防衛!!疾走合体エヴィルツヴァイ・ウォルフ(後編)
先程の通信の後、人狼村の集会所では、村長を中心として避難作業が進んでいた。
「まだ避難が済んでねぇ家はねぇが!?」
「山んとこのばっちゃがおらん!!」
「酒蔵のじいさんがまだ蔵から戻ってねぇだ!!」
「なんじゃと!?」
手狭な集会所に村長の叫びが響く。それに振り返ったネーゲルは駆け寄って自ら名乗り出る。
「アタシが行くよ!!山の所のおばあちゃんと酒蔵のおじいちゃんだね!!」
「あ、ああ……頼めるかい、ネーゲルちゃん!」
「もちろん!!」
そう言ってネーゲルは颯爽と集会所を飛び出して行った。
(また戦争になるのか……あの頃と同じ、命の奪い合いに)
「おーい!!誰かー、まだ誰か避難してない人ー!!」
ネーゲルは畑道を、必死に呼びかけながら走って行く。しかし、行けども行けども人影は見つからない。
「はあっ、はあっ……山のおばあちゃん、どこに居んのさぁ……!!」
息を整えるために立ち止まったその時、遠方から爆発が起こり煙が上がる。高い建物がない為にそれは顕著に確認出来た。
「えっ!?なっ何!?」
煙の上がる先には、飛翔機の指揮所が設置されていた。そしてその指揮所は、今まさにゴーレムライダーたちによって襲撃を受けていた。
『ッヒャッハァァァァ!!飛んでねぇ飛翔機なんざただのガラクタだぜェ!!』
『石油駆動はよく燃えるなァ!!』
ゴーレムライダーたちは、ゴーレムに大砲を装備させて次々と飛翔機を破壊していく。
そして、第一、第二、第三指揮所の飛翔機を全て破壊し終えた後、ホルンが通信機を取って報告する。
『第一段階終了なのでェあァアる!!至急第二段階へ移行するのォであァアる!!』
『な、なんだ!?何が起こった!?』
『し、指揮所から煙が上がっているぞ!!爆発か!?』
『爆発しかないだろ、何を聞いてたんだ!!』
村を囲んでいるヴァルキリーヘッド部隊は、先程の爆発により混乱を極めていた。
『どうする、様子を見に行くか?』
『いや、作戦が終わるまで動くなと言う命令だろ?』
『いや待て、何か音が……ぐあッ!!?』
『おい、どうし……』
突然、金属の崩れる音と共に数機のアイゼンソルダートからの通信が途絶える。
『いったいどうなって……』
状況が読めないと戸惑う1機のアイゼンソルダートが周囲を見回すと、何かがこちらへと向かって来ている事に気がつく。
『!?や、やられ……っ!!』
それは、風よりも速い速度で近付いてくると、そのままアイゼンソルダートの胴体を吹き飛ばして颯爽と去って行ってしまった。
『どうだ、今のが最後のか!?』
『はい!これで問題は全て片付きました!!』
先程アイゼンソルダートを一掃したものの正体は、爆速で低空を飛行するエヴィルツヴァイ・ファルケだった。
エヴィルツヴァイ・ファルケは作戦が終了したのを確認すると、急停止して着地する。
『よし、お前ら!周囲の安全を確認したら城へと戻っていいぞ!!』
メーネからの通信を受けた事により、ゴーレムライダー隊は周辺を探って状況を把握する。
『いやぁ、そォれにしても今回の作戦はァ完璧であァアりましたな!!』
そう、完璧だった。
完璧過ぎた。
その事が、ゼーエンにとっては一抹の不安でもあった。
(おかしい……例えウチの千里眼があったからと言って、こんなにもアッサリと暁ノ国の騎士を完封出来るなど。この予感が杞憂であれば良いのでありんすが……)
しかし、その予感は不幸にも的中してしまう。
『魔族の諸君!愚かにも我々への抵抗を示した事を後悔するのだな!!』
突然、村全体に声が響き始める。
『なにっ……まさか!』
『あの飛翔機の指揮所は囮か!?』
先程の声が聞こえた直後、今度は飛翔機の羽音が遠方から聞こえて来た。
『交渉は決裂……今から罰を執行する!!』
男の号令が聞こえた瞬間、飛翔機から筒のようなものの束が飛来する。そして、それが地面に衝突した瞬間ーーーー。
「っ……うあぁっ!!?」
地鳴りと共に、土と瓦礫の混じった突風が巻き起こる。
ネーゲルは身を低くしてフェンスに隠れて飛来物を回避して事なきを得るが、頭を上げて目を開いた瞬間に視界に広がる景色に絶句した。
「あ……ああ!村が……!!」
村は、先程の爆撃によって巨大な穴が点々と広がっており、建物や畑などが無惨に吹き飛んでいた。
暫し絶句していたネーゲルだったが、正気を取り戻すと、フェンスから身を乗り出して辺りを見回した。
「し、集会所!!集会所は……」
皆が避難している集会所の方向を確認してみると、どうやら爆撃の被害からは免れているようで、小さく胸を撫で下ろす。
「よ、良かった……でも、まだ避難してない人を探さないと……」
ネーゲルはフェンスから降りて山道を振り返り再び走り出そうとする。しかし、再度男の声が村中に響き渡る。
『第二波ァ、用オォ意!!』
「っ!!」
再び、飛翔機の羽音が遠方から聞こえ始める。
その音を耳にすれば、この場にいる誰もが次の瞬間に何が起こるのか、想像は容易につくだろう……。
ネーゲルは恐怖に震え出し、全身の血の気が引く。
(そんな……また、またさっきみたいな事が起こるんだ……そしたら、今度はみんながじーちゃんみたいに……!!)
「じーちゃん……!!」
『ネーゲルッ!!』
その時、上空からエヴィルアインが飛来し、ネーゲルの目の前に着地する。
「っ……れ、レイレス……!!」
『よかった!!あぁ……良かった……無事だったんだな……!!』
エヴィルアインはそっとネーゲルを掬い上げると、動体部へと運んで操縦席へ招き入れた。
「ネーゲル、怪我はないか!?」
「あ、アタシは全然大丈夫だけど……!」
「よかった……遠くからキミがここにいるのが見えたから……」
レイレスは泣きそうな顔をしてネーゲルを抱き寄せる。ネーゲルは少し照れながらも、ゆっくりとそれを離して彼の目を見る。
「ごめんね、レイレス。アタシ、まだやらなきゃいけない事があるんだ。だからここにはいられないんだ」
「でも……もしもの事があったら俺は……」
「ふふっ、レイレスが俺って言うの、なんか変な感じだな……」
肩を掴むレイレスの手を剥がし、真剣な眼差しで再度目を見て宣言する。
「アタシ、もう嫌なんだ。じーちゃんみたいに、誰かが死んで、みんなが悲しくなっちゃうのは。だからアタシ、まだ避難していない人たちを探さなきゃいけない」
「だったら俺も……」
言葉の途中で、外からの爆発が聞こえてくる。爆撃を行なっている飛翔機は、ヒューゲルのエヴィルファルケが対処しているものの、全ての爆弾の処理には間に合っておらず、取りこぼしたものが未だに飛来して来ている。
「レイレスは集会所を守っててよ。みんなそこに避難してるからさ」
「く……っ!でも俺は……」
その時、ネーゲルの体から淡い光が溢れ出し、彼女の全身を包み込む。
「これは……もしかして、ヒューゲルの時と同じ……!!」
「って事は……もしかして!!」
その瞬間、ネーゲルを包む光は瞬く間に強くなり、目の前から彼女の姿と共に消滅した。
そして、ネーゲルは見知らぬ空間へと跳躍する。
「そっか……やっぱりそうなんだ!アタシも、2人みたいにみんなを守れる力を……!!」
その時、ネーゲルの脳裏に見知らぬ女性の声が聞こえ始める。
『……ル……ルフ……エヴィルウォルフ……』
「エヴィルウォルフ……それが、この子の名前なんだ……」
その言葉に答えるよう、エヴィルウォルフは駆動音を高鳴らせる。
ネーゲルは深呼吸をすると、心を決めて声を張り上げる。
「行くよ、エヴィルウォルフ!みんなを守るんだ!!」
『くぅうっ……爆弾を積んだ飛翔機を相手にするのは、流石に骨が折れますね……』
一方、ヒューゲルは未だ爆撃を続けている飛翔機に対して応戦を続けていた。
翼を打ちつけて次々と機を撃破して行くエヴィルファルケに対し、飛翔機は機関砲を乱発して対抗している。たった1機からの砲撃であればびくともしないのだが、まるで降りかかる雨の如く激しい豆玉に、次第に進路を阻まれてしまう。
『こ、このままじゃ……』
戸惑っている間にも、他の機が爆弾を投下していく。
黒い筒が、次々と村へと向かって落ちて行くーーーー。
『だ、駄目……ッ!!』
その時、何者かが颯爽と駆け抜けると、爆弾は地に落ちる前に次から次へと空中で爆散していく。
『な……何が起こったのです……!?』
ヒューゲルはその何者かの影が駆け抜けて行った方向を見る。
そこには、まるで狼のような姿をした黒い機械が、勇ましい立ち姿を顕にしていた。
『卑劣非道な人族め!!我らが魔王の首を取りたくば、このエヴィルウォルフを打ち負かしてみるがいい!!』
ネーゲルは高らかに宣言すると、エヴィルウォルフの尾を使って次々と爆弾を跳ね飛ばしていく。
跳ね飛ばされた爆弾は、村の外や空中で爆散して被害を食い止め、更には空中での爆発に手元が狂った飛翔機を次々と不時着させていく。
『ネーゲル!その力は……いえ、それよりもあなたは避難民の捜索を!!あなたのおかげで、この場はひとりでどうにかなりそうですから!!』
『うん、ありがと!!』
そう言うと、エヴィルウォルフは村の中央まで飛ぶように駆け込み、ネーゲルは全神経を集中させる。
(……土、金属、煙、野菜、葉っぱ……嗅覚力が増した分、いろんな臭いが邪魔してゴチャゴチャだ……!!だけどどうにかして嗅ぎ分けないと……)
その時ふと、ツンと鼻をつく強い臭いが漂ってくる。彼女にはその臭いに覚えがあった。
(これ……ぶどう酒の臭いだ!って事は……!!)
ネーゲルは意識をより集中させ、臭いの元を極限まで絞って探り出した。
『……いた!!酒蔵のおじいちゃん!!』
ネーゲルが振り返ると、そこには活気の良さそうな老人が、吹き飛ばされてきた樹木に道を阻まれそれを乗り越えようともがいていた。
『おじいちゃん!!助けに来たよ!!』
エヴィルウォルフは倒木を投げ飛ばすと、横倒しの木の上に立つ老人を救出する。
「お、おえ!?お前さん、ホイレンとこのお嬢かえ!?なんとまぁ随分とデッカくなって……」
『冗談言ってる場合じゃないよ!!連れてくから早く避難しなきゃ!!』
そう言うと、エヴィルウォルフは老人を口に放り込んで再び臭いを探る。
「う、うおっ!?喰われたんか俺は!?」
(次は山のおばあちゃんだけど……何か、特徴的な臭いはない……?何か……)
ネーゲルは集中するも、残りの救助者に繋がる臭いを辿るに至る事が出来ない。
『どうしよう……山のおばあちゃんの臭い、見つからない……』
そう小さく呟いたつもりだったが、それを聞いていた老人は思い当たるところがあるようだった。
「そういやぁ今日、山のばっちゃが籠に目一杯紫の花を抱えてるのを見ただ!!」
『紫の花……もしかすると、庭に生えてるラベンダーかも……』
再び集中し、証言を元に臭いを嗅ぎ分けていく。そして……。
『……あった、ラベンダーの香り!!』
香りを嗅ぎ分けたネーゲルは駆け寄ると、頭から血を流して倒れている老婆を見つける。
『お、おばあちゃん!!』
「ば、ばっちゃ!!生きとるかえ!?」
老人はエヴィルウォルフの口から飛び降りて老婆を抱きかかえ状況を確認する。意識は無かったものの、心肺が正常なのを確認すると背中に背負って再び乗り込む。
「大丈夫だネーゲルちゃん!早う避難所に運んでけれ!!」
『うん、分かっ……』
しかしその瞬間、上空から降り注ぐ爆撃をその身に受けてしまう。
「うおっ!?す、すげぇ揺れだ!?」
『くぉっッ!!?あ、あっぶな……!!』
なんとか2人を守る事は出来たものの、絶え間ない爆弾の雨は更に激しさを増していく。
『こ、こんなに増援が……これじゃあキリがありません!!』
無数の飛翔機にひとりで応戦し焦るヒューゲルだったが、そこに避難所を守っていたレイレスが名乗りを上げた。
『ヒューゲル、ネーゲル!!選手交代だ!!ヒューゲルは避難所を、ネーゲルは俺と来い!!』
そう言って、レイレスはネーゲルから避難民を受け取った後、避難所の守備をヒューゲルと交代する。
『っ、で!?何か作戦はあるの!?』
『ああ!!もしお前のエヴィルウォルフが、ヒューゲルのエヴィルファルケと同じなら、俺たち2人でも合体が出来るかも知れない!!』
『な、なるほど!!で、勝算はあるんだよね!?』
『いや、一か八かだ!!』
『えぇーっ!!?そ!そんなぁ無茶なぁ!!?』
絶句するネーゲルだったが、レイレスは有無も言わさずエヴィルウォルフの額に手をかざす。
『無茶も粗茶も押し通す!!有無は言わさんッ!!』
『お、横暴だぁ!!』
すると、2機の周囲に球のような空間が出現し、重力に逆らって浮遊し始める。
そして、2人の脳裏に声が響く。
『実行せよ……ツヴァイユニオン……モーダス・ウォルフ……』
「やっぱりな……だったらやるぞ!!」
そして、再びエヴィルウォルフの額に手を当てて詠唱を叫ぶ。
「『ツヴァイユニオン!モーダス・ウォルフ!!』」
そして、2機を覆っていた球体が拡大していくと、その空間内で2機の形が変形していき、ひとつの存在へと合体した。
『疾走合体!!エヴィルツヴァイ・ウォルフ!!』
それは、2つの魂を昇華させたひとつの姿。
それは、大地を支配する禍々しき獣の姿。
それは、牙を得たる荒々しき魔王の姿。
名を『エヴィルツヴァイ・ウォルフ』。これこそ、魔王の騎馬たる黒き巨神の新たなる第二の力である。
『うおぉ……!!全身の神経がピンピンに尖って来た……!!』
エヴィルツヴァイ・ウォルフは小山の上に足を付けると、高らかに一声遠吠えを放つ。
『それで?こっからどうすんのさぁ?』
『まあ焦るなって!要は爆弾を落とさなきゃ良いんだ、エヴィルウォルフの機動力が引き継がれてるのなら後は簡単だ!!』
レイレスはそう言ってエヴィルツヴァイ・ウォルフで村中を駆け回り、落ちてくる爆弾を次々と打ち返す。そして、打ち返された爆弾は他の爆弾とぶつかり合って空中で爆発していく。
『速い……風よりも、音よりも速い!!この速さならば、全ての爆弾を凌げるかも知れないッ……!!』
しかし、飛んでくる飛翔機の数は減りつつあるものの、降り注ぐ爆弾の雨は止まる事がない。
『くっ……これはなかなか厄介だな……もっと速く、もっともっと速く……!!』
レイレスは更にエヴィルツヴァイ・ウォルフの速度を上げる。その速さはもはや残像がハッキリと見える程である。
……否、その残像は半実体となり、散開して次々と爆弾を破壊していく。言わば群れを成す獣のようであった。
『す、すげぇ!!こんな事まで出来るなんて……!!』
やがて、半実体の群れは全ての爆弾を弾き返す。爆弾を撃ち尽くした飛翔機部隊は、最後の手段だと言うように低空飛行で機関砲を乱発し始める。
『もはや痒くもなんともないわ!!』
『でもこのままじゃ撃たれ続けるばっかりだよ!!』
『だったら、デカいの一発かましゃあいい!!』
レイレスは構えると、全身に力を込め始める。そして、次第にエヴィルツヴァイ・ウォルフの周囲に電気が発生すると、その周囲を半実体の群れが駆け回り電力を増幅させていく。
『ネーゲル、詠唱だ!!』
『わ、分かった!!魔力充填……『ツヴァイ・ウォルフ・ウンター・ヴェルト・アウフレーデン・ドネ・ライストゥング』……』
ネーゲルは脳裏に浮かんだ呪文をスラスラと読み上げ始める。そして、次第にエヴィルツヴァイ・ウォルフの尾部から強い光が放たれると、そこから稲妻のように電気が放たれる。
『これで決めるッ!!『ウォルフ・ドネ・エルガー』ッ!!』
尾部から放たれた稲妻は、光の速さで次から次へと飛翔機を伝って貫いて行き、瞬く間に全ての飛翔機を撃墜させた。
『や……やった!!なんとか、守り……抜い……』
『!!れ、レイレス!?レイレスっ!!』
全てを出し切ったレイレスは、そのまま眠るように気を失った。
「……」
「……残念だったな。だが、当然の結果だ。命を軽んじ、平和を踏み躙った結果だよ」
先程の戦闘をモニターしていたクレイは、ディステルに軽蔑の念を込めて吐き捨てる。
するとその横から、弁護士らしき人物がクレイへと資料の入った封筒を渡し、クレイはその中身を確認する。
「……ディステル、残念だ。お前の向かう先は議会ではない、裁判所だ。兄弟としてこれ程悲しい事はない」
それを聞いたディステルは、深く息を吐きながら顔に手を覆い天を仰ぐ。そして、次第に乾いた笑いを撒き散らし始める。
「ははは……あははは……アーッハッハッハッハッ!!!!クソが!!!!」
ディステルは怒りに任せ周辺機材を薙ぎ倒すと、そのまま兵士に惨めにも牢獄へと連行されていった。
戦いを終え、ネーゲルは村民たちの元へと歩みを向かわせていた。
その間、彼女の視界には半壊した村の様子が嫌でも目に入ってくる。
土塊のめくれた田畑、ペシャンコになった民家、穴の空いた丘、墜落して煙を上げる飛翔機……。見渡す限り凄惨な風景が続いている。
だが、守れたものもある。レイレスとヒューゲルが尽力してくれたおかげで、集会所とそこに避難していた村民は全員無事だったのだ。
「村長……!!」
「ネーゲルちゃん!!良かった、無事じゃったか!!」
駆け寄るネーゲルに、皆が笑顔で手を振り迎え入れてくれる。
「おぉい、ネーゲルちゃんが頑張ってくれたおかげで山のばっちゃも無事だったよぉ!!」
そう言って笑う酒蔵の老人の後ろで、意識を取り戻した老婆が横になって手を振っていた。
「よ……良かったぁ……!!」
安心して胸を撫で下ろしホッとするネーゲル。村民たちは彼女を輪の中心へ招きながらそれぞれ感謝を述べる。
そんな彼らだったが、そこにひとりの若者が何かを引きずりながらやってくる。
「おぉい!!人族の生き残りがあっちに転がっとったぞ!!」
若者はそう言うと、輪の中へとその人族の兵士を放って投げ入れる。
「ぐゥっ……!!」
突然、人狼族の群れの中心に放り込まれた人族の兵士は戸惑い、腰を抜かして彼らを呆然と見上げる。村民たちはそれを怒りの形相で睨みつけ、口々に怒りの言葉を投げつけた。
「お前ぇらなしてこげな非道い事が出来っとや!!」
「見てみぃ、家も畑もメチャメチャだべや!!」
「去てまえ!!お前ぇら人族はみんな去てまえ!!」
「まあ待てお前たち」
その時、村長が声を上げて村民の間に割って入る。それを見た村民たちは、文句のひとつも言わずに一斉に静まりかえる。
そして村長は、怯える兵士の前に膝をついて優しく語りかけた。
「悪ぃ事ぁ言わね。黙ってこっから去れ。確かにお前さんはうちらの村をこんな有様にした。でもな……ここでお前さんを始末しちまえば、俺たちゃお前さんらと同じになっちまう」
村長は腕をまくると、兵士の目の前に古傷を見せる。
「俺も昔は兵士じゃった。沢山の命を奪ったし、奪われた。そんで、奪われて初めて、こんな事はただ虚しいだけだと気が付いた。だからのぅ、こんな馬鹿らしい事はやめてさっさと俺らの前から去れ。そんで家族に孝行すんだな」
そう言い残すと、村長は兵士の肩を叩いて笑う。
その様子を眺めていた村民たちは、彼の話を神妙な面持ちで静かに聞いていた。
誰もが、ただただその後ろ姿を信じて見守っていた。
その時ーーーー耳を劈く程の破裂音が目の前から響き渡る。
「……!!?」
一瞬、何が起こったのか理解出来ずに呆然とするも、ひっくり返るように倒れる村長を見て全員が一斉に騒めきだす。
「そ、村長!!」
「村長!しっかりせい!!」
村長の胸からは焦げたような臭いと、泉のように湧き出す赤いものが溢れてくる。そして、兵士の震える手には煙を上げているピストルが握られていた。
「ふ、ふ……ふ、ふざけるな!!こ、こここんなとこまで来て、生きて帰れる訳ないだろ!!家族だって……お前らに殺されて……」
目の前でやってしまった出来事と、もう後戻り出来ないという恐怖で兵士は震え、手に持っていたピストルを落としてしまう。
胸を撃たれた村長は、息絶え絶えになりながら途切れ途切れに、ただぽつぽつと言葉をもらす。
「あ……ぁ……われ……ら……は……や……は、り……わ、り……あぇ……の、か……?」
そして……村長は、息絶えてしまった。
「そ……村長!!」
「村長!!おい、しっかりせい!!」
「い、いやあああぁぁぁ!!」
皆が村長の亡骸に嘆きの声を上げる中、腰の上がらない兵士の前にふらふらとネーゲルが足を向ける。
「…………ッ!!」
「ひ、ひいいい!!」
ネーゲルは鬼の形相で兵士を見下ろすと、爪を剥き出してその首をスッパリと掻き切ってしまった。
「あッッッがあアアァァァ……!!」
「…………」
「あ……ガボ……ボ……」
「…………」
降り頻る紅い雨に、少女はただ打たれ続けるしかなかったーーーー。
宜しければご評価、ご感想いただけれは幸いです。
読んでいただきありがとうございました!