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怪談

揺蕩う腕

 こんにちは。いつもお世話になっております。


 えっと、今回の取材は『仕事で体験した怖い話』ということですか。

 仕事中に体験した話で一つとても印象深い出来事があるんですよね。なのでそれを話させて頂きますね。


 あ、ちなみにどこなのか特定されてバレるのは問題あるからあんまり詳細は教えられませんので、もし気が付いても明言したりしないでくださいね。明らかに此処だってわかるような書き方もしないで頂けますととても助かります。


 これは昔、僕がとある水族館で経験した出来事です。


 潜水士の資格を持ってた僕は閉館後に大きな水槽に入って掃除をしてたんですよ。


 大きな水槽ってレイアウトで岩場とか造るんですけど、そうするとどうしても餌の食べ残しとか魚のフンとかこぼれ落ちて隅の方の狭い隙間に入り込んじゃったりするんですよね。

 そういうのを放置していると、何かの折に魚が激しく動いて巻き上げちゃう事があるんですよ。


 で、毎日閉館後に僕は先輩と二人でタンクを背負って水槽に入って掃除してたんです。


 そんなある日のことなんですけど、その日もタンクを背負って二人で水槽に。

 いつものように掃除を始めようと水槽の端に向かおうとしたんです。そしたら少し離れた岩場の隙間から白い何かが見えたんですよね。

 展示面側から見ると中央より少し右によった一番奥。まあ、その時は魚を見間違えたかと思ってたんですよ。体調悪かったり弱ってる魚って身を守るためにそういう場所に籠ったりしますから。


 先輩は左端から、ボクは右端から掃除していって、何かが見えた辺りに差し掛かったんですけどね、唐突に先輩に肩を叩かれて浮上の指示を出されたんですよ。


 水面に上がって、まだ中央奥側を掃除してない事を伝えたんですけど、いつもとは全然違う強い口調で『今日はこれで終わりにしましょう』って言い切られたんですよ。


 几帳面で、物腰の柔らかい女性っていう感じの先輩だったから、いつもとは全然違うその口調とか行動が腑に落ちなかったけど、こっちは新人だし指示に従って作業終わりにしたんですよ。

 その日はそれで終わり。翌日からは手のようなものは見えなかったんです。


 数日後、掃除の時にまた白い何かがまた見えたんですよね。端から掃除していって、ある程度近くなった時に一旦掃除を止めて何かを確認しに行ったら、白い手だったんです。


 肘から先の細く白い腕。あまり大きくなく、指の長いその手を見た時、(あ、これは女性の手だ)って思ったのを今でも憶えてます。


 掃除のために濾過器を止めて流れの弱くなった水流に揺蕩うその腕に何となく触れてみたくて手を伸ばす僕。

 そんな変なものを、明らかにヤバそうなモノを見て触れてみたいなんてこと考えたのは凄くおかしいって後になってみれば思うんですけどね。その時は全然そんな事考えなかった。

 導かれるように手を伸ばす僕。


 後少しで触れるというときに、先輩に腕を掴まれそのまま急浮上することになりました。


 水面に上がって少し冷静に…というか、正気に戻ったといえばいいんですかね。とにかく思考回路が元に戻った僕は先輩に尋ねようとしました。

 一体あれは何だったのか。問おうとする僕にバックヤードへと上がるように指示を出して先に向かう先輩。

 後をついて水槽から出ようとする僕。


 水槽に架けられたステップを上がろうとしたら、唐突にタンクを後ろに引っ張られ水中に落ちました。

 僕は水中に落ちただけでなく底へと引かれていきました。

 背負ったタンクを引っ張られているから、何に引っ張られているのかはわからなかったですね。

 そんな時でもダイビングで習った動きはできるみたいで、反射的に腕を回しレギュレーターを探し出し、口に咥えて呼吸をしようとしたんですよ。

 最も、口に咥えて呼吸しようとするボクの顔に背後から白い手が伸びてきて、レギュレーターを毟り取っていったから呼吸できなかったんですけど。

 気が付くと全身が動かせない。僅かに動く顔を向けると目に入ってきたのは全身に絡み付く無数の白い腕。

 水底で見たのと同じ真っ白な細い腕。

 無数のそれらに絡みつかれ藻掻こうとしている僕。

 傍から見たら魚を捕えたイソギンチャクみたいだったと思います。


 僕の意識はそこまで。気が付くと病院でした。

 意識がなかったのは半日程で、朝方に意識を取り戻したためにその日1日を使って異常がないか検査して、翌日退院。


 退院して水族館に顔を出すと先輩は辞めてました。

 引き継ぎもなく、『急で申し訳ありませんが』と言いながら退職届を上司に押し付け、唖然とする同僚たちを尻目にそのまま先輩は居なくなったらしいです。いつの間に整理したのか、使っていたロッカーには私物は無くなっていたそうです。


 救急車を呼び、病院まで僕に付き添っていたということなので、恐らくはその後に水族館まで戻ってきて私物を全部片付けたんだと思います。


 一連の行動から、先輩は白い腕が何だったのかとか知ってそうだけど、何だったのか聞くことはもう出来ませんでした。


 スマホに連絡しても繋がらず、アパートに行ってみたけれど部屋にも居らず、家具家電もそのままでした。

 全体的に整理された感じの部屋の中、引き抜かれた衣装ケースとその周りだけが散らかっていました。

 引き抜かれた衣装ケースの所々が不自然に空白となっていて、その周囲に服や下着が散らばっていたので、多分着替えなんかを乱雑に引っ張り出して行ったんだと思いますね。

 上司が実家に連絡したらしいのですが、退職届を出した日に一度連絡があったということらしいです。

 ただ一言『何日か旅行に行ってくる』とだけ。


 それっきり白い腕は見かけることもなくなりました。

 先輩が居なくなった以外は日常が戻ってきていたんですよね。

 だけどそうではなかった。


 連絡が取れなくなった先輩でしたが、一ヶ月後海で溺れた先輩が発見されました。

 発見されたのは岩場の海底。ダイビングスポットの岩場に揺蕩う腕をダイバーが見つけたそうです。死因は溺死。胃の内容物や、警察による調査の結果、死後二週間は経過していたそう。


 不審なのは、どうやっても人の入れない隙間の奥に入り込んでいた事。

 そんな状態なのに先輩の身体には傷一つ無かったこと。

 死後二週間は経過しているはずなのに、その体は水分を吸収することなく、まるで陸で普通に亡くなったかのようだったこと。

 そして、なぜか腕だけは体型からは信じられないぐらい細く、右腕だけ異様に白かったこと。


 それを知って僕もすぐに仕事辞めました。


 白い腕はいったい何だったのかとか、もしかしたら先輩が僕の身代わりになったのかとか、思う事はあったけれど、もう知りたくは無かったです。


 知れば次は僕の番かもしれない。

 次に白い腕を見かける時は僕が先輩のようになるかもしれない。

 もしかしたら次に見るのは男の腕で、それは実は溺れた僕の腕なのかもしれない。


 そんなことを考え始めたらもう水槽の中とか海には行けないですね。水の中ですら怖いのに、岩場なんて絶対に無理です。岩の隙間から伸びる白い腕を見つけてしまうかもしれないですし




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