最終話
「ごめんなさい!」
「ぽえっ!?」
「やっぱり……」
30分にも及ぶマルサス様のフラッシュモブは見事でした。それだけでお金が取れるレベルです。
この騒ぎを聞きつけて町中の方々が駆けつけてきて、フィナーレには拍手が鳴り響きました。
路上で行った演芸史に残るほどの芸術性の高さ。偶然その場に居合わせた宮廷演出家のモレロ氏はそう語っていました。
でも、プロポーズとしては赤点どころか0点です。
最後までご覧になってくださったルティア様を称賛したいくらいでした。
普通なら帰りますからね。ルティア様がおおらかな方だからこそ、残ってくださったのだと思われます。
……マルサス様はこのパターンを想定していなかったらしく、ポカンと口をあけて間抜けな顔を晒しながらフリーズしていました。
30分がたったの2秒で台無しになったという事実をまだ飲み込めないのでしょう。
「…………」
「あの、マルサス様?」
「…………」
「ええーっと、そのう」
「…………」
「帰らせてもらいますよ?」
「あー! 待って! 待って! 待って!」
マルサス様がフリーズしているうちに帰ろうとされたルティア様ですが逃げられずに失敗して残念そうな顔をされます。
もう無理なんですから、諦めればいいのに……。
「あのさ、僕は君のために何日も徹夜して頑張ったんだよ? それは通じているかな? 元々、できていた訳じゃないんだ。ムーンウォークもバク宙もコサックダンスも」
「わかっています。わかった上でお断りしました。マルサス様への情は一切ありませんのでご理解を……」
「はぁ~~~!? じゃあ僕の練習って全部無駄になったってこと?」
「言いにくいですが、そのとおりです」
無視すればいいのに、律儀にマルサス様の求婚を受け付けない理由まで丁寧に話すルティア様。
もうここから逆転なんて神様の力を借りても無理ですよ。本当に諦めましょう。
「……そ、そんな! 僕の婚約者だったのに薄情すぎるよ! これ、1000万エルドも準備にお金がかかったんだぞ! せめてお金を返してくれ!」
「知りませんよ。エリナさんにプロポーズするって言っていたではありませんか」
「うるさい! この冷血女! お前なんて! 痛い! 痛い! 誰だ!?」
「……やれやれ、見ていられないな。マルサスくん」
「あ、あ、あなたはリュオン殿下……!」
これは驚きです。まさか第三王子のリュオン殿下が現れるとは。マルサス様は殿下に腕を捻りあげられて痛そうな顔をしています。
一体、どうしてし殿下がここにいるのでしょう。
「悪いが君の出る幕はないんだよ。彼女は私の婚約者だ」
「……ぽえっ?」
「ぽえっ、の勢いがなくなりましたね。若様」
なんということでしょう。リュオン殿下がルティア様の婚約者だと自称しました。
変ですね。確か彼は隣国の王女と婚約していたはず。何かあったのでしょうか。
「事情は深く話せないが、とにかくルティアは私の婚約者。これ以上、彼女を困らせるのなら私が容赦しないよ?」
「むむむむむむむむ、ぅぐぐぐ」
そんなセリフを残してリュオン殿下はルティア様を連れて行かれました。
ああ、益々大魚を逃した感がすごいですね。
それにしても1000万ですか。そして第三王子をも巻き込んだ今回の騒動。
この話を旦那様が聞けばどんな反応をするのか見ものです。
◆
「マ~ル~サ~ス~! 貴様ァ! 貴様というやつは! どれだけワシの顔に泥を塗れば気が済むのだァ!!」
「ぎえーーーーーーっ!」
ボコボコに殴られすぎて大理石の壁にめり込み、前衛アートというか、面白いオブジェみたいになっているマルサス様。
旦那様、マルサス様じゃなかったら死んでいますよ。
壁の中にいる彼をさらに殴りつける旦那様を見て、さすがに私も止めようと思ったのですが、迫力に負けて体が動きません。
「貴様! 婚約指輪代、慰謝料、そして訳のわからん演劇代、全部ワシが払うことになったんだぞ。しめて5000万エルド。テスラー家を食いつぶすつもりか! ええっ!?」
「そんな!? 世の中には金よりも大事なものってありますよね!? そう愛情です! 僕はそれに正直に生きました! 後悔はありません!」
「そのセリフは貴様の金を使ってから言え! この大うつけ者が!!」
「ぎえーーーーーーっ!!」
なんであれだけボコボコにされて、煽ることができるのか理解ができません。
旦那様の容赦のない折檻を受けてもこの方はついに謝罪の言葉を述べませんでした。
「もういい。お前にはなんも期待せん。勘当だ……」
「そ、そんな! お金くらいのことで勘当だなんて、あんまりです!」
「お金どころか十分に恥をかいとるわ! 王家と侯爵家の双方から目をつけられとるからな! だが、まぁいい。貴様がお金くらいというのなら、5000万エルド耳を揃えてワシに返済してみろ! もしも、できたらその男気に免じて勘当だけは許してやってもいい!」
あーあ、これはマルサス様は実質勘当されたも同然ですね。
旦那様もよほど腹に据えかねたのか、無理難題を言い渡して、絶望させたのちに切る算段をしたみたいです。
「わかりました。5000万エルドですね。利子をつけてお返ししてみせますよ。僕は愛に生きることを諦めませんからね!」
ボロ雑巾のようになりながらもマルサス様はそう啖呵をきりました。
いやいや、どう考えても無理ですって。頭が悪くて計算ができない、なんてことはありませんよね……。
◆
「あの、若様。アテはあるんですか? 5000万エルドですよ、5000万エルド。どれほどの額なのかおわかりで?」
「アネット、僕をバカにしているのか?」
「ええ、まぁ。否定はしません」
「なんの勝算もなしに僕は父上の条件を飲まないさ。ここを使って、すべてが上手くいく必勝ルートを考えた」
頭を得意げに指さしながら、作戦があると宣うマルサス様ですが本当でしょうか?
5000万エルドはどう考えても大金。簡単には手に入らない金額なのは自明の理なんですけど。
「で、一体どうするんです?」
「アネット、金を貸してくれ」
「真剣に会話をしようとした私がバカでしたね。5年間、お世話になりました。勘当されても強く生きてください」
「待って! 待って! ちゃんと聞いてくれ!」
一言目から私に金を借りようとするなんて、お話にならないと思いますが聞いて差し上げますか。
この方とはもうお別れかもしれないのですから。
捨てられる寸前の犬みたいでちょっと可哀想ですし……。
「君から何も5000万エルドを借りようってわけじゃないんだ。それができたら楽だけども。分家の使用人にすぎない君なんかに、そんな金があるはずないし」
「……お世話になりました」
「わーー! 待って! 待って! アネット聞いてくれ! 頼むって!」
この人、私に喧嘩売っているんですかね? ナチュラルに見下してきて、本当に失礼な方です。
「で? なんなんですか? 作戦って」
「いやー、隣国からスカウトしたエキストラの子に聞いた話だとね。リュオン殿下の婚約者だった王女様が駆け落ちして失踪したんだってさ」
「あー、だからフリーになってルティア様と婚約を」
「そして、その失踪中の王女様に懸賞金がかけられた。その額なんと1億エルド!」
ああ、そういうことですか。
ようやく意味がわかりました。安直ではありますが、無策だと思っていたことは謝りましょう。
というか、この人は隣国の人間までスカウトしてフラッシュモブに賭けていたんですね。
その情熱をもっときちんとした方向に向けられれば大成したかもしれませんのに残念です。
「アネット、隣国に行くぞ! 旅費を貸してくれ!」
「はぁ、マルサス様はお金を持っていないのですか?」
「もちろんだ! 全部父上に出してもらっていたからな! 伯爵家の嫡男はツケでなんでも買えるのだ!」
「そんな社会だから若様のようなモンスターが生まれるんですね……」
そういえば、マルサス様がお金を払っているのを見たことがありませんでした。
これは旦那様の教育にも問題があったのでは?
まぁいいです。この方とはかれこれ5年も付き合っていますから最後の望みに付き合って差し上げましょう。
「50万エルドお貸しします。返ってくると信じてもよいのですね?」
「たったの50? 思ったよりも貧乏なんだな」
「やっぱり止めます」
「わーー! 待って! 待って! アネット様! このとおりです! お金を貸してください!」
「躊躇なく土下座するくらいなら、最初からあんな態度取らないでくださいよ……」
ピシッときれいに土下座するマルサス様は最高に情けない姿でした。
しかしながら、間違えながらも筋を一応は通そうとする姿勢だけは見事です。
この方はクズで本当にダメな人ですが、時々妙に愛くるしくなるときがあるから不思議でした。
「いいですよ。お金を貸しましょう。隣国に行って王女様を見つけて、旦那様に許して貰えればまた再出発できますからね」
「ああ! 王女が見つかれば、きっとリュオン殿下は彼女とよりを戻す。そして一人になったルティアと僕がよりを戻す。これが僕の計画だ!」
「えっ?」
「今度はもっと泣けるショーをやって感動させよう。二時間くらいの脚本を書かなきゃな。オペラも勉強してだな……」
ま、まさか。マルサス様はまだルティア様を諦めていないのですか?
いや、王女様が見つかったとて、リュオン殿下はルティア様を手放しませんよ。絶対に。
はぁ、どこまでもお花畑ですね。そして、全然この人は懲りていません。
楽しそうにフラッシュモブの次回作を語るマルサス様は実に堂々とされており、卑屈な顔は一切見せませんでした。
「マルサス様、勘当にされたら旅劇団でも作ればどうですか?」
「アネット、僕が勘当されるわけないだろ? 真実の愛を貫くために正直に生きれば、いつかきっと幸せになれるんだ。僕の未来は明るいんだぞ」
その瞳は一縷の曇りもなくて、彼の顔は晴れやかでした。
私も大概、バカなんですよね。こんなどうしようもない、バカ様のお側にいたいって、思ってしまうんですから。
願わくば、私もマルサス様には幸せになってほしいですよ。
仮に勘当されたって、この方は前向きに生きていける。それだけはなんとなく予想ができました。
「若様のこと、私は嫌いじゃありませんよ」
「んっ? 何か言ったか?」
「いいえ、何も」
こうして、私たちは無謀な旅へと出かけました。
それでも、私はそれがちょっと楽しみでもあるんです。
まったく、もって物好きの極みだと思っています。
――でも、なぜでしょう。悔しいかな、そんな若様が時折愛おしくてたまらなくなるのです。
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