デカデカと上位三パーティーのメンバーが紹介されていた。――うん、さすがにここには私達の名前はない。鈴見総次郎の名前も。
その下に『1~100位』『101~200位』……と千位までをいくつかに区切ったリンクが並んでいる。
目標と手応えでは百位以内に私達の名前があるはずだけど。
ただこういうのは下から見ていったほうがいいだろう。上から見て、全然見つからなかったら心に来る。と言ってもさすがに三百位以下ということもないと思うので、『201~300位』までカーソルを移動させてエンターする。
上から表示されるので二百一位から順々に下の方へ画面を見ていった。――画面内検索するれば、直ぐに名前があるか調べられるのはわかっているけれど、さすがにそんなことをしては風情がない。
早く自分の名前を見つけたい気持ちと、あれだけ頑張ったことを一瞬で終わらせたくない気持ちがせめぎ合っている。
見つからなかった。多分見逃してはいないと思う。
次に『101~200位』を見ていく。もしかしたらここには名前があるかもしれない。
――ないかな?
最後に『1~100位』。下からスクロールしようか、ちょっとだけ迷う。でも面倒で結局上から見ていってしまう。
なるべく上のほうで名前を見つけたい。鈴見総次郎よりも先に自分の名前があれば――。
心臓の高鳴りが、キーボードを触る手も震えさせた。厚みのないキーボードには、私の感情を落ち着かせるだけの力が足りないんだろうか。
ゆっくりと画面の下へ視線を移していく。いろんな名前が並んでいる。
中にはなんでこんな名前にしたんだろうか理解の及ばないものもあるし、とてもシンプルなものもある。『ユズ』という私のプレイヤーネームくらい安直なものもあるんだろうな。今考えるともう少し捻ったほうが良かったかな。
――『優良キーボードは姫草打鍵工房まで!』とか? いや、運営から注意されそうだな。
「え」
緊張しすぎたか一周回ってどうでもいいことを考え出していたせいで、『ユズ』という名前が画面に映っていたけれど、どういうことか一瞬よくわからなかった。
見間違えか。もしかしたら単純な名前だし、同じ名前のプレイヤーがいるのかもしれない。
けれど、もう一度、今度こそ雑念を払ってゆっくり見ると。
そこにはやっぱり『ユズ』とある。『ノノんがノノ』と『豆食べる小豆』と『ルル』の名前も並んでいる。
見間違えでも、同名プレイヤーでもない。
順位は? 思っていたより早く出てきたけど、え、三十七位? ――嘘、やった!? やった!!
目標よりも、手応えよりも上の順位だ。
鈴見総次郎の名前もなかった。
勝ったんだ。
今にも声を張り上げて喜びたいが、鈴見総次郎の順位も確認しよう。先に見つけたのだから勝ったはずだけれど、どこかで見落としていた可能性もある。
鈴見総次郎のプレイヤーネームとか、うろ覚えだしな。『ディレン』だっけ? あとは『ポロロッカ』さんと『勇者ホリー』がメンバーにいたのは覚えている。
ざっと下へスクロールしたが、それらしいパーティーは見つからなかった。あれ、やっぱりどこかで見逃したのかな。
「俺の名前どこだよっ! ふざけんな、なんでねーんだよっ!!」
どこをもう一度探そうかと悩んでいると、鈴見総次郎がうなった。
私が自分の名前を探すのに集中いている間、鈴見総次郎も結果発表が来ていたことに気づいていたらしい。それで自分の名前を探していたみたいだけど。
「おかしいだろっ!! クソッ! 百位以内には絶対あるはずだろ……」
鈴見総次郎はスマホの画面をにらみつける。
百位までは彼に任せて、私はもっと下のほうを探してみよう。まずは見ていなかった『301~400位』を――もう感慨とかないし、検索で調べよ。
「鈴見さん、ありましたよ。三百二十一位……ふっ」
ダメだ。笑っちゃさすがに失礼だよね。ゲーマーとして、お互い健闘をたたえ合うべきだよね?
でもさ、あんな大見得切って、勝つのが当たり前みたいなこと散々言って偉そうにして――三百二十一位!? 真ですか!?
「はぁあっ!? んなわけねぇーだろ! てめぇ、俺に負けたからって適当なこと言ってんじゃねぇだろうなっ!!」
「ほら、見てください。ここに鈴見さん達パーティーメンバーの名前ありますよね?」
完全に緩みだしてしまった自分の顔を隠すようにして、ノートパソコンの画面を鈴見総次郎に見せてあげる。
「……そ、そんなわけっ!! てめぇ画面に細工でもしたのか!? クソッ」
これでも信じられないようで、鈴見総次郎は自分のスマホ画面でも順位を確認しているようだ。
もちろんパソコンからでもスマホからでも順位は変わらない。
私だって自分達が勝っていると信じていたけれど、鈴見総次郎があんまりにも自信満々過ぎると心がざわついてしまっていた。
だからこうやって順位が確認できて、本当にほっとしている。
早くみんなに知らせたい。みんなもどこかで順位を確認しているだろうか。一緒に喜びたいな。
――と、まずは母に伝えないと。心配しているだろうし、なにより会社の未来まで賭けてしまったのだ。早く朗報を知らせたい。
「鈴見さん、私は上に行って母達へ結果教えてきますけど……」
私が勝ったのだから、鈴見デジタル・ゲーミングとの取り引き内容を固める必要もなくなったはずだ。話し合いも中断させてしまおう。
「ふ、ふざけるなっ! なにかの間違い……いや、これは罠だっ!! そんなわけねぇ、俺がお前に負ける!? ありえねぇ……そうだ、あいつの、あいつらのせいだっ……レミ……いや、リホだな。あいつが適当なことばっかり言って足引っ張って……」
ぶつぶつとなにかを呟きながら、鈴見総次郎は通話をかけ始めた。
パーティーメンバーの誰か宛てだろうか。私には関係のないことだし、無視して二階へ行ってもいいのだけれど。




