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狂気 5

 雨足が緩むことなく、王都イクリスに降り続いている。

 そろそろ夕暮れ時のはずだが、厚い雲のせいで日の光が地上に届かず、時刻の概念が薄れそうなほどの暗さだった。

 けたたましい雨音が地面や川、建物を叩き、人の声や物音をかき消さんばかりの勢いだった。


 アメリアとラージヒルは乾いた制服に着替えてから、『ハーミット』を出て二手に分かれた。

 二人一緒だと刺客たちが二の足を踏むかもしれないので、別行動をとることにした。

 危険なやり方だが、刺客をおびき寄せやすくするための手段である。

 アメリアの魔法とラージヒルの経験と剣術なら迎え撃つことができると判断した。


 アメリアは、魔法の傘を遣って雨を弾きながら歩いていた。

 どこに行くわけでもなく、ただ雨の降る町並みを巡っているだけである。

 制服を着ているので、傍から見ると憲兵が見廻りをしているふうに見える。

 このような天気でも人通りはあり、特に馬車での移動が多くなっている。

 時おり狭い道を行きかう馬車は速度を落とし、お互い衝突を避けるようにして、御者同士が声を張り上げて、気を遣い合う。

 馬は雨の中をものともせず、御者の指示に従って粛々と仕事をこなしていた。


 当てもなく歩いていると、とある住宅街に足を踏み入れた。

 背の高い建物が林立していて、窓のあちこちから灯が洩れている。

 雨に打たれて黒ずんだ建物を横目に、アメリアは町中を進んでゆく。

 やがて人通りは途絶え、馬車の姿も見かけなくなった。

 

 暗い路地裏の入口が目に入った。

 アメリアはあえてこの道を選ぶ。

 建物の灯が一切洩れない路地裏には一種の独特な雰囲気が漂っていた。

 もし晴れていたら、チンピラ連中が、張り込んでいて道行く人から金を脅し取ってもおかしくない。

 そんな空気がある。


 常に耳を澄まし、誰かが自分を跟けて来ないかと気を張りつめる。

 さっきから雨とは違う音に気づいていた。

 それは明らかに靴底が濡れた石畳の上を歩く足音だった。

 雨に紛れて時おり足音が消える瞬間があるのが、却って不気味だった。

 しばらく歩いても襲撃してくる気配はない。

 どこかで仕掛けてくるだろうと思っていたのだが、まだ機を窺っているらしかった。

 振り向きたい気持ちを抑えて、歩み続ける。


 この路地裏でも襲ってこないとなると、どのタイミングで仕掛けてくるのか見当がつかなかった。

 もしかしたら刺客はアメリアがおびき寄せていると気づいているのかもしれない。


 路地裏を抜けて広い道に行き当たった。

 馬車が通り過ぎてから道を横切り、川に沿って南に向かう。

 すると、長い橋が目に映った。

 そのあたりには街灯も街路樹もなければ、建物から洩れる灯も届かない場所だった。


 アメリアは橋を渡る決意をした。

 自分を襲うならこの橋で挟撃を仕掛けるのではないかと思いついたからだ。

 いつでも魔法を撃てるように心掛けながら橋に足を踏み入れた。


 橋の真中あたりまで来てから、欄干を背にして佇む。

 左右を見遣り、刺客の姿を捕らえようとする。

 しかし誰もおらず、さっきまで聞こえた足音も消えてしまった。


 足音は気のせいかと一瞬思い、首を回して川に視線を移した。

 すると向こうから、一艘の小舟がこちらに近づいているのに気づいた。

 膨大な雨粒で輪郭がぼやけて見えるが、流れに逆らっているあたり、魔力を遣った小舟らしかった。

 その上に二つの人影らしきものが見え、一人は立っているようだった。

 この大雨の中、船に乗るだけでも命知らずなのに、まして立っているのは信じ難かった。

 もし川に落ちれば川の流れに飲まれて、溺れ死んでもおかしくない。


 小舟に乗っている人物に注意しようとしたとき、アメリアの目に雨を弾きながら飛んでくるものが映った。

 雨に混じってか細い笛のような音が聞こえたとき、魔法で発射された弾丸だと気づいた。

 それは間違いなくアメリアを襲うために撃たれたものだった。


 アメリアは傘の魔法を解き、防御障壁の魔法を遣った。

 障壁に当たると轟音が響き、煙で視界が遮られた。

 だが、雨のおかげで煙が消えるのが早い。

 アメリアには傷一つつかなかったが、障壁の外にある橋の縁が抉られていた。

 魔法遣いは明確な殺意を持って爆発魔法を撃ったに違いなかった。


 立ち止まっている暇はなかった。二発目が飛んでくるかもしれない。

 防御障壁を解き、橋を蹴って袂に駆けだすと、二つの影が行く手を遮っているのに気づいた。

 皮鎧を着て剣を手に取った男と、黒いローブを纏い長い杖を持った魔法遣いの男だった。

 二人とも雇われの冒険者くずれらしき人間らしかった。


「何者だ!」


 アメリアは声を張り上げて誰何した。

 だが、二人に答える気配はない。

 代わりに男が剣を構えて殺到してくる。


 身体能力は間違いなく相手の方が上だった。

 アメリアは魔法の腕こそあるが、身体能力に関しては一般的な女性よりも優れているといった程度であり、本職の剣士相手に近接戦闘は極めて不利だった。


 それでもアメリアは、剣士に接近した。

 彼に近づけば、小舟から弾丸が飛んでくる可能性は低い。

 あれだけ遠く離れた場所、しかも足場の安定しない船上からアメリアだけを仕留めるのは極めて困難なはずだ。

 さっきのような爆発魔法を遣い、仲間ごと吹き飛ばそうとしない限り、船上の魔法遣いは手が出せないと考えた。


 剣士の顔が邪悪な笑みで歪む。目に澱んだ光が宿ったかのように見えた。

 愚かな戦法を取ったアメリアを嘲笑したらしかった。


 アメリアは一気に二人纏めて片付けるつもりである。

 大雨のおかげで水を集めるのは容易だった。

 ロッドに魔力を込める。

 雨粒が渦を巻くようにロッドの先端に集まり、水が圧縮された。


「〈海嘯(ポロロッカ)〉」


 ロッドから大量の水を放った。

 津波のような勢いで刺客の二人を飲み込まんとする。


「うわあー! な、なんだ」


 二人の刺客を波で流し、攻撃ができないようにした。

 あまりにも大きな波で、欄干から水が零れ落ちる。


 アメリアは向こう側に被害が及ばないように波の動きを止め、駆け寄る。

 船上の魔法使いに狙いを定められないようにするためでもある。


「〈蒸発(エヴァポレーション)〉」


 すぐさま炎の魔法を遣い、波を蒸発させた。

 煙のような湯気があたりを包む。

 男が剣を振り上げてからわずかの間に、アメリアはこれらのことをやってのけた。


 足元に二人の刺客が倒れている。

 近くに落ちてあった剣と杖を拾って川へ投げた。

 アメリアは念のため二人にロッドを押し当てて軽い電を撃ち、しばらく動けないようにした。

 氷の魔法ではこの大雨で溶けてしまう恐れがあった。


 油断している暇はない。小舟の魔法遣いの捕らえないといけなかった。

 アメリアは橋の欄干に近づき、小舟の位置を視認する。

 しかし荒れた川の流れ以外に何も見えなかった。

 さらに反対側も確認したが、やはり影はない。逃走したようだ。


 アメリアはロッドを天に向けて魔法を撃った。

 尾を引いて天高く舞い上がり、大雨をものともせず花火のように爆発した。

 ラージヒルにこの場所を伝えるためである。


「ぐ、くそ」


 ローブの男が呻く。


「貴様ら、何者だ」


 アメリアはロッドをローブの男に向けて、いつでも魔法を撃てるようにした。

 怪しい動きをすれば、もう一発食らわせるつもりだった。


「て、てめえ、なにもんだ。あんな魔法が遣えるなんて」


 ローブの男は悔しげに呻く。

 魔法を遣う間もなくアメリアにやられたのが悔しいようだった。


「見てわかるだろう。憲兵だ」


 とだけ、アメリアは言った。


「さあ、こちらの質問に答えてもらおうか。貴様ら何の目的で私を狙った」

「そ、それは」


 ローブの男が答えようとしたとき、なにかが当たって砕いたかのような乾いた音がした。


「ぐ、む」


 剣士の呻き声が聞こえた。

 アメリアは剣士の方へ目を移すと、胸から血が滲んでいるのが見える。


「いつの間に」


 アメリアは即座に防御障壁を張った。

 船上の魔法遣いが爆発の魔法を遣わずに位置を変えて狙撃したのだと思われた。

 三人を覆うようにして結界を張ったので魔法の弾丸を防げるはずだ。


 弾丸が雨に紛れて障壁に当たる音が聞こえる。

 アメリアは狙撃手の場所を探ろうとした。

 しかし、目に見える範囲では姿を捕らえることができない。

 一発一発の弾丸の軌道がうねっているので、狙撃場所を探れなかった。


 ――近くにいないわ。


 一瞬、狙撃の魔法遣いが姿を消す魔法を遣って近距離から撃った可能性も考えた。

 しかし透明の魔法は、あくまで姿を消すだけで雨に当たれば身体の輪郭が浮き上がるので、遠距離からの魔法を遣った狙撃だと推測した。


 結界を張りながら撃たれた剣士に近づいた。

 剣士の顔から血の気が引き、死相が浮かびつつあった。


 アメリアは吐き気を覚えた。死にゆく人間を不気味だと思ってしまった。


「しっかり!」


 その問いかけは剣士にというより、自分自身に言い聞かせた感があった。

 このまま死なせるわけにはいかないと、気を奮い立たせて回復魔法を遣った。

 結界を緩めないように気をつけながら傷口をふさぐ。

 魔法の弾丸が容赦なく結界に降り注ぐ。


 傷口が完全に塞がったとき、車輪が水飛沫を上げながら近づいてくるのに気づいた。

 それと同時に、弾丸が止んだ。

 馬車が止まるや否や、扉が開き憲兵が降りてきた。

 橋に溜まった水を蹴上げながら駆け寄ってくる。


「アメリア、大丈夫か」


 ラージヒルが珍しく大声で気遣う。

 思ったよりも到着が速く、相当馬車を飛ばしてきたらしい。


「課長、気をつけてください。狙撃されます。」


 アメリアの忠告にラージヒルは首を回して橋の両側にある建物を見回した。

 しかし、そのときには弾丸が飛んでくる気配がなかった。

 これ以上撃ってもアメリアの結界を破れないと見たのだろうか。

 それとも騒ぎが大きくなるのを嫌ったせいかもしれない。


「なにもないぞ」


 ラージヒルはゆっくり近づいてくる。


「課長、今すぐこの男を病院へ。撃たれました」


 傷口はふさいだが、男の意識が戻らない。

 失った血が多すぎたようだ。


「馬車で来てよかったな。アメリア、そっちの奴も連れて行くぞ。病院で聴取だ」


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