第73話 小悪魔になった覚えはありませんが。
服装との他に、もう一つだけノノから希望をもらっていた。それはデートの時間帯で、平日の放課後という指定だ。
もう高校生ではない私達に取っては、あくまで一般的に放課後らしい時間と言うだけであるが。
なんでも制服デートというシチュエーションを、最大限楽しめる時間帯らしい。
――ちなみに、昼間や夜中は制服だと補導される可能性もあるらしい。
もともとアクセスがちょっと悪く、どちらかと言えばゆっくり見られる水族館だったこともあって、ほとんど他にお客さんがいないのはありがたかった。
代わりに、私達以外に制服デートしている人達もいないけれど、目立っている感じもないしいいか。
楽しそうに魚を見て回るノノと、それについていく私。
ヴァヴァのイベントが終わったかと思えば直ぐに大学での過密スケジュールがまっていた私にも、いい気分転換になったと思う。
「……あのさ、手とかつながない? 人少ないし、ダメかな?」
色鮮やかな魚が泳ぐ前で、ノノが言った。目線は魚に向いたままだったけれど、マスクの下の顔がほのかに赤く見える。
「手? うーん……」
さっきも駅前から、水族館まで手を引かれていた。
ただ改めて聞かれると、肯定しにくいものがある。
個人的にあまり外で、というか人前でそういうことをするのは気乗りしなかった。
だけどノノが言うように、貸し切りってわけじゃないけれど、お客さんも少ないからあまり視線を感じないかもしれない。
手くらいなら今までもつないだことがあるし、今日はノノへのお礼代わりだから希望はなるべく応えたい。
「ま、水族館の中だけならいいよ。ほら」
私が差し出した手を、ノノが両手で握ってくる。なんだか握手されている気分だ。アイドル相手だからか?
「むへへっ。ユズ、今日優しいね。……やっぱり、デート誘ってくれたってことはそういうことなんだよね?」
「え、そういうことって?」
「きっ、聞き返さないでよっ! ユズって、そういうとこあるよね? わざとなの? ドSなとこあるし」
「……いや、ないし。誘ったのは、ノノさんにいろいろ助けてもらったからそのお礼のつもりだったんだけど」
改めて、アイドル相手になんて図々しいことを言っているんだとちょっと恥ずかしい。
「あえ? ま、待ってユズ、どういうこと? お礼……?」
「うん。合宿で場所貸してもらって、準備もいろいろしてくれたし、イベントのために仕事の空き時間は大抵こっちでヴァヴァの予定にして迷惑もかけたらろうから」
「それは全然気にしなくていいんだけどね、アタシも好きでやったことだし……」
「だからまあ、心ばかりってやつなのかな? ……そのお礼のつもりだったんだけど」
気恥ずかしさで、つい自分の頬をかいてしまった。無意識な照れ隠し、みたいなものだと思う。
――ノノ、喜んでくれているみたいで本当によかったけど。
「……っ」
「えっ!? ちょっとっ、ノノさん!?」
さっきまで楽しそうに笑っていたはずのノノが、目から大粒の涙をこぼし始めた。――何で!?
「お礼ってなんなのっ!? だって、デートしようって……デートしようってユズ言ったっ!! そんなの絶対脈ありだって思うじゃんっ!! そろそろユズもアタシに惚れてきたなって思うじゃんっ!!」
「えええぇ……」
「ユズの小悪魔っ!! またアタシのこともてあそんだんだっ!!」
「ちょっと、人聞きの悪いこと大きい声でやめてよ……」
いくら人が少ないと言っても、ちらほらといるお客さんがなんだなんだとこっちを見ている。
「だってだってっ!! ……今日のことすっごい楽しみにしてたのに……いつも時間通りでいっかって思ってたけど、今回ばっかりはちょっとでも遅刻したくないってそわそわしてたら、なんか早くついちゃうし……」
「あぁ、それで。そんなに楽しみにしてくれてたのは嬉しいよ」
「それなのにっ!! なのにお返しって……そんなお歳暮みたいなデート嫌だよっ!! アタシもっとロマンチックなやつだって期待してたのにっ、昨日はドキドキして眠れなかったし、服は制服だけど、下着はすっごい可愛いやつ新しく買ってきたしっ」
「いや……そんなこと言われても……」
――どうして下着を買う必要があるのか。そんなことまで文句を言われても困るし、あとお歳暮ってもらったら普通に嬉しくない?
「記念のワインボトルだって買ったのに……」
「えええぇ……また? いらないって、このペースで買ってたらワインセラー用の部屋とか必要になるよ」
前回はキスの記念とやらで今年つくられたワインを買ってきていた。百歩譲ってキスが記念なのはわかるけど、デートでワインってどういう基準で祝うつもりなんだ。――だいたい前回から年も変わってないから、同じ年のワインが二本に増えただけじゃないの?
「なっ!! それくらいたくさんデートしてくれるってこと!?」
「えっ、今のはただの例えのつもりだったけど」
「ば゛ぁあ゛ぁーっ!! あ゛ぶあ゛ばぶぶぁ!!」
「えええぇ!? そっちもまたっ!? ちょっと、外だからっ、外はダメだって!! 人集まってきちゃう」
前回奇声をあげたとき叱らないで、優しくなだめつけたせいなんだろうか。
嫌なことがあったら暴れ出す子供になってしまったのかもしれない。育成方針を見直す必要があるな。
――いや、なんで私はギルドメンバーの育成方針をゲーム外まで考えなきゃいけないのっ!? この前のやつはともかく、今回は私悪くないよね!? 厳しくいくよ!?




