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盗賊と芸術家 9

「警視どの、困りますなぁ。盗賊の捜査は我々の管轄です。勝手に動かれては迷惑ですよ」


 書斎に入るなり、タドカスト巡査部長はそう言った。


「おお、巡査部長。ちょうどよかった。さあ、この盗賊を早いところ連れて行ってくれ」


 子爵はボガールを指さした。心底ほっとした感じである。


「承知しました。さあ、警視殿。盗賊をこちらに渡してもらいましょうか」

「無理だな」


 ラージヒルは即座に断った。有無を言わせない態度が現れている。


「警視殿、いい加減にしてください。あなたには関係のないことでしょう」

「ところがそうでもないんだな」

「なに?」


 タドカストの表情が険しくなる。


「不良憲兵に捜査を任すと、真実が闇に葬られるからさ」

「侮辱だ! たとえ階級が上でもその暴言は聞き捨てなりませんぞ」


 憲兵の序列は関係ないと言わんばかりに、激昂した。

 後ろに控えている部下たちが剣やロッドを手にかけていつでも抜く構えを見せている。


「あのさぁ」


 殺気を帯びた雰囲気をものともせず、ラージヒルは呑気に頭を掻いた。


「仮にもこっちは査察だよ。なんの証拠もなくあんたを不良って言うと思う?」

「タドカスト巡査部長。あなた、いや、あなたたちはかなり金銭を受け取っていたようですね。事件をもみ消したことも多々あると伺いました」


 アメリアは言葉を引き継いだ。


「な、何を根拠に」

「屋敷の使用人から聞きました。子爵がかつて城下屋敷に勤めていたメイドにいたずらし、隠蔽を図ったと調べはついています」


 城下屋敷のメイドたちから詳細は聞いているのだが、口にするのは憚られた。

 鬼畜にも劣る所業を貴族ともあろうものが行っていたのだ。

 貴族の端くれとして、何よりも法に仕える憲兵として許せなかった。


「それを苦にしたメイドは、自害したのです」

「まあ、そういうことで。適性のない憲兵に調べさせるわけにゃいかんわな。それに、このボガールって盗賊もどうなるかわかったもんじゃないしな。彼、相当子爵を恨んでいるようだし、禍根を残さないよう便宜を図って――」


 いきなりだった。

 ラージヒルが言い終わるまえに、タドカストが剣を抜いて襲い掛かる。

 ラージヒルも瞬時に剣を抜き、タドカストが振り下ろした剣を受けた。

 それを見た部下たちも殺到してきた。


「トルメロさん、我々の後ろに。ボガール、あなたも」


 彼らを乱闘に巻き込まないように、アメリアは声を張り上げた。


「わ、わ」


 トルメロは縺れそうな脚を動かして、アメリアの後ろについた。一方ボガールは動く気配はない。


「まあ、たまには課長らしいところを見せるか。アメリア、二人をちゃんと守るんだぞ」


 ラージヒルは剣を返して青眼に構えた。峰で迎え撃つつもりだ。ピクリとも動かず敵を見据えている。

 タドカストたちは躊躇した。ラージヒルの構えに一切の隙を見出せないようだった。


「なにをしている。さっさと終わらせないか。こいつらを斃さないとお前たちまで破滅するんだぞ」


 子爵がタドカストたちに発破をかける。しかしそれでもなお、彼らは動けない。


 タドカストの剣の切っ先がぴくっと動くとラージヒルは仕掛けた。

 タドカストが剣を上段から振り下ろすと、ラージヒルはすり抜けざまにタドカストの胴を撃った。


 ラージヒルの動きを、部下たちは目で捕らえることができなかったらしい。

 魔法遣いの一人が気づいたときにはラージヒルが懐に飛び込んでいたのだ。

 慌てて魔法を撃とうとすると、ラージヒルは剣を跳ね上げ、彼の手首を撃った。


「う、わ、わ」


 残り二人の部下は戦意をなくしたようだ。


「そこまでだ!」


 耳を貫くような大声が書斎に響く。子爵がボガールにロッドを突きつけていた。


「動くな、警視。私が何もできないと思ったか。人一人消せるぐらいの魔法は遣えるぞ。さあ、おとなしくしろ、さもないとこの男を始末する」


 子爵はなりふり構わない脅迫に打って出た。

 ロッドを突きつけられたボガールは、感情を見せずに、ただ子爵を見ている。


「子爵さん。あんた『ドラゴンズロア』のテーマを知っているか?」


 ボガールは突然そう訊いた。


「ふん、何をいまさら。苛政に苦しむ民衆たちの声を具現化した姿だろう」

「そうだ」


 ここでボガールは笑った。ねばつくような目の光を湛え、子爵を嘲笑しているように見えた。


「よく考えてみな。あんたに、それを所有する資格はあるかい?」

「ふん。美術品というのは高貴な者が所有してこそ価値があるのだ。成り上がりの杜氏が持っていたところで、何の意味がある?」

「高貴? あんたがか? ジョシュアさんまで死に追い込んだ野郎のどこが高貴なんだ」

「でたらめを言うな! 私はそんなことしていない」

「もうよしましょう。父上」


 事態の成り行きを傍観していたロリスが口を開いた。憐れむような目つきで自分の父親を見つめる。


「父上、あなたが『ドラゴンズロア』ほしさに、様々な悪事を働いていたことは、僕も承知しています。それに証拠だってあります。もうおとなしく法の裁きを受けるべきではありませんか」

「ロリス、お前」


 子爵の目が震える。息子が裏切ったことが信じられないようだ。


「さあ、アメリア様。父を逮捕してください」


 と言って、ロリスは後ろに引きさがった。


「くそ、ならこうするまでだ」


 自棄になった子爵がロッドの先に魔力を集める。禍々しい炎の弾が放たれようとした。


 それを見たアメリアはすぐさま魔法を撃った。それも同時に二発。〈水槍(アクアランス)〉が子爵の造った炎を打ち消し、〈氷弾(アイスシェル)〉を子爵の喉元に放った。


 ロッドが、乾いた音を立てて机に落ちる。子爵は脇腹を押さえ机の上に突っ伏した。


「アストリー子爵、殺人未遂の現行犯、及び『ドラゴンズロア』窃盗の罪で逮捕する」


 アメリアには子爵を敬う気持ちが消えていた。

 今ここにいるのは高貴な者ではなく、己の罪を糊塗するために、暴挙に出た悪漢に過ぎなかった。


「さて、これ以上は無理だってわかってるよね。おとなしく連行された方が身のためだよ。さあさあ、縛について」


 ラージヒルは剣を鞘に納め、緊張感のない声で言った。

 実力を見せつられた連中に抵抗する気は、すでにない。


「トルメロさん、大丈夫でしたか?」


 アメリアは後ろを振り向いてトルメロを気遣った。だが、トルメロに反応はない。どこかを凝視しながら呆けているように見えた。視線の先に目を遣ると、ボガールが宙を見上げながら表情のない顔で佇んでいた。


「あいつ」


 と、トルメロが言った。


「あんな虚しそうな顔をするんだ」


 トルメロの声を聴いて、アメリアは改めてボガールを見た。


 すべて、終わったんだ。


 そうつぶやいた気がした。机の前に佇んでいるのは、得体のしれない盗賊ではなかった。ボガールという今やがらんどうと化した男が宙を見上げているだけである。


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