第86話 有能アルバイトを雇ったみたいです。
結果発表の当日、私達の打上げ開催日はアズキが姫草打鍵工房で十六時半までバイト予定だった。
私の親のお店だし頼めば都合なんていくらでも付けられるから、早上がりなりさせてもらおうと思ったのだけど、
『アズキが働いてるとこ見てみたい! てか、ユズのお店見てみたいっ! この前もアタシだけ行けなかったしっ』
とノノが言って、ルルも、
『……そうですね。わたしもアズキさんの仕事ぶりを見させてもらいたいです』
ということで、何故か先にお店集合することになった。
幸い家まで徒歩数分だ。バイトが終わってからでも、すぐ移動すれば十七時の発表までには間に合う。
お菓子や飲み物の類は事前に用意して置いたし、それほど準備に時間がかかることもないから大丈夫だろう。
――ただ姫草打鍵工房の店舗に三人が集まるのは、なんだか嫌な予感がする。
二階では母が事務作業しているはずなので、めったなことは起こらないと思うけれど。なんだか不安だ。
経験上、人数は多ければ多いほど安全な気もするし。
私は、お店を手伝う予定の日ではなかったけれど、せっかくだしと早めに店舗へと顔を出した。バイト中のアズキが、レジ奥でパソコンを操作している。
基本的にバイト中でも特に作業がなければ、別に暇な時間になにかしていても問題はない。
しかし、私は母からレジ奥でのゲームは禁止されていた。
理由は、『柚羽、ゲーム中にお客さん来てもゲーム優先するでしょ』とのこと。正解なので反論はない。
――ボス戦途中でキーボードから手を離すことなんて、絶対あり得ないからね。
アズキもずいぶんと集中していたみたいで、私がお店に入ってきたのも気づかない様子だった。これで接客大丈夫なのか。
「アズキさん、お疲れ様」
と私が声をかけると、一定のリズムで動いていたアズキの指が止まる。私だったらボス戦中に話しかけられても無視しかねないので、アズキのほうがずいぶんとマシと言えるだろう。
「ユズ……早い。まだ約束の時間まで一時間はある」
十六時にお店で集合の約束で、まだ十五時前だ。いつも早いルルもまだ来ていない。
「なにか手伝おうかと思って」
もし忙しかったら手伝うつもりなのは本当だけれど、あくまで建前だ。
発表の当日になってさらに気持ちが落ち着かず、一人でじっとしていられなかった。
「ありがとう。いつもの作業は既に終わっているから、誰か来ない限りは特に仕事はもうない」
「みたいだね。……アズキさんはなにしてたの?」
軽い世間話くらいのつもりで、私が訪ねると思ってもみなかった返答が来る。
「姫草打鍵工房のキーボード販売サイトをメンテナンスしていた」
「え? ……販売サイト? そんなのあったっけ? 公式サイトは一応あるけど、お店の情報が簡単に載っているのと、問い合わせフォームとかそういうのだけで……」
「この前、僕がつくった」
「えええぇ!? アズキさんが!?」
いや、アズキならWEBサイトくらいつくれても不思議ではない。
パソコンには見るからに詳しいし、貢献値測定アプリをつくっていたことからもプログラミングとかそういうのができるんだろうってのは推測できた。
「楓さんに許可は取っているし、中身は確認してもらっている」
楓というのは母の名前だ。
アズキと母はもうずいぶんと仲良くなっているみたいで、アズキは母を名前で呼んでいる。姫草さんとか社長とかそういう呼び方をしてほしいってわけではないけれど、なんだか複雑な気分だ。
「……知らなかった。見てもいい?」
「三日前に公開したばっかり」
「もう一般公開もされてるんだ……。母さんも私に教えてくれればいいのに」
「僕も、楓さんが話していると思っていた」
アズキが渡してくれたノートパソコンを受け取って、画面に表示されたサイトを見る。
よくあるオンラインショップみたいなものかと思えば――。
「え、これ? そっか、カスタマイズして買えるんだ。すごいっ、うわっ、打鍵音のサンプルとかも聞けるし」
画面上に表示されたキーボードのパーツを好きに選択肢ながら、カスタマイズしてほしいキーボードをつくりあげることができるようだった。
試しにいくつかのパーツを選んでみると、完成図とパーツの合計値段が表示される。
「すごい……よくできてるね。操作性もいいし、画面のデザインもおしゃれ……」
「ありがとう、頑張った」
姫草打鍵工房はオーダーメイド・キーボードという特性上、オンライン販売できていなかったのが売り上げが伸びていない要因の一つだった。
だがこのサイトがあれば、実際に触れないという点を除けば、ほとんど自由度そのままでオンラインでもキーボードのオーダーメイドが可能なんじゃないだろうか。
「私のほうこそ……アズキさん、ありがとう」
「仕事に困っていたから、僕も助かった。お金には困っていなかったけれど、定職がないといろいろ問題がある」
アズキの助けにもなれているならよかったけれど、こんなサイトをつくってもらってそれだけというのも悪い。どう見ても、アルバイトに求める仕事内容越えているはずだ。
母に言って、賃上げやボーナスを要求してもいいに違いない。
「ちょっと上で母さんと話してきていい?」
私はアズキに断りを入れて、二階の事務所へ上がる。




