第36話 団結したようですけれど。
私のパソコン画面には通話アプリと待機中のヴァンダルシア・ヴァファエリスのゲーム画面が表示されている。
通話アプリは誰かがしゃべるとアイコンが明るく点滅するのだけれど、今は誰の名前も暗いままだった。チャットもなにも送られてこない。
そしてなにより、私の名前の横にマイクミュート中に表示される、マイクを斜め線で切ったようなアイコンがでていない。
画面下にあるマイクミュートボタンも、オフ状態のままだ。
間違いなく、マイクがオンのまま鈴見総次郎との通話をしていたってことになる。
――ど、どうしよ。でもパソコンのほうは普段ヘッドセットで通話してるし、あんまり音は拾わないんじゃないかな? 案外ミュートにしてなくても、ヘッドセットは外してたわけだし聞こえていなかった可能性も。
私はそんな楽観的な希望を信じながら、ヘッドホン型のヘッドセットを付け直した。
「……その、みんな、待たせちゃってごめんね。通話がいきなりかかってきて」
素知らぬ顔での第一声。――お願い、何事もなかったかのようにさっきの会話が再開してくださいっ!
ギルドメンバーとの通話から離脱したときは、何でもいいから空気が変わってほしいと思っていたのに真逆の神頼みをする。
『ユズさん、おかえりなさい』
『ユズー、お帰りっ』
『ユズ、待ってた』
「あ、うん、ただいま」
三人がそれぞれ私を迎えてくれる。――これはもしや、やっぱりなにも聞こえていなかったパターン? それでしかもさっきのゴタゴタもリセットされているという!?
『ユズさん、誰となにを話していたんですか? ……とても、もめていたように聞こえましたけど』
『ユズ……アタシもちょっと気になる単語いっぱいあったんけど、相手は誰だったの?』
やっぱり聞こえていたか。怪しまれているけど、多少私の声が聞かれていただけなら、なんとかうやむやにして――。
『僕の音声編集アプリでユズのマイク音を拾って調整したところ、通話相手の声もほとんど解析できた。音量調整して二人の会話を再編集したものと、テキスト変換したデータがこれ』
「ちょっと!? あ、アズキさんなにを!?」
アプリに二つのファイルが送られてきた。
私はテキストファイルのほうを開いてみるが、先ほどの会話がかなり正確に文字に起こさされていた。
まさか私の声が聞こえていた以上のことが起きているとは。
完全に筒抜けじゃないか。
アズキだけでなく、ルルとノノの二人にも私と鈴見総次郎の会話が伝わってしまう。
「……えっと、まあ、プライベートな会話なのでスルーしてもらえるとありがたいんだけど」
『ゆ、ユズ、どういうこと!? この失礼な男……振られたとか、また付き合うって……この人があの元彼なの? 一晩好きにさせるって……元彼と手とかっ、手とかつなぎながらキスとかいっぱいするってこと!?』
「そ、そうかな……?」
手はつながないかもしれない。あとまあ、ノノが思っている数倍のことは起きると思う。
『ユズさん、こんな醜悪な男に身を委ねるつもりなんですか!? ユズさんのすべてを……身も心もささげるんですか!?』
「えっと、少なくとも心は捧げないから……」
多分だけどルルが想像しているよりはマイルドな気がする。これは単なる直感だけど。
『ユズ、考え直した方がいい』
「ありがと、アズキさん。まともにそういうこと言ってくれるのは嬉しいんだけど、人の通話内容を完全にデータ化しないでね。……まあ、私がミュートしてなかったのが悪いんだけどさ」
アズキの技術がなければ、もしかしたらもう少し上手くごまかせたかもしれない。
だが最早手遅れで、すべてが筒抜けになってしまった。
私と鈴見総次郎との過去――そして、口車に乗り賭けに乗ってしまったこと。
それも賭けの対象は、これからギルドメンバーで挑むというヴァヴァのイベント順位だ。
「あの……ごめんね。みんなで話し合って目標を決めるってとこだったのに、私が勝手なこと言ったから怒ってるんだよね? うん、五百位以内が現実的って話だったのに、本当ごめん。でもあれは私の個人的な話で、みんなは気にする必要ないからね」
みんなの協力がなければ、絶対に鈴見総次郎より上位にいくことなど不可能だ。あってもどうか怪しいくらい。
だから本音を言えば、頭を下げてでも協力してほしいと言いたいところだけれど、すべて私がなんの確認もなく一人で決めたことだ。
ギルドメンバーに、無理をさせるつもりはない。
『ユズさん、本気で言っているんですか?』
「……本気、のつもりだけど」
いつもより真剣なルルの声色に、私はちょっとだけたじろいだ。
でも本気だ。
もしみんなが、舞い込まれたくないと言ってギルドを抜けても文句を言うつもりだってない。
『ユズさんだけの話なわけ、ないじゃないですか。……わたし達、ギルドメンバーで、パーティーですよね?』
『ユズは、ユズだけのものじゃないから!! アタシのものでもあるしっ!!』
『ユズが上位を目指すなら、僕も協力する。それがどんな目標でも』
「みんな……」
心強い言葉に、泣きそうになる。
みんなで一致団結してイベントに参加できるなら――このパーティーなら、もしかしたら鈴見総次郎にだって勝てるかもしれない。
『ユズさんを守るためなら、わたし頑張れます。……みなさんとももっと仲良くしないとですね』
『アタシは元々仲良くするつもりだったけどねー。でもユズのためってことなら、一旦さっきまでのことは忘れてもいいかな』
『僕もユズを守ることが最優先。ただ気になるのは――』
まとまりかけていたところで、アズキがなにかを言いだした。――嫌な予感がする。でもこのムードに水をかけるわけにはいかないし。
『僕達が勝った場合、ユズを一晩好きにできるのは誰になるの?』
やっぱり余計なことを言い出した。もちろん冷静にそんな権利はどこにもないということを説明しよう。
「え? ……いや、それは晴れて誰のものでもなく、強いて言うと私自身の――」
『それはアタシでしょ!! だってアタシはユズの特別だし』
『わたしですよね? わたしが悪い虫はぜーんぶ排除してあげますから、ユズさんは全部わたしに委ねてくださいね』
『パーティーの貢献度で上位の人間が権利を有するべき。もちろん今までの数値を鑑みれば僕になる可能性が極めて高い』
一斉でてきた三人の主張。
とにかく全員自分に権利があると思っているらしい。――ないよ? そんなものはないんだよ?
「いやその……そういうのは……えっと……」
否定しないといけない。
だって私達のパーティー側にも私の一晩が賭けられるんだったら、勝って負けても私は誰かのものになってしまう。
何よりそんな報酬を餌に、みんなのやる気を出させるなんて――。
でもせっかくやる気になってくれているし、ギスギスしていた空気感も何故か不自然なくらいにまとまっている。
ここでそれはダメだと言ったら、またもめてしまいそうだ。
「ま、まあ勝ってから考えようか」
――これでもし本当に勝てるなら、いいか。
私は先のことは一旦後回しにして、とにかく団結してくれたギルドメンバー達と改めてイベントへ挑む決意を固めた。
打倒、鈴見総次郎!!
――あとはパーティー内の貢献度だっけ? それで私が一番になれば、私は私のものってことで済むよね? うん、それでいこう。鈴見総次郎に勝って、他の三人にも勝てばよし!!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
百合らしくない展開もありますが、今後もメインはガールズラブコメです。今後も楽しんでもらえると幸いです。




