第74話 悪魔にならずにすみますか。
ノノがまた駄々《だだ》をこねて、奇声を上げている。
周りのお客さんどころか、水族館のスタッフさんまで来てしまいそうだ。――『あの人気アイドル九条乃々花が水族館でお騒がせ!? 一般人女性を連れ立って入館するも、迷惑行為により強制退去』みたい記事に取り上げられかねない。
冷静に対処しよう。前回と違って私に後ろめたいことはないはず。毅然とした対応で、この十九歳わがままアイドルをどうにかするのだ。
まずは即刻奇声をやめさせないと。
「ノノさん、うるさい。他の人にも迷惑だから、やめないならデートはこれでお終いね。私もう一人で帰る」
「ぶああ゛あぁっ!? 冷たすぎるでしょっ!? ぶぁぶあ!!」
「……微妙に会話通じているのに、奇声をやめない。私の言っていることわかって続けるってことは、いいんだよね? もう私とのデートは終わりで」
「あ゛あ゛あああ゛あ゛っ!! 待って、ユズっごめん……やめるっ、やめますっ!!」
私が無慈悲に背を向けると、ノノがやっと泣き止んだ。
よく見れば前回に比べても顔は整ったままだ。マスクをつけているからってだけじゃなくて、目元もそこまで崩れていない。
「……やっぱ、ノノさん、今のわざとやった?」
「あええっ!? わ、わざとってなに……」
「知らないけど、暴れたら私がノノさんの思い通りに動くと思ったみたいな」
「ちっ、違っ……くも……ないけどっ!! だって!!」
――あきれた。いや、多少は本当に泣いていた形跡もあるし、いくら映画やドラマに出ているアイドルだからって感情ゼロで涙を流したとも思わないけど。
「だってだって、傷ついたのは本当だもん……すっごく楽しみにしてたのに……デートだって」
そのままノノはしおしおと壁際でうずくまってしまう。体育座りみたいなことをして――スカートでそんな座り方して平気? ちゃんと裾抑えてね?
「私だって楽しみにしてたし、楽しんでたつもりなんだけどな。それなのに演技で嘘ついて……他の人にまで迷惑かけて……やっちゃダメだよね?」
「違うもんっ! ユズなんか、ビジネスデートだったもんっ!! アタシはすっごいピュアピュアだったのにっ! 嘘っ子なのはユズじゃんっ!」
「え、なにそれ? 私の言っていること聞いてた?」
ノノが騒いだことで、既に私のテンションはだいぶ下がっている。
ただまあ、ちゃんとお願いを聞いて、奇声をやめてくれたので、当初の予定通りお礼代わりのデートは遂行したい。
そのためには、ノノに機嫌を直してもらわないといけないんだけど。
「そうだね、私も悪かったよね。ごめん。ノノさんに勘違いさせるようなことしちゃって、私も最初からちゃんと言えばよかったね。お礼だって」
「うー……そうじゃなくて……なんか、そういう対応も他人行儀感あるし。理解ある風だけど、ユズ、アタシの気持ちわかってないもん」
「ええぇー、注文多いな」
ただノノが言うとおり、私はノノがなんでこんな駄々っ子になってしまったのかわかっていない。
――ただデートに誘われたと思っていたら、それがお礼としてのデートだったことにショックを受けている。それはわかるんだけど、デートはデートだし、そんなに騒ぐことなの?
いや待て、私はついこの前まで、ヴァヴァでイベントダンジョン攻略をやっていたじゃないか。
そのときは攻略情報が出そろっていない中で、自分達で情報を集めた。少ない情報を駆使して考察し、見事にボスを倒した。
――もしかして、ノノについてももっと考察の余地がある?




