第78話 ひとときの楽しい時間です。
機嫌を直してくれたノノと水族館を楽しんだ。
ノノは眼鏡だけはかけ直していたけれど、マスクはつけずにいた。
「せっかくのデートだし、ずっとマスクなのも寂しいから」
とのことだ。アイドルの九条乃々花だとバレると面倒ではあるけれど、ノノが案外平気だと言い張るので渋々了承した。
国民的人気アイドルが制服姿で水族館デートしているところが、万が一にもバレて困らないと言うなら私からは口出しすまい。
一緒にいる私まで、写真に撮られて週刊誌――なんてことはさすがにないんだろうか。……同性だし、別にやましいことをしているわけでもないから大丈夫なのかもしれない。
「そもそもね、水族館に来て他のお客さんの顔なんてあんま気にしないって」
「そうかなぁ……でもノノさんくらい可愛かったら、ついつい目に入っちゃうもんじゃない?」
「うなっ!! 可愛いって……いきなり言わないでよ」
「えぇー。さっきも散々言ってたけど」
泣きわめくノノをなだめようと、ずいぶんと可愛い可愛いと言ったのが記憶に新しい。
ちょっと口に出しただけで、耳まで顔を赤らめられると私も困ってしまう。今更だよ。
「だって、今のは……なんか本当っぽかったもん」
目線をそらしたまま、ノノが言う。
「アタシだって、芸能界でいろいろやってきてるからねっ。お世辞とかご機嫌取りとかすぐわかるのっ!! ……ユズになら、それでも可愛いって言ってもらえるの嬉しいけど……」
「いや、可愛いって思ってたのはずっと本気だったんだけど」
「でもなんか違うのっ!! 今のは素で可愛いって言ってくれてた!!」
「はぁ……まあ、そうなのかな?」
――こんな可愛い顔に生まれてきて、これくらいのことでそんなに喜ばれても。
ノノと手をつないだまま、魚やペンギンを眺めて終わると、お土産コーナーについた。
「あーあ。もう終わりかぁ」
「どうする? なにか買ってく?」
「もちろんっ!! ユズとのデート記念だからねっ、棚ごと買うしっ」
「……他のお客さんにも迷惑だからやめてね。デート中に業者みたいな買い物されたら退くし」
呆れながらも、店内を見て回る。記念と言うと、キーホルダー類だろうか。
私はあんまり鞄や筆箱なんかに付けるほうじゃないから、買っても持て余すことが多い。
ただ水族館にはめったに来ないし、今日は私も楽しかったから、思い出になにか買いたい気持ちもある。
――ルルとアズキにもなにか買っていってあげようかな。うん、ギルドメンバーみんなでお揃いとかいいかも。
「ユズもそれ買うの? アタシも買ってお揃いにするっ」
「え? あーこれは、もともとみんなの分買おうかなって。だからノノさんの分も私が買うつもりだったんだけど」
「みんなの分? ……ルルちゃんと、アズキ?」
「うん、ギルドメンバーでお揃いっていいかなって」
私は手に取っていた魚のキーホルダーを眺めながら言う。特段センスがいいとは思わないけれど、無難なだと思う。なんだか憎めない顔をしているし。
「……二人でお揃いがいい」
「えー? でもせっかくだし、みんなで揃えてさ。打鍵音シンフォニアムの結束を」
「わかった。それはみんなでお揃いにしよ。でもアタシとユズでお揃いのやつも別にほしい。アタシが選ぶから」
ノノはそう言って、店内の商品をあれやこれやと見て回りだした。私とお揃いにするものを選んでいるみたいだ。
――二人でお揃いか。別に、拒否することではないけど。
「これ、よくない? でかいしっ!」
笑顔で巨大な魚のぬいぐるみを二匹かかえたノノが楽しげに笑ってきた。――なんか、すごい絵面だ。アイドル女子高生がマグロを両手に立っている。
「いや……大きいのはちょっと」
前言撤回で、さっそく拒否させてもらった。
「んー、アタシとユズの愛と絆はこれくらい大きいと思うんだけどなー」
「えっ、だってほら、あれだと持ち歩けないし……」
「持ち歩いてくれるの!?」
「う、うん。……たまになら? えっと、だから小さいやつで」
とっさに応えたけれど、部屋に置いたままで済んだほうが気楽だったかもしれない。持っているかどうか、付けてきたかどうかでもめそうな未来が見えてくるようだ。
後悔しても遅く、ノノは嬉しそうにおしゃれなミニタオルを選んできた。
「……これ、アタシからのプレゼントね。ユズので思いっきり鼻かんじゃったし」
「あはは、気にしてたんだ」
ということで、水族館らしい青いミニタオルを二人でお揃いにした。




