物思う恐喝屋 9
セスの葬儀が終わり、フリオは馬車で連行されていた。
隣にラージヒルが座り、対面にアメリアがいる。
鋭い雨粒が馬車の車両を叩き続け、外の風景が夜と見まごうほどに暗い。
普段は人通りの多い道もこの雨のせいで、閑散としている。
雨中に浮かぶ店の灯だけが後方に流れて行く。
三人は厳かな葬儀の空気をもちこんだかのように黙ったままだった。
アメリアはフリオが余計な真似をしないように見張り、ラージヒルは窓枠に肘をかけて頬杖をつきながら外を眺めている。
フリオは背もたれに身体を預けたまま呆けたように宙を見つめていた。
「事件の顛末、聞きたい?」
車両内に流れる沈黙に耐えられなかったかのように、ラージヒルが口を開いた。
「たのみます」
フリオは目だけを動かして言った。
六日前、フリオを逃したあと、『ラタン』のオーナー、アレクセイ、用心棒のカバロとタマラを憲兵庁へ連行した。
取り調べをしている最中、『RT44』の倉庫に保管されていた木箱のトラップが解けたとレジナルドから聞かされた。中身は輸入品ではなく、禁制品の貴金属だった。 さらに、木箱の内部には元から幻覚の魔法が施されており、一目では二重底だと気づけないようになっていた。
アレクセイは海外から輸入し、裏社会のルートに渡りをつけようとしたときに、セスに気づかれたという。
セスはこのことを知るとすぐに、憲兵に告発するとアレクセイに告げたのだ。
恐慌をきたしたアレクセイは、セスに金を握らせて告発を思いとどまるよう説得した。
だが、セスは頑として聞き入れなかった。
たとえ良い職場を失うことになろうと、不正を見逃す気はなかった。
そこで、雇った用心棒のカバロとタマラに相談を持ちかけると、彼らは貴金属の入った木箱にトラップを仕掛けたあとで、セスの口を封じることを提案した。
さらに、危ない橋を渡ることと引き換えに、特別ボーナスを支払うよう要求した。
アレクセイは危険な提案に乗ることにした。
殺害場所はデーヴァ川上流にある橋ではなく、大胆にもセスが帰りに使う乗合船の中で犯行が行われた。
セスが乗ったときは客の数が多く、犯行に及べなかった。
次第に客の数が減り、目がつきにくくなった。
セスがいつも降りる船着き場に着きそうになったころ、カバロがセスの背後から口を塞ぎ、剣で左胸を刺した。
奥深く入った剣は心臓にまで届き、致命傷に至った。
タマラが〈遺体保存〉の魔法をセスの遺体に施すと、船尾から川へ投げ入れた。
それらのことを用心棒二人に聞いたらしい。
ただし、用心棒二人は犯行を否定している。
目撃証言がなく、二人の犯行を決定づける証拠がないからである。
しかし、アレクセイに繋がる人物の中に腕利きの剣士や魔法遣いが二人の他におらず、アメリアとラージヒルに危害を加えようとしたこともあって、二人の仕業だとわかるのも時間の問題だった。
現在、刑事一課が懸命に捜査している。
「貴金属か」
独りごちるようにフリオはつぶやいた。
「あと、お前と組んでいたビングリー巡査部長な。どうやら本当に捜査していたらしいそ」
「なに?」
「え?」
フリオとアメリアの声が合った。
「反社会対策課の課長に聞いたんだが、以前から『ラタン』が臭いと睨んでいたんだ。そこでお前を利用して、脅しをかけたって言うのが真相らしい。箱の中身を確認するまでは逮捕に動けなかったのが、仇になったな。手柄を刑事一課に持って行かれて悔しがってたよ」
「あの野郎、嘘つきやがったな。『ラタン』はきれいな商売しているって言ってたくせによ」
「だからさ、利用していたんだって。お前に恐喝の手口を仕込んだ『パラダイン』のマスター共々な」
「なに?」
フリオの顔に驚愕が広がり、ラージヒルへ顔を向けた。
「課長、話が見えてこないのですが」
すっかり置いてけぼりを食らった感じになるアメリア。
聞いたことのない情報が氾濫していて、整理が追い付かない。
ちなみにアメリアはビングリーを探し出そうとしたが、ラージヒルに止められた。
「ああ、そうだった。アメリアには話していなかったな。アレクセイを逮捕したあと、俺は反社会対策課の課長を問い質して色々教えてもらったんだ」
ラージヒルは肘を窓枠から離し、背中を丸めて両肘を膝に乗せた。
柔らかい口調だが、「問い質して」という言葉にどこか剣呑な感じがある。
「マスターは昔、裏社会に顔の利く情報屋だったらしいんだ。で、いつだか下手を打って裏社会から手を引いて、バーを始めたんだが、どういう運命なのか胡散臭い連中の集まる店になってね。そこで色々な情報を仕入れては仲介料を貰って、フリオのような恐喝屋に情報を流すようになったんだとさ。そこに目を付けた反社会対策課も利用しているわけ」
「でも、なぜそこまでわかって、そのマスターを逮捕しないのですか?」
「極めてグレーな話だからな。知りえた情報をべらべら喋って金貰ったからって罪になるわけじゃない。それにあのマスターには利用価値があるからあえて放置しているんだよ」
「お話を聞く限り、その人、いつかひどい目に遭いそうですね」
「だろうな。まあ、ヤバくなったらどこかに身を隠すんじゃないの」
それ以上のことは知ったことじゃない、と言わんばかりだった。
「ああ、それとビングリーだけどさ、配置換えになるそうだ。事実、フリオが脅し取った金を何度ももらっていたからな。犯罪を見過ごした口止め料ってとこだ。あの課長、多少の不正には目を瞑る傾向があるけど、ビングリーはやり過ぎだと思ったらしい」
ラージヒルは手を組み、肩をすくめた。
「あと、一つだけわからないことがある」
と言って、ラージヒルは首を回してフリオに目を遣った。
「なんで、出頭する気になった?」
冷徹な低い声だった。
そう問われたフリオはラージヒルから視線を逸らし、斜め下に顔を向ける。
大柄な身体を持てあますかのように腰を浮かして座りなおした。
その表情には恐喝屋としての面影が無くなったようにも見えた。
「なんでだろうな。少しは真っ当になりたかっただけなのかもな。けどよ、ラージヒルさん。そんなこと言っときながら、あんたおれが逃げると思わなかったんですか。よくもまあ今日まで待ってくれたもんだ」
と、フリオは力なく言った。
――やっぱり、わざと逃がしたのね。
あのとき、ラージヒルの技量をもってすれば、フリオを押さえることができたはずだった。
フリオが葬儀に現れると確信しなければできないことだった。
「信じてみようって気になっただけだよ」
「なに?」
「お前の言動の端々に、セスへの思いやりがあったからさ。憲兵に捕まる危険を冒してまで、復讐したり、セスの奥さんを見舞ったりしてさ。教会に現れるっていうお前の言葉に偽りがないって思ったのさ」
ラージヒルはフリオの顔をのぞき込むようにして言った。
「けっ、とんだ甘ちゃんだ」
フリオは顔をしかめて窓に顔を向けた。
「そいつはどうかな。俺が本当の甘ちゃんだったら、お前を見逃していたさ。なにしろ、お前の罪を勘案すると、遠島は免れない。刑務作業は過酷を極めるからな。身体を酷使されるうえ、暑さ寒さに耐えられず、脱獄を企てる輩も多い」
「でも、脱獄は不可能ですね。島の周りには水棲モンスターがいるはずです。脱走中にやられてしまうのが関の山でしょう」
と言ったのはアメリアである。
「ま、真面目にやってりゃ、恩赦って機会に恵まれるかもしれないからな。それまでの辛抱ってことだ。無事に戻れたら俺の伝手で職探しを手伝ってやるよ」
「ああ」
フリオは他人事のような気のない返事をした。
頭を窓に預けながら、雨に打たれ続けるイクリスの町並みをぼんやりと見つめているようだった。




