奮闘!!飛翔合体エヴィルツヴァイ・ファルケ(前編)
暁ノ国……そこは今、大変な騒ぎに見舞われていた。その騒ぎの発端を直に確認するため、クレイたちはその足で城下町へと赴く事となった。
「どうした!!通さぬか!!」
人混みを掻き分けてその原因を間近にすると、それを目た一同は顔を顰める。
そこにあったのは、血の滲み出しているひとつの頭陀袋だった。その中身が何なのかは……誰の目にも明らかであった。
「……誰だ!これをやったのは何者なのだ!!」
「そ、それが……」
袋の横に立っていた兵が、小さな声でクレイに告げる。
「話によると、ま……魔族の管轄内にて発見されたと……」
「何っ、魔族だと!?」
横で聞いていたディステルが、突然驚いて声を上げる。
「兄様!市民に聞こえます……!」
だが時既に遅し、ガーベラの注意も虚しく周囲は瞬く間に響めきに包まれてしまう。
「魔族だと……?」
「そんな!停戦協定を結んだばかりじゃないの!」
「ヤツらは約束事を守ると言うことを知らんのか……!!」
怒り、悲しみ……各々がそれぞれの感情を口々にする。クレイは国王として、この状況を目の当たりにして何よりも心が痛かった。
「お父ちゃん!お父ちゃんなんで起きんの!こんなに血ぃ出て、お医者に行かなきゃ痛い痛いよ!!」
「……く、っ」
(なんとむごい……私は、こんなことのために国を導いてきた筈ではないのに)
街に響く子供の泣き声に、彼らはただ無力に黙する事しか出来なかった。
人族の襲撃から次の日。宵ノ国では、戦闘民族の住む残月ノ郷の長であるメーネ、そしてエルフ族を中心とした中立地位の弦月ノ森の長であるゼーエンが被害の状況を視察していた。
「これは……なかなかに酷い状況でありんすね」
瓦礫の山を見て、長い白髪を伸ばした、糸目で華麗なエルフ族の女性ゼーエンが、髪を軽く撫でながら呆気に取られて呟く。
「ああ、クソっタレの踏み壊した、クソっタレの足跡だ」
それにメーネがぼやくように返す。
しかし、そんなメーネに対して周囲の視線は冷たかった。だがそれも当然と言えば当然だ。
「なんだよアイツ、肝心な時に居やしなかったクセに」
「何がメーネ防衛隊だ。お前らが来なかったせいでこの有様なんじゃあないか」
陰口を言われたメーネはそれが癇に障り、突っかかるように民衆を怒鳴りつける。
「言いてぇ事があるんならコソコソしてねぇで真正面から言ったらどうだ!!」
「なっ!?」
「大体なあ、あの人族野郎が条約の改訂なんざしなければ、面倒な引き継ぎや防衛網の配置換えに手間取らずにすぐ駆けつけられたんだ!!文句がありゃあちらさんの城に行って進言こいてこい!!」
「メーネ卿、醜いでありんすよ」
冷静にゼーエンが諌めようとするが、メーネはまだ興奮冷めやらんと肩を怒らせる。
「ゼーエン!!キサマは中立地で人族の手足として大事にされとるから分からんだろうが、ヤツらの淘汰能力は甘く見れんのだ!!現にたった3機のデクノボウにこの有様だ!!」
「それはあんさんが鈍いからでありんしょう。それより気になるのは、何故協定の結ばれたこのタイミングで人族が攻めて来たのか。それも、たった3機……“あんさんが間に合っておれば”造作も無い数で……」
「む……っ」
それを聞いてメーネも流石に耳が痛くなり口が出せなくなってしまう。それを見て満足がいったのか、ゼーエンは気を切り替えて暫し思案する。
「して、それはそれとして、当の功労者は何処へいるのでありんしょうか」
その時、当のレイレスはひとり丘の上から街を眺めていた。
あれから3人は、どうにもこうにも馬が合わない空気を漂わせていた。と言うのも、先日の事件をレイレスが解決させてから、それぞれの感情が何処となくすれ違って思えるのだ。
(僕はみんなを救った……エヴィルアインに乗って、だ。でもそれって……つまりそう、なんだよな……)
レイレスは手の平を見つめる。
その手の平には何もない……少なくとも、汚れひとつない、綺麗な手だ。しかし……彼の脳裏には、あの時のヌルっとした感覚が未だに纏わりついていたのだった。
(撃たれても痛くなかったのに、触った感触はあった……にも関わらず、あの時はただ必死で、考える暇も無かったんだ。あの時……ネーゲルに言われなきゃ、自分が何をやってしまったのかを理解なんてしなかった……)
レイレスは再びあの時の彼女の言葉を思い出す。
『ありがとう』『殺してくれて』
あれからその言葉が、彼の脳裏をぐるぐると掻き回し続けていた。
(母さん……僕、僕ね、人殺しになっちゃったよ……)
ぼやける視界で、形見の王冠を見つめながらふと思うのだった。
先日の襲撃で損傷した城内では、使用人たちが懸命に復旧作業に取り組んでいた。
城の中は思ったよりも被害が少なく、大きな瓦礫を取り除けばとりあえず使えるという様な状況であった。
その復旧作業にはヒューゲルも参加しているのだが、彼女もどうやら浮かない顔をしている。
(レイレス王子が人の命に手をかけるなんて……でも、それを強いてしまったのは、わたくしが弱く不甲斐ないせい……。でも……)
ヒューゲルも同じく、あの時の事を思い出す。黒い巨神の手から滴る、赤い雫……。そしてそれを操って戦った、慕うべき主君の顔を。
(ネーゲルは、側近なら重荷は分かち合うべき、と言ってましたが……わたくしはその一端を目にしただけで、こんなにも押し潰されそうなのに……今のわたくしには、それを背負う自信がない……)
箒を持つその手が、つい止まってしまう程に考えに耽ってしまう。しかし、それを後ろからフルークが迫って咎める。
「こら、ヒューゲル!!手を休めるんじゃないよ!!」
「あ、っ!すっすみません、メイド長!!」
ヒューゲルは慌てて作業に取り掛かるが、そのおぼつかない様子を見かねたフルークがゆっくりと後ろから肩を抱き寄せる。
「……やっぱり、気になるかい?王子の事」
「……分かってます。分かってるけど……だからって、あんな事を簡単に受け入れろだなんてわたくしには……」
「じゃあいいじゃないか、逃げても。だってアンタは子供で、ただのメイドじゃないか」
「…………」
フルークのその、優しい語りかけを黙って聞くヒューゲル。しかし、彼女は震える声で否定する。
「いや、です……多分、本当は王子の方がもっと辛いし、王子にはまた笑って欲しいから……」
「……支えてあげたいんだね、どうしても」
「うっ……んっ」
次第に、彼女の瞳から大粒の雫が溢れ出す。フルークはそっと腰を落とすと、目線を合わせて頭を撫で下ろす。
「じゃあ、しっかりと話をしないとね。寄り添ってあげたい時は、ちゃあんと側に居てあげなきゃさっ」
「メイド長……」
ヒューゲルは涙を拭うと、大きく頷いて笑う。
「……はいっ!わたくしは、あのお方の御側に居たいです!!」
「そっか。じゃあ今日はもう仕事はおしまいだよっ!今日のうちにあの脱走王子としっかり話をしとくんだよ!!」
「……!あっ、ありがとうございます!!」
「敬語はおよしよ!仕事じゃなきゃあたしとアンタは親子だからね!」
「……うん!ありがとう、お母さま!!」
慰められたヒューゲルはにこやかに笑うと、颯爽と城の廊下を駆け抜けて行った。
宵ノ国の傍にある墓地。そこに、ひとりネーゲルが花束を持って立っていた。
襲撃の後、死者はその日のうちに埋葬され、今では復旧の合間に遺族たちが途切れ途切れに参拝をしている状態であり、この時間はたまたま誰も墓地を訪れていなかったようだ。
それが今の彼女には都合が良かったようで、ホイレンの眠る墓の前で気兼ねなく語りかけ始める。
「へへっ……ほらじーちゃん、花束っ!何持っていけばいいか分かんなかったからさ、城の庭から詰んできちゃった!内緒だよ?」
彼女はその花束を墓の前に添えると、しゃがんで再び語りかける。
「あのさ……アタシね、レイレスに酷いこと言っちゃった……。酷いって、アタシバカだから気にしないで言っちゃったんだけど……やっぱりよく考えたら、やっぱり酷い事なんだよね……だって」
小さい背中が、小刻みに震える。
「だって、違うじゃん……人殺して、ありがとうだなんて、違うじゃん……!!そんなの、勝手過ぎるじゃん……」
墓跡にポタポタと、小さな染みが出来る。点々と作られる染みは、広い墓跡の隅でただ虚しく広がり続ける。
「ねぇ……なんか言ってよ……いつもみたいに、バカ孫だって叱ってよ……!!」
少女の叫びは、無情にも風と共に空虚に溶けて消える。
だが、その風は代わりに不穏なものを運び込んで来てしまったーーーー。
「……この気配、吐き気がしやがる」
街の被害を視察していたメーネは、獣人族に備わった危機察知能力によって不穏な気配をキャッチしていた。
「あんさん、どないしはった?」
「ああ……多分、先の襲撃と同じ……人族の機械だ。だがコイツぁちとヤバめだぜ」
「と言うと?」
メーネは耳をそば立てて再び遠くの音を聴き比べる。
「……おそらく、数は10以上。今のここの戦力じゃ武が悪いにも程がある」
「……ではこの状況、あんさんはどないしなはるん?」
ゼーエンは既に答えが分かりきっているとでも言うように、顔を覗かせて問う。
「もちろん、アタックだ」
メーネはニヤリと笑うと、懐から通信機を取り出して号令をかける。
「来国中の全隊員に通達ッ!!ゴーレムライダー隊、防衛体制を展開せよ!!」
「あ〜らら、右も左も血の気の多い事」
宵ノ国の関所前。そこはまるで、地面が割れん程の地響きが近付いていた。その正体は、暁ノ国からやって来たヴァルキリーヘッドの部隊であった。
『し、しかしレンシア隊長……本当にヴァルキリーヘッドを持ち込んで宜しかったのでしょうか?これはただの調査の筈では……』
『構わん。ディステル様の命である、こちらの威厳を示す為にも無駄な事ではない筈だ』
そう言って、レンシアと呼ばれた女の連れた部隊は宵ノ国までの道を進む。レンシアは、他とは違う青いヴァルキリーヘッドに乗って隊を扇動していた。
そして部隊が関所までたどり着くと、そこには先程メーネの号令により終結したゴーレムライダー部隊が門の前に整列して壁となっていた。
ゴーレムライダーとは、背中に鞍を装備された、10m程のゴーレムの背に乗って操る魔族の防衛部隊の名である。
『諸ォ君ゥン!!此度の御遠征ィ真っコトに御苦労であァアる!!我はメーネ防衛隊卯ノ隊隊長ホルンであァアる!!要ォ件を述べよッ!!』
ホルンと名乗るシカの獣人が、目の前に立つ巨人の群れへと高らかに要求を申し立てる。
それに対し、レンシアは前へと赴き、獲物を地面に突き立てて申し立てに答える。
『我は暁ノ国の調査隊隊長、レンシアである。先日この周辺の区域で、人族の男の死体が見つかった。それに加え、行方不明者も2名、だそうだ。原因を調べるために、協力願いたい』
それを聞いた防衛隊は驚き、困惑の言葉を口々に言う。
それに対し、話の読めないレンシアは疑問を投げかける。
『どうした、何か不都合でもあるのか?』
『不都合だァあとぉ!?キサマッ、どのォ口が言えたァ事かッ!!そいつらァが我々の国に手を出した疑いがあァアる!!』
『なんだと?』
レンシアたちの部隊も同様に困惑の声を上げる。しかし、それに合わせて両者にひとつの結論が浮かび始めていた。
『それで……キサマ、その者たちは今どうしている……』
『…………』
『申せ!!』
レンシアは獲物を再び強く地面に打ちつける。
『……し、処分……されてェいるであァアる……』
ホルンが居心地悪そうに小さくそう言うと、再びレンシアの部隊が騒つく。
すると、その中のひとりが急に前に出て声を上げる。
『キサマたちか……?キサマたちが俺の親父殺したのか……?』
『な、なァんだお前……!!』
『やめろアクレ、冷静になれ!!』
レンシアが諌めようとするが、アクレと呼ばれた男はその足を止めない。むしろ逆効果で、詰め寄る歩みは次第に強くなる。
『親父はなあ!俺たち家族のために汗水垂らして働いてたんだ!!昨日は俺が兵隊になったお祝いをしようって笑ってたのに……なのに帰って来なかった!!お前らが殺したんだろうがッ!!』
『そ、それェは分からんのであァアる!!』
『だったらその処分したヤツら出せやァ!!』
アクレはホルンを怒鳴りつける。
しかし、ホルンは問い詰められようと無理なものは無理だと困り果てる。何故ならその処分された者たちは、レイレスの手により凄惨な姿へと変わり果てていた為だ。
『とっ……とォにかく今日は帰るのでェあァアる!!こっちも暇じゃァないのでェあァアる!!』
ホルンがなんとかこの場は引き取ってもらおうとアクレのアイゼンソルダートの機体に手をかける。
『離せよクソ野郎!!』
しかし、冷静さを失ったアクレは振り払うようにホルンのゴーレムを蹴り上げてしまった。
『むォオっ!!?』
20mのアイゼンソルダートに対し、ゴーレムは10m前後。蹴り飛ばされてしまえばその身体は軽く投げ飛ばされてしまうのは想像に難くない。
ホルンの駆るゴーレムはそのまま関所まで飛んでいき、派手に音を立てて壁を壊した。
そしてーーーーしばらく、時が止まる。
『……あっ』
そして、再び時が動き出した頃には、既にブレーキを踏む者はいなかった。
『あ、あの人族、隊長をやりやがった!!』
『テメェどういう了見だオラァ!!』
関所に、ゴーレムライダーたちの怒号が響く。物凄い勢いで投げ飛ばされたホルンとパートナーのゴーレムは気を失ってぐったりしていた。
アクレは詰め寄られてしまうも、それでも納得が出来なくて逆上してしまう。
『おっ、お前たちが悪いんだ!!お前たちが親父を殺したから……俺は何も悪くねぇ!!』
『おいアクレ!短期を起こすんじゃない!!彼らも混乱しているのだ!!』
レンシアはなんとか抑えようとするも、もはやゴーレムライダー側も歯止めが効かなくなってしまっているようだ。
『こうなりゃ絶対国には入れさせねぇ!!』
『そうはいかぬ!!これは暁ノ国の兵としての名であるぞ!!門を開けぬか!!』
加えて暁ノ国の兵士たちも痺れを切らし、冷静な対話すらままならなくなってしまう。
(くっ……私は、私はどうすれば良いのだ!!)
一触即発……混乱極まれり、今まさに戦いの火蓋は開かれた。
その戦いの爆音は、レイレスのいる丘の上からでも聞こえる程に響いていた。
「誰か……戦っているのか……?また誰か……傷付いてしまう、のか……?」
レイレスは昨日の事を思い出す。あの日はただ純粋に、大切な友達を守りたいという気持ちでいっぱいだった。しかし、今は誰かを傷付けてしまう恐怖で何も出来ず、心に蓋をして震えていた。
(いいんだ……別に、僕が行かなくたっていいんだ。関わらなければ、何ひとつ関係ないんだ)
そうして塞ぎ込んでいると、丘の麓からヒューゲルが走ってくるのが見えた。
「王子!!レイレス王子!!」
「ヒューゲル……」
ヒューゲルは、レイレスの震えてる手を握る。その手の温もりは、彼の心の芯を温めてんとするようだった。
「王子……関所で争い事が起きてます!」
「あ、うん……知って、いるよ……」
レイレスは形見の王冠を見つめながら、再びあの時の出来事を思う。
「僕には、みんなを守る力がある……でも、それはその分だけ誰かを傷付ける力でもある。だからもう嫌なんだ、母さんの残した力で人を……殺したくない」
「だったらいいんです。嫌なら、逃げたら良いんですよ」
「え……っ」
ヒューゲルはレイレスと額を合わせ、静かに優しく語りかける。
「あなたはこの国の王子……やがて、魔王としてこの国を納める御方。そんな貴方様を守るのが、この国の民の役割。支えるのが、我々の役割……。だから、辛い事は皆に任せていいんです」
「ヒューゲル……」
ヒューゲルのその優しい言葉に、レイレスは安心する。それと同時に、その安心感に甘えてはいけないと言う想いも溢れてくる。
レイレスはゆっくりとヒューゲルを引き離すと、なんとか笑顔を作って言葉を返した。
「……僕は、僕はやっぱり、誰かが傷付いているのを黙って見ているのは嫌だ。それは、自分が傷付く事よりももっと嫌だ!!」
「レイレス王子……」
「でもやっぱり、ちょっぴり怖いなぁ……」
レイレスのその不器用な笑顔が、今度はヒューゲルの心に覚悟を産み出した。
「ならば……わたくしも共に歩みます。わたくしを、エヴィルアインに乗せてください!」
「ヒューゲル……ありがとう、分かったよ」
レイレスもその覚悟に応えて勇気を振り絞る。そして、2人はエヴィルアインの元へと走り出した。
宜しければご評価、ご感想いただけれは幸いです。
読んでいただきありがとうございました!
後編もよろしくお願いします!!