第33話 逃げられない戦闘もありますが。
ヴァンダルシア・ヴァファエリスのゲーム画面には、四人のプレイヤーが表示されている。
あれから特にいじっていないので、みすぼらしいままのギルドホームだ。
ヴァヴァにはテキストチャット機能しかないので、別に立ち上げている通話アプリにも四人で参加していた。
大半のヴァヴァプレイヤーはテキストメッセージのやりとりも、こちらのアプリで済ませてしまう。
なので基本的にいつもボイスチャットもテキストチャットもできる状況だ。
打鍵音シンフォニアムの面々が二人ボイスチャット、二人テキストチャットという構成なのも別にヴァヴァ全体で見たらそんなおかしなパーティーではないのだけれど。
――固定パーティー、全員ギルドメンバーなんだからさぁ。だってルルもアズキもボイスチャットできないわけじゃないし、私と二人のときは話すのに。
やっぱりメンバー間に溝があるとしか思えない。
どんよりと、どこか濁った空気を感じる。
ノノもそれを感じ取ったのか、声色を変えてしゃべりだすのだが、
『ユズユズっ! そういえば約束のアイテムっ、忘れないうちに送るねー』
「えっ? いやでもあれは、ほら、私が約束破ってるわけだし受け取れないって」
『ううん、アタシは満足したから。だから受け取ってね』
「そういうことなら……ありがとう」
なんだかんだ断り切れず受け取ってしまうのは、ダメなところなのかもしれない。
ただ課金ガチャ装備で周回する予定が、約束した当日から脳内には立てられていたので――この後時間あったら回ろう、と内心では胸を躍らせていた。
もう一回くらいは遠慮したほうがよかった気もする。
しかし問題はそんなことではなかった。
ノノは単に空気を変えるつもりで、わざわざ今この話題を出してくれたのだとは思うのだけれど。
『今のやりとりについて説明がほしい』
目ざといアズキがもちろん見逃すはずもなかった。
『ずいぶんお二人とも仲が良さそうですね。わたしも詳しく知りたいです』
ルルもすっかり興味を持ったようだ。
空気を変える意味では成功している。ただよくない流れだ。広げるにはあまりにも危険な話題だ。――話を変えないと。
「ともかくね、これからイベントに向けてもう少しみんなで打ち解けられたらなーってわけだから」
『相互理解するには、情報が必要。ユズの話が聞きたい』
「え? 私の話……ただ課金ガチャのかぶりアイテムをもらったってだけの話で……」
『むふふ、いいじゃんユズー。みんなにも話してあげよーよー。二人だけの大切な思い出ってのも大事にしたいけど、アタシもみんなとは仲良くなりたいしちょっとくらい惚気ちゃおうよー』
――惚気? いや、そういうんじゃない……よね? でもまあ夜景のキレイなホテルであれこれした話だから惚気と言われるとそうなのかもしれない。けど。
というか。もしかしてノノは空気を読んで話題替えしてくれたわけではなく、ただ昨日の話をみんなに自慢しようとしている?
「待って待って!! その話は――」
『是非その大切な思い出というのを聞かせてほしいです!!』
『ユズ、静かにして』
「ちょっと、えええぇ!?」
ルルとアズキが急にマイクをつけて話し出した。――いつも絶対つけないのになんで!?
「多分二人が思ってるタイプの話じゃないし、もっと違う話しない? そうそう、この前買ったコンビニのお菓子が美味しかったんだよね。北海道牛乳のシュークリームで」
『ユズ、静かにして』
――二回目の注意もらいました。え、悪いの私なの?
『ユズったらもう、そんな照れなくってもいいじゃんっ! みんなに話すのが恥ずかしいのはわかるけどさー。ふふっ、素敵な夜だったもんねー』
『夜ってどういうことですか?』
『実は、……昨日の夜ユズとホテルで』
『はふぅ!? ほ、ホテルですか!?』
――いやいや今までノノとルルが二人で盛り上がってボイスチャットしてたことないじゃんっ!! なんで今なの!? なんでその話題なの!?
どうにか止めに入らないとマズい。ゲーマーの直感が――いや、普通に今までのルルの言動からしてわかる。このままだとアズキだってなにをしでかすかわからない。
『うん、ホテルでね。一緒のベッドで一夜を共に』
「ちょっとちょっとっ!! ノノさん、その言い方だと誤解が――」
『ユズさん、わたし聞いてないですよ? ……わたしに内緒で、ユズさんなんてことしちゃったんですか』
「し、してないからね!? それに内緒もなにも――」
話を訂正して収めようとするのだが、どうしても先に止められてしまう。
『あーロマンチックな夜だったよね。アタシ達の初めて記念で』
『ユズ、また僕をのけ者にして他の人と仲良くしていたの?』
『ユズさん、説明してください!! 初めてってどういうことですか、キスだけじゃないってことですよねっ!? わたしのときはキスだけだったのにっ!!』
「いやいやいや、え、それは違くて」
――初めてってのは多分私とノノにとっての初めてだし、のけ者にしたつもりはないし、キスだけじゃなかったよね!? ルルは私の体散々触りまくってたのノーカウントにするつもりなの!?
『ん? ユズ、今のどーいうこと? ルルがわたしのときはーって言ってたけど、え? キスしたって言ってたけど相手はルルなの?』
「あ、いや、そのそれは……その……」
『待って、僕もした。仲間はずれにしないで』
『え、アズキも……? ねえ、ユズ、どういうこと?』
隠していたつもりはないが、触れないようにしていた話題が完全に知れ渡ってしまった。
元々ルルとアズキの話はお互い知っていたので新しい問題は生まれないと思うけど――。
『ど、どういうユズ? ……ん? アタシも説明してほしいんだけど。てっきりさ、ユズにはゲーム外でも前から仲いい子がいて、そういう子となにかあったのかと思ってたんだけど。そういう子がいたなら仕方ないのかなって思って我慢してたけど、ルルとアズキってアタシも同じギルドメンバーだよね? ……なんで二人と先にキスしてたの? え、二人からはどんなレアアイテムもらったの?』
「ちょっと待ってね。あのね、順序立てて話せばわかってもらえる可能性も多少あるから……」
『ダメじゃないですかユズさん。目を離すと直ぐ他の女とキスして、本当にもう……お仕置きしないといけませんね。でもそのあとしっかり消毒もご褒美も』
『キスは僕もしたから許す。他は説明してほしい』
どこで間違えたのか、止めるどころか三人から追及されて状況が悪化している。
――複数の敵と同時に戦うとき、攻撃する順番が一番攻略の鍵になるものだ。この場合、一番厄介なのは……ルル? 私の部屋であったことを話されると絶対にマズいな。
「ルルさん、とりあえずお願いだからお仕置きとかそういう物騒な話はやめてね。それについては今度ゆっくり話そう」
『……二人きりの時しっかり説明してくれるなら、わたしはそれでもいいんですけど』
よし、これで最悪の事態は――。
『でもユズ、無理矢理じゃないキスはアタシが初めてって言ってたもんっ!! アタシのこと特別だって!』
「え、ちょっとノノさん?」
『あっ!! ってことは、なに!? ルルもアズキも、ユズに無理矢理キスしたの!? 最低っ! それでアタシがもらうはずだった約束のキスが――』
「ノノさん、あのえっと」
――戦力を見誤った。この三人は、ソロでは攻略不可能な相手だった。
『どういうことです? この人が特別? ……ユズさん、本当にそんなこと言ったんですか?』
「言った……ような……えっと、でも」
『どうせまたオフ会のときみたいにレアアイテムをちらつかせたんですよね? わたしにはわかりますよ。言っておきますけど、わたしはそんなレアアイテムの見返りなしでキスしましたからね』
『つい最近あった課金ガチャが怪しい。後衛職向けにいい装備がかなり新規追加されていた』
否定しようにもすべて事実と相違ないので、なにも言い返せない。
――でも、私なにか悪いことしたの!? ……いや、そりゃレアアイテムもらってキスする約束はしたけど。でも無理矢理キスしてきた人達に攻められるのは納得できないよね!?
『ど、どういうことユズ!? アタシが一番特別なんだよね!? それなのに他の人とはレアアイテムなしでキスしたの!?』
『ユズさん、この人おかしくなっちゃったんですよね? ノノさん前からユズさんに迷惑ばっかりかけて困った人でしたし』
『ユズ、僕は特別じゃないの? 特別になるようなことをしよう』
「だ、だからその……」
絶望的な状況だ。でも私はあきらめない。HPがわずかでも残っている限りは――。
「あっ、ごめん通話かかってきたみたいっ!!」
偶然にも震えたスマホを見れば、知らない番号から通話がかかってきていた。これは逃げるわけじゃない。戦略的な一時後退である。
そう思い、なにも考えずに通話にでてしまった。
――まさか、その相手が鈴見総次郎などとは思いもせずに。




