第29話 キスすれば仲直りしそうですけど。
日も暮れ始めて、高層階にあるホテルの一室からはキレイな夜景がみえていた。
だがそんなものを見ている余裕なんて今の私にはなかった。
「ばぁああ゛あ゛ぶぶうぁ!!」
ノノの精神が完全に退行してしまっている。
綺麗な顔をぐちゃぐちゃにして、さっきまでは奇声をあげるだけったのに今はもうボロボロと涙まで流している。
――とんでもないことをしてしまった。いや、私が悪いのはわかるよ。約束は破ったしさ。でも、ここまでなの!? 私が他の人とキスするとこんなこと起きるの!?
私はなんとかノノがこれ以上暴れ出さないように、抱き抱えるようにして押さえ込むので精一杯だった。
けれどこのままじゃダメだ。
どうすればノノを正気に戻せるだろうか。
ゲーマーの勘というやつだろうか、なんとなく思い当たる方法はあった。
――やっぱりキス、なのかな? 私からすごいキスとかしたらなんか解決する気がする。
ノノは私とのキスで正気を失っているのだから、キスで解決するのも通りなんじゃないだろうか。
だけど、あれだけ胸をときめかせていたノノのファーストキスを、そんなお為ごかしのために使っていいのか。
もしするにしても、やっぱり彼女を落ち着かせてからだ。
キスはお互いに正気な状態でするべきだと思う。
これは、過去三回ほど向こうの都合でキスされた私だからこそ切に感じていることだった。
――強硬手段は最後に取っておこう。まだ他にも、できることがある。
視線が合っているのかもわからない。それでも私は必死にノノの目を見つめた。
「ノノさん……ごめんね。私がノノさんとの約束を破って……本当にごめん。ノノさんがこんなに楽しみにしてくれたってのに、本当ひどいやつだよね」
言いながら、ノノの背中をそっとさすった。嗚咽が少しだけ止んだ気がした。ノノの瞳が私を見つめ返している。
「ノノさん、少しでいいから私の話をきいてくれないかな。……正直ね、私はノノさんがどうして私とそんなにキスしたいのかわからないから、どこか軽く見ていたと思う。だけど間違っていたよ。ノノさんの気持ち、全然向き合ってなかった」
まずこの現状と、ノノと向き合わなきゃいけない。
自分の理解を超えているからといって、思考を放棄しちゃダメだ。わからなくても、理解しようと歩み寄る。
どんなに攻略不可能に思えるようなボスモンスター相手だって、あきらめたらなにも得られない。一度負けても、全力で戦えば次に繋がる。次でまた負けても、その次で――。
こちらが全力で挑めば、敵モンスターのHPは見えていないだけでちゃんと少しずつ削れているのだ。
私はあきらめず、ノノに言葉をかけ続ける。
「ノノさん、謝っても許してもらえないかもしれないけれど、ごめんね。私にできることなら、してあげたいけどもうこんな私とのキスなんて嫌だよね。ノノさんのファーストキス、私じゃもらえないもんね」
「……キス、したい」
かすれた声がささやく。
「いいのかな、私で?」
「ユズじゃなきゃやだ……アタシはユズじゃなきゃやだ……なのにっ!!」
「え? あ、ノノさん?」
「それなのに、ユズは誰とでもキスするっ!! 誰となの!? ねえ、この前言いかけてた元彼なの!?」
そう言ってノノが私を突き放してきた。
会話の選択を間違えてしまったようだ。
――そういえばあったな。私がヴァヴァで最強ギルドが目標であることを説明したときだ。あのときはマズい気配を察し、すぐうやむやにして難を逃れたつもりだったけれど。
そして、落ち着いてきたと思ったノノさんがまたボルテージを上げてきている。
会話不可能状態は解消されたようだけれど、危ういバランスが続いていた。
「元彼じゃなくて……えっとキスの相手はその……まず女性で」
「女性!? アタシも女性だよ!?」
「う、うん。それは見たらわかるけど……」
「アタシじゃダメだったの!?」
目を真っ赤にしているけれど、やや人間性を取り戻したノノの顔は、国民的人気アイドルの相貌としてふさわしいものだった。
文句のない可愛さである。――いや、ダメとかそういうわけじゃなくて、前例二人も私からしたんじゃないからそういう選択の意思はなかったんだけど。
という文句はあるけれど、ただノノに対して拒否感はもちろんなかった。
それは顔が可愛いからというだけではない。
ヴァヴァを一緒に遊んできて、ノノという人間性はそこそこわかっているつもりだ。
レアアイテムを貢ぎ、代わりに過激な要求をしてくる。
今回のことだって、キスの代わりに課金ガチャの装備アイテム五つを交換条件にしてきた。――あれ? もしかして拒否したほうがいい相手なんじゃ……。やっぱアイドルの顔に惑わされて判断力を失っていただけかもしれない。
でもそれだけじゃない。
ノノは多忙な仕事の合間でもヴァヴァを全力で楽しんでいる。課金にものを言わせているだけのプレイヤーでないこともわかっている。
自分勝手なことを言ってくるけれど、私がちゃんと拒否すれば無理には要求してこない。
よく考えれば、ギルドメンバーの中でも唯一無理矢理よからぬ行動はしていないじゃないか。――あれ? そう考えると他の二人がだいぶ問題あるんじゃ……。そして世間一般の基準だと三人ともアウトなだけでは?
違う違う、今はそういう話ではなく。
ノノとのキスは、私も同意しているんだ。そこにレアアイテムという条件はあれど、これは間違いない。
「ノノさんがダメなんてことないよ。こんなこと言っても言い訳だし、信じてももらえないかもだけど……他の人達とは、無理矢理っていうか流れっていうかで、私が望んでいたわけじゃないんだ」
アズキは一応確認はされたけど、ダメっていってもしてきた。ルルに至っては、出るとこ出れば裁判で負ける気がしない。
「約束したのは……私からもいいよって言ったのはノノさんだけだから」
「う、嘘! そんなこといって、ユズはいろんな女の子手籠めにしているんだっ!! ユズの女垂らしっ!!」
「手籠めって……ああ、もうっ」
――そんなに言うなら、手籠めにしてやろうか。
これだという攻略方法がわかっているのに、それを試さないのはゲーマーとして間違っている気がしてきた。
一つの方法にこだわらず、多角的な思考で様々な手段を試すべし。
これは新規のボスモンスターと戦うときの鉄則でもある。魔法だけで攻撃しても、物理だけで攻撃してもダメなのだ。回復魔法をあえて敵に撃つこともあるし、普段は全く有用性のないアイテムでも関連しそうな設定があればとにかく使ってみることも大事だ。
無理矢理キスはしないにしても――そうだ、たしかルルがこんな風に。
「ノノさんがそう言うなら、こういうことするよ」
「んへぇ?」
ノノから目線を外すことなく、そっと彼女を抱き寄せるに近づいた。
腰と腕に手を当てて、相手の重心をしっかり押さえて逃がさず――。




