魔法科の不死者 上
ニセアカシアの甘い花の匂いが色濃く拡がり、吐き気がしそうなほど重い匂いが集会場を包んで、校長が拗音を言えずに最初の挨拶へと戻ってから、また拗音が連続する最初の難関へたどり着いたとたん。シトシトと、雨が降ってきた。
朧月は先ほどの明るさが嘘のように、色あせて、ぼんやりと雲に色を添えるだけとなっている。
多分明日の朝の校庭は、ニセアカシアの白い花びらで染まっているだろう。
あのさ、用務員のイケオジを怒らせたら恐いと、ゆか運動とかの時に敷くマットの上で寝返りをうちながら言うのはどうなんだろな。
とりあえず、瞼に目の幻覚を貼り付けてとくか。
目を閉じたら絶対に寝るって?
イビキは困るな。あ、そうだイビキかいたら脳卒中という事にして自宅からお迎え来てもらうのはどうだろう?
脳卒中だと救急病院だって?
この集会に集まってる人の大半が、脳卒中になったら救急病院行きはムリだよ。
なに考えてるって?
そんなの決まってるだろ?
さっさと帰って寝る手段だよ!
とりあえず、地黒だけどおしゃれなあの女子と、目の下のに中2病な隈描いて、唇の色が独特で朗読をデスボイスやシャウトでする彼にメモ回して欲しい。
化粧品を売れ? なに考えてるんだって?
校長以外の大半の人の顔色を土気色、唇を紫にするんだよ。そうしたら床に座るなり横になれるだろ?
あとは、保健の先生と生物の先生と治癒魔法の先生に根回しして、イビキかいた人に脳卒中のレッテル貼って家の人に対処を丸投げしてもらおう。
これで集会も終わりのはず。
だからこのメモを職員席に回して。匍匐前進したら、校長に見つからずに近くまでいけるだろ?
制服が汚れるから嫌?
魔法科なんだから魔法で汚れを落とせよ。潔癖症。
この美しさに磨きがかかるから校長がリピート地獄に突入するだと?
バカか。お前の美貌なんて渋いジャーマンシェパードドッグぽい用務員のイケオジのキラキラオーラで霞むわ。
なんで得意そうなんだ?
お前ホモなんじゃないか?
ホモは俺だと?
俺のどこがホモなんだ?
もふもふ鼻毛と腋毛と胸毛フェチに目覚めた月刊ハッテンバの善良で純情な愛読者だぞ。
読んでる雑誌が全てガチホモ、しかも成人指定?
お前の妹からの貢ぎ物だぞ。ボロボロで、出会い系の情報にド派手マーカー引いて、倫理的に掲載したらアウト部分の目隠し処理に爪痕がある状態で、俺の席まで来て机の上にぶん投げて逃走してるんだからな。
しかもお前から渡せって言われたから仕方なくって、嘘泣き逃亡するんだよ。
なーなんでお前のウンコタイムをお前の妹が把握してんだ?
おー、工作員科より速い匍匐前進だ。
お帰り。先生達からグッジョブ貰ってたぞ。
美少年はウンコも下痢もしない?
いや、するだろ。
国語の先生の雑談で、密林奥深くで迷子になった時、蛍光水色に輝く幻覚見るキノコと、便秘治療効能があるショッキングピンクから蛍光紫の淡いグラデーションの光を放つハエとり草の外見をした薬草をおやつに、収穫したそのまま食べたら激しい腹痛と内臓からの出血に襲われて、用務員のイケオジが迎えに来るまで動けなかったって爽やかに笑って言ってたぞ。
なに泣いてんだ?
毎月恒例の下痢か?
そんな雑談聞いた記憶ない?
あ、それな。お前、昼休みに妹さんお手製の弁当食ってて、それからトイレに引きこもったやん。
その時に、お前待つか授業するかの多数決中の雑談でな。お前の食い残し弁当の中にそのキノコと薬草が生で入ってるから、致死量計算と化学式を使って色々楽しかった…。
それ錬金術科と料理科と医療科の必須科目? 魔法科でそれやったら来年の教科選択意味が行方不明?
ま、それはどうでもいいよ。
お前の弁当銀食器だけど、最近混入量が増えてきた毒物は銀に反応しねーし。
それをもっと早く言え?
言ったけど真に受けなかっただろ?
あ、化粧品回ってきた。
悪いけど化粧するわ。したわ。
ちと化粧渡すのに跨ぐよ。
男子生徒にもミニスカノーパンを推奨するべき?
いやさ、なんで俺の隠さないとダメなとこ見たいわけ?
男のロマン?
んなもん見ても嬉しくないだろ?
女より見たいだ?
お前確実にホモだな。
違う?
推しが国語の先生とイケオジ用務員カップルなだけ?
あの二人かなりエロい?
あのな。推しにそんな事妄想するのはファンではありません。お母さんそんな子に育てた覚えありませんよ。あ、俺お前の親じゃなかったわ。
まあねー、母親よりも都合よく尽くしてくれて養ってくれるエロい愛人が欲しいのは、同意するけど。するけどさ、お前俺の好みじゃないから。
どうしてもって言うなら鼻毛を三センチ鼻の下へ伸ばしてから告白しろよ。フるから。
なんで脈がないのかって?
決まってるだろ?
俺、ホモじゃないし。脛毛すら永久脱毛してスキンケアする足ツルツルは論外なもふもふ好きだから。
変態?
うるせぇ。俺は羊くらい毛深かったら男女どっちでも結婚してもいいんだよ。それだけで結婚を決めるのは血族が許さねぇけど。
あ、はい。先生ありがとうございます。大人しく座らせてもらいます。
朧月の明かりが揺れる夜空。シトシト降る雨はいつの間にか止んでおり、校長の話は振り出しにもどっていた。
ひんやりしても良さそうな夜風は、体にまとわりつくように生暖かい。
誰だ火炎魔法を起動させている学級は?
ああ、普通科の問題児5人組がサンマと岩牡蠣を焼いているのか。まあ腹が減るよな。
ところで、焼いてる途中でなんでレモンをかけているんだ?
栄養素が加熱で壊れるんじゃないのか?
ついでに後ろのクラスメート達を見た。
土気色の顔色に紫の唇。そして白目部分さえも土気色で閉じない虚ろな瞳。そんな彼らが座って頭を揺らしていた。
ゾンビとかグールという不死者があんな感じだな。
そうして次々と座っていく前方のクラスメート達を気にとめることなく目を閉じた。