第12話 脱姫プレイ宣言です。
順番的に、薄々そろそろなのかなと思っていたけれど。
それから小一時間フレンドとパーティーを組んで周回していると、ルルからメッセージが届いた。
正直一番怖い相手だ。今までは唯一安全だと思っていたのに。
おっさんだと思っていたときは人畜無害だったのに、実際に会って美少女だとわかってからのほうが危険というのはおかしな話である。
――私、この子にキスされたんだよね。それもかなり濃厚なやつ。どうしよ、どう接していいのかわからない。
可愛らしいお人形のような美少女の顔を思い出そうとすると、唇と口内にまとわりつくようなキスのことまで思い出してしまって、ついつい体が熱くなる。
気持ち切り替えないと。私はキーボードの上に両手を置く。キーの冷たい感触で、雑念を払った。メッセージ、読むか。
『ユズさん、昨日はオフ会楽しかったです。ユズさんに会えて嬉しかったですし、これからも一緒にユズさんとギルドメンバーとしてヴァンダルシア・ヴァファエリスができると思うと、わくわくします。本当にありがとうございました』
普通にお礼の文面から始まっている。ゲームメッセージでこんな律儀な内容を送ってくるのは、以前からのルルらしい一面だ。メッセージはまだ続いていて。
『もしユズさんに夕方からお時間ありましたら、またご一緒に冒険させていただけませんか? お約束していたアイテムも送らせていただきます。他のみなさんほど、貴重なものではなく恐縮ですがご査収ください』
メッセージはそれで終わり、レアアイテムも添付されていた。
たしかにアズキとノノと比べればやや見劣りするものの、ルルのキャラクターレベルや課金事情を考えれば、大奮発の贈り物であった。
嬉しいには、嬉しい。
だけど。
――いや、キスのこと一切触れないの怖いんだけど!? あれなに、なかったことになった!?
ただ私から切り出すのも躊躇われて、メッセージの返信で冒険の約束だけ取り付けた。
そしてまた約束した一時間後に、ルルからメッセージが来て、二人でパーティーを組む。
『今日はどうしましょうか? 他に二人メンバーを募集しますか? それとも、二人で周回しましょうか?』
という至って普通のメッセージが来る。
ルルがなにを考えているかわからない。
「通話してもいい?」
とメッセージを送ると、
『もちろんです。……ただわたしは話すのが少し恥ずかしくて』
と返って来た。
――いや、君もっと恥ずかしいことしたよね?
とにかく通話をかける。
「ルルさん、通話環境ないの? マイクとか」
『使っているイヤホンに、マイクもついているみたいです』
「ならしゃべらない? ……もう顔も会わせた仲だし、恥ずかしがらなくても」
もっと別のところも合わせた仲だ。話すのが恥ずかしいなどと言われても、いまいち納得できなかった。
『わかりました……ユズさんがそう言うなら』
脳裏に一瞬、あの純朴そうな美少女の困り顔が浮かんで、無理にボイスチャットを強要している気分になった。
おっさんの中には、女の子相手に無理矢理ボイスチャットをしたがる連中もいて、とても迷惑な存在らしい。
「ご、ごめん! 嫌だったら無理しなくていいんだけど」
『いえ……わたしも恥ずかしいですけれど、ユズさんとお話ししたい気持ちはあります』
「そ、そう? それならいいんだけど」
『マイクつけますね。設定を確認するので、少し待ってください』
一分もしないで、ルルのマイクミュートが解除された。通話できるようだ。
『あの、ユズさん? ……聞こえますか?』
「うん! 聞こえるよ」
『よかったです! あの、それでパーティーですけど』
「いやえっと、その前にあの……」
シームレスに、そのまま冒険に出ようとするルルを止める。
私だってヴァヴァ第一で、ダンジョンに潜らずして雑談などしている場合ではない――というのが普段のモットーなのだけれど。
「えっと、アイテムありがとうね。……ありがたくもらったよ」
『よ、よかったです。本当にたいしたものじゃなくて申し訳ないんですけど』
「ううん、それとこの前のオフ会の話だけど」
『は、はい! 楽しかったです。あの、ありがとうございました』
明るく返事をしてくれるのはいいんだけれど、私が話したい本題には全く入れない。
とりあえず何か別の話題で探るか。
「あのさ、さっきノノさんとオフ会の話が出て――」
『なんですかその話? ユズさん、わたし聞いてないですけど』
さっきまでの穏やかな雰囲気が消え、食い気味で質問してきた。
「え、そのさっき通話したときの話題で」
『ユズさん、ノノさんと通話したんですか? もしかして二人きりで?』
「う、うん……」
『そうですか。……でも、わたしとユズさんも今二人きりですよね?』
ルルは確認しているというより、誰かに言い聞かせているようだ。自分なのか、今は居ないノノ相手なのか。
「あっ、あれだよ! ノノさんからも、誘われただけでまた行くって約束したわけじゃなくて。……私としては、またみんなでオフ会したほうがギルドの結束とか高まるかなーって思うんだけど」
『ユズさん、わたしも会いたいって言ったら会ってくれますか?』
「ぎ、ギルドの結束とか……」
『わたしはもっと、ユズさんと親しくなりたいです』
どうやら、私の意向は聞いてくれないらしい。
「私も親しくはなりたいけどさ。えっとルルさんは、私のこと……」
――ダメだ、どう聞いていいかわからない。どう思っているか、なんてストレートに聞いて、ストレートになにか返って来ても困ってしまう。
「あのさ、私、ヴァヴァで――ヴァンダルシア・ヴァファエリスで、打鍵音シンフォニアムのみんなと最強ギルドを目指したい」
『……わたしはユズさんについていきます』
「ありがとう。……これから、よろしくってことでいいのかな?」
『はい、よろしくお願いします』
私のゲーマーとしての勘が、ルルにはあまり触れないほうがいいと言っている。
なるべく穏便に当たり障りなくこれからもよろしくやるべきだ。
キスのことは忘れて、今後もなるべくゲームだけで仲良くやっていこう。もちろん、アズキやノノともだ。
『これからは、ゲームでもリアルでも、よろしくお願いしますね』
しかし、付け加えられた一言は私のこれからを暗示するかのように不穏な声色であった。
――リアルではもう二度と会わない!! この三人にはもう写真すら送らないからっ!!




