第54話 お着替えします。
考えすぎたと、思うことにする。
料理を作るだけの約束だ。
――いくらなんでも、無理矢理おかしな事はしてこないだろう。……と言い切れない相手なのがルルである。念のためヌンチャクを持ってきてよかったかもしれない。
大学に持って行っているリュックにヌンチャクを入れて、なにかの拍子に不審者扱いされるか心配だったけれど、備えとは常に万全であるべきだ。
かといってヌンチャクでルルをどうにかできるか。今日も今日とて、天使と見間違うような容姿の美少女である。
スプレーとかそういうののが、抵抗感なく使えたんじゃないだろうか。
「リビングはこちらで、キッチンが向こうです」
「え? あ、うん、ありがとう」
案内された先には開放感のある吹き抜けのリビングと、中央に置かれたアイランドキッチンが広がっている。キッチンの奥にはまた別にダイニングもあるようで――いったい何十畳あるんだろう、とシンプルに言葉を失ってしまう。
家具やインテリアも、何の知識のない私から見ても高価な品だろうというオーラを感じる。
なにか敷地に入っただけで申し訳ない気持ちだ。
「ユズさん、どうしました?」
「……すごい家でびっくりしちゃった。ちょっと落ち着かない感じかも」
「そ、そうですか? ……ふふ、わたしも自分の家にユズさんがいるのってなんだか不思議な気持ちで、実は少し落ち着かないです」
ルルはそう言って可愛らしく笑う。この豪邸にいても何の違和感のない、品のいいお嬢様だ。
洗面所を借りて、気持ちいつもより丁寧に手を洗い、早速料理に取りかかろうとすると、
「ユズさん、こちらもよろしければ……」
「え? こちらって」
ルルに手渡されたなにかを、そのまま受け取ってしまう。たたまれた衣類だ。
――そういえば、用意しておくって言ってた衣装のことか。料理に衣装っていらないけど……そうか、エプロンとかあれば衛生的なのかな。
私の服は汚れても困らないけれど、人に食べてもらうものを作るわけだからあったほうがいいんじゃないだろうか。
「ありがとう。わざわざ用意してもらって……じゃあ、せっかくだから――」
そう言いながら、服を広げてみると――いや、たたまれている段階で妙な違和感はあった。
折りたたまれた状態で白と黒の塊が見えている。『可愛いのを用意する』って言ってたし、想像していたよりも落ち着いたモノトーンなエプロンなのかなと思っていたけど。
「あれ、エプロンだけじゃない……?」
エプロンはエプロンなんだけれど、エプロンだけじゃなくて。
「め、メイド……?」
黒を基調としたメイド服だった。白いエプロンも一緒である。
「はいっ! あ、ちゃんと親に頼んで取り寄せてもらったものなので、安心してくださいね」
「と、取り寄せ……!?」
「本場のものをお願いしました。ユズさんに着ていただくものを安物で済ますわけにはいかないので」
「……ほ、本場?」
よくわからないが、たしかにメイド喫茶なんかで見かけるような感じのメイド服とは違う気がする。――まあ、メイド喫茶もそもそも実際には行ったことないのでふわっとした印象のメイド服とは違うというか。
スカートが長く、生地もしっかりしている。
これが本場のメイド服なのか。
「……え? あの、それはわかったんだけど、これをいったい私はどうすれば」
「着てくださいっ!」
キラキラと目を輝かせるルルに、私のメイド服を持つ手が震える。
――やっぱりこれ、私が着ろってことなの!? で、でもメイドって。
ただ考えようによっては、料理をつくるために給仕の服を着るのはそこまでおかしなことではないのだろうか。
メイド服を着るくらい、別にそんな拒否することでもない?
「……着るのはいいんだけど、えっと」
「はい! 是非着替えてください!」
「……えっと、どこで着替えたら」
「今、家にはわたししかいませんのでっ」
すごい目をキラキラさせているルルに、私は苦笑いしかできない。
「……いや、そうは言ってもここで着替えるのはちょっと。どこか一人で着替えさせてもらえると」
「あっ、そ、そうですよね。……えっと、向こうにウォークインクローゼットがありますし、あっちには脱衣室もが」
「あ、ありがとう」
着方がわからなかったら呼ぶからと先制し、私はルルを置いて着替えに行く。
――なんだろう、うっすらと想定よりマズい方向へ進んでいる気がする。ただ料理を作りに来ただけのはずなんだけれど。




