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物思う恐喝屋 3

 仮眠室で昼まで寝たあと、査察課の詰所に顔を出した。

 寝たりなったせいか目の下に少し隈ができていた。

 欠伸をしたかったが、すれ違う同僚たちの目もあり、かみ殺した。


「よう。お疲れさん」


 ラージヒルが課長の椅子についていた。

 なにか書類を書いているらしく、背中を丸めてペンを手に取っている。


「お疲れさまです」


 まだ眠気があった。

 頭に血が巡っていない感覚があり、掌で軽く頭を叩いた。


「さて、お目覚めのところ悪いが、これから一緒に外に出るぞ」


 自分の席につく前に言われた。いきなりの仕事である。


「不正をしている憲兵がいるのですか?」

「いや、今日は別件。今朝の死体の身元が分かったもんだからさ。廻船屋『ラタン』の従業員セス。これから心当たりのある奴に話を聞きに行くからさ」

「ですが、刑事一課の仕事ではありませんか? 私たちが動かなくても」

「まあ、そうなんだけどさ。でも、そいつが憲兵と組んで悪さをしているって噂があるもんだから、ついでに訊きに行くだけだよ」

「本当ですか?」

「そこを疑うなよ。俺たちだって真面目に仕事をせにゃならんからな」


 と言って、ラージヒルは立ちあがった。

 壁に掛けてある剣を手に取り腰に佩いた。


「あ、そうだ。欠伸するなら今のうちにしておけ、憲兵が町中でみっともない真似すると評判が落ちるからさ」


 ラージヒルが詰所を出ると、かみ殺していた欠伸が出て来る。

 しかし、目一杯欠伸をしても頭がはっきりしない。

 時間が解決すると思って、アメリアはラージヒルの背中を追いかけた。


 二人は外に出ると、王都イクリスの東部へ向かった。

 死体の上がったデーヴァ川はイクリスで最も幅の広い川で、対岸の風景が小さく見えるほどの距離があり、昼間は小舟や艀、乗合船など多くの船が行き交う。

 海に繋がるこの川には地方からの船も多く、旅行する客や海沿いの領地からの積荷が運ばれる。


 長い橋を渡って東部の町中に入ると、住宅街に行きつく。

 貴族の城下屋敷もあるが、この地区には多くの平民が住む。

 比較的土地柄も良く、居心地のいい場所を求める中流の平民に人気のある地区でもあった。

 広い通りは日当たりが良く、日用品や食料を扱う店が並ぶ。

 昼間は他の地区に働きに出る人が多いのか、店はあまり賑わっていなかった。

 ただ住民の気性を現すかのようなきれいな街並みだった。

 今もアメリアの目の前で、町の清掃員らしき人が、水の魔法を遣いながら道の敷石を洗っている。


 ラージヒルはさらに東に足を延ばす。

 ある貴族の城下屋敷を過ぎると、にわかにうらぶれた空気が漂い始め、やがて古い集合住宅が軒を連ねる場所に行きつく。

 家族から独り者まで様々な人々を受け入れている地区であった。


「引っ越していなければ、今もここら辺に住んでいるはずだが」


 ラージヒルは確認するかのように独りごちる。正確な場所を記憶していないようだった。

 彼についていくしかないアメリアは、少々退屈な気分になり、眠気が出てきた。

 ラージヒルに見えないように脚を止め、背中を向けて大きく欠伸をした。


「あった」


 ようやく目的のアパートを見つけたようだった。

 アメリアは慌てて欠伸を引っ込め、ラージヒルについていく。


 中に入ると、くすんだ内装が目に入った。

 床の木材は黒ずんでいて、壁には汚れが目立つ。

 独り者が多く住むアパートらしく、奥の廊下にはいくつものドアが見えた。

 どこからか饐えた匂いがし、アメリアは思わず鼻を手で覆った。

 ラージヒルが入口近くのドアをノックすると、部屋の中から大家らしき夫人がでてきた。

 肉付きが良く、険しい目をした中年の女性だった。

 制服姿の憲兵を見て何やらうんざりした表情を浮かべていた。


「突然、失礼します。フリオ・ハザスさんの部屋はどこでしょうか?」


 ラージヒルは丁寧に言った。


「憲兵が何のようだい?」


 女性はぞんざいな口調で言った。

 アメリアは鼻を覆った手を下げる。


「んな言い方しなくていいじゃない。俺のことを忘れた?」


 砕けた口調で言うラージヒル。

 すると夫人の顔から険しさが消え、嬉しそうな表情になる。


「あら、ラージヒルさんだったかい。久しぶりだね」

「その節はどうも」


 どうやらこの二人は知り合いらしかった。

 アメリアは二人が久闊を交わすのを見て置いてけぼりを食った感じになる。


「フリオの奴、何かやったのかい?」

「いや、そうじゃない。今朝がた、川で死体が上がってね。それがフリオの知り合いなの」

「え?」


 と声を洩らしたのはアメリアである。

 詳しい話をしてくれなかったせいで、二人の会話についていけない。


「おや、こっちのお嬢さんは新しい部下かい?」

「アメリア・ティレットです。課長がいつもお世話になっています」

「いーえ、世話になっているのはこっちさ。で、フリオが何かやったってのかい?」

「念のために話を聞きたいだけだよ。フリオがやったわけじゃないと思うけどね」


 とラージヒルは言う。


「あのろくでなし、なにやらかしてんだかね」


 思い込みの激しい人らしく、夫人の口調にはフリオが犯人だと決めつける節がある。


「やらかしたとは?」


 アメリアが訊く。


「なにやっているかわからない奴だからさ。見るからに悪人面だからヤクザ者じゃないかって噂になっているんだよ。ほら、ラージヒルさんも何度かここにきてあいつを逮捕しただろ」

「夫人には迷惑をかけたね。まさか今もここに住んでいるとは思わなかったよ」

「出て行けって言うと、なにするかわかったもんじゃないからね。こっちが話しかけると薄気味悪く睨むもんだから、怖気をふるうってもんさ。ありゃ人一人殺しても不思議じゃないよ」

「だからそれはこれからの捜査次第だって。フリオがやったって証拠はないんだからさ」


 口の減らないラージヒルも夫人の思い込みには手を焼くようだった。

 頭を掻いて困った素振りを見せる。


「それで、フリオ・ハザスさんはご在宅なのでしょうか?」


 二人の会話が終わらなさそうだったので、アメリアは口をはさんだ。


「昼前にアパートを出て行ったよ。まったくどこをほっつき歩いているんだか」

「行き先に心当たりは?」


 アメリアがさらに訊く。


「さあね。どっかのワルとつるんでいるんじゃないかい?」

「そうですか」


 アメリアにはこれ以上訊くことが思いつかない。

 なにしろフリオ・ハザスについての情報が全くない。

 あとはラージヒルに頼むしかないのだが……。


「わかったよ。じゃあ今のところはこれで。もしかしたら夜また来るかも」


 ラージヒルはそそくさと退散した。

 アメリアも夫人に一礼してアパートの外に出た。


「まいったね。あの夫人、話を聞かないもんだからさ」


 外に出て開口一番、ラージヒルは心底ほっとしていた。


「課長、フリオって誰ですか?」

「セスの幼馴染だよ。昔から悪さばかりしている奴でな。俺が憲兵になりたてのころ、何度も引っ張ったものさ。どうも今は恐喝を生業にしているらしい」

「らしい、とは」

「フリオの奴、決して尻尾を出さなくてな。どこからか良からぬ噂を嗅ぎつけて脅しをかけるんだが、脅される方も後ろ暗い真似をしているからな。恐喝されました、なんて訴える被害者はいないんだよ」

「それで課長はフリオが事件に何らかの関りがあると疑っているんですね」

「まあな。ただ奴の足取りがつかめないとなると、ここで見張るしかないか。ん?」


 ラージヒルはアパートの斜め向かいに目を向けた。

 アメリアも気になって目を遣ると、建物の角から帽子をかぶった男がこちらを見ているようだった。

 目が細く、丸い鼻をした中年男性である。

 話しかけずに覗き見るあたり、胡乱な感じがある。

 彼は二人の視線に気づくと、慌てて建物の陰に姿を引っ込めた。


「誰ですか?」


 アメリアは声を落として訊く。


「私服の憲兵。反社会対策課のビングリー巡査部長だ」

「では、課長の言っていたフリオと繋がっている憲兵でしょうか?」

「そうだ」

「尾行しますか?」

「頼む」


 ラージヒルが命じると、アメリアは後を追った。

 人通りの多そうな道で、人にぶつかる恐れがあったので〈透明化(インビジブル)〉は遣わなかった。

 角を曲がると、何人かの人々が道を歩いているのが目に入った。

 帽子が目印になるので、ビングリーの後ろ姿は遠目からでもすぐにわかる。

 アメリアは念のため少し距離を取って尾行した。

 ところがそれが仇となった。

 ビングリーはいきなり路地に入って行く。

 アメリアは急いで後を追ったが、日の当たらない路地は入り組んでいて、ビングリーの姿を見失ってしまった。

 初めから尾行を警戒していたらしかった。


 アメリアは路地を探し回ったが、ビングリーを発見することができなかった。


「ああもう!」


 アメリアは悔しさのあまり建物の壁を叩いた。

 またラージヒルに憎まれ口を叩かれるかと思うと、気分が沈む。


   ◇


 夕暮れどき、繁華街の外れにあるバー、『パラタイン』でフリオは人を待っていた。

 強い酒をちびちび飲みながら、時おりナッツを口に入れる。

 この店は素性の怪しい客が多く来るため、フリオのような素性の怪しい男でも気軽に立ち寄れる。


 さらにマスターは情報通で、フリオに恐喝の手口を教えた師匠でもある。

 年老いた今はバーを開いて生計を立てていた。

 往時の伝手は今も健在らしく、時おり後ろ暗い連中の噂を仕入れてはフリオに情報を流していた。

 もちろん安くない情報料を払わなければならないが、それだけの価値はある。

 グラスの酒がなくなり、もう一杯頼もうとしたとき、入り口のドアが開いた。


「ここにいたのか」


 私服の憲兵、ビングリーは息を切らしていた。

 彼もまたフリオの協力者である。


「どうした?」


 フリオは訊く。


「お前、シズマ・ラージヒルを知っているか?」

「ああ、むかし色々世話になったっけな。今の商売を始めるまえ、喧嘩に明け暮れていたころに何度もおれを引っ張った野郎だ。そいつがどうしたのか?」

「お前のアパートに来ていた」

「なに?」


 不意を衝かれた思いがした。

 恐喝屋を始めてから、足のつく真似はしていないはずだった。

 誰かが憲兵にタレこんだというのか。


「安心しろ。色んな道を通ってきたから、尾行が来ても巻いたはずだ」

「そんなことを訊いちゃいねえよ。なんでラージヒルが来たか訊いてるんだ」

「わからねえ、たぶん脅しの件じゃないと思うが」

「だったらなんだって言うんだ」

「今日の朝、川に上がった死体のことだろう」

「なんの話だ? おれは殺しなんてしてねえぞ」


 フリオに焦りが生じた。

 ビングリーの話はあちこちに散っている印象があり、核心が見えない。


「知らないのか? いま憲兵が犯人を追って躍起になっている」

「おれには関係ないな。ラージヒルの野郎が来ても問題ねえよ」

「お前、セスって奴に心当たりはないか?」


 ビングリーの言った名前に、フリオは胸を咬まれたかような感覚になった。

 セスとは二日前にばったり会って酒を酌み交わしたのだ。

 久しぶりに堅気の人間と話して、ガラにもなく気が和んだものだ。


 ただフリオには一つ引っかかることがあった。

 あのとき、セスの表情が曇った気がしたのだ。

 それは真っ当に暮らしをしているはずの人間に似つかわしくなかったのではないかと今では思う。

 そして、フリオの脳裏にあることが思い浮かんだ。


「ビングリー、そのセスって奴の職場はわかるか?」


 フリオはあえてセスとの関係を隠した。

 知り合いだというと変な勘繰りをされる恐れがある。


「ああ、ダイアメド港にある、『ラタン』って廻船屋だ。かなりの大店で、大量の積荷を運んだり、保管したりして、収益を上げている」

「お前のところは、捜査しているのか?」


 ビングリーが反社会対策課に所属しているのをフリオは知っている。


「いや、あそこはきれいな商売をしているはずだ。疑惑のぎの字もない。今のところ殺しの捜査で聞き取りに行っているが、それが一通り終わればまた憲兵は来なくなる」

「そうか」

「当てが外れたか?」

「まあ、そんなところだ」


 フリオはナッツをほお張った。

 これ以上話すことはないと見て、マスターに強い酒をもう一杯頼んだ。


「フリオさん、ちょっといいですか」


 マスターが作った酒をフリオの前に置いて言った。

 他の客の手前もあって丁寧な口調を心がけている。


「たしか『ラタン』には近ごろ良からぬ噂があるみたいですよ」

「へえ、どんな噂だ」


 フリオは顔を寄せて噂の詳細を聞いた。

 マスターの知る情報をすべて聞き終えると、ポケットの財布から千オーロを出してマスターに握らせた。


「とりあえず前金だ。少ないか?」

「十分です。お役に立てたようでなにより」

「上手くいったら残りも払ってやる。ビングリー、手筈を整えてくれ」

「無茶なことするな。セスの件もあって『ラタン』の従業員を疑っている段階だぞ」

「少しぐらい危ない橋を渡らねえと、うめえもんにあり付けねえよ」


 と息巻いてフリオは店を出た。


「とりあえず、ラージヒルを何とかしないな。けど、その前に」


 色々やることがあると思い、ぶつぶつ呟きながら頭の中を整理する。

 フリオは酒に強く、何杯か飲んだ程度では思考が鈍らない。

 繁華街の表通りに出ると、街灯に寄りかかって、指を折りながら手順を練った。

 大柄な男が考え事をしているのが不気味なのか、道行く人々がフリオの近くを避けている。

 いつものことなので本人は気にも止めない。

 むしろ恐喝屋としてやっていくにはそれぐらいでなければ勤まらないと思っている。

 ようやく考えがまとまったころ、王都イクリスに夜が迫りつつあった。

 夕日が消えて、空が青黒く染まる。

 街灯や建物から漏れる灯が目立ち、一日のお楽しみを待ちわびた人々の数が増えた。

 彼らの顔は解放感に満ちて明るかった。


 セスも生きていれば、明かりに満ちた人生を送れたはずなのにな、とガラにもなく感傷に耽った。


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