第2話 姫プレイ始めました。
鈴見総次郎はゲームを再起動したのだろう。私がギルド英哲グラン隊から除名されたポップメッセージが表示される。
――ギルドのことは、仕方がない。
元々鈴見総次郎に誘われなかったら入れなかったものだ。
だが、会社のことはどうしたものか。
鈴見総次郎が口だけの男であることを祈ろう。
もしくは彼の親が、バカ息子の戯言を軽く聞いて流すだけの良識の持ち主であるればいい。
けれど数日とただず、私の願いはどちらも断たれて最悪の結果となったことがわかった。
親が経営しているオーダーメイドのキーボード専門店、姫草打鍵工房は一番の卸先であった鈴見デジタル・ゲーミングとの提携が打ち切りに決まった。
元々売り上げの大部分を鈴見デジタル・ゲーミング目玉であるハイエンドパソコン付属のキーボードとしての販売に頼っていた姫草打鍵工房には、痛いどころではない大打撃だ。
「ごめん、母さん……私のせいで」
「柚羽が謝ることじゃないの。それにね、ウチは最初からオーダーメイドが売りなんだから。ハイエンドパソコンの付属品ってのはありがたい話ではあったけど、一律品の大量卸しばっかりってのもねーって思ってたのよ」
「で、でもそれなくなったらウチ潰れちゃうんじゃ」
「バカなこと言わないの! 母さん達がそんなことならないように頑張るから。……だから柚羽は気にしないで」
母はそう言ったが、私のせいで会社の経営が行き先真っ暗なのは間違いなかった。
――なんとかしたい。
そのとき私が思い出したのは、皮肉なことに鈴見総次郎の言葉だった。
人気ゲーマーとして会社のパソコンを使って宣伝している。
これは、プロゲーマーであれば当たり前のようにあることだ。
多くのパソコン関連のメーカーが、プロゲーマーのスポンサーにつき、実際のゲームプレイ時に会社の商品を使ってもらうことで宣伝にしている。
もちろんパソコン関連以外の会社も広告を依頼するがあって、プロゲーマーの配信にただのCM類が宣伝として流れることもあるが、やはり餅は餅屋。
パソコン関連の商品は、プロのゲーマーがお勧めするものとして、一番宣伝効果があるだろう。
もし、私がもっと有名なゲームプレイヤーになれば、姫草打鍵工房のキーボードを宣伝できる。
はっきり言って、上位プレイヤーだという鈴見総次郎のプレイングはたいしたことがなかった。
あれなら私だって本気出せばすぐに――。
――ダメだった。
オンラインゲームという世界は本当に厳しい。
大学生である私は、社会人と比べれば多くの時間をゲームにかけられるが、それでも限度はある。
しかも社会人と比べれば、お金をかけてゲームに課金してレアアイテムやら何やらを補強することもほとんどできない。
一応は、家の手伝いなんかしてお小遣いを少しはもらっているけれど、ゲームに課金してどうこうできるほどの額はない。
私がプレイしているオンラインRPGヴァンダルシア・ヴァファエリスは、比較的どんなユーザにも優しくて、プレイ人口も国内でトップクラスのオンラインゲームだ。
だけどそれは普通にゲームを遊ぶならの話。
上位プレイヤーとなるには、お金と時間を大量にかけて、数多のレアアイテムを集めなければ話にならない。
睡眠時間を削り、大学の講義もあの手この手でサボって、それでも私は力不足だ。
こんなんじゃ、姫草打鍵工房を応援することなんてできない。宣伝力ゼロだ。
――言い訳になるが、このころの私は本当に一日二時間睡眠を続けていて、食事も休憩もほとんど取らずにゲームを続けていたのだ。
だからまた、あのクズ男の言葉を思い出してしまった。
『おっさん相手に媚びへつらって姫プレイでもして遊んどけよ』
そうだ。ちょっと誰かの手を借りよう。
どうかしていたと冷静になった今ではそう思う。私は、姫プレイに手を出してしまったのだ。
「ボイスチャットしませんか?」
私は野良で入ったパーティーで、初めて自分から通話しながらでのプレイを提案した。
オンラインゲームでは、当然ながら相手の素性は一切わからないし、チャットだけしている限りはよほどなことがなければ、一緒にゲームしている相手が男か女かすら判断できない。
だけど通話をすればほとんど一目瞭然だ。ん、声だから耳?
以前までの私はほとんどチャットだけでプレイしていた。
正直これも上位を目指す上では足を引っ張っていた面だと思う。
どうしてもゲームの操作とパーティー間の連携を同時にこなすには、両方をキーボードだけで操作するのは難しいものがある。
それでも母の――姫草打鍵工房製である私専用のオリジナル配置キーボードであれば、ほとんど問題のないプレイが可能であった。
キーボードの細かい配置調整から、打鍵感やら、特殊ショートカットキーの設置など、まさに至高のオリジナルキーボードのおかげである。
だから通話せずにチャットだけで乗り切っていたのだけれども、やはり通話すれば、それだけゲーム操作に割けるリソースも増える。
そして、何より、私が女性であることが相手に、パーティーメンバーに伝わる。
するとどうなるのか。
『あああああ! ゆ、ユズさん、女性だったんですね。プレイがすごいきびきびしているんでその……あ、いやえっと、そういえばこの前レアアイテムダブりでドロップしちゃったんですよね。よかったらいります? たいしたやつじゃないんですけど』
『お、俺も俺も!! 装備で余ってるのあって、そいつのより絶対使える装備だから』
『今度、友達のすげー強いやつとパーティー組むんだけど、そのときユズちゃんも参加しない? 最高難易度ボスとか狩る予定だからさ! ドロップ期待できるよ』
このように、今まででは考えられなかったような好待遇を受けることになる。
私は、積極的にボイスチャットを提案するようになった。
以前はオンラインゲーム相手との通話なんてほとんどしたことがなかったのに、今では私のマイクはほとんどオンの状態となっている。
相手が『通話は恥ずかしくて。ごめんなさい……』というときでも、
「大丈夫でーす! 私だけしゃべらせてもらいますね」
と一人でも話すほどだった。
それだけでなくチャットでも、
「この前買ったワンピースが可愛くてー、写真見ます? 顔は隠してますけど」
なんて言ったり、
「私、女子大通ってて、普段全然男の人と関わりないんですよねー。え? モテるのかって? ぜ、全然そんなことないですよぉー、そのたまに知らない男の人から、連絡先交換してほしいとか、ご飯行きませんかって誘われることとかあるんですけど……そういうのちょっと苦手なくらいで、彼氏とかもいたことないし。みんなとゲームしてるのが一番で」
なんてことまで言って、
「えええー!? そんなレアアイテムもらちゃっていいんですか!? 私なんにも返せないですよ。で、でももしくれるなら、すっごく大事にします。私の宝物になっちゃうかも……」
などとほざいて。
今まででは信じられないほどのレアアイテムを集めてしまった。
――最低だ。あのクズを笑えないくらいクズな姫プレイだ。
自己嫌悪になりながらも、それでも中級プレイヤーの域を脱して、上級プレイヤーとしての実力をつけ始めていた自分には、正直なところ高揚感を隠せなかった。
どんどん、自分が強くなっている。
そして私は、ギルドを創設した。
ここから先のプレイヤーを目指すには、固定のメンバーで戦う必要がある。
フレンドにギルドメンバーの募集をかけると、すぐに希望であふれかえった。
私が女子を前面に出して接したところ、すぐに仲良くなろうと迫ってきて、アイテムをたくさん送ってきたみなさま方だ。
ようするに、モテないおっさん連中とかそういうことだろう。
私はこのおっさん達の中から、ヴァヴァで最強ギルドを目指すためにもっと利用できるおっさんを数人厳選することにした。
――この人はレアアイテムたくさん持っているけど、プレイング下手だし。
――んーこの人はお金持ってそうなんだけど、プレイ時間短くてパーティー組むの面倒くさくなりそうかも。
――あ、この人は私に、自分の顔写真いっぱい送りつけて付き合おう! って言ってきてた人だ。ないな。
――えっとこっちは。
ということで、最終的にはある程度妥協もしつつ三人のおっさんをギルドメンバーとして採用することになった。
最優先でプレイングの上手さを基準に、あとは私に対して諸々の要素を考慮して、目に余るようなことはしていない三人である。
この選りすぐりのおっさん達と私は、ギルド『打鍵音シンフォニアム』が設立された。
目指すはそう、最強ギルドの名ただ一つである。