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物思う恐喝屋 1

 フリオ・ハザスは後ろの席でじっと遺族を見つめていた。

 気丈に前を見つめる妻の後ろ姿が寂しげな雰囲気を纏っていた。

 左隣に背中を丸めた老婆がいる。

 彼女は悲しみのあまり、現実を直視できないようだった。

 座っている参列者の隙間から彼女の息子らしき頭が見える。

 彼はおそらく父親の死を理解していないのだろう。泣き声一つ上げなかった。


 厳かな葬儀が営まれている中、フリオは棺桶で横たわっているセスとの思い出に浸る。

 社会の影を歩んできたフリオ、真っ当な生き方をしたセス。

 同じ境遇育ったはずなのにどこで差が出たのだろうか。


 フリオとセスは王都イクリスの南西地区にある貧民街のマロー町で育った。

 二人とも父親が酒浸りでろくに働きにも出ず、母親が稼いできた金で暮らしていた。

 おまけに父親は博打狂いで、母親を殴りつけては稼いだ金を盗むように持って行く。

 当然勝てるわけもなく、日々の暮らしは楽にならないままだった。


 フリオは、明日をも知れぬ暮らしを幼いころから続けていたせいで、将来への希望を見出せなくなった。

 マロー町の大人たちが毎日を無気力に暮らしている様を見ると、子どもに伝染するらしかった。


 真っ当に生きるのは自分には無理だと感じるようになり、平民学校もあまり行かずに毎日イクリスの街中をぶらついていた。

 大柄な体を持て余すかのように、不道徳な道を歩んだ。

 恐喝、傷害、窃盗など人殺し以外の悪事を一通り働いた。


 貧しい境遇に生まれた人間には高望みは許されないと思い込んだ。

 地道に生きていても良いことなんてない、それなら享楽的に生きて行く方がまだましだと感じるようになる。

 両親やマロー町の人間たちを毎日目にしているせいでもあった。


 大人になったフリオは、恐喝屋として生計を立てるようになった。

 疚しいことをしている人間を嗅ぎつけると、証拠を突きつけ口止め料を貰う。

 連中は世間や家族に露見するのを嫌がるから、素直に金を払うのだ。

 弱みに付け込んだ汚い商売だとフリオも自覚している。

 だが、真っ当に働く素質もなく、努力の虚しさを分かっている気でいたので、社会の裏道を歩き続けるしかないと、心のどこかで諦めていた。


 一方のセスは、貧しい境遇から抜け出したいと常々考えて行動していた。

 小さなころから、父親やマロー町に住む大人のようになりたくなかったという。

 平民学校に行って少しの間はフリオと付き合いがあったが、次第に疎遠になった。

 彼は平民学校を卒業すると、廻船屋『ラタン』で働くようになり、真面目に働いた。

 そこは大店ということもあって、給金も高く将来の見通しも明るいように思われた。


 そんな対照的な人生を歩んできた二人が再会したのは、葬儀の十日前だった。


 フリオはある商人から脅し取った金を懐に、川沿いの道を歩いていた。

 空にちりばめられた雲の隙間を縫いながら、日射しが王都イクリスに落ち、さざ波で刻まれた川をきらめかせていた。


 大抵の人々はフリオの姿が目に入ると、彼を避けるようにして道を開ける。

 大柄な身体に纏う、裏社会の人間特有の剣呑さを感じ取っているらしかった。

 相手を縮み上がらせるような悪相もあって、相手にしてはならないと思わせる風貌であった。

 本人も十分に自覚している。


 そんなフリオに声をかけていた人間がセスである。


「フリオじゃないか?」


 フリオに纏う危険な雰囲気を厭わずに明るい口調で声をかけてきた。

 フリオは一瞬誰かわからなかった。

 顔の形に幼いころの面影を感じてやっとセスだとわかったのだ。

 日に焼けたように肌が黒く、澄んだ目をした好青年に成長していた。

 あの貧民窟で育ったとは思えないほど、まっすぐ暮らしていたらしかった。


「セスか?」


 フリオは目を見開いた。


「久しぶりだね。元気にやっているかい?」

「そうだな」

「ちゃんと生きているみたいで良かった。今、仕事中かい?」

「ああ」


 そっけなく答えた。

 フリオには彼と深く関わる気はなかった。

 自分と関わることで根も葉もないうわさが彼の身に降りかかるのを危惧したのだ。

 恐喝屋フリオ・ハザスの名前は疚しいことをしている貴族や商人から忌み嫌われている。


 セスはフリオが何をやっているかは知らないようだ。

 むしろ悪ガキが更生して真面目に生きていると勘違いしている節さえあった。


「そう。なら、終わったらそこのレストランで飯でも食わないか?」


 セスは右に見える店に目を向けて指さした。


「いや、おれは」


 突然の誘いに戸惑いを隠せなかった。


「久しぶりなんだし、いいじゃないか」


 じゃ、と手を振ってセスは行ってしまった。

 一方的に約束を押し付けられたフリオは呆気に取られてその場に立ち尽くした。

 恐喝屋も強引な幼馴染の前では形無しだった。


 夕暮れ前に、フリオはセスの指定したレストランに入った。

 規模の小さい店で、壁際と窓際にテーブル席があり、カウンター席は七席ほどしかなかった。

 おどおどした女給仕に待ち合わせをしているからと言い、隅のテーブル席に腰を下ろし、注文した酒をちびちび飲みながらセスの到着を待った。


「遅くなってごめん」


 急いできたらしく、息を切らしていた。


「誘っておいてこれだもんな」


 フリオは微笑を浮かべた。

 恐喝された人間には邪神の含み笑いに見えるようだが、セスにはそう見えなかったようで、朗らかな笑みを浮かべている。


「思いのほか荷物が多くてさ」


 席につくと給仕を呼んで酒を頼んだ。

 乾杯すると、一気にグラスを呷って空にした。すぐさま二杯目を注文する。

 セスには、真っ当な人間特有の解放感があった気がした。


「忙しそうだな」


 フリオはグラスを片手に持ちながら言った。


「うん。地方からの積荷が多くてね。倉庫に保管するのに手間取ったよ」

「廻船屋で働いているんだっけか」

「まだ下働きだけどね。大店だからあまり出世の機会もなくてさ。でも、給金はいいから何とか家族を養っていけてるよ」

「結婚していたのか?」

「フリオが知らないのも無理はないさ。だって、全然会わなかったじゃないか」

「ま、そうだな。で、子どもはいるのか?」

「息子が一人、この間三歳になったばかりだよ」

「そうか」


 学校を卒業してからのお互いの日々が、鮮やかな光と闇のコントラストを描いているようだった。

 日の当たる道をまっすぐ歩み続けた人間のまぶしさが、セスにはあった。

 日陰でこそこそ動き回って他人の足を引っ張るような生き方をしてきた自分が惨めに思える。


 ただ、フリオはセスのような真っ当な生き方はできないと思った。

 幼いころから悪さをし、貧しい境遇に生まれた人間の宿命は変えられないと諦めていた。

 セスが例外なのだ、と思うことで自分を慰めるのが精一杯だった。


「で、今はどこに住んでいるんだ?」

「北東地区の住宅街だよ。『マースク荘』っていうアパート」

「遠いな。実家には帰っていないのか?」

「何回か帰ったかな。この間も母さんに会ってきたよ」

「おばさんもさみしがっているんじゃないか?」


 と訊いたのは、セスの父親は二人が平民学校に通っていたころに、酒毒に侵されて命を落としたからである。


「うん。だから、いつか母さんも引き取って一緒に暮らしたいんだけど、いいって言うんだ。僕たちに迷惑をかけたくないみたいでね。あんたも父親になったんだから、自分の家族を一番大事にしなきゃいけないよって言うんだ。フリオは帰らないのかい?」

「バカ言え。あんな民度の低い町、二度と帰る気なんてねえよ。親父もおふくろも知ったこっちゃねえさ」

「そう」


 とだけ言って、セスはもう一口酒を飲んだ。

 すると、女給仕が頼んだ料理を持って来た。

 山盛りの炒め野菜と揚げ芋、それに脂ののった肉だった。

 調味料の匂いが鼻腔に届く。

 セスは野菜をほお張った。


「野菜好きだったのか」


 フリオは炒め野菜を見て言った。


「ううん。外食ぐらい好きなものを食べたいんだけどね。野菜を食べてサラサラの血を流して健康にならないと、早死にするよって脅すんだよ」


 セスは咀嚼した野菜を飲み込んで言った。

 脅す、という言葉にフリオは胸を衝かれた。


「まあ、僕も子供が成長するまでは、死ぬわけにはいかないからね」


 と笑って言うセスの顔に陰が射した気がした。

 わずかに目を伏せて何かを隠して居る素振りに見えた。


「なにかあったのか?」


 恐喝屋として磨かれた感性が、セスの身に何かあったのではないかと告げた。


「いや、なんで?」


 セスの顔から陰が去った。


「なにもなかったらいいんだ」


 このときのフリオは気のせいだと思った。

 のちに詳しい事情を聞かなかったことを激しく後悔することになるとは考えてもいなかった。


「そういえば、フリオは今どうしているんだい?」

「ああ、おれは東の方に住んでるよ。町の中心から離れたぼろいアパートだが、家賃が安くてな。独り身にはちょうどいい」

「へえ。そうなんだ。仕事はなにをやっているんだい?」


 と訊かれて、フリオははぐらかしたことしか言えなかった。

 まさか恐喝屋を営んでいるというわけにもいかず、仲介人のようなことをやっているとだけ言った。

 詳しいことは客の信用問題にかかわるからだと煙に巻いた。

 セスはその言葉を真に受けたらしく、それ以上突っ込まなかった。

 今まで過ごしてきた日々を語り合いながら飯を食べ、一時間半ぐらいでセスと別れた。


 それが、今生の別れになった。


   ◇


 葬儀が終わり、セスの妻と息子に挨拶をしてから教会を出た。

 すると顔に雨粒が当たった。灰色の雲が空にかかり、日の光を一切通していなかった。

 にわかに雨が強まる中、魔法の傘を差した二人の男女が教会の入口近くにいるのに気づいた。

 この二人は憲兵である。

 シズマ・ラージヒル警視とアメリア・ティレット警部補。

 葬儀の最中もここで待っていたようだった。

 フリオはおもむろに彼らに近づいた。


「終わったのか?」


 ラージヒルが慮るように言った。


「ええ。迷惑をかけちまってすいません」


 フリオは両手を差し出した。


「フリオ・ハザス。脅迫、傷害、および殺人の容疑で逮捕する」


 アメリアが手錠をかけようとした。


「いや、手錠はいい。逃げる気はないよ」


 と、ラージヒルは言った。


「では、傘を」


 とアメリアが言うと、手を差し出して、フリオの周りに無色透明の魔法の傘を出現させた。


「ありがとう」

「じゃあ、行くか」


 ラージヒルとアメリアがフリオを挟む形で、馬車まで連行した。


 雨雲が一瞬光り、腹にまで響く雷鳴がイクリスに轟いた。



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