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狂気 6

 病院の一室を借りて、査察課の二人はローブの男を聴取した。

 大雨のせいで気づかなかったが、意外なことに男はかなりの年嵩だった。

 額に皺が刻まれ、目元に隈ができている。


 さっきまでアメリアを倒そうとした気概は失せて、別人のようにおとなしく俯いている。

 目の光が揺れて非常に怯えているように見えた。

 ラージヒルの問いかけに対して、ただ身体を震わせるだけで応えようとしない。

 名前すら名乗らないのだ。


 男がここまで恐怖に縛られているのは、仲間の剣士が撃たれたことと無関係ではないと予測がついた。

 下手に喋れば命がないと思っているらしかった。


 アメリアはあらかじめ、何も喋るなとラージヒルから言われている。

 男が口を割るまでじっと黙って見ているだけでいいと指示を受けた。

 訊きたいことが山ほどあるが、じっとこらえて聴取の成り行きを見守っている。


 ランプの灯が揺らめき、耳が痛くなるほどの静寂が室内に満ちていた。

 時おり、ドア越しにこの部屋を通り過ぎる足音がするだけで、中は息が詰まる空気に支配されているかのようだった。


 そして、この静けさに耐えられなくなったのか、男はようやく口を開いた。


「お、おれをどうしようってんだ」


 声が震えていた。


「別に何もしないさ。なんであんたがうちの部下を襲うなんて命知らずな真似をしたのか知りたいだけ」

「命知らず?」

「知らなかった? 彼女、才媛の魔法遣いって言われててね。キレると怖いんだ、これが。天変地異も真っ青の災害を起こすことだってできるんだから。そんじょそこらの魔法遣いじゃ相手にならないよ。おたく、運がいいね」 


 ラージヒルの口調に緊張感がない。いつも通りのとぼけた感じである。


 ――言い過ぎよ!


 取り調べ中ということもあって、アメリアは黙っているが、ラージヒルに言い返したい気持ちが湧いてくる。

 仕方なく眉根を上げてアピールするしかなかった。


 また沈黙が空間を支配する。ラージヒルは追及する気はないようだった。

 頬杖をついて何を考えるわけでもなく男を見つめている。

 時おり、両肘を机に置いて背を丸めたり、椅子に大きく背をもたせたりするだけだった。

 その際、男から視線を外さない。


 重苦しい雰囲気に胸が押される思いがして、アメリアは静かに深呼吸する。

 ラージヒルの狙いがわからなかった。男が音を上げるまえに、自分が耐えきれる自信がなかった。


「な、なあ」


 男が心細い声を発した。

 アメリアは思わず身を乗り出しそうになった。ラージヒルが片目を瞑り、動かないように制する。


「正直に喋ったら、助けてくれるのか?」

「正直に喋るならね」


 ラージヒルは笑みを浮かべて相手を宥める。

 そしてようやく、男が話し始めた。


   ◇

 

 男はネストルと名乗った。リーデス王国出身の魔法遣いで世界中を巡る冒険者だという。

 行く先々の町や村で依頼を受け、モンスター退治を生業にする賞金稼ぎである。


 神話の時代に産み落とされたとされるモンスターは今でも世界中で猛威を振るっていた。

 その能力は、膂力、魔力において並の人間に及ぶものではなく、専門の冒険者に依頼し、退治してもらうのが一般的である。

 もちろん、冒険者は危険に晒されるので、命を落とす者も数多くいる。

 強力なモンスターほど高い賞金がかけられることもあって、己の力量をわきまえないで挑む者が後を絶たない。


 ネストルもその一人だった。今無事でいられるのは運が良かっただけと述懐する。

 様々な冒険者と組み、二十七年間冒険者として生計を立てた。

 強力なモンスターも退治したこともあるし、名声を得ることだってあった。

 魔法遣いとして縦横無尽に活躍した自負もある。


 ところが、アメリア襲撃の依頼を受ける三ヶ月まえ、驕りが出た。

 ある国が未開の地を開拓するため、モンスター退治に従事してほしいと依頼を受けて、ネストルはパーティーを組んだ。

 その中に、アメリアを襲撃した剣士、ヨナスもいた。

 ベテラン二人に新進気鋭の冒険者が何人も集まったパーティーに隙があるとは思えなかった。

 開拓使を守りながら、湧き出てくるモンスターを次々と退治した。

 このまま無事に開拓を終え、全員無事に帰られる目途が立ったと思い込んだ。


 あの人智を超えたドラゴンが現れるまでは。


 住処を荒らされたドラゴンは猛り狂い開拓使や冒険者たちを襲った。

 全員の総力を結集しても硬い皮膚に傷一つ付けられなかった。

 ある者はドラゴンの吐く業火に焼かれ、ある者は原形をとどめないほどかみ砕かれ、餌となった。

 口から滴る血に人の肉が混じっていた。


 勝ち目がないと悟ったころには、開拓使と冒険者合わせて十人となった。

 彼らはドラゴンの脅威に心底震えあがった。ほうほうのていで逃走を図る。


 しかしドラゴンの怒りは収まらない。背を向けた彼らに襲い掛かる。

 魔法使いの女が食われ、開拓使が足を掴まれ、岩肌にたたきつけられた。

 冒険者たちは彼らを助ける意思を失っていた。

 自分たちだけでも逃げようと死力を振り絞って脚を動かした。


 ドラゴンの追跡が終わったころにはネストルとヨナスだけになった。

 二人とも軽い火傷と擦り傷で済んだのが奇跡だった。

 二人とも回復魔法が遣えないので、近隣の村で手当てをしてもらった。


 もう冒険者は続けられないと感じたネストルはヨナスを誘ってリーデス王国に帰ることにした。

 王国で細々とやって行けるだけの力はまだあると感じていた。

 ヨナスも帰る故郷がなく、ネストルについていくことにした。


 しかし、王国を縄張りとする冒険者たちに割って入ることができなかった。

 思ったように仕事にありつけず、今までの貯えを切り崩して暮らしていた。

 やがて金が底をつき生活に困窮していった。


 そんなときに、一通の手紙を受け取った。


 差出人不明の手紙には、仕事の依頼をしたいので直接会って話をしたい、報酬は三万オーロであることと、待ち合わせ場所と日時が記されていた。


 昔ならこの手の怪しい依頼には飛びつかなかったが、生活に困っていたネストルはヨナスを誘って待ち合わせ場所に向かった。


「それで、誰と会ったの?」


 ラージヒルが訊く。


「身だしなみは整っていて、裏社会だとかって感じの奴じゃなかったな。ガタイが良くて力の強そうなやつなんだけど、なんか、こう、悪巧みに慣れていなさそうだし、奴もビビッているみたいだった。でも、貴族出身の官吏って感じで、妙に上から目線で高圧的な奴だ」

「名は?」

「わからねえ。あいつ、自分たちのことを詮索したらこの話はなかったことにするって言いだして。それならそれでこの仕事を下りるって言おうとしたんだが、やっぱ先立つものがねえから、仕方なく受けることにしたんだよ」


 ネストルは澱みなく話しているが、時おり落ち着きなく目を動かしていた。

 そのことにラージヒルは気づいているようだった。

 彼の目に鋭さが増した。


「それだけじゃないんじゃないか?」

「なに?」

「お前さん、脅されていただろう」

「……」

「こんな危ない話を持ちかけてくる奴だ。一人で来たわけじゃあるまい。用心棒でも同席してたんじゃないか?」


 ラージヒルは直截的に訊いた。

 経験のなせる業なのか確信に満ちた口調だった。


 ――あの魔法遣い……。


 橋の上でアメリアを狙い、仲間であるはずのヨナスを殺害しようとした人物。


「ああ、そうだよ。あの野郎、取り巻きっぽいのを連れてきたんだ。俺たちが降りようとしたら、そいつがいきなり魔法を撃ってきやがった。断ればお前たちの命はないって脅してきやがったんだ。情けなかったよ。仮にも長年冒険者をやっていた俺たちがたった一人の魔法遣いに屈したんだからな。そいつと協力して事を運べって」


 ネストルは顔を俯けると、身体が震えた。

 悔しさと恐ろしさが綯い交ぜになったようだ。


「で、ディック・ランペスの動向を探り、場合によっちゃあ襲撃する。そんなとこだろう」

「それだけじゃない。そのディックが頼る奴らも消せと言ってきたんだ」


 だからアメリアも狙われたのだ。

 敵は何としてもディックの仕事を阻止したいのだろう。

 この話に一枚噛んでしまったために狙われたのだ。


「で、連中の目的はなに?」

「わからねえ。ただ、ディックは耳障りのいい改革案を出して社会の混乱を招くっていうもんだからよ。で、その案ってのが国を破壊しかねないから止めなくちゃならないらしくな。奴は文教省でも信頼の篤い官吏で通っているぶん厄介で、実力行使に出るしかねえって言うんだ。俺だってこの国で生まれ育ったからな。そんな奴に好き勝手されたらたまんねえって感じになってよ」

 

 ネストルの口調がにわかに熱っぽくなった。

 奇妙な正義感が湧いているように聞こえた。


「それで口封じされそうになったんじゃ世話ないでしょうよ」


 ラージヒルは呆れた口調で正論を言った。


「俺はこの国が滅茶苦茶になるのが嫌なんだよ。落ち目の冒険者でも世の中の役に立てるって証明したかったんだ」


 ネストルは滔々と喋る。

 自分は義賊で世の中のためにあえて手を汚してもかまわないという気分になったらしかった。


 ――バカなの?


 アメリアは顔を歪めて口にしたい気持ちを抑えた。

 暗殺を持ちかける輩が国の行く末を憂いるわけがない。

 ただ競争相手を葬り、己が権勢を確固たるものにしたいだけである。


「ま、いいや。ネストルさん、その二人の特徴について詳しく伺いましょうか」


 ラージヒルが訊くと、ネストルは彼らの外見を事細かに話した。


「なるほどね。そんで官吏らしい、と」


 書き留めたメモを読み直すと、確信ありげに呟いた。


「やっこさんも下手を打ったね。こういうのは外部の仲介人を通してなんぼのもんだろうに」

「では、コルサタルの部下ですか?」

「多分ね。でも、問題が一つある」

「あと一人の刺客、ですね」

「ああ、こいつを捕らえるにはどうすれば、い、い、か」


 ラージヒルは妙なリズムに合わせて言いながら、ネストルに不穏な笑みを見せた。

 そして、危険な協力を申し出た。


「ネストルさん、取引といきましょうか。囮になれば、罪は軽くなるかもしれませんよ」


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