起動!!魔王復活エヴィルアイン(前編)
宵ノ国。その城下町は、低い建物が疎に並んでいて決して規模は大きくは無いが、民はそこで活気よく暮らしていた。
そしてその大通り……そこは今、多くの人で……正確には国の民である『魔族』で溢れかえり賑わっていた。
しかし、それは所謂お祭り騒ぎという訳でもないようで、道行く人たちは皆訝しげな様子で道の中央を見ていた。
「あれがクレイブラット王……」
「人間が魔族の国のど真ん中をよくものうのうと……」
大通りを行く、やけに豪華な作りの護送車の後部座席。その中に、この人集りの要因となっている人物は乗っていた。
「まるで見世物だな……いや、こんなのはいつもの事だったな」
男の名はクレイブラット・クラウン・デメル。暁ノ国の国王であり、この16年の間、魔族と人族との和平交渉を執り行い続けてきた功労者である。
彼の親身な交渉により、これまでの16年は目立った争い事などは行われていない。
……故に、民たちは気に食わないのだ。
我が宵ノ国の魔王の命を、グローセス・オプファ・ヘルツをその手で葬った彼の築いてきたこの平穏な日々が……。
そんな事など承知だと言う風に車窓から民衆を眺めていると、同乗していた人狼族の男が、髭を撫でながら気を遣って声をかける。
「むう……しかし、毎度毎度この様子では貴方様も気が休まらんでしょう?かく言うわたくしも、どうも落ち着かんと言うか……ははは……」
「私なら何も問題はない。それよりもホイレン卿、あの子は……今も元気にしているだろうか」
そう溢すように質問するクレイ。その眼差しは、どこか寂しさのようなものを含んでいるようにも取れる。
ホイレンはその胸の内を悟り、元気付けるようににこやかに話す。
「ええ、ええ!それはもう……元気すぎて、我々もちと参っておると言うか……」
「そうか、大事無ければそれで良い」
ホイレンの言葉にクレイは心ばかりに安心し、微笑んで頷く。しかし、それに反しホイレンは困ったように小さくため息を吐く。
「……やはり、会われないのですか?」
「ああ、良いのだ」
護送車はしばらく、ゆっくり、ゆっくりと大通りを進んでいく……。
時を同じく、宵ノ国の裏に立つその丘で、街の喧騒も知らずに眠る少年の姿があった。
その少年は、ひとり木陰で風を受けて涼やかな時を過ごしていた。だがしかし、そのひとときも迫り来る足音と共に終わりを告げる。
「もう……見つけましたよ、レイレス王子!」
「ん……なんだ、ヒューゲルか……」
レイレスと呼ばれた少年は、同じ年頃のハーピィ族の少女に起こされて、まだ眠そうに目を擦って起き上がる。
「なんだじゃぁありませんよ!!勉強の時間になるといっつもいっつも抜け出して……わざわざ探さなきゃならない方の身にもなってください!!」
「あーはいはい。でもヒューゲルだって僕に構ってていいの?城の問題児は他に居るでしょ?」
「話を逸らさないっ!!」
面倒くさそうに頭を掻いて文句を言うレイレスを、ヒューゲルが一喝する。するとそこに、もうひとつの足音がいそいそと近付いてくる。
「おーい、ヒューゲル!レイレス!!」
その足音の主は、これまた彼らと同じくらいの歳の、人狼族の少女であった。その少女は、着ている服の汚れも気にせず、エプロンの前掛けを袋の代わりにして目一杯に木の実を詰め込んでいた。
「ほら来た、問題児その2」
「ネーゲル!!なんですかそれは!!」
「これねぇ、奥の方の木に沢山実ってたんだ!こっちがスモモで、こっちが木苺!!そんでこっちがグミとナンテんぶっ!?」
話の止まらないネーゲルの口をヒューゲルが頬を掴んで止め、毎度お馴染みの説教タイムが始まる。
「ナンテンは生じゃ食べられないでしょう!!それに木苺の汁がエプロンに染み付いちゃってもぉー洗うのがどれだけ大変か……それに王子とはそれ相当の対応を心掛けなさいと何度も言ってあるでしょう!!我々は王子の召使いとして幼い頃から共に教育されて……」
「ふ、ふぉんふぁふぉふぉふぉひ……」
「はぁ!?なんです!!」
詰め寄られるネーゲルは、指を刺しながら必死に訴える。その指の指す先には、こっそり逃げ出そうとするレイレスの背中があった。
「レイレス王子ッ!!」
「ヒェッ……勘弁してくれェ!!」
こうして、レイレスとネーゲルは強制的に城の中へと連れられて行ってしまう。その間にも、ネーゲルは抱えた木の実はなんとしても手放さなかったと言う。
所変わって、宵ノ国の城付近にある国際会議場では、両国の首脳陣たちが集って国家間の更なる問題の解決案を議論していた。
「諸君、ここに集まってくれたのは他でもない。これは、以前から我々の間で執り行われた首脳会議で練りに練った、問題の解決議案だ。諸君が、16年間頑張ってくれたおかげだ」
「よして下さいよ……敵であった人族であるアンタが、これまで我々と親身になってくれたおかげさぁ」
皆が頷く中、1人だ渋い顔をする者がいた。
「むう……気に食わんなぁ」
そう言うのは、獅子獣人の男だった。
「メーネ卿!!貴殿はこの停戦協定に反対するつもりか!!」
「ホイレン殿……別に俺はこの案に反対する気はない。むしろ、和平が結ばれれば戦争せずに済むとくれば乗る他は無かろう。問題はこの『口約束』をこの男が守るかどうかだ……もし、下手な事をすれば、俺様とて……」
メーネがその鋭い眼光で睨むが、クレイはそれに臆する事なく返す。
「メーネ卿……あなたは戦闘部族の若き族長であったな。そのように脅さずとも、条約が結ばれれば我が国は他国への攻撃を一切行わないと誓おう」
クレイは席を立つと、皆に見えるように胸に手を当てて頭を下げる。それを見た一同は一瞬狼狽えるが、お互いに目を見合わせあ後に頷き合った。
「クレイブラット王……あなたを、暁ノ国を我らの同盟国として快くお迎え致します」
そして、この場にいる皆が、彼と同じように敬礼を返した。
「……さて、では次の議題と行こうか。まずは国家間の関税の見直しと……」
その頃、城内ではレイレスが厳しい厳しい授業を受けていた。
「うぅ〜……なんでこう毎日毎日難しい勉強ばっかやんなきゃいけないんだよぉ……」
「こんなもの難しい内に入りません!それに……貴方様がこの国の魔王として相応しい御方になる為には、政治や数学、国語を学ぶ事も大事なのです」
「そうだぞ〜!」
レイレスの両横では、ヒューゲルとネーゲルが立って勉強の指導をしていた。しかしよく見てみると、ネーゲルはただ横に座って、先程集めた木苺を頬張っているだけであった。
「だいたいさぁ、なんでヒューゲルが家庭教師なのさぁ!僕と同い年なのに……」
「教える側の場合は、多少勉強していればそれ程問題はないのです!それに、我々は幼い頃より身の回りの世話を任されており、勉強もその義務のうちのひとつで……」
「そうだぞ〜!」
「ネーゲル!あなたは何もやってないでしょうが!!」
「そうだぞ……って痛い痛い痛い!!こめかみグリグリしないで〜!!」
「だいたいあなたも情け無いです!!何が一緒に木の実狩り〜ですか!!まんまと王子の誘いに乗せられてんじゃぁありません!!てかグリグリされながら食べ続けようとするなあぁぁ!!」
2人が戯れていると、部屋の外からもうひとり、ハーピィ族の女性が入ってくる。
「あなたたち、静かにしなさいな!!」
「おかあさ……じゃない、メイド長!!すっ、すみません!!」
「だ、だってヒューゲルがぁ……」
メイド長と呼ばれたのはヒューゲルの母のフルークだ。フルークは部屋に入り2人を叱りつける。
「言い訳は結構です!それより、こんな所で2人だけで何をやってるのですか!!今は王子の勉強を見る時間でしょう!!」
「それはそ……え?2人……??」
それを聞いてヒューゲルは辺りを見回す。すると、既にそこにはもうレイレスの姿は無かった。どうやら2人が戯れている間に、隙を見て窓から逃げ出してしまったようだ。
「あんのバカ王子いぃ……!!こんな時だけ頭を使うな!!」
それからしばらく、レイレス捜索が再び行われる事となったのだが、その時当の本人は城下町へと向かっていた。
「まったく、あの2人の喧嘩が日常的で助かったよ……それにしても、今日はなんか人だかりが多いような……」
レイレスが一息つきながら、何かに群がる民衆を眺めていると、上から影が突然覆い被さって、気付いた瞬間には既に何者かに馬乗りにされてしまった。
「んがっ!!?」
「つーかーまーえーたー……レイレス王子ッ!!」
「ヒュ、ヒューゲル!!?もう追いついたのか!!?」
「当たり前です!!あなたの行動パターンは頭の中にインプット済みですから!!それに、街中ならば飛んで探せばすぐ見つけられますからねっ!!」
ヒューゲルは腕、もとい翼を広げて自慢げに言う。そんな彼女の後ろを、ヘロヘロになったネーゲルが追いかけて来る。
「もう……どうしてこういつもいつも逃げるのです!!勉強が面倒くさいのは、そりゃあわたくしにも分かりますけど……」
「だったら律儀に追いかけて来ないでよ……」
「そう言う訳には参りません!!あなたには……この国の王子として、いずれ魔王となる御方としての義務を全うしなければならないのですから……」
その言葉を聞いたレイレスは、急に俯いて静かに目を伏せる。
「王……子……?」
「義務……魔王としての、義務……か。なんだよ、それ。それがどうしたってんだよ……!」
「レ、レイレス王子……」
「だってさ、だってそうだろ?父さんと母さんの顔も分からない、最初っからひとりぼっちでさ!それなのに、産まれてからずっと魔王の子だ魔王の子だって言われて、勝手に後継にされて……結局みんな、責任を押し付ける先が欲しいだけじゃないか!!それで義務とか……荷が重いんだよ僕には……」
「王子……」
2人の間に、重い空気が漂う。その時、息を整えて落ち着いてきたネーゲルが2人の間に割って入る。
「でもさ、だったら全部背負わなくたっていいじゃん!」
「え……っ」
「ネーゲル……」
「だってさ、アタシとヒューゲルが着いてるんだもん!!ずっとずっと、昔っからさ!!だってそのためのソッキンってヤツでしょ?レイレスが困った時は、アタシたちに頼ったらいいんだよ!」
ネーゲルのその自信満々の言葉に2人は目を丸くするが、お互いに顔を合わせた後、やがてその顔に笑みが溢れ始める。
「……ふふっ、そうでしたわね。わたくしとした事が、すっかり忘れる所でしたわ」
「ネーゲルにそんな事言われるなんて、僕らもまだまだって事だなっ」
「王子はそもそもまだまだと言うより『ぜんぜん』ですっ!!」
「み……耳が痛いな……」
「あははは!!」
次第に、3人に漂う空気が和気藹々としてくる。
その時、大通りから湧き出す騒めきにレイレスがふと横目に覗き込む。
瞬間、たった一瞬……その大通りの傍に停まっている護送車に乗り込む男と目が合った。
「……」
男は何やら意味深にレイレスを見つめた後、何事も無かったかのように再び護送車の荷台へと乗り込んでいった。
「あれって、暁ノ国の……でも、なんだったんだろ?」
「ほら、行きますよ!今日は魔脈と機械技術の発展について勉強しなきゃいけませんからね!!」
「わっとと……!み、耳!耳!!耳引っ張るなってぇ!!」
それから数時間後、護送車に揺られて自国へと辿り着いたクレイブラットは、兵や兄妹の迎えを受けていた。
「お帰りなさいませ、兄様」
「宵ノ国への長旅、お疲れ様です」
護送車の乗り込みり口に、2人の人物が歩み寄る。1人は赤髪で、体格の良い女性。もう1人は青髪の、クレイとは歳の近い男だ。そして2人は、貴族風の煌びやかな服装をしている。
「ガーベラ、ディステル。日も暮れるのにわざわざ、出迎えすまないな」
「問題ありませんよ。クレイ兄様はずっと頑張っておられるのですから……」
そう言って、ガーベラはクレイの羽織るマントを丁寧に外す。ふと覗き込む彼の顔には、密かに苦労が伺える。しかし、それを決して民に分かるように見せないのは知っているので、ガーベラは口を出さなかった。
「兄上、さぞお疲れでしょう。風呂が沸いております。汗を流しておかれてはどうでしょう。……それに少々、獣臭くあられます」
ディステルは小声で、憎らしく笑って茶化す。クレイはそれが気に食わずムッとするが、すぐに平静を取り戻す。
「……では、食事の前に浴びておこう」
クレイは言葉を飲み込み、城の中へと歩いていく。側近たちと兄妹2人も、クレイの身支度を補助するためその後ろを静かに着いて行く。
その間、ただひたすらに足音だけが廊下に響くのみであった。
「……民の前であったために言葉を控えていましたが……ディステル兄様は少々口が過ぎると思われます」
だが……長い沈黙の中、ガーベラの言葉が唐突にそれを破る。それが気に障ったのか、ディステルも反論の言葉を返す。
「私は事実を申したのみ。犬っコロどもと戯れていたのだ、兄上には似合わんさ」
「クレイ兄様の苦労も知らないで……16年間、なかなか折れない魔族どもを説き伏せるのにこれ程の時を無駄にしたのです!それがやっと身を結び、世が良い方に変わって行くと言うのに、ディステル兄様は切り替えが出来ない!」
「そもそも父上がまだ生きておられれば!!……生きておられれば、兄上も外交などという物に現を抜かさずに済むものを、全く気が知れんよ……」
「それを口が過ぎると言うのです!!」
「お前たちッ!!」
言い合いをする2人に、クレイは痺れを切らして怒鳴ってしまう。それから、少しバツが悪そうに再び口を開いた。
「……私は疲れている。喧嘩がしたければ、もう着いて来るな」
そう言って、側近たちのみを連れて再び城の中を歩き始める。置いて行かれた2人は、罪の押し付け合いだの何だので再び言い合いを始め出した。
(やはり変な気分だな。住み慣れた城より、種の違う者たちの住まうあの国の方が居心地がよいと言うのは……いや、最早これもいつもの事だな)
クレイは胸の中で静かにそう思い、小さくため息を吐いた。
「……という訳だ。明日は手筈通り頼む。ああ、苦労して手に入れたヴァルキリーヘッドだ、有効に使うが良いさ」
翌日、宵ノ国は眩いくらいの晴天を迎えていた。
そのカラッとした天気に、子供たちは外に出てはしゃぎ、大人はさあ商売だと言わんが如くせかせかと支度を始める。
これは、ここ16年間誰もが当たり前に過ごして来た毎日だった。
ホイレンは、その様子を城から見下ろしながら平和を実感していた。
と、ひとり物思いに耽っていると、下の階から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「じーちゃん、おはよぉ〜!!」
「ネーゲル!朝っぱらからそんな薄着でバルコニーに乗り出すんじゃあない!!はしたないからはよ服を着んさい!!」
「はーい!!」
「まったく……あのバカ孫は成長せんのう……」
やれやれと言う風に頭を掻くホイレン。
その時ふと、遠くから何やら異音が響いて来るのが聞こえる。人狼族含む、獣人族特有の危機察知能力が、ホイレンの本能に危険を伝える。
それに……。
「……!!この音は……まさか……いや、あ、あり得ん!昨日の今日ではないか……!!」
その予感に心音が高鳴る。そして、その最悪な想像を極力現実にしないために急いで部屋を出て階段を駆け降りた。
宜しければご評価、ご感想いただけれは幸いです。
読んでいただきありがとうございました!
後編もお楽しみください!