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物思う恐喝屋 2

 朝まだき、王都イクリスの東に流れるデーヴァ川には靄が漂っていた。

 朝帰りの客を乗せた船頭が、眠気に耐えながら魔力を遣って小舟を進ませる。

 見通しが悪く、万が一にも事故を起こさないようにと慎重に小舟を操った。

 乗せている客は、夜通し遊んでいたらしく、酒臭いいびきをかきながら気持ちよく寝ていた。


 急いた気持ちを抑えながら小舟を操っていると、遠目に上流から何かが流れて来るのに気づいた。

 落し物が流れていると思ったのだが、近づくにつれ、どうも様子がおかしいと感じた。

 何か大きな塊が川波に洗われながら川を下ってゆく。

 明らかに落し物の大きさではなかった。

 不気味に感じた船頭は無視しようとしたが、好奇心が恐怖に打ち勝ち、浮遊物に近づいた。


「わああぁぁ!」


 浮遊物の正体がわかり、船頭の心が恐怖に噛まれた。


「む、ん、なんだ?」


 船頭の悲鳴で客が起きた。

 腰を抜かして慌てふためく船頭は声も出せないほど震えていて、ただ指を指した。


「ぎゃああうわあ!」


 客の酔いがさめたようだ。

 二人は無意識の内に抱き合った。


「け、憲兵に、は、は、早く」


 船頭は抱き着く客の腕を振りほどいた。

 魔力船外機に手を触れて小舟を操って近くの船着き場に小舟を留め、憲兵を呼びに行った。


   ◇


 アメリア・ティレットは夜廻りを終えて帰庁するところだった。

 担当の憲兵が病気に罹ったせいで助っ人に駆り出されたのである。

 幸い大きな事件は起きず、無事に時間通りに帰ることができた。

 帰り道、一気に緊張感が薄れ、思わず欠伸をしてしまう。


 橋の上を渡っていたところ、慌てふためく男を見つけた。

 彼は船頭で、すぐ近くの川に死体があると言った。

 客を運んでいる最中に発見したのだという。

 船着き場に到着すると顔が紅潮した船客が腰を抜かしていた。

 

 アメリアは川に目を遣ると、川に浮かんだ塊を見つけた。

 船頭に憲兵庁に連絡を入れるように頼むと、川にロッドを差し込み、魔法を遣って川の流れを操る。

 船の邪魔にならないように死体を引き寄せた。

 正直なところ、遺体を見るのは嫌だったが、憲兵という仕事柄、耐えなければならない。

 顔をしかめつつ遺体を丁重に扱うことを心がける。

 岸の際まで寄せてから、〈浮遊(フロート)〉の魔法を遣い、遺体を宙に浮かせた。 


 板の上にそっと置いてから、手袋をはめて死体を改めた。

 不快感をこらえながら不審な点がないかを観察する。

 憲兵になって日が浅いのできちんとできるか不安だったが、研修で習った知識を総動員して遺体を改めた。

 あとで刑事一課や鑑識が詳しく調べるだろうが、できるだけのことはやっておこうと思った。


 肌の黒い遺体は二十代後半の男だと見当をつけた。

 短い黒髪で平均的な背丈で身体が引き締まっており、力仕事をしていたらしい。


 ――これは……。


 ざっとみてから、アメリアはあることを思い出した。

 水死体は直視できないほど身体が膨れ上がり、醜くなるという。

 この死体にはそう言った特徴はなく、むしろきれいな姿を保ったままだった。

 沈められてからあまり時間が経っていないのだろう。


 死因は一目でわかった。

 左胸の肋骨の隙間を刺されていた。

 刃を横にして刺したようだ。

 川に洗われたせいか、傷の周りに血の跡がない。

 さらに上着のボタンを外して、他に傷がないか確かめたが、左胸以外に目立った外傷はなく、一突きで命で致命傷を与えられたらしかった。

 余程の手練れに仕留められたと推測できる。


 さらにアメリアは掌を遺体にかざして魔力がないかを確かめる。

 すると、掌からわずかに魔力を感じた。


「〈遺体保存(エンバーミング)〉かしら?」

 

 時間が経つにつれて、掌にかすかな温かみを感じる。

 〈遺体保存(エンバーミング)〉だとすると死亡時刻をごまかすために遣われたのかもしれない。

 

「ご苦労」


 と、後ろから声が聞こえた。

 アメリアは振り向くと、刑事一課の憲兵たちが到着していた。


「お疲れさまです。査察課のアメリア・ティレット、階級は警部補です」


 アメリアはすっくと立ちあがって敬礼した。

 胸につけられた徽章から警部だとわかった。

 アメリアよりも階級が上である。


 話しかけた憲兵はふっと微笑んだ。

 死体のある現場に似つかわしくない表情に、アメリアは怪訝な思いで彼を見つめる。


「刑事一課のレジナルド・ハント、警部だ。ラージヒル警視の部下か。色々大変だろう」


 どうやらレジナルドはシズマ・ラージヒルを知っているらしい。

 ねぎらうような口調だった。


「課長をご存じなのですか?」

「何度か、一緒に捜査したことがある。仕事はできるし、剣術の達人でもあるからな。本当に助けられた」

「はあ」


 つい、気のない返事をしてしまった。

 憎まれ口を叩くラージヒルの言動は看過できないものが時どきあって、普段から手を焼いているのだ。

 レジナルドが褒めてもあまり納得できない気持ちが勝る。


「それはそうと、ティレット警部補、死体の状況は?」


 レジナルドが真面目な顔つきになって訊いた。

 アメリアは船頭の証言と死体の状態について話した。


「なるほど、よしわかった。ティレット警部補も夜勤で疲れただろう。今日のところは帰っていいぞ」


 刑事一課の憲兵とは思えないほどの優しさだった。

 厄介な犯人と対峙するせいか、刑事一課には高圧的な憲兵が多いので、レジナルドの対応は意外だと感じた。


 アメリアはあとのことを刑事一課と鑑識に任せることにして現場を後にしようとした。


「お疲れさん」


 と、誰かが声をかけてきた。

 聞き覚えのある声に厭な予感がするアメリア。

 その方向に顔を向けると、ラージヒルがいた。


「お疲れ様です、課長」


 アメリアは気の抜けた敬礼をした。


「なんだ、その態度は。仮にも上役だよ。俺」


 ラージヒルは頭を掻いて言った。


「それはともかく、どうして課長がここに?」


 たまたま夜廻りの帰りに船頭の通報を受けたアメリアとは違い、ラージヒルは出勤前のはずだ。

 その証拠に私服姿である。


「庁に行く途中、こんなに人だかりがあったもんだからさ。何があったのか気になったわけ。にしてもな、アメリア」


 と、ここでラージヒルはアメリアの肩に手を乗せて首を振った。


「さっさと白状した方がいい。私がやりましたって、おわっ」


 言葉の途中で、アメリアはラージヒルの襟を両手でつかんで顔を引き寄せた。

 怒りのせいかいつもより力が出たようだ。


「課長、言っていい冗談と悪い冗談がありますよ」


 アメリアは自分なりにドスの利いた声を作って言った。


「いや、普段のおまえさんを見ているとつい言ってみたくなってさ」


 冷や汗をかいて、顔を背けるラージヒル。


「百歩譲って思うことは良いにしても、口に出すのはいかがなものでしょうか。しかもこんな周りに人がいる前で」


 実際、水死体が上がったと聞きつけた町の人々がいた。

 何人かは女憲兵とお調子者の男が揉めているのを面白がって、アメリアとラージヒルに目を向けている。


「ほらほら、ギャラリーもいることだし、その手を離さないか。暴力大好きな女が因縁をつけているって思われるぞ」

「もう一つ死体を増やしてさしあげましょうか?」


 アメリアの手に力が入る。


「ま、まあ、それはともかく、ちょっと現場を見ておきたいんだ。ちょっと手を放してくれ」

「ごまかされませんよ。私に一言謝罪するなら考えますが」


 アメリアは謝罪を要求した。

 とても上役に対する態度ではないが、直属の上役、ミレイユ・デルベーネ警務局長からラージヒルが減らず口を叩いたら、遠慮することはないと言われている。


「ラ、ラージヒル警視、少々よろしいでしょうか」


 横からレジナルドの詰まったような声が聞こえた。


 まずいところを見られた気がして、アメリアはバツが悪くなり、手を離した。


「やあ、レジナルド。朝からご苦労だな」


 ラージヒルは服装を正しながら言った。


「いえ」

「ちょっと悪いんだけどさ、ちょっと現場を拝ませてもらえるか?」

「え?」

「どうも知った顔らしいんだ」


 ラージヒルは意外なことを口走った。


「前に捕まえた犯人ですか?」


 アメリアが訊く。


「いや、その知り合い」


 と言うと、ラージヒルはレジナルドに案内されて現場に入ろうとした。


「あ、そうだ。アメリア、夜回りで疲れたろう。庁に帰って仮眠室でひと眠りしたら? 昼間にあくびしながら仕事するようじゃ話にならないから今のうちに休んで」


 取り繕ったようにねぎらう。

 まるでさっきの質の悪い冗談がなかったかのような振る舞いに、アメリアは上役の言葉を真に受けることができなかった。


 ――どうしてやろうかしら。この男。


 胸の内でそうつぶやいた。

 野次馬をかき分けて憲兵庁に向かう。

 心なしか歩く脚に余計な力が入ってしまったようだ。


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