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過去からの刺客 2

「どこかお身体の具合でも、悪かったのですか?」 


 通り魔事件のあらましを聞いたアメリア・ティレットは、昼食どきの食堂でラージヒルに訊いた。なぜ真夜中の病院にいたのかが気になった。


「いや、どこも。ただ前に世話になった医者が当直でね。夜通し詰めてなきゃならないから、ガッツのつくものを差し入れてやっただけ」


「それで、タウト巡査長が事情聴取をしていたところに出くわしたと」


「あんな決めつけるような言い方をしたら反感を買うからな。そこでタウト巡査長にはお引き取りを願ったわけ」


「あとで警邏(けいら)課から抗議されないといいのですが」


「大丈夫じゃないの。連中、強盗殺人事件の捜査で他のことには頭が回っていないから。タウト巡査長だって俺が代わってくれて助かったと思うぞ。なんせ王都を騒がせている事件だからな。早く逮捕しろって、世間の目も厳しくなっている。通り魔事件にかまけているよりは、強盗犯を捕まえたいって思っているだろうさ」


 ラージヒルは言葉を切ると、ほぐした焼き魚の身を口に入れた。

 アメリアも野菜を口に入れてからゆっくり咀嚼する。


 食堂では憲兵たちが各々の時間を過ごしている。

 雑談を交わす者、昼からの仕事の打ち合わせをする者、一人で黙々と食している者など様々だ。

 空いた時間を狙ってきた査察課の二人だが、それぞれの課や係によって食事をとる時刻が違うため、いつもそれなりの数の憲兵がいる。


「あそこを見てみろ。飯時なのに殺気立ってるぞ」


 食堂の隅には比較的大人数のグループが張り詰めた空気を醸し出していた。

 強盗殺人事件の捜査員らしく、食事でさえ気の休まる思いがしないといった感じであった。

 連日の昼も夜もない捜査で疲労の色が見えている。食事をとる手も心なしか鈍い。


「私たちも手伝わなくて良いのでしょうか?」

 

 アメリアは野菜を飲み込んでから言った。


「あちらさんの捜査方針はもう決まっているからな。俺たちが首を突っ込んでもチームの輪を乱すだけだ。俺たちは俺たちの仕事をすればいい」


 二人は四人掛けのテーブルに座り、向かい合わせに食事をとっている。

 話が一段落すると、アメリアはもう一度野菜を一口食べてから、赤いソースのかかったパスタを口に入れる。

 塩味と辛味が利いていて程よい刺激を与えてくれる。


 すると、二人に声をかけてきた者がいた。


「隣、いいかな」


 女の声だった。

 アメリアは声の主の方へ顔を向けると、女性憲兵がいた。

 すらりとした体躯に、波がかった赤い髪、女性にしては鋭い目つきだが妙な艶めかしさを感じさせる。

 両手で持っているプレートの上には、野菜と肉の乗った皿とカップが置いてある。


 アメリアは彼女が誰だか気づき、慌ててパスタを飲みこんでから立ち上がった。


「これは、ミレイユ・デルベーネ警務局長」


 素早く右手を斜めに額に当てて、敬礼をする。ラージヒルも立ち上がって最低限の礼儀を示す。


「こんなところでかしこまる必要はないわ。さ、食べながら話しましょう」


「は、はい。では」


 アメリアの胸が早鐘を打つ。

 局長ともあろう方が、多くの憲兵がいる食堂に来るのが意外だった。

 新人の自分と同じテーブルで食事をとるなど、考えられないことである。


 遠慮がちにアメリアは椅子に腰かけた。

 一方のラージヒルは遠慮ない仕草で座ると、焼き魚を食べ始める。


 ミレイユはアメリアの隣に腰を下ろす。

 まさか警務局長が隣席につくとは予想だにしなかった。

 アメリアは緊張のあまり、食べ物に手を付ける気になれなかった。


「ラージヒル警視、昨日のことは聞いたわ」


 食事に手を付けるまえに、ミレイユは言った。ラージヒルは手を止めて、視線をミレイユに合わせる。


「ひどいことする輩ですな」


 局長を前にしても、ラージヒルは物怖じする様子はない。

 無神経なのか堂々としているのか。

 この人は、誰が相手でも物怖じすることはないのだろうと、アメリアは思った。


「五日前の石工通り魔事件と関連がありそうね」


 とミレイユは言った。


「そのような事件があったのですか?」


 アメリアはミレイユに顔を向けて訊いた。


「ええ、昨夜と似たような手口で石工が襲われたのよ」


 ミレイユは石工が襲われた状況を掻い摘んで話し始めた。


 五日前、石工のオグデンが家に帰る途中、何者かに背後から襲われた。

 後頭部に衝 撃を感じ、よろめきながら後ろを振り返ると、黒いフードを被った者が手に木剣を持っていた。

 大柄で身体が丈夫なオグデンは怯むことなく、通り魔に向かって行った。

 しかし通り魔は体術の心得があったらしく、あえて木剣を落とすと、オグデンの攻撃をかわした。

 隙だらけになったオグデンの左脚を、両腕で抱えるように持ち上げ、転倒させた。

 その後、淀みない動きで馬乗りになって執拗な攻撃を加え、オグデンの顔が腫れあがったという。

 日が落ち切っていない時刻を考慮したのか、それとも第三者に目撃される恐れもあったのか、通り魔はそれ以上攻撃を加えることなく去ったらしい。


 それからしばらくして通りかかった人に発見され、馬車を呼んで病院に運ばせたらしかった。


「昨日の通り魔は、魔法を遣っていましたがね。そちらは剣術と体術ですか」


 と、ラージヒルは魚をほぐしながら訊く。


「そうね。一つ共通しているのは、執拗に暴行を加えたってことぐらいかしら」


 そう言うと、ミレイユはカップに口をつける。


「あの、局長は同一犯の可能性があるとお考えなのですか?」


 アメリアはおずおずしながら訊いた。

 局長が相手のせいか、当たり前のことを訊いているはずなのに緊張してしまう。


「今のところは何もわからないわ。手がかりが被害者と目撃者の証言しかないから、どう手を付けていいものかわからないのよ。それに、チェザー治安統制局長も参っているみたい。連続強盗事件に通り魔事件、それと他の細々とした事件もあるから、人員が足りないって嘆いていたわ」


「なるほど」


 ラージヒルは何かに納得したらしかった。


「要するに、通り魔事件の方は私たちの方で捜査しろと」


「察しがいいわね。刑事一課に三課、それに警邏課の憲兵たちが、威信にかけて捜査しているから、どうしても強盗事件の方に人員を割かないといけないの。そこで手の空いたあなたたちに通り魔事件の捜査をさせたらと私が提案したら、喜んで了承してくれたわ」


 ミレイユはそのことを伝えにわざわざ食堂まで下りてきたのだろう。


「しかし大丈夫なのでしょうか? わたくしたちのような管轄外の人間が捜査するのは捜査担当の者が納得するとは思えませんが」


 任せてくれたのはありがたいと思いながら、憲兵は職域を重んじる人種だと思い出して訊いた。


「そこは気にしなくていいわ。彼らの最優先事項は強盗犯の逮捕よ。言い方は悪いけど、通り魔事件は二の次という有様なの。でも、どちらの事件も犯人逮捕に扱ぎつけたいのが本音よ。最終的な手柄を渡せばいいだけだから、彼らの面子もぎりぎり保てるわ」


「そういうものですか」


 手伝い、といった意味が理解できた気がした。

 犯人に目星を付けた段階で担当部署に任せろということなのだろう。

 最終的に犯人を逮捕させれば彼らの評価につながるらしかった。


「それで、お、局長。一つお願いがあるのですが」


「今、なんて言おうとした?」


 ミレイユの声がにわかに低くなった。

 眉間に皺が寄り、身体が心持ち前のめりになる。

 ラージヒルが言葉を飲んだのを聞き逃さなかったのだ。


 ――おばちゃんって言おうとしたわね。


 アメリアは苦笑した。

 ラージヒルが普段からミレイユのいないところで、彼女をおばちゃん呼ばわりしているのを何度か耳にしている。


「噛んだだけです。人間いつだって流暢に喋れるわけではありませんから」


 とラージヒルはしゃあしゃあとのたまう。


「まあいいわ、あなたの減らず口には慣れたわ。それで、そのお願いというのはなに?」


「犯人逮捕から取り調べまで、私たちに任せてほしいんです」


「他には渡さない、と」


「はい。その方が効率が良いかと思われます。途中で引き継ぐよりは手間が省けますから」


「手柄が惜しくなったの? 柄にもないことをいうわね」


 ミレイユは微笑んだ。

 嘲笑している感じではなく、思いがけない科白を吐いたラージヒルに興味を持ったようだ。


「いえ、ティレット警部補に経験を積ませてあげたいんです」


「わたし、ですか?」


 不意に自分のことを言われて戸惑うアメリア。


「そう。通常の新人が経験することができないというのは不幸でしかありません。なにしろうちは特殊な部署なもので、本来憲兵の下積みには不向きです。お偉いさんがたの思惑がどうあれ、彼女も一憲兵ですから」


 ラージヒルの言葉には棘があった。

 アメリアに気を遣っているつもりもあるだろうが、彼が普段上層部をどう思っているのかが、垣間見えたような気がした。


 遠慮ないラージヒルの申し出に対して、ミレイユは右手を顎に添えて彼の顔をのぞき込むようにしてじっと見つめた。

 ラージヒルの意図を深読みしているようにも見える。


「わかったわ。でも、最終的には引き渡さないといけないわよ」


「それならそれでいいんです」


 とラージヒルは淡白に言う。


「ではこれで。アメリア、行くぞ」


 いつの間にか皿を平らげたラージヒルがプレートを持って席を立つ。


「あ、はい」


 アメリアは慌てて残りのパスタを食べる。


「ちょっと待って」


 立とうとしたとき、ミレイユがそう言って耳元まで顔を近づけた。

 局長が、新人にすることではない気がした。


 にわかに緊張感が芽生え、胸が高鳴る。階級を超えた間柄になったのではないかと勘違いしそうだった。


「ティレット警部補、あの男が減らず口を叩いたら、遠慮することはないわ」


「え、あ、はい」


 曖昧な返答をして、アメリアは食器を片付けに行くラージヒルの背中に目を移す。


「拳固の一発や二発お見舞いしても、いや、魔法を撃ってももみ消してあげるから安心して」


 行っていいわ、と言われ、アメリアは食器を片付けに行く。


 とても局長とは思えない物騒な言葉を耳にして、ラージヒルとミレイユはどういう関係なのかという疑問が浮かぶ。

 お互いに気兼ねしない仲ともとれるし、因縁のある間柄ともとれる。


 ――私って……。


 これからどうなるのかしら、と思った。

 一筋縄ではいかない上役たちと関わりを持って、憲兵として光の射す道を歩むのか、それとも日陰を彷徨うのか想像がつかなくなった。


 ただ一つだけわかることがある。目の前の仕事を懸命にやるしかなかった。


 ――通り魔事件の犯人を挙げないと。


 気を改めて、犯人逮捕に力を尽くそうと決意した。


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