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盗賊と芸術家 7

 作業に着手して五日、ようやく完成間近までこぎ着けた。

 初めて木像を彫った割には上手くいった気がする。

 決して満足のいく出来ではないが、形だけはなんとか真作に近づけられた。

 

 その間、ラモールは一度しか来ていない。進捗状況を見に来たついでに真作の『ドラゴンズロア』を引き取りに来た。

 〈場面記憶(シーンメモリー)〉の魔法が遣え、形を似せるだけなら何の不都合もないので、言われるままに返した。

 手元に置いておきたい願望がなかったわけではないが、万が一憲兵がもう一度来た時の用心をしなければならないと考え直したのだ。


 後味は良くなかった。贋作を造ったことに対してではない。

 トルメロの目的である、『ドラゴンズロア』の製作者、シエロ僧侶の真意に触れられた気がしないのだ。形を真似るだけでもいい訓練になると思ったのだが、結局一体の龍の木像を彫っただけに過ぎなかった。

 とはいえ、依頼された通りのことはした。あとはラモールが取りに来るのを待つだけである。

 

「トルメロ、お客さんだぞ」


 と伯父の声が聞こえる。


「誰?」


 ラモールか憲兵のどちらかしかない。

 ラモールなら贋作を渡すだけで済みそうだが、憲兵だったら間違いなくトルメロを盗賊の一味と見なしたのかもしれない。


「前に仕事の依頼しに来た人だよ」


 ラモールだった。進捗具合を見に来たらしい。


「入ってもらって」


 トルメロはそう言うと、ドアが開けられラモールが入ってきた。

 相変わらず生気の乏しい顔つきで何を考えているのか読めない。彼は断りなくベッドの上に腰かけた。


「できたか?」


 抑揚のない口調でそう訊いただけだった。


「もう少しだよ。あとは塗料が乾くのを待つだけ」


 真作の『ドラゴンズロア』には塗料が使われていないが、古びた色を出すためにあえて使ったものだった。

 ラモールは立ち上がって机の前で腰を屈めて贋作を見つめた。


「まあまあってところか」


 出来具合に満足したようだ。口元が歪み乾いた笑みが現れた。


「僕としてはこれが限界だね。不満なら他の人に頼めばいい」

「いや、構わないさ。前にも言っただろ、出来はどうでもいいって」


 ラモールは背を伸ばすと身体の向きを変え、またベッドに腰かけた。


「あとどれくらいかかる?」

「三十分ってところかな」


 トルメロは早く三十分経ってほしいと思った。

 危険な誘いに乗ってしまった後悔が押し寄せてくる。

 ラモールは出来はどうでもいいと言ったが、トルメロからしてみれば明らかな失敗だった。

 作品への情熱も製作者への意図もくみ取れない出来損ないを他人に渡すのは忍びなかった。

 いっそのことこの手で闇に葬りたい気持ちに駆られる。


「不満そうだな」


 ラモールはトルメロの気持ちを読んだらしい。


「……とても人にあげられるものじゃないよ」

「芸術家のプライドってやつか」


 言葉だけなら嘲弄ともとれるが、ラモールにはその意図はないようだった。

 むしろどこか羨ましげな響きを感じた。


「ラモール、一つだけお願いがあるんだ」

「なんだ?」


 ラモールは顔を上げてトルメロと目を合わせた。


「真作の『ドラゴンズロア』をもう一度見せてくれないか。僕には芸術家として足りないものがある。それが何かを知りたいんだ」


 自分には表現できなかった『ドラゴンズロア』に込められた怒りと嘆きをもう一度この目に焼き付けておきたかった。もう一度見ることができれば、〈場面記憶〉の魔法では掴みきれなかったシエロ僧侶の想いを感じ取れるかもしれないと思ったのだ。


 たとえラモールの気が変わって自分を傷つける行為に及んでもかまわないとさえ思った。


 ラモールは顔を俯けて、目を瞑った。そして深いため息を吐いてから言った。


「わかった。お前には迷惑をかけたし、その分の償いはしてやる。だが一つだけ条件がある」


 ラモールは底光りした目でトルメロを見据えた。


「『ドラゴンズロア』がある場所を口外しないことだ。もし誰かに言ったら命はないと思え」

「……わかった」


 トルメロは身体に力を入れ、震えをこらえながらラモールを見つめる。


 三十分後、贋作の塗料が乾いたのを確かめると、ラモールはバッグに贋作を収めた。


「ついてこい。今から案内してやる」


 ラモールが部屋を出ようとした。今すぐとは思わなかったので、トルメロはいささか慌てた。

 

 伯父に出掛けるとだけ伝えて、外に出た。

 久々に日の光を浴びて、思わず顔をしかめた。

 夏の入口に入りかけた町並みが白みを帯びている。

 建物の影が際立って濃く見えて、その中を歩いている人々の顔が見えにくかった。


 ラモールはイクリスの北東に向かっているようだった。

 人通りの多い道から、日の射さない路地に入って行く。

 急に方向を変えたように見え、トルメロは振り回された感があった。

 すると、ラモールが身体を寄せて来た。


「振り返らずそのまま歩け」


 ラモールは耳元で囁く。


「後ろから足音が聞こえるか?」


 そう言われてトルメロは耳を澄ました。敷石を擦るような足音が聞こえる。


「うん、聞こえるよ。誰かが跟いてきてるのかな」


 トルメロは横を歩いているラモールに顔を向け、目の端で後ろを見たが、人の姿が見えなかった。

 尾行になれているらしく、姿を見せずに二人の後を跟けているようだ。


「すまないが予定変更だ。尾行されている以上、『ドラゴンズロア』のある場所に連れて行くわけにはいかない」

「じゃあ僕はどうすれば」

「悪いがこのまま付き合ってもらう」


 ラモールはわずかに足を速めた。


「どこへ行くんだい?」

「着いてからのお楽しみだ」


 二人はそれ以上話さなかった。


 ラモールは町を巡りながら行く方向を変えた。

 北東に向かっていたのが、西の方へ向かっていた。

 途中いくつもの橋を渡り、路地を潜り抜けると、トルメロが似顔絵描きをしている公園に着いた。

 色付いた木々に囲まれた芝生の上で人々が思い思いの時を過ごしている。


 二人はその様子に目もくれず公園を西に横切る。

 ここまで来ると、トルメロは行き先に見当がついた。


 ――アストリー子爵の城下屋敷か。


 ラモールは贋作を持って一気に勝負をつける気なのだ、と勘付いた。

 『ドラゴンズロア』をあるべき場所に返すための最後の一手を打つらしかった。


 アストリー子爵城下屋敷の門前に、見張り番が暇そうに立っていた。

 朝から立ちっぱなしらしく顔に疲れの色が出ている。


 ラモールは見張り番に無造作に近づいて行った。

 すると、二人を跟けていた足音もやんだ。

 トルメロはつい気になって辺りを見回した。だが人の姿はどこにもなかった。

 門前の通りは遮るものが何もなく、別家の城下屋敷の塀が続いている。

 曲がり角は遠く、ここまでは見えないはずだった。


「アストリー家の誰かに会いたい」


 とだけラモールは告げた。

 見張り番の頭は鈍っているらしく、何を言われたのか理解できない様子だった。


「ここに木像がある。アストリー家のものじゃないのか」


 ラモールが続けて言うと、見張り番はようやく事態を理解したらしく、目を瞠った。

 すると、剣を抜いた。ラモールを盗賊とみなしたらしい。


「ちょっと待った」


 突然どこからか声がした。

 トルメロは辺りを見回したが、ラモールと見張り番以外の姿はない。

 見張り番も周りを探ったが、同様の色を顔に浮かべているだけだ。

 ただ、ラモールだけが平然としている。


 すると、見張り番の横から二人の姿が浮かび上がった。

 先日トルメロのもとを訪れたアメリアと、後ろに髪を撫でつけた長身の男である。


「憲兵庁の者だ。アストリー子爵城下屋敷窃盗事件の重要参考人として貴様を拘束する」


 アメリアはロッドをラモールに突き付けた。

 下手な動きをすれば躊躇なく魔法を撃つつもりだ。

 ラモールは凝然として動く気配がない。


「憲兵さん、俺は抵抗する気はないよ。ただ、こいつを持って来ただけだ。本人に確認してもらった方がいいだろ」


 ラモールはバッグから中身を出した。

 贋作の『ドラゴンズロア』である。


「よしわかった。俺たちも同行しよう」

「課長?」


 予定外のことだったらしく、アメリアは驚いた顔になる。


「まあ、見てろって案外面白いものが見られるかもしれんぞ。アメリア、見張り番に案内してもらうように頼んでくれ」


 課長と言われた男は胡乱な笑みを浮かべた。

 まるでこうなる事態を予想して的中したかのような喜びがある。


「お騒がせしてすみません。わたくしアメリア・ティレットと申します。お手数ですが、先日の窃盗の件で、ロリス様のお耳に入れたいことがあります」


 アメリアは恭しく来訪の目的を告げた。

 見張り番はアメリアが重要な客だと察知したらしく、急ぎ足で門内の邸宅に向かった。


「憲兵さん。何があったんです?」


 トルメロは戸惑いながら訊いた。


「おお、あなたがトルメロ・ネルアスさんですか。私、シズマ・ラージヒルと申します。先日はうちの部下が失礼しました。さぞかし怖かったでしょう」


 ラージヒルは柔和な表情で謝った。

 基本的には精悍で男ぶりのいい顔つきだが、どこかとぼけたような、油断ならない印象がある。

 隣のアメリアは目を瞑ってそっぽを向いた。


「あ、いえ。僕の方も悪かったので、はい」


 曖昧な気持ちになって答えた。


「まったく、普段から国民に愛される憲兵を目指せと言っているんですが、どうもうちの部下はなっていなくて。顔だけがよくて魔法をぶっ放すことしか頭にない乱暴者ですからこちらも手がかかりますな」


 ラージヒルは口元に笑いを浮かべた。

 言葉の途中から、アメリアがラージヒルの横顔を見上げて睨みつけている。


「お待たせしました。ロリス様、それに子爵もお会いするとのことです。ではこちらへ」

「へえ、領主様がわざわざイクリスにねえ。じゃあ行くか」


 ラージヒルが門内に足を踏み入れると、ラモールもついていった。

 アメリアはまだラージヒルを睨んでいた。


 ――何が起ころうとしてるんだ?


 トルメロの胸に不安がよぎる。とんでもない事態にならなければいいと願った。


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