狂気 7
アメリアは自分とラージヒル、そしてネストルに強力な防御魔法を施した。
そしてネストルを後ろ手に縛ってから小舟に乗せた。
憲兵庁所有の小舟で被疑者の護送に使われるもので、病院に駆け付けた憲兵に頼んで貸してもらった小舟である。
聴取が長くなったこともあり、外はすっかり日が暮れていた。
雨がすっかりやみ、王都イクリスの街並みが闇と合わさっていつもより黒ずんで見える。
ネストルを小舟に乗せたのはキリノ・コルサタルが放つ刺客に対抗するためだった。
ラージヒルの見立てでは、万が一にも自分たちの足取りを掴ませないために、ネストルとヨナスを始末しに来る可能性があるという。
そのついでに、アメリアとラージヒルもまとめて始末することだってありうる。
入院中のヨナスに関しては、憲兵の張り込みがついているため、相手も容易に手出しができないと予測し、ネストルを狙うように仕向けた。
「課長、本当に大丈夫ですか?」
姿の見えない暗殺者相手にどこまでやれるか自信がなかった。
単純な魔法の撃ち合いなら対抗できるかもしれないが、事はそう簡単ではない。
遠距離から狙撃を仕掛ける相手の場所を割り出さなければならず、困難が予想された。
どこから狙ってくるかわからないため、防御魔法を施したのだ。
「自分の腕を信じなさいよ。さっきだって防げたんだから」
というだけで、ラージヒルは飄々としている。
アメリアの魔法を信頼しているようだが、同時に必ず刺客が現れると確信しているらしかった。
アメリアは船尾に膝をついて、魔法で小舟を操作している。
大きな川を南に下ったあと、西に続く支流に入った。
この支流沿いの町並みはさびれており、高い建物が少ない。
川の流れは一直線で遠くまで見渡せる。
中天から落ちる月明かりが川面に映り、さざ波に揺られている。
未だに刺客は仕掛けてこない。
憲兵庁内の牢屋には、係の者が四六時中張り付いており、そこで暗殺を行うのは不可能に近い。
確実に暗殺するならば、この道中で仕掛けてくるはずだ。
向こうから一艘の小舟が近づいてくる。
船頭がまっすぐ前を見ながら小舟を操作している。
アメリアは警戒心を抱きながら、すれ違えるように川の左側に寄った。
船頭の顔はスカーフに巻かれてよく見えなかった。
「お、むぐ」
ネストルが怯えた声を上げたとき、ラージヒルが彼の口を掌でふさいだ。
その間に小舟同士がすれ違う。
アメリアは後ろを振り向いて、すれ違った小舟に目を遣った。
もしあの船頭が刺客ならば、襲撃は不可能だと踏んで間違いなさそうである。
「あいつに間違いないんだな」
ラージヒルは小声で訊いた。
「いや、わからねえ。もしかしたら違うかもしれねえし」
あてにならない男だった。小舟はだんだん遠ざかってゆく。
「どうしますか? 確証がない以上追いかけるわけにはいきません」
今にも追いかけて逮捕したかった。
だが人違いかもしれず、迂闊に動けなかった。
「なあ、アメリア。あいつが刺客だとしたら、撃ってくると思うか?」
「間違いなく撃ちます。それもかなりの魔力を込めた爆発弾を遣うでしょう。私の防御障壁でも防げますが、両岸や建物が爆風で破壊されるかもしれません」
「ならやるしかないか。アメリア、もう少し進んでくれ」
指示通り小舟を前進させた。
後ろを確認すると、刺客の小舟は見えなくなっていた。
だが、油断はできない。
「よし、ここで反転」
小舟を反転させてから迎撃態勢に入った。
ラージヒルは左足を引き、腰を落として剣を抜く構えを取った。
左手で鯉口を切って鞘を掴み、右手はいつでも柄を握れるように構える。
背中からでも凄まじい集中力を感じる。
放たれた魔法の爆発弾を切り落とすつもりだ。
「おい、狂ったのか」
ネストルは怯えている。
無理もない。
遠距離魔法を、剣一本で防げるとは誰も思わないだろう。
「大丈夫」
とだけアメリアは言った。
足場の不安定な船上でできるのかという不安はあったが、ラージヒルの集中力を感じ取ると、大丈夫な気がした。
腹黒く、減らず口の男だが、剣の腕は一流なのだ。
アメリアは信じることにした。
仮に失敗したとしても三人に施した防御魔法が刺客の一撃を防いでくれる。
魔法を放ってくる気配が、まだない。岸を洗う川の囁きが聞こえるだけだ。
――諦めたのかしら?
と思ったとき、笛のような音がかすかに聞こえた。
その音は少しずつ大きくなる。
「きた!」
とアメリアは鋭く言った。
ラージヒルは大きく息を吐いた。
まっすぐ前を見つめて弾丸の軌道を読んでいる。
アメリアの目に弾丸の形が一瞬だけ映った。
そのときラージヒルの手元がキラッと光った。
抜いた剣は月明りを受け、尾を引いたような白線の残像が宙に残った。
弾丸は切り落とされ、川に落ちるとすぐに消えた。
「アメリア、全速力」
「はい」
アメリアは素早く小舟に魔力を送り、小舟を発進させた。
舳先が上がるほどの勢いで、川を裂いて行く。
「すげえスピードだ」
ネストルは縁にしがみついている。
小舟の重量が軽く、川面を跳ねながら前進する。
アメリアも魔法を遣いながら、落ちないように必死に耐えていた。
一方でラージヒルは体勢を崩すことなく立ったままでいる。
凄まじい体幹だった。
「いたぞ!」
ラージヒルが声を張り上げる。
アメリアの目にも川の真中に小舟を留めている人の姿が見えた。
スカーフを外し、長尺の杖を手に取っていた。
眉の太い朝黒の男だった。
「ネストル、あいつで間違いないな」
「ああ」
ネストルは縁から身を乗り出して刺客の姿を認めた。
「ばかな!」
刺客はアメリアたちが無傷でいるのが信じられないようだった。
爆発が起こらなかったばかりか、凄まじい速度で追いかけてくるとは思ってもいないらしかった。
すぐさま杖を突き出し、魔力を込めた。
杖の先が薄赤く光る。
もう一度爆発弾を撃とうとしていた。
アメリアは魔力を弱め、小舟の速度を緩めた。
わずかに旋回し、舳先を左側の岸に向け、ロッドを刺客に向けた。
「無駄だ。貴様の爆発魔法は連射できない。そうだろ」
橋の上で魔法を放たれたとき、刺客は爆発弾をもう一発撃たなかったことが気になっていた。
ネストル、ヨナスと対峙している最中にあれだけ高威力の爆発弾を撃てば始末できたかもしれない。
ましてやそのときのアメリアは、ネストルとヨナスを巻き込んで魔法を撃つとは考えていなかった。
それなのに爆発弾を撃たなかった理由は一つ、魔力充填に時間がかかるからだ。
「これなら、どうだ?」
刺客は余裕の笑みを浮かべる。
遣う魔法を切り替え無数の赤い光球を発射してきた。
それぞれの光球が違う軌道を描き、四方八方から襲い掛かってくる。
「やべえって」
怯えた声を上げるネストルを尻目に、アメリアはロッドをかざし、防御障壁を張った。
小舟ごと包んだ円形の障壁が刺客の放った魔法を弾く。
障壁内に乾いた音が響いた。
これが橋の上でヨナスを撃ち抜いた魔法の正体だった。
自由自在に光球を操り、相手を撃ち抜く魔法だった。
ーーもしかしたら……。
と、アメリアは橋で襲撃を受けたときのことを思いだした。
この刺客は橋の下から無数の光球を放ったのだと推察した。
死角から撃つとすればそこしかない。
現に無数の光球を操っているのだから、それぐらいのことはできるはずである。
「やるじゃないか。いつまでもつかな」
刺客の魔法が止む気配がない。
このまま撃ち続け、障壁を破壊する気だった。
するとアメリアはロッドを刺客の足元に向けた。
「アホかこの女。そこから魔法を撃っても無駄だ。障壁にかき消されるのがオチだ」
「それはどうかな」
アメリアは障壁を張ったまま氷の魔法を放った。
冷気を帯びた水色の球が障壁をすり抜け、川に落ちるとすさまじい勢いで凍り付く。
すぐに刺客の小舟が氷に覆われた。
そして凍る勢いがやむことなく、刺客の身体の動きを封じ、魔法を撃てなくした。
「うそだろ。こんなことができるなんて」
ネストルの顔が驚愕の色に包まれた。
同じ魔法遣いとして技量の違いを見せつけられた衝撃があったようだ。
「これぐらいのこと、雑作もない」
アメリアはネストルを一瞥すると、防御障壁を解いた。
するとラージヒルが川面の氷の上に降り立ち、刺客のところへ駆け寄る。
アメリアも続いた。
身体を覆った氷に切っ先を突きつけた。
すると氷が割れて、刺客の身体が解放された。
刺客は四つん這いになり、息を切らしている。
「はい、逮捕。ひとまず傷害未遂ってところで」
ラージヒルは蹲り、刺客の手首に手錠をかけた。
爆発弾を切り落としたときの緊張感はなくなり、いつものとぼけた口調になった。
「て、てめえら何者だ?」
刺客は悔しげに顔を歪める。
確実に仕留める自信があったのか、逮捕された現実が受け止められないようだ。
「ただの憲兵だよ。はいはい、おとなしくあっちの舟に乗って」
刺客の手を取り、立たせてから背中を軽く押す。
全員乗ってから、アメリアは氷を溶かした。
小舟は川に映る揺らめいた月を裂いて進んで行った。




