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盗賊と芸術家 6

「おまえさんねえ、たかがゴキブリ投げつけられたぐらいでそんなにキレることないでしょ」


 査察課の詰所で聴取の仔細を報告したあと、ラージヒルにやんわりと注意された。

  アメリアもやりすぎた自覚があるので、ラージヒルの小言を聞きながら羞恥に胸を浸され、顔が赤くなった。


 逆上してトルメロを追い続けていたら道行く人が捕り物をしていると勘違いをして、冷やかし交じりの声援を送ってきた。

 怒りが覚めたのは許したからではなく、走り続けて疲れたからだ。

 二人とも身体中が汗まみれになり、息を切らした。

 トルメロから謝罪されると、アメリアもやり過ぎたと思い謝った。


「ですが、あまりにも失礼です。せっかくモデルになってさしあげたのにあんなことされたら誰だって怒りますよ」

「だからって、イクリス中を追い回すことはないでしょうよ。そんな大した悪さもしてないんだしさ。そんなにやらなくてもいいじゃない」


 その通りだった。強引に逮捕したとしても、取り調べをしてすぐに釈放になるのが目に見えている。

 公務執行妨害が適用されるようないたずらではない気がする。


 もういいとトルメロに謝ったあと、お詫びとしてトルメロが数枚の素描を描き下ろしてくれた。自分にも非があったと反省したらしい。

 それらの素描はどれもアメリアを描いたもので豊かな感情が現れているように見えた。

 捜査の過程で手に入れたこともあって、ラージヒルに提出したのだ。


「申し訳ありません。以後気をつけます」


 ここは謝るしかなかった。


「それにしても、さすが画家の卵だね。なかなかのもんだ」


 小言を終えて、ラージヒルは渡された素描を次々と見始めた。

 頬が緩んでどこか楽しげである。


「アメリア、額縁を買ってきてくれ。何枚か飾ってやるから」

「やめてください。なに考えているんですか」


 アメリアは強い口調で即座に断った。

 そんなことをされたら一日中恥ずかしい思いをしながら仕事をしなければならない。


「ふーん。これなんかいい出来だと思うがな」


 ラージヒルが机の上に置いたのは、トルメロが最初に描いたロッドを構えたアメリアの姿である。

 改めて絵に描かれた自分の姿を見ると、恥ずかしさがこみ上げてくる。

 あのときは照れの混じった嬉しさがあったのだが、今になってみるとなぜ引き受けてしまったのと後悔していた。


「どこもよくありません」

「ふむ。本質をとらえている気がするがなぁ」、


 ラージヒルは素描を手に取って翳した。


「課長、本質とはなんでしょうか?」


 聞き捨てならない気がして、尋ねた。


「今さら言うことないだろ」

「怒りやすいということですか。ですから以後気をつけますと」

「お淑やかさとは無縁で、粗暴ってところも追加で」

「課長」


 アメリアのこめかみが脈を打つ。


「私がデルベーネ局長からある特権を授かっているのをお忘れですか?」

「なんだっけ?」

「課長が余計なこと言ったら拳固を見舞ってもよいと仰せつかっていることです」


 アメリアは片目を細めて睨む。

 すると、思い出したのかラージヒルは椅子を回して身体を横に向けた。


「ああ、そうだった。そうだったね。以後、気をつけるよ」


 ラージヒルの声がわずかに震えている。

 怯えではなく、苦笑をこらえたものらしかった。

 この男が本当に反省しているかどうか非常に怪しい。

 その証拠にラージヒルの口が動く。

 おばちゃんめ、と声を出すことなく言ったようだ。

 素描を机の上に置くと何もなかったかのように手を組んだ。


「とにかく、トルメロ・ネルアスさんに何らかのかかわりがあるのは間違いないようです」


 無駄話を切り上げ、アメリアはそう言った。


「ま、たしかに画家が木像を彫るのはピンと来んな。作業に没頭するのも、まああるかもしれんが、いきなり思い立って『ドラゴンズロア』の模倣品を造るのは腑に落ちない、か」

「ええ、しかも展覧会が近いのに、未完成の絵をほったらかしにしてすることではありません。それに彼の叔父から聞いたのですが、なにやら仕事の依頼をしに来た人が部屋を訪ねてきたそうです」


 トルメロには伏せていたのだが、アメリアは彼の部屋に入るまえ、彼の叔父から話を聞いていた。

 見慣れない人なので、近所に住む人ではないらしい。


「で、誰なの? その人」

「それはわかりませんが、もしかしたら盗賊が偽物を造るように依頼したとしたら……。あ、でも動機がわかりませんね」

「ま、時系列だけは噛み合っているわな。盗賊が盗みを働いたあと、トルメロに贋作造りを依頼した、と。そして、もう一つ問題がある」

「え」

「ロリスが『ドラゴンズロア』の存在を伏せていたことだよ。ありゃ、間違いなく盗品だと知っていただろうな。じゃなきゃ嘘を吐く必要なんてないさ。そんでタドカスト巡査部長を抱き込んで穏便に済まそうとしたってところだろ。悪党には向いていない二人だね。嘘を吐くにしても贋作だって言ってしまえばこっちだって疑わなかったのにさ」


 ラージヒルは後ろ頭に両手を組んで天井を見上げた。


「でしたら、どのように捜査すべきでしょうか? ロリス様もタドカスト巡査部長も正直に話してくれるとは思えません。それにトルメロさんだって私たちを警戒して話を聞いてくれるとは限らないでしょうし……」

「ま、糸口はあるさ」

「本当ですか?」

「ああ、おまえさんがトルメロをしばきまわしていたころ――」

()ちますよ」


 アメリアは拳をぎゅっと握った。


「ま、それはともかく、美術商に聞いたんだが、『ドラゴンズロア』の元の所有者がいまどうしているかわかったんだ」

「え、課長は盗品を流している美術商を探していたのでは?」

「その線は途中で消えた。誰に聞いてもわからない代わりに、元の所有者の消息が知れたんだ」

「それで、その方は今」

「死んだよ。夫婦そろって首を括って自殺したらしい」

「え?」


 アメリアは絶句した。


「ジョシュア・ノガラ。アストリー子爵の領地で名を馳せた杜氏さ」

「聞いたことがあります。たしか愛飲家の間で評判のお酒を醸造していたと」

「そう、数年前まではな」


 ノガラ酒造の作った酒は、アストリー子爵の領地で穫れた果実を原材料として使っていた。

 評判が評判を呼び、王国中で売れたという。

 そのためノガラは多額の収入を得て、裕福な暮らしをしていた。

 暮らしに余裕の出来たノガラは芸術品の蒐集に目覚め『ドラゴンズロア』を所有した。

 迫力がありながらも細緻を極めた造形に惹かれたという。


 ところが商売を拡大したのがいけなかった。

 野心があったのかわからないが、多額の借金をして設備を拡充し、従業員を大量に雇い入れた。

 鼻腔を楽しませる芳醇な香りが消えうせ、心地よい酔いが得られたはずの酒が、悪酔いを引き起こすようになった。

 明らかに品質が落ちたのだ。


「それで、商売は左前、結局人員も大量に整理して再起を図ろうとしたらしい。もう一度きちんとした酒を造るためにな。けど、そのためには借金を返済する必要があった。王室主催の展覧会に貸し出したあと、イクリスの美術商を頼って『ドラゴンズロア』を手放そうとしたんだ。俺が聞いた美術商がその人でね。一級品の木像だ。相当な値が付くはずだったんだけど」

「盗まれたのですね」

「そう、美術商も嘆いていたよ。どれだけ高値がついても買ってくれる富豪はいるってね」

「では、ノガラ氏から盗んだのはアストリー子爵ですか?」

「いやそこまではわからん。アストリーが直に盗まなくても、闇ルートから手に入れた可能性だってある。ま、いずれにせよ、アストリーはノガラが『ドラゴンズロア』を所持していたことを知っててもおかしくないわな」


 ラージヒルは背もたれに背中を預け、後ろ頭に手を組みなおした。


「そこでだ。ノガラには一人娘がいてな、イクリスで暮らしているらしい」

「ならその人に訊けば、なにかわかるかもしれませんね」

「だが、どこにいるかまではその美術商も知らないらしい。この広い町で探すのは骨が折れるな」

「では、どうすれば」


 いくら考えても解決の道筋が立ちそうになかった。


「ひとまず、トルメロを見張ってみるか。万が一の時に備えて二人で行くぞ」

 

 言葉そのものには自信がなさそうだが、ラージヒルには何か確信があるらしく、口元から笑みが零れていた。


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