盗賊と芸術家 3
「それで、『三つ首の狂犬』の木像が盗まれたのですね」
年嵩の憲兵がロリスにそう訊いた。
そのようなことを訊いているところ、まだ大した聞き込みをしていないようだった。
アメリアがメイドに話を聞いている間、担当者はなにをしていたのだろうか。
「ああ、タドカスト巡査部長。よろしく頼むよ」
ロリスは気さくな口調で言った。
二人の会話にはどことなく言外の意思を推し量っている感がある。
「お済みですか?」
アメリアは部屋に入ると、ロリスに声をかけた。
「おお、アメリア様。どちらにいらしたのですか」
ロリスは両腕を広げて歓迎の意を表した。
まるでパーティーに出席する貴婦人を迎えているような芝居っ気がある。
「いえ、メイドたちと世間話をしておりました。気配りの利いた使用人で、ロリス様が羨ましいですわ」
「あはは、うちの使用人は躾が行き届いていますから。普段からお客様には失礼のないように接しろと口酸っぱく言い聞かせたのが奏功したようですね。今度アメリア嬢にもうちのメイドをお貸ししましょうか」
「いやですわ。わたくしが今、憲兵の寮に住んでいるのをご承知のくせに。メイドがいたら部屋が手狭になってしまいます」
アメリアは笑顔を作ってロリスと話しながらも、周りからの視線を感じている。
憲兵たちが二人の会話を痛々しい視線で見ており、小声で不満げにつぶやくのが聞こえた。
「なんだありゃ」
「いい気なもんだ」
「こっちは忙しいのによ」
「所詮お嬢さまだな」
と囁く声が聞こえてくる。
アメリアはそれらの声に不快感を覚えるが、彼らが自分に不満を持っても仕方ないと理解している。
管轄外の憲兵が捜査に加わるのを快く思わないのは当然であり、しかも仕事中に貴族の子息と親しく話しているのを見て、不真面目だと思わないわけがない。
ただし一つだけ怒りを覚えることがある。
ロリスと話している途中、一人の憲兵がこちらに背を向けているのに気づいた。
上役のシズマ・ラージヒルである。
彼は肩を震わせている。時おり背を曲げ、手で口を押えたりしているようだった。
アメリアの貴族風の話し方を面白がっているに違いない。
――どうしてやろうかしら、こいつ。
笑顔を維持しながら、仕返しの方法を考える。
「それで、何を盗まれたのですか?」
必死に怒りを隠しながらロリスに訊いた。
「『三つ首の狂犬』という木像です。以前、父がイクリスに滞在したときに、美術商の勧めで購入してこの部屋で管理していたのですが、この有様です」
「まあ、お気の毒に」
アメリアの声が心持ち上ずる。
ラージヒルの反応が気になって仕方なかった。
目の端でラージヒルの姿を捕らえると、より身体を屈めていて、笑いをこらえているように見えた。
ただラージヒルに怒りを感じるよりも、ロリスが嘘をついているのが気になった。
「ですが、高価なものではないのです。盗賊はなぜそれだけ盗んだのか理解できません」
ロリスは目を瞑って息を吐いた。
「では、なぜ盗賊は木像だけを狙ったのでしょうか?」
「え?」
なぜかロリスの声がにわかに大きくなった。
「貴重な美術品ならともかく、安価な品を盗むのにこれだけの破壊をして押し入るのは理にかないません」
「あー、警部補殿。捜査は我々がやりますから、この辺でお引き取りを」
横からタドカストが割って入る。
事実、事件の担当は彼らなので、これ以上首を突っ込むのは好ましくない気がした。
「いやいや、タドカスト巡査部長、彼女にはもう少しいてもらいたい。いかがでしょうか、アメリア様、久々に会ったのですからお茶の一つでも」
ロリスはあからさまに色目を使い、誘ってきた。
「困りますわ。わたくし、勤務中ですので」
「そんなことおっしゃらずに、さあこちらに」
ロリスはアメリアの手を取ろうとした。
「申し、訳、ありません」
ラージヒルが笑いをこらえながら近づいてくる。
すると、手を伸ばしかけたロリスの手が止まった。
「彼女は、これから重大な任務があるので、ここで失礼します。それに勤務中にのんびりお茶を飲むというのは、上役として許可するわけにも参りませんので」
「くっ」
ロリスは露骨に面白くなさそうな顔をラージヒルに向けた。
「すみません、ロリス様。わたくしはこれで失礼いたしますわ」
思わぬ助け舟を出されて、内心ほっとした。
「仕方ありません。では、アメリア嬢、いずれまた」
ロリスはそう言うと、アメリアの右手を取って、口づけをした。
周りの憲兵から、うおっという声が上がる。
アメリアは感情を無くしてしまったかのように自分の右手を見つめる。
「失礼します」
冷淡に別れの言葉を口にし、ラージヒルと一緒に廊下を通って邸宅の外へ出た。
◇
「大した御仁だ。勤務中の女憲兵を堂々と口説くとはな」
門の外へ出ると、ラージヒルは皮肉を言った。
「助かりました、課長。あの人、昔からしつこくて」
「ああ、それなんだがな。連中、どうもきな臭いところがある」
ラージヒルは真面目な表情で言った。なにやらロリスに思うところがあるらしい。
「と言いますと?」
「ロリスとタドカスト巡査部長、木像を探す気はないんじゃないか」
「え? どういうことですか」
「聴取の様子を見ていたんだが、ロリスはまともに答えちゃいなかった。それにどういうわけかタドカスト巡査部長も万事心得ているって面構えで、突っ込んで訊く気はなかったみたいでな。どうも二人の間で何か示し合わせているらしい」
「課長がいては話しにくいことでもあったのでしょうか?」
「おそらくな。俺も査察って仕事柄、タドカスト巡査部長を問い詰めたいところだが、今やってもしらばっくれるだろうしな」
「それに課長、ロリス様は大事なことを隠しています」
ここでアメリアはメイドたちが話したことを思い出した。
「先ほど、メイドたちに聞いたのですが、邸宅内で緘口令が敷かれたと言っていました」
「それで?」
「あれだけの破壊ですから、かなりの物音がしたはずです。実際、邸宅の使用人たちも気づいたのですが、ロリス様は使用人たちに気づかなかったと言えと命じられたんです。それに盗まれたのは狂犬の像ではなく、竜を象った木像だというのです」
メイドたちは昨夜、石が崩れるような音を聞いたと答えた。
異変を感じた使用人たちが宝物部屋に入ると、すでに壁が崩れていたというのだ。
床に砕けた窓や石榑が散らばっている中、なにか盗まれたものがないかをチェックすると竜の木像が盗まれたことがわかった。
当然、使用人たちは憲兵に通報しようとしたのだが、ロリスは自分がタドカストに通報すると言い出し、さらに竜の木像が盗まれたことは他言無用だと告げたのだ。
「なぜロリス様が私たちに嘘を吐いたのか理解できません」
「メイドたちも口が軽いねぇ。あのロリスって貴族、人望がないらしい」
「ロリス様は好色な方ですから。言い寄られて辞めたメイドもいるみたいですよ」
アメリアは少しぼかした言い方をした。
ロリスにしつこく交際を申し込まれ、厭な目に遭った人が何人もいたとメイドたちから聞いたのだ。
「どうやらこの事件、裏がありそうだな。アメリア、龍の木像って言ったよな?」
「はい。小さく古い木像ですが、凄まじい迫力を感じるそうです。メイドたちも作品名など詳しいことはわからないらしいのですが、いつの間にかあの邸宅に保管されていて、アストリー子爵かロリス様のどちらかが購入したらしいのですが……」
「迫力のある小さい木像、ねえ」
ラージヒルは二本の指を眉に当てて考える素振りをした。
「よし、俺たちも動くか。タドカスト巡査部長の素行調査って名目にすれば大丈夫だろう」
「しかし、手がかりがありません。どこから手をつけたらいいのか」
「とりあえず、アメリアは聞き込みをしてくれ。近くに公園があったろ。事件の日、怪しい奴を見かけなかったか、公園に遊びに来た人たちに訊くんだ」
「課長はどうなさるのですか?」
「俺は美術商を当たってみるよ。盗品が流れたら噂ぐらい知ってるかもしれないからな」
「わかりました」
とアメリアは動こうとしたとき、不意に思い出した。
そして、怒りがぶり返してくる。
「課長、聞き込みに行く前にお聞きしたいのですが」
「なに?」
「先ほど、私とロリス様が話しているとき、笑っていましたよね?」
「……」
ラージヒルは顔を上げて宙を見る。
あ、ん、と唸りながら首がせわしなく動き、アメリアと目を合わそうとしない。
「なにがおかしかったのか、説明していただけますか?」
アメリアは歪んだ笑顔で訊く。返答次第ではただではおかない気でいた。
すると、ラージヒルはいきなりアメリアの両肩を掴んでじっと見つめてきた。
その顔には真剣な色に覆われている。
「アメリア」
ラージヒルはそっとささやいた。渋味のある声に甘さが混じる。
虚を衝かれたアメリアは目を瞠って彼の目をのぞき込んだ。
「あの、課長?」
いつもの様子と違うラージヒルに、どう反応していいかわからなかった。
いっそのこと魔法を撃ってやろうかしら、と思ったのだが、ロッドに手が伸びない。
まじまじと見つめる視線が妙に痛々しく感じた。
「ありがとう」
「はい?」
なぜ礼を言うのか理解できない。
止まりかけた頭の中を動かしてラージヒルの意図を掴もうとしたが、上手く行かない。
「いやあ、面白いものを見せてもらった。まさかおまえさんがあんなお嬢さまっぽく振舞えるとはなぁ。そんじょそこらの喜劇より笑えたよ。普段と違うギャップっていうのは、大抵魅力的だが、笑えるってのは珍しいな」
さっきとは打って変わって不真面目な笑みを浮かべるラージヒル。
アメリアの両肩から手を離して、肩をすくめた。
「言いたいことはそれだけですか?」
この男の思考を深読みしようとした自分が馬鹿馬鹿しく思った。
やはり貴族令嬢らしい言葉遣いや仕草をしたアメリアをおかしいと感じたのだ。
アメリアは腰に差したロッドを抜こうとした。
「じゃ、俺は美術商のとこに行くから、後はよろしく」
ラージヒルはくるっと背を向けて全力疾走した。
信じがたいほどの速度で、あっという間に姿が見えなくなった。
呆気にとられたアメリアは、ロッドの柄を持ったままラージヒルの去った方角を見つめていた。
「くたばれ! バカ課長!」
アメリアは腹の底から叫んで怒りをぶちまけた。
上品な貴族令嬢が決して口にしない言葉だと気づかぬままに。




