審判!!浮遊騎士ゲルドゼーレ(閉廷)
それからしばらくの間、法廷の空気は恐ろしい程に冷え切っていた。
と言うのも、調査隊による機械持ち出し、そして調査を逸脱した破壊行為等その他諸々、まるでディステルに被された容疑を被るかのように証人であるランタナが次々と自白をしていたのだ。
「えー……つまるところ、調査にヴァルキリーヘッドを持ち出すように進言したのも……」
「はい、私がゴリ押しして申し出ました。相手がどのような兵力を持ち合わせているのか不明なため、どうにか無理を通していただきました」
「は、はぁ……なるほど」
(なんなんだこの茶番は……!!こんなものを裁判だなんて呼べるものか!!)
拳を固く握り怒りを抑えようとするクレイ。それを見てディステルは、茶化すように声をかける。
「どうされましたかな、兄上?異議があれば遠慮なく申されては?」
「茶化すな愚弟!!斯様な遊戯にマトモに付き合っていられるものか!!貴様は王族として恥じらいはないのか!!」
「恥じらい……そうですねぇ、今は兄上がこの法廷で騒ぎ立てている事が恥ずかしいですかな」
「ッ……ええい、貴様は皮肉でしか喋れんのか!!」
「こ、国王!!静粛に……」
「ッ……」
裁判長に諌められるクレイ。しかし、とある事に気がつき、苦し紛れに異議を唱えてみる。
「そ、そうだ……ディステル、貴様はまだこの偽造書類の件について答えてはいないではないか!!」
「ああ、その事ですか」
ディステルは立ち上がり、弁護士の資料の中からひとつの紙を取り出した。
「これはねぇ、そこにある資料……唐紅色の印が押されたものと同じ内容の明細表です」
「なに……?」
「よーく目を凝らしてみてくださいねぇ?と言っても、誤差の範疇でしょうがね……これには、何の問題もなく、きちぃ〜んと本物の、柘榴色の朱肉の印が押してあります。つまり、これは正真正銘の本物の明細という事になりますがね?」
傍聴席から響めきが聞こえてくる。クレイはそれに対し、ふたつの明細を突き出して反論する。
「ではこれは何なのだ!!何故ここに、偽の印と正しき印の押してある明細があるのだ!!そ……その明細はいったい……!!」
「では、どちらかが精巧な偽物という事でしょうな。となると、疑わしきは私だけではなく、兄上も横並びと言えましょうなぁ?」
「ぬぅっ!?」
その時クレイは悟った。今手元にある証拠は、全て自分を陥れるための罠であった事を……。
それに重ねて、ディステルは自陣の弁護士に指示を出した。
「では、新しい証人を呼びたまえ。どちらの明細が本物か、偽物かを議論するためにね……」
そして、そこに召喚された男を見たクレイは目を丸くした。
「な……っ!!こ、この男は……」
「ええ、告訴側の弁護士が鑑定を依頼した鑑定士です。まあ簡単な話、彼に話を聞いてみれば全て解決するというもの」
ディステルはそう言って余裕の笑みで腰掛けると、変わって弁護士が鑑定士に尋問を始める。
「では、鑑定士どの。あなたが輸入器金属の明細の鑑定を受けた時の事を証言していただけますかな?」
「あ、はい……えー、わたくしは……」
「……どうされました?」
「……鑑定の依頼を受けた時……はい、受けました。そしてその……全ての明細を精査した所、うち先程の1枚が偽造書類である事が、分かりました……」
鑑定士はオドオドとした様子で発言する。その様子にクレイは何やら嫌な予感を覚えて険しい顔になる。
「それでその……例の、ディステル様の部屋で見つかったものは、本物であると判断しました……。しましたが……」
「したが、どうしましたか?」
「……再度精査したところ、使われている紙の繊維から、偽造書類である事が……分かりました」
「な……っ!?」
クレイはその書類を他のものと見比べてみるが、専門知識や専門機材のない今の状況では何も分からなかった。
「し、証人!!なっ、何故その事を黙っていたのです!?」
「お、王の面子を考えるとどうしても言えなかったんです!!だ、だから……」
(いや……おそらくこれは本物の明細だろう。偽物はあっちのはず……さては買収したか!ディステル、どこまでも小賢しい事を……)
クレイは手を挙げると、2枚の明細を差し出して発言する。
「であれば矛盾するではないか。あちらに同じ数字の本物の明細があるのなら、わざわざ偽造する必要はないだろう」
「そ、それは……そうなんです、がね……」
吃る鑑定士だったが、そこにまたしてもディステルが異議を唱える。
「なれば、そうですね……例えば、こうして証拠として提出する事によって、誰かを罠にはめるため……だとすれば?そうなれば、誰が損をして、誰が得をするのでしょう……?」
その言葉を聞いた全員が、簡単な想像をする。そう、既にその想像をするに足る前提は築かれているのだから。
「……貴様、私へ疑いの目を向けさせるつもりか」
「滅相もない。私はただ疑わしきは露わにせねばならないと思った次第ですがねぇ。なんならこっちの証拠も精査して頂ければ尚確実だと思うのですがね?」
(くっ……ヤツの誘いに乗って鑑定したとしても、鑑定士が買収されているのでは意味がない!!)
歯噛みするクレイに、ディステルが更に追い打ちをかける。
「では兄上、ここでハッキリさせましょう。あなたが私をハメてまでやりたかった事……いや、ここ16年間、あなたが計画してきた事を」
「……何が言いたい?」
「……あくまでも、白を切りたいのですね」
そう言うと、ディステルはファイリングされた紙の束を取り出した。
「これは、私が扱っている軍事事業の16年分の決済表です。初めの方はかなり順調だった金回りも、近年に近付くにつれ赤字が続いて行きます。何故か……そう、和平交渉によって兵器開発を止められているためです」
ディステルはそう言いながら、発言を求めるためクレイへ目配せする。
「……それがどうした。戦わないのなら兵器を造らなくて当然だろう!」
「では……このような虫の息の状態で、我が国が攻め立てられれば……どうでしょう、ひとたまりもないと思いませんか?」
ざわつき出す傍聴者たち。それを裁判長が木槌を叩いて収める。
「静粛に!!これ以上騒げば退廷を命じます!!」
「……ディステル、言いたいことがあれば結果を申せばどうだ」
「……ではお答えします。兄上、あなたは我が国を魔族らの占領地としようと企んでおられる……違いますか?」
再び、傍聴席がざわつき始める。
時を同じく、宵ノ国では裁判の様子の映らないモニターを前にメーネたちが四苦八苦していた。
「クソッ!まだ映らんのか!!」
「し、しばらく待つのであァアる!!今通信兵が頑張っているのォであァアる!!」
その時、さっきまで何も映らなかったモニターに法廷の様子が映し出され始める。
「お、おお!映っ……」
『占領地だと!?貴様!話が飛躍し過ぎではないのか!?』
画面にクレイの姿が映し出されると、物凄い剣幕がモニター室に響き渡る。
「うおっ!?な、何がどうなってやがるんだ!?」
メーネが混乱していると、モニター室にゼーエンとレイレスが入室する。
「ねえ、裁判どうなってんの!?」
レイレスが画面を注視すると、今度はディステルの姿が映る。
『そうですねぇ、流石に飛躍し過ぎでした。しかし、あながち冗談でもないかも知れない……それを裏付ける証拠は提示できますが?』
ディステルはそう言うと、クレイの目の前まで歩み寄る。
『ひ、被告人!被告席から離れないように!!』
『兄上。今日はアレ、持って来てないのですか?持って来てますよねぇ?大切なものですから……』
『っ……』
ディステルはクレイの胸元を突きながらネチネチと詰め寄る。それにクレイは、黙って背けそうになる目を泳がせる。
「お、おい……あっちの王様、なんか様子が変だけど……」
『ほら、みんな観てますよぉ?黙ってたら、全世界で中継観てるみんなが怪しんじゃいますよぉ??』
『ク……ッ、やはり貴様、謀っ……』
『どうなんです?持ってるんでしょう!!』
クレイは観念すると、首元からロケットの付いたペンダントを取り出す。すると、ディステルはそれを乱暴に引き寄せて、ロケットの蓋を開けて見せる。
『はいみなさんご注目!これなーんだ!!』
そのロケットの中身が、画面いっぱいに映し出される。その映し出されたものを見て、レイレスは驚いてとあるものを懐から取り出す。
「こ……これ、って……」
『そう、これは……16年前、この国を訪れて何もかも破壊し、そして我が父デルフィニウム・クラウン・デメルを殺害した魔王グローセスの王冠、その破片である!!』
それを聞いた全員が、法廷とモニター室を騒めきの音で満たす。
「お、おいおい、こりゃあヤバい雲行きだぜ……」
「これは……状況が悪いでありんすね……」
『では兄上、これを大切に持っていた理由をお答えしてもらおう。いや、私の口から言ってもいいのですがね?』
『貴様……!』
拳を固く握り歯噛みするクレイ。それを見て勝ちを確信したディステルは、水を得た魚の勢いで最後のひと押しをする。
『……では、私が変わってお答えしましょう。16年前のあの日、兄上は約1ヶ月半の行方不明期間の間に魔王と接触。その後に魔王と共謀して我が父を殺害した……そして、魔王を裏切って殺害した後に王となり、我が国を手中に納めた……違いますか?』
『ふざけるな!!何を根拠にそんな事を……』
『ではその首にぶら下げているゴミはどう言い訳しますか?反論出来ればなさって下さいよ』
『く……っ』
クレイは思わず首に手を運びかける。その所作が、民衆への疑念を更に確信へと導いてしまう。
『兄上、私は信じたくなかった。信じたくなかったが仕方がない……あなたは、王家を裏切った逆賊だ……!!』
ディステルの迫真の叫びに、周囲の空気が一気に静まり返る。
そして、モニター室の画面プッツリと消えてしまった。
ディステルのドヤ顔が全世界に晒された無音の法廷では、クレイを連行するために兵士たちが次々と門を開けて入ってくる。
「くっ……全て筋書き通りという訳か……」
「ええそうですその通り……分かったのなら膝を突いてその高い頭をへぇこらと下ろしたらどうです?」
「誰がそんな事するものか!!」
「ならばアンタの行き着く先はDown to “die”だ」
ディステルが指で首を切る仕草をすると、兵士たちがクレイを取り囲んで拘束を試みる。
「さあ、さっさと観念して王座を開け渡してくださいよ、兄上ェ?」
「王座だと?貴様のような小物に王が務まるものか!」
その時、傍聴席から突如何者かが飛び出し、サーベルを引き抜いて剣の腹で兵士を薙ぎ倒していった。
「ぬぁっ!?」
「くぉっ!」
「兄様!!今のうちに……!!」
現れた者の正体、ガーベラが道を切り開くと、クレイは頷いてその道を駆ける。
「させるな!!」
ディステルは兵に指示を出して道を塞ごうとするが、そこにもうひとり小柄な人物が現れて兵士を薙ぎ飛ばしていく。
「はいは〜い、邪魔邪魔〜」
その女性は兵士の足を蹴り飛ばして進路を確保すると、クレイを見送って眠そうに手を振る。
その様子を見ていたディステルは、面白くないというように眉を顰めてガーベラを睨む。
「ベラ……何のつもりだ?」
「あなたにはそう言う風に呼んで欲しくはありません」
「……ふん、まあいい。貴様も国家反逆罪だ」
そう言い捨てると、今度はランタナの方へ顔を向けて指示を出す。
「ランタナよ、アレは王家の機体だ。しかし、今回だけは乗る事を許そう」
「はっ、心から感謝致します」
ランタナは敬礼をすると、法廷を出て何処かへと駆けて行った。
「さて……これから面白くなるなぁ……クククっ」
「はっ、はっ、はっ……」
ディステルの差し向けた兵士に追われるクレイは、法廷を飛び出し、城下町の門を飛び出し、更に国の門を飛び出して駆け抜ける。
彼が走る道の景色は、まるで廃墟が並んでいるようだった。しかし、それでいてそこには確かに人々が暮らしていた。
(クソっ……ここから……ここからだと言うのに……!!私は何故、救うべき彼らに背を向けながら走らなければならないのだ!!)
歯を食いしばりながら走っていると、上空から巨大な影が地面に落ちる。それに気付いて見上げると、そこには見慣れた愛機の姿があった。
(ゲルドゼーレ!!?誰があれを動かして……いや、それよりも……何故飛べない筈のゲルドゼーレが飛行をしているのだ!?)
困惑している間にも、ゲルドゼーレはクレイを追って低空飛行に入る。
(くっ、捕まってたまるか!!)
クレイは悪あがきに細い道に入り、どうにか撒こうと試みる。そして、建物の影に隠れて影が通り過ぎるのをどうにか凌ごうとする。
(頼む、このまま去ってくれ……)
しばらくすると、巨大な金属の飛行する風切り音が次第に遠退いていく。
それを見計らうと、物陰から飛び出して再び走り出す。
だが、貧民街を抜けて森へと入る直前に再び見つかってしまう。
(ここで……ここで捕まってたまるかッ!!)
必死で逃げるクレイだったが、木々を抜けた先には無情にも崖がまっていた。
「く……っ……ここまでか……」
目前には崖、後ろからはゲルドゼーレ。まさに全門の虎後門の狼と言ったところである。
絶体絶命の最中、クレイは覚悟を決める。
「……こんな時こそ、私は私の悪運を信じねばならんな。いや……信じるべきは運などではない……」
クレイは息を飲んで、思い切って踏み込んで崖へと身を投げ出した。
「“自分自身”だ……ッ!!」
クレイはそのまま、崖下の木々の中へと姿を消したーーーー。
『……ターゲットロスト。帰還します』
宜しければご評価、ご感想いただけれは幸いです。
読んでいただきありがとうございました!