審判!!浮遊騎士ゲルドゼーレ(開廷)
「ああ……もちろん分かっているとも。だから私はキミたちに感謝しているのだよ」
「なら口を慎みなさい。その減らず口が縫い込まれていないのは、あの人のご温情あっての事なのだから」
「ふふふ……それは勿論、心得ているさ」
人狼村での戦いから数日後、宵ノ国の城下町ではいつもの日常が戻りつつあった。
そう、いつも通りなのは、日常だけーーーー。
「……」
「……」
「……」
朝食を囲む食卓。ヒューゲルだけはいつも通り、淡々と料理の乗った食器を並べていく。むしろ、心なしか微笑を浮かべているようにも思える。
並べられた料理を目の前に、レイレスはただ無言で匙を口に運ぶ。しかし、あまり順調に食が進んでいるようには見えない。
ネーゲルは……ティーポットを手に持ったまま、心ここに在らずと言うように虚空を見つめていた。
「こらネーゲル、手が止まってますよ。王子のカップが空です」
「……」
「あ、いや……僕の事はいいから……ほら、ネーゲルは疲れているんじゃないかな?少し外の空気を吸ってくるといいよ」
「……」
ネーゲルは静かにティーポットをカートに戻すと、無言で頷いて退室した。
それを見送った2人は、特に会話を弾ませる事もなく淡々と朝食を済ませた。
「っ……ゲエエェェェッ……」
退室したネーゲルは、密かに手洗い場へ駆けて嘔吐していた。
あれから彼女は、自らの愚かな行いから自責の念に駆られ、多大なストレスを抱えていた。
その上毎晩のように悪夢に魘され、十分な睡眠も取れていなかった。
(はぁ……はぁ……仕事に戻らなきゃ……)
ネーゲルは洗面台で顔を洗い、鏡に映る自分を見つめる。その姿は以前と比べて窶れているようにも見える。
「……はぁ、どうしちゃったのかな、アタシって」
「らしくない、って言いたいのでしょう?」
その横から、後を追って来たヒューゲルがタオルを渡しす。ネーゲルはそれを受け取って顔を拭く。
「……ありがと」
「……まだひとりで飲み込むつもり?そんなに強くもないくせに」
「うん……選んだのは、アタシだから。レイレスを助けたい事も、人を殺した事も、全部……」
自らの手を見ながら、村での出来事を思い出す。否……嫌でも思い出してしまうのだ。
人族の兵士が、目の前で紅い雨を吹き出しながら息絶えていく。その姿が、村長と祖父の最期に重なって見える。
『向き合っていくしかない』
その言葉が頭を過ぎったとき、再びドロっとしたものが喉に上がってくる。
「ッ……!!ゲホッゲホッ!!」
なんとかそれを飲み込むも、喉が焼けてしまいえづく。
「もう……ひとりで背負い込むなって言ったの、あなたよ?」
「アレは……っ、レイレスを守りたいって思ったら、そう思っただけで……」
「自分の事となったら誰にも言えなくなった、と。別にいいじゃない、あなたはみんなを守った。正しいことをしたのよ?村長さんの事は残念だったけれど」
そんなことを平然とした顔で言ってのけるヒューゲルを見て、ネーゲルは理解出来ずに目を見開く。
「なんで……なんでそんな事簡単に言えるの!?誰かを守るために誰かを傷付けて、ヒューゲルは平気でいられるの!?」
「ええ」
「!?」
ネーゲルは胸がはち切れそうになりながら投げかけた言葉に、あまりにも容易く返され唖然としてしまう。そんな事も気に留めず、ヒューゲルは話を続ける。
「だってそうでしょう?命を奪おうとしてくる相手には手加減なんかしてられないもの。それに、どうせ他人事ですもの。命を踏み躙ろうとしてくる相手の命なんか知ったこっちゃあないわ」
「…………」
ネーゲルは開いた口が塞がらなくなってしまう。今の彼女には、目の前の幼馴染が得体の知れない何かに見えていた。
「それに、もう戦う必要もなくなるかもしれないわよ?」
「え……?」
その日暁ノ国の国際裁判所では、ディステルの『書類偽造』『機器横領』『不正捜査』及び『過失致死』等、複数の容疑に対する裁判が行われようとしていた。
(こんな時……私はいつもあの日の事を思い出す。子供の頃のあの景色を……)
「兄様、そろそろお時間です」
「うむ」
瞑想していたクレイはガーベラの声で立ち上がり、法廷の扉を開く。
そこには、弁護士や裁判官などの裁判関係者を筆頭に、政治家や貴族階級の人物、上級階級の兵士などが立ち姿でクレイを出迎えていた。
クレイは静まり返る法廷を歩くと、裁判員側の席に立って弁論を述べる。
「此度は我が愚弟のためにお集まり頂き、誠に申し訳なく思う。本法廷は不正のないよう各国へ向け中継され、事の真相を全て、嘘偽り無く追及される事となろう。それでは皆、席に着いて法廷を始めたまえ」
弁論が終わると、傍聴席側の傍聴人は席に着き、裁判官、両弁護士が裁判を開始する。
(弟よ、今はその罪をしかと受け入れよ。そして僅かでも改めてくれる事を願う)
そう思いながら、黙って被告席に座るディステルに目を向ける。
だが、そんなディステルの顔には余裕の伺える笑みが浮かんで見えた。
暁ノ国で国際裁判が行われているその時、レイレスは宵ノ国の城の裏の丘で、木陰から城下町を眺めていた。
(あっちから仕掛けておいて、裁判で犯人捌いてハイおしまいだなんて、勝手だよな……沢山人が死んで、悲しい思いだってしたのに……)
元通りの活気を取り戻した街を見て、ふと初めて戦った時のことを思い出す。
(……いや。でもこれで、誰かを傷付けなくて済むのかもな……戦って、傷付ける事も……)
懐から壊れた王冠を取り出すと、思い出すら思い出せない母の事を考える。
(あれだけの戦いでも、僕にはとても耐え難いというのに……母さん、あなたはいったい、どれ程の罪と苦悩を背負ってアレに乗っていたんだ……)
「ほう、これはあの小娘の王冠でありんすな」
「!?」
後ろから声が聞こえて飛び上がると、そこにはゼーエンが扇を扇いで立っていた。
「ゼーエンさん!?なんでこんな所に……」
「ウチはなんでもお見通しどす。裁判の傍聴もしないで呑気に昼寝とはいいご身分でありんすねぇ……あいや皮肉にもならないでありんす」
鈴を揺らすように笑うゼーエン。そんな彼女の言葉を聞き、ふと疑問が浮かぶ。
「……ゼーエンさんは、母の事を知っているんですか?」
「そりゃあ、アレが悪ガキだった頃からよーく知ってるでありんすよ?」
「えっ!?」
予想外の答えが出て、飛び上がるように驚くレイレス。その顔が面白かったのか、ゼーエンは再び笑う。
「かっかっかっ!それにしても、母子揃ってこの場所が気に入っておるとは、血筋というものありんしょうかねぇ」
「……てか、ゼーエンさんって何歳なんっ痛てっ!!」
「乙女の歳を聞く殿方は立派な大人になれないでありんすよ……?」
ゼーエンはレイレスの頭にキツい一発を叩き込んだ扇を扇ぎ、恐ろしい顔で笑った。
その頃暁ノ国の法廷では、両弁護士による熱い審議が行われていた。
「であるからして、ディステル氏の行った捜査は不当であるものと断言します」
「意義あり。相手はこちらの捜査に対し武力を以って対抗しています。よって機械の持ち出しは正当性があると提言します」
「意義あり。それはあくまで結果論であり、原則として不当捜査である事は事実であります。重ねて、それを破らねば当捜査による1名の犠牲はないものと……」
「それそこ!!……失礼、意義あり。それこそ結果論と言えるのではないのでしょうか?もしかすれば魔族どもに全滅させられていたかもしれないというのに」
「今度は仮説を持ち出すのですか!!」
「現に彼らは、飛翔機にもヴァルキリーヘッドにも対抗出来る戦力を持っています。これは仮説でもなく事実でしょう」
「それも法を守ればこそ起こり得なかった!!」
「仮説ではなく証拠で語られてはどうかな?」
その時、裁判員席のクレイが手を挙げる。法廷はそれに注視し一気に静まり返る。
「……クレイブラット国王、どうぞ」
「では……今彼が仰ったように、証拠で語るべきであると言うのが裁判のモットーです。ならば我々も持ち得る証拠を提示しよう。弁護士殿、いいかな」
「あっ……はい」
告訴側の弁護士は資料を探ると、一枚の紙を突き出す。クレイはその横へと歩み寄り、資料の説明を始める。
「私はこの事件を、そもそもの発端を辿って考えた。最初は……そう、我が国の民が魔族の手で命を落とした痛ましい事件からだ。では何故そのような事が起こったのか……」
「これはディステル氏の不正捜査の是非を問う場では?」
「まあ待て、そこにも深く繋がる証拠だ。これはとある輸入器金属の明細、その鑑定書である。とても精巧に作られており、一見すれば普通の明細と何ら変わりがない。しかし……」
クレイは資料の中から、別の明細を取り出して突きつける。
「こちらの明細は同日同所で発行され、検収印の押印されたものだ」
「ええと、それが何か?」
「我が国の税関で扱っている煉朱肉はな、少々希少な顔料が練り込まれているのだ。それは乾くと、とても鮮やかな柘榴色になるのだが……この偽造資料に押された印は唐紅色……同じ朱肉であれば色の違いなど出るはずもない」
「と、途中で朱肉をメンテナンスしたのではないのですか?」
「例え顔料を練り直したとしても、押印が全て終わる前になどあり得ない。まだ押せる状態なら尚更だ。そして……」
続けて、資料の束の中からもう数枚の資料を取り出すと、それをディステルに見えるように突き出した。
「こちらの明細には、確かに我が国の税関で使っている柘榴色の顔料の印が押されていた。これは……ディステルの書庫の隠し棚に入れてあったのを兵が見つけた。この明細からは、アイゼンソルダート約3機分の精密機器が記載されている。何故か……」
クレイは指で頭を叩きながらディステルの元までゆっくり歩み寄ると、軽く机を叩いて問いかける。
「ところで弟よ、お前は事の発端となったあの事件をどう思う?死傷者3名、そして機体が3機……」
「言いがかりですなぁ。それに、肝心の機体は何処へ?無ければ……」
「無ければ、この明細の内容の辻褄が合わんな?兵器類及び機器の管理はお前が厳重にやっている筈であろう。なればこそ、この数字の矛盾をどう説明する?明細を偽造してまでもだ」
「ええと……クレイブラット国王?」
勝手に裁判を進行するクレイに困り果てる弁護士たち。しかし、ディステルは顔色ひとつ変えずに反論する。
「……では仮に、私がアイゼンソルダート3機を密造し、魔族の国にけしかけたと仮定しましょう。では、何故?和平の均衡を破ってまで得られるものは?」
「ふむ……であれば、だ。兵器産業や軍事事業の新規開拓の線が考えられるだろう。戦後である現在では、ヴァルキリーヘッドは今や維持費だけで赤字の出るカカシだからな」
「う〜ん、それは……まあ、憶測としては些か説得力はある方だとは思いますがね?」
肩を揺らしながら笑うディステルに、クレイはむっと顔を顰めつつも再び問いを投げかける。
「では……何故貴様は2度の調査で機械を持ち出したのだ?しかも、2度目に至っては完全に調査の域を超え、テロルと化してしまっているではないか!」
「件の作戦に関しては私は関与していない。全て調査隊の独断専行だ……と言えば?」
「あくまでも白を切るのだな」
「ええ。なんなら、こちらの手札をもって証明しても良いのですがね?」
そう言うとディステルは、手を挙げて弁護士に指示を出した。
「は、はっ!ええと、我々は調査隊作戦指揮官のランタナ殿を、証人として召喚させていただきます……!!」
指示を受けて弁護士は、急ぎ証人を呼び出した。
「では証人、名前と職業を」
「はい、私の名はランタナ、暁ノ国調査隊の作戦指揮官をしております」
そこに呼び出されたのは、以前人狼村にて爆撃を宣言した若い男であった。
「では証人、被告の証言……前回のテロル紛いの作戦に関して、貴殿はどのような指示を受けていたのかを申しなさい」
裁判長の言葉に対し、ランタナは真面目な態度で答える。
「はい、私は作戦指揮官として、ディステル様に魔王を確実に確保、連行する旨の指示を受けて参りました」
「ほう、それで?その内容は?」
傍聴者たちは神妙な面持ちでランタナの証言に耳を傾けていた。しかし……次に出た言葉に皆が唖然とした。
「それだけですが?」
「!?」
「なんだと!?」
クレイは思わず声を上げるが、どう言う事なのかは大方予想は付いていた。
「それだけ、とは……」
「ええ、それだけです。ディステル様の指示を受けた後、私が村全体を人質に取る作戦を立案しました」
(ディステルめ……予め口裏を合わせていたな!!)
ディステルはまるで面白いと言いたいように笑みを必死に抑えている。むしろその事を悟って欲しそうにあからさまな動きをしている。
「し、しかし貴殿は、どういった理由でそんな作戦を……」
「はい、一般市民の命を脅かした事への戒めとし、相手に危機感を持ってもらう作戦でした。結果として、手違いから爆撃は実行されてしまいましたが」
あくまでも故意ではないというランタナの主張に納得出来ないクレイは、激昂して議論に割って入る。
「手違いだと!?ふざけるな!!その手違いとやらが、結果的に悲惨な結果となったのだぞ!!」
「おっしゃる通り、結果的に我が軍は魔王の兵力によって全滅させられてしまいました。この事は尚更危惧すべきだと思われますがね」
「き……貴様!!」
何食わぬ顔で的外れな事を言うランタナに、クレイの言葉に更に怒りがこもる。
「貴様は何も思わんのか!!この爆撃によってかの村は甚大な被害を被ったのだぞ!!」
「ああ、そんな事ですか。まあなんです、気にする事無いではありませんか。貴殿が収める国の出来事では無いのですから」
「なっ……貴様、自分が何を発言しているのか分かっておるのか!!この審議は他国にも中継されているのだぞ!!」
「おや失敬、失念しておりました。まさかまだご存知でないと思っていなかったものですから……」
ランタナは表情を崩さないまま、頬を撫でながら頭を傾げる。そのあっけらかんとした様に、クレイは意図が掴めず思わず目を剥く。
「……それは、何の事だ?」
「されていませんよ、中継」
「……は?」
絶句するクレイ。その様子に、傍聴席から少数名が小さな笑いを漏らす。
ただ、唖然とするしか無かった。
「……まさか、謀ったというのか……この神聖な法廷の場で!!」
「さあ、何のことやら。機材のトラブルではないのですかな?」
ディステルは憎らしく笑う。クレイはそれに青筋を立てるも、ただ歯噛みして黙るしか出来なかった。
「さて、続けたまえ。そして私の罪を心ゆくまで審議したまえ」
宜しければご評価、ご感想いただけれは幸いです。
読んでいただきありがとうございました!
後半もお楽しみください!!