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第二話

「すまない! ルティア! 僕と、この僕と……、婚約破棄してくれ!」


「こ、婚約破棄……、ですか?」


 それはきれいな土下座でした。

 誰よりも情けなく、惨めそうに床に頭を擦り付ける。

 私は土下座する男性を今まで見たことがありませんでしたから、ただ、ただ、呆気に取られていました。


 ま、まさか。良い手があるって土下座のことなんですか……?

 やっぱりバカ様じゃありませんか!


「僕はエリナを愛しているんだ! 真実の愛に僕は嘘をつけない!」


「エリナさん? エリナさんというのはマルサス様の幼馴染でしたっけ? その、エリナさんを愛しているのに私と婚約を?」


 バカ正直に別の女が好きだと聞いてルティア様はドン引きしているではありませんか。


 当たり前です。侯爵家の令嬢、それも才色兼備と誰もが羨む美貌と教養の持ち主。

 

 どう考えても伯爵家であるマルサス様がこんなに上から目線で物申せる立場ではないのです。


「それは仕方がなかったんだ。父上は健康な娘を僕に嫁がせたいと言っていたからな。病弱なエリナは伯爵家に相応しくないから諦めざるを得なかった」


「そ、そうですか……」


 渾身の決め顔で「諦めざるを得なかった」というマルサス様ですが全然格好よくありません。


 ルティア様は彼の話している意味を理解できないからなのか、思いきり不安そうな表情をしていました。


「だけど、僕は彼女をやっぱり愛していたんだよ! いや、愛しているんだ! わかるか!? この僕の純情!」


 涙ながらに大声を出して愛を語るマルサス様ですが、やっていることが最低なので一欠片も純情さが伝わりません。


 旦那様はすでに式場の手配をしていますし、ルティア様も当たり前ですがその準備していましたので、今さら感がすごいのです。


 それなら婚約などしてほしくなかった、という彼女の本音が私まで伝わってきていました。


 多分、伝わっていないのはマルサス様だけだと思います。


「マルサス様、あのですね。こんなことを言いたくはありませんが、あまりにも身勝手だと思います。これは二人だけの問題ではなく――」

「正論はやめろ! とにかく僕は今日の夢に出てきた花嫁姿のエリナが忘れられない! 病気と闘いながら僕のことを想っているんだ! 可哀想だと思わないか!?」

「いえ、エリナさんがご病気であることには同情しますが……」


 立ち上がって詰め寄り、マルサス様は段々と被害者ぶるようになりました。

 これは彼の得意な逆ギレというやつです。都合が悪くなっても、決して折れずに自己を正当化するという最低の手段を使っています。


 このとき私はルティア様に心底同情して、どうか逃げる選択をしてほしいと願いました。


「すまない! 健康で強い君よりも俺は病弱なエリナの側に居たい! 頼むから婚約を破棄してくれ!」


 ここ侯爵家の玄関先なんですよね。

 勝手に土下座して、喚き散らして、あちらの家の使用人たちも集まってヒソヒソ話をしています。

 これは一緒にいる私にとっても罰ゲームでした。


 お願いです、ルティア様。うちのバカ様、いえマルサス様を捨てる結論を出してください。

 あなたの器量ならきっと良縁に恵まれます。彼と婚約していたことは黒歴史になるとは思いますが、強く生きてください。

 

「もうお好きになさってください。そしてお帰りください」


「い、良いのかい? いえーーーい! やったぜ! 粘り勝ちだ! これで僕はエリナと幸せになれる!」


 ああ、やはりルティア様は婚約破棄を受け入れましたね。

 そしてマルサス様は飛び上がって喜び、エリナ様との結婚を夢見ています。

   

 ルティア様はそれを死んだような目をして見ていますね。いいえ、彼女だけでなく使用人の皆様もそうです。


 ていうか、私もそうです。今日のマルサス様は絶好調なクズでした。


「はぁ……。わかりましたから、もうお帰り――」

「おい、ルティア。その婚約指輪だけど、エリナにあげるから返せよ。高かったんだよ、それ」


「えっ? い、痛いです! か、返しますから、乱暴にしないでください!」


 グイッとルティア様の薬指から婚約指輪を奪い取るマルサス様。


 確かに目玉が飛び出るくらい高額な指輪でした。

 旦那様も渋い顔をしましたが、ルティア様が喜ぶならとお金を出してくれた大事な指輪です。


 ですが、それを奪い取ろうとするマルサス様は最低を通り越して畜生でした。


「はっはっはっは! この指輪をエリナにくれてやる。きっと喜ぶぞ!」


「人間やめたのですか? それとも羞恥心を捨てたのですか?」


 その指輪、ルティア様の名前を彫ってあるんですけど、いいんですかね? いくら高級品でも他の女性の名前が書いてある指輪など嫌だと思うのですが……。


「さぁ、アネット。スペクタクルを見せてやる! 僕の真実の愛が報われる瞬間をとくと見ろ!」


「スペクタクルとは、どういう意味ですか?」


「知らん!」


 この人、どうしてこんなに自信満々なんでしょうね。

 勢いに圧されて忘れていしましたが、エリナ様って多分マルサス様のこと好きでも何でもありませんよ。

 

 このまま振られてしまう可能性もあると思うのですが、そうなったら本当に道化というかバカです。


 せめて、そうならないことを祈っていますが、はてさて。

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