第15話 身バレよりも前に問題がありました。
私がいつも着ている紺色のジャージは、学校指定のものだ。
胸のところに小さく校章が入っている以外は特に何の変哲もないデザインをしている。
おぼろげな記憶で、何枚かは部屋で撮った写真をおっさん達に見せたことがある。――たしか、露骨な女子アピールの一環としてヴァヴァのマスコットキャラ『ウミウシのシーモス』のぬいぐるみをベッドの上に並べて撮った覚えがある。
他にもいくつかあったかもしれない。その中で袖口か、もしくは脱いだジャージが写真の端に紛れ込んだのか。
――なんにせよ、気をつけなくてはいけない。オンラインゲームで身バレなんてしたら大変なことになる。
ただギルドメンバーの三人とは既にオフ会で顔まで合わせていた。
初めてオフ会に参加したので、実際に顔を合わせた相手にもどれくらいプライベートを隠すのが正解なのかもわからない。
顔はもちろんしっかり見られているし、場所を決めるときにみんなの家もあまり離れていない雰囲気なのがわかっている。
これからも守るべき情報は、なんだろう。正直距離感からして、どうするべきなのか判断できない。オフ会で顔を合わせた相手にあまり警戒し続けるのも変な気はするけれど――いやいや、この人達、おっさんじゃないけどおっさんより危険性あるから警戒して当然でしょ。
ともかく今後もなるべく個人情報は隠そう。――そう思ってはいるのだが。
それとは同時にも、実はもう一つ問題を抱えていた。
最強ギルドを目指すという目標、それはあくまで手段に近くその先に本当の目的がある。
私の親が経営している姫草打鍵工房という、オーダーメイドのパソコン用キーボードを製作・販売会社を宣伝することだ。
私の――いや、あの鈴見総次郎という男のせいで、一番の卸先だった鈴見デジタル・ゲーミングとの取り引きが打ち切られてしまったのだ。
母から直接聞いたわけではないが、経営状態が悪化しているのは間違いない。
もし私がオンラインゲームで有名な上位プレイヤーになって、母達が作っているキーボードを宣伝すれば少しでも会社に貢献できるはずである。
鈴見総次郎が諸悪の根源とはいえ、私にも責任の一端があった。
だからこそ、何か力になりたいと思って最強ギルドを目指しているのだけれども。
――そして今まで撮った部屋写真の中にもさりげなく、姫草打鍵工房のキーボードを写していたこともあった。
おっさんの何人からは『あれこれ見かけないキーボードだけど、ユズちゃんなに使ってるの?』って質問されて、満更でもない気持ちで会社がやっているオンライン販売サイトのリンクを送ったこともある。
だけどちょっと待って。
姫草打鍵工房って完全に私の苗字入っているんだよね。私は、姫草柚羽だ。
安直なハンドルネームでゲームを始めたせいで、何かのきっかけで直ぐにバレるかもしれない。
そもそも親がやっている会社の宣伝ってどうなの? 身内贔屓でやっていると思われない? ――姫草打鍵工房のキーボードは本当に最高なものなんだけど、親の会社の製品だって後からバレたら絶対疑われる。
――できることと言えば、なにも隠さずに「私の親が作っているキーボードです! みなさん、良かったら買ってください!」と堂々と宣伝することだ。
だがそれは身バレとほとんど変わらない、もはやただのカミングアウトである。
「……ちょっと、休憩しようか。十五分後に再開で」
ダンジョン攻略がなんとか終わって、打鍵音シンフォニアムのギルドメンバー達とホームに戻ってきていた。
消費したアイテムの補充や、スキル構成の見直しなどを各々でしていたのだが、自分の考えの甘さが今になってわかりそれどころではなくなった。
そもそも私がやるべき事って本当にゲームで上位プレイヤーになって宣伝することなのか? 宣伝効果なんてどれくらいあるかわからないし、もし宣伝するとなったら配信とかSNSも当然やらないといけなくなる。
私はそっちのほうはあんまり興味ないし――だったら例えばだけど、今更でも鈴見総次郎に謝罪し要求の一部でも受け入れて、また鈴見デジタル・ゲーミングとの取り引きを再開してもらったほうがいいんじゃないだろうか。
そっちのほうが確実で、現実的じゃないか。
部屋の中で、私はうろうろと歩き回りながら考えていた。
こんな雑念の中で、ヴァヴァをプレイしたくないと画面をなるべく見ないようにしていたのだが、視界の端に通知が映る。
後で確認すればいい――と思ったのだが、ゲーマーの性だろうか、表示されたテキストを瞬時に読み取ってしまう。
ルルからのテキストメッセージだ。そしてその数秒後に、アズキとノノからも。
ギルド向けのものではなく、すべて私個人に送られている。いったいなにがあったんだと、一回考えるのをやめてパソコンの前に座り直した。
『ユズさん、大丈夫ですか? ユズさんからゲームを中断して休憩しようなんて、なにかあったんですか?』
『ユズー大丈夫? ……もしかして部屋着写真撮ってくれてる? それか、ちょっとアタシがゲーム中うるさくて、怒っちゃった? ごめんね』
『具合悪い? 家、特定して向かおうか?』
三人からのメッセージは、すべて私を心配するものだった。
たしかに、普段であれば数時間程度ならぶっ続けでゲームをしている私が、こんな直ぐに休憩を言い出すなんて不自然だったのかもしれない。
だけどこんなに心配されるなんて。
手前勝手な話だ。
あんまり薄い人付き合いばかりしていた私は、それだけでちょっとうるっと来てしまう。
さっきまでは自分を隠して、三人とは適度な距離を保とうと思っていたことが恥ずかしい。
――いやでも家は特定しないでね?
私は、一人で悩んでいても仕方がないと三人へ相談することにした。
もし最強ギルドを目指すなら、この三人の協力は不可欠だ。
今更ではあるが、なにも話さずにこのまま協力してもらうのも間違っていた。身バレを警戒する前に、私は三人に話すべき事があったのだ。




