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栄光の果て 8

 とあるホテルの中庭を貸し切って談合が行われていた。

 上得意のルーインに、星屑で彩られた夜空の下で食事をするのも風流だというオーナーが勧めてくれたのだ。


 ルーインは出された料理に舌鼓を打ちながら、憲兵たちと話している。


 次長秘書のマルガレッタ・バトリ、ガスパー・メイエ人事課係長、学生街を見廻る憲兵のゴセリン。

 三人ともめったに食べられないご馳走を堪能していた。


 マルガレッタからウジーヌが腑抜けたという話を聞いたときは眉唾物だと感じた。

 権謀術数を凝らして権力を欲した人間が、野心を捨てるとは思えなかったのだ。

 ところが、この秘書が次長の権限を弄しても気づく素振りがないと報告を受けたとき、ウジーヌから野心が消えたと考えるようになった。


 以来数年間、マルガレッタをはじめメイエ、ゴセリンなどを抱きこみ、ウジーヌに代わって便宜を図ってもらうようになった。

 商売になりそうな土地や建物を買い取る際、チンピラをけしかけても見逃してもらえるように手を回した。


 憲兵という人種――それに、管理全般――はおおむね金に汚い、とルーインは思っている。

 馬車や船の仲買人をしていたころに出会ったウジーヌがそうだった。

 彼はルーインと知り合う前までは、勤勉な憲兵だったという。

 それ、賄賂の効果を知るとなると、ルーインに便宜を図るようになった。


 それに憲兵は仲間意識が強く身内に甘い。腐敗が蔓延るのは当然だった。

 そこがルーインの付け入る隙である。


 ウジーヌは降りたとはいえ、こうして自分の財力を当てにする憲兵が集まる。

 奴らもまた上役や人事に金品を贈り、見返りに良い地位を提供してもらう。

 ルーインは捕まる心配はないし、少々法に触れることをしても見逃してもらえる。


「ところで、今日は何の話だったかな?」


 ルーインは酒を一口飲んでから言った。


「ええ、次長のことです」


 マルガレッタは上品ぶってナプキンで口を拭く。


「おお、そうか。ウジーヌをどうするかだったな」

「はい。正直、あの古本屋にいるとなると埒があきません。ゴロツキどもをけしかけても返り討ちに遭いますよ」


 ゴセリンが得意げに助言を送る。


「ふむ。ならどうするかだな。あいつを消せばことは足りるわけか」


 ルーインは事も無げに剣呑なことを口走る。

 


「もう一つ問題があります。あの通りを見張っているのはどうも次長だけではないようです」


 酒を呷ってから、メイエが口を開く。


「なに?」

「私の周囲を嗅ぎまわっている憲兵がいまして。ラージヒルという警視なのですが、どうも部下を使って古本屋の近くを見張っているらしいんです。マルガレッタが言ってました」


 メイエはマルガレッタに目を向ける。二人の視線が宙で絡み合う。


 マルガレッタの頬が赤らんだ。野心に満ちた女だが、惚れた男には弱いようだった。

 いい年をして照れたように身体をくねらせた。


「ええ、ルーインさんの手下を救出する際、私の後ろを跟けてきた女憲兵がいたんです。アメリア・ティレットという魔法遣いなのですが、我々を怪しんでいるかもしれません」

「ふーん。なら簡単じゃないか。まとめて排除したらいい」

「ええ。そうなのですが、ラージヒル警視は剣術の達人でしてそう簡単にはいかないんですよ。それに人事課長のストライヴァーも目を光らせていますから、おいそれと動けませんよ」


 メイエが口元を歪める。。


「なら、おれの手下を貸そう。たかが数人の憲兵だろう。数で押せばいいだけの話だ」

「助かります」


 一同から含み笑いが滲むように出る。

 利害が一致した邪心をもつ者たちが洩らす陰険な笑みである。


「せっかく、新しいカジノを造ろうというときに邪魔が入ってはかなわんからな」

「ルーインさん、またカジノですか?」


 見廻り憲兵が面白そうに言う。


「ああ、老若男女問わず、色と博打には弱い奴が多い。特に、博打はいつか儲けられると勘違いして、借金してまでする奴もいる。そんなバカどもから絞り上げるだけ搾り取れるんだ。マルガレッタ、営業許可の件、頼むぞ」


 リーデス王国では憲兵庁がカジノの営業許可を出す。

 厳密な審査が必要だが、担当者に金を回せばなんとかなるとルーインは踏んでいる。


「わかりました。けれど」

「わかっている。報酬はきっちり払ってやる」

「ふふ、お願いします」

「おれたちもおこぼれを授かれるってわけだ」


 ゴセリンはトラブルを見逃す気でいる。


「少しくらいおれにも寄こせよ。好きな部署にねじ込んでやるから」

「お、いいですね。じゃあ刑事一課でお願いします」

「よし。お前の査定、きっちり盛ってやるからな」

「はっはっは、みんなが幸せになれるというわけだ」


 ルーインが哄笑すると、他の者も一斉に笑い出した。



「金に目のくらんだ悪党が、調子に乗るなよ」


 突然、男の声が響いた。

 一同が目を丸くして、きょろきょろ見回した。

 すると、中に続く扉の前に、後ろに髪を撫でつけた憲兵が、腰に佩いた剣の柄に手を添えながら佇んでいた。


「課長、早く行ってください」


 課長と呼ばれた男の後ろから、呆れたような女の声音が聞こえた。


「見栄ぐらい切らせろよ」


 課長は少し後ろを振り向き不満げに言ってから前に進んだ。


 さらに後ろから二人の憲兵がやってきた。


「お、お前たちは」


 メイエが震える指でさす。


「憲兵ともあろう者が悪徳商人と結託し、犯罪を見逃す。あまつさえ賄賂を授受し、己の私腹を肥やすとは言語道断。そして、ルーイン、貴様が多くの民に危害を加えた罪の数々は許し難い。おとなしく法の裁きに服すがよい」


 課長は芝居がかった素振りを交えながら言った。


「課長、お芝居しなくていいですから、早く逮捕しましょう」


 小柄な女憲兵が呆れた顔で言う。


「アメリア、知らないのか? 四十五年前からかけ続けられているロングランの芝居だぞ。第八代国王が世の中の悪を切り裂く痛快娯楽時代演劇。人の上に立つ人物はこうでなくちゃいけないと教わったもんだ」

「なにフィクションを真に受けているんですか。ほら、さっさと連行しますよ」


 アメリアは手に持ったロッドを構えた。


「メイエ警部、お前の不正も露見した。処分は免れないと思え」


 もう一人の憲兵が前に出て来る。厳しい光を目に宿していた。


「シッド・ストライヴァー人事課長」


 メイエは両手で膝を握りしめ、身体を震わせる。


「話は聞かせてもらったぞ。もう貴様らは逃れられん」


 今なお、芝居を続けようとする課長。


「あんたら、見張りはどうしたんだ?」


 ゴセリンが怯えながら訊く。その声が震えていた。


「ああ、彼らは今夢の中。腕利きとは聞いていたけど、どうも拍子抜けだね。こりゃ」


 課長は頭を掻いた。すると、彼の顔がうっすら影が刷かれたような剣呑な笑みが現れる。


「ルーイン」


 彼らの後ろからウジーヌが出てきた。


「以前のお前なら、こんな雑な手を使わなかった。まるで捕まえてくれと言わんばかりじゃないか。老いると欲望の制御が利かなくなるというが、お前も例外ではないらしい」

「ウジーヌ、この場所を教えたのはお前だな」


 ルーインは身体を震わせて怒気を露わにする。

 歯を食いしばり、握り込んだ掌に爪が食い込む。


「お前だって終わるぞ。ここでおれを捕まえたからって昔のことが帳消しにならない」

「わかっているさ。前にも言っただろう。俺はもう次長の椅子に未練はない。それに秘書の不正に気付けないほどのぼんくらが、重責を果たせるはずがなかろう」


 ウジーヌは自嘲すると、マルガレッタへ顔を向けた。

 彼女は眉根をひそめ怒気を露わにする。


「くそ、やるしかないか」


 メイエがおもむろに席を立つと、剣を手に取った。


「ここで始末してしまえば、証拠はなくなる。マルガレッタ、死体の処理はできるよな」

「ええ。近くに川があるわ。船を使って海まで運べば、私たちがやったって証拠は見つからないわ」


 マルガレッタも邪悪な笑みを浮かべて、立ち上がる。


「ルーインさん、手下は?」


 ゴセリンが焦りながら言う。


「心配するな。近くに控えている。おい!」


 ルーインは庭の奥に向かって声を上げた。


 建物の脇から、続々と用心棒が出てくる。

 剣客、魔法遣い、格闘家など、荒事に慣れた冒険者崩れたちである。


「次長、あなたたちは終わりよ」


 マルガレッタが短剣を構える。手練れらしく余裕を感じる。


「よし。ここならいくら暴れてもかまわん。やれ!」


 ルーインの号令と共に乱闘が始まった。


   ◇


 手下たちが殺到してくる。

 それにいち早く反応したのはラージヒルである。

 半身の体勢で剣を身体に引き付けるようにして切っ先を上へ向けると、刃を返した。

 先頭の剣客が裂帛の気合を乗せてラージヒルへ剣を振り下ろす。

 しかしその剣が届く前に、ラージヒルは剣客の胴を薙ぎ、横をすり抜けると、続けざまに女の魔法遣いの手首を撃った。魔法遣いは、手首を抑えて蹲る。

 

 ラージヒルの凄まじい身のこなしに敵わないと見たらしい手下たちは標的を変え、アメリアとシッドに向かう。


「どけ!」


 メイエがラージヒルの背後に斬りかかった。

 大上段から振り下ろそうとすると、ラージヒルは前へ飛んで躱し、メイエへ向き直ると、上体を屈めて地を蹴り、下段に剣を構えながら突進する。

 間合いに入るとラージヒルは胴を狙って斬り上げた。

 うねりを上げるほどの速度だった。

 メイエはなんとか反応し、攻撃を受け止めた。

 そして、素早く斜め上からラージヒルの首元を切りつけようとしたとき、わずかな隙が生じた。

 それをラージヒルは見逃さず、がら空きになった右脇腹を薙いだ。肋骨に当たり、人事課係長の顔が苦痛で歪むと、手から剣が滑り落ちた。


 一方アメリアは、ロッドの先を手下たちに向け、無属性の〈魔弾(フライクーゲル)〉を同時に数発撃つ。首、鳩尾、眉間にと三人の手下に命中した。残りの手下は五人である。

 シッドも負けていない。格闘家二人の同時攻撃を縫うようにして躱しながら接近すると、二人の腿を斬って行動不能にする。次に見廻り憲兵と対峙する。


「さすが、才媛の魔法遣いね」


 その声を聞いたと同時に、紅の炎がアメリアを襲う。

 防御魔法を張って炎を受け止める。

 炎が消えかけたとき、マルガレッタが炎を切り裂くように突進してきた。


「こっちは任せろ!」


 シッドが大声を張り上げて敵たちに向かって行く。


 マルガレッタの短剣は、魔法を放てるように造られているらしい。

 短剣術と魔法を組み合わせた戦闘スタイルだった。

 短剣を巧みに扱い、次々と攻撃を繰り出してくる。

 アメリアはロッドで攻撃を防ぐが、じりじりと後ろに下がってしまう。


 近接では不利だと見たアメリアは、<旋風(トウルビヨン)>を放ちながら後ろへ跳ぶ。

 そこへ秘書が数発の<氷鋲(アイススタッド)>を剣先から撃った。

 宙に浮いているアメリアに向けて、突風を切り裂きながら飛んできた。

 アメリアはロッドを大きく振り、さらに風力を強めて<氷鋲>の勢いを殺ぐ。


「まだよ!」


 アメリアが着地し、左足を前にした半身の体勢になった。身体がよろけ、片膝をついたのと同時に、マルガレッタが距離を詰めて突きを繰り出した。

 アメリアがロッドを構えるまえに短剣が届くと思ったらしかった。


「ああ!」


 だが、悲鳴を上げたのはマルガレッタである。雷が短剣を通じて、腕に衝撃が走ったようだ。

 短剣を床に落とし、信じられないと言った顔つきで、アメリアを見る。

 ロッドはアメリアの陰に隠れていて、秘書に向けて魔法を撃てないはずだった。


「ひ、左?」


 秘書の顔に驚愕の色が広がる。

 アメリアの左手の指が二本伸びて秘書を指していた。

 魔法はロッドなどの魔法道具を介さないと制御が難しい。

 が、アメリアは素手で容易に魔法が撃てる。


「調整が上手くいかないから、苦労したぞ」


 アメリアは立って笑みを零した。勝負は決したと思った。


「まだだ、このガキ!」


 破れかぶれになったマルガレッタが憤怒の色を浮かべて突進してきた。

 しかしアメリアは冷静だった。

 武器のないマルガレッタから恐れを感じない。

 さっと横によけて、右足でマルガレッタの足をひっかけて転ばせると、もう一発雷を撃って動けないようにした。


「ふう」


 アメリアは手の甲で額の汗をぬぐった。

 思わぬ強敵を封じ込め、ほっとした。


 残りの手下はラージヒルとシッドが行動不能にしたようだ。

 腿や腕を斬られた者たち、気絶し横たわっている者たちが大勢いた。

 彼らは既に戦闘不能状態だった。


「ば、ばかな」


 ルーインは狼狽えて後じさった。

 アメリアが取り押さえようとしたとき、ウジーヌがルーインに近づいて行った。

 ラージヒルが右腕を伸ばしてアメリアの前を遮った。

 目を合わせると、ラージヒルが頷く。

 あとは次長に任せろ、という意味だった。


「もう逃れられん。ルーイン、一緒にお縄につこう」

「ふざけるなぁ!」


 ルーインが拳を放ってきた。

 ウジーヌは紙一重で躱すと、懐に潜りこみ、腕を取って投げを打った。

 ルーインは宙を浮くように身体が回り、もろに地面に叩きつけられた。


「終わりだ、ルーイン」


 虚無の響きを含んだ、さみしげな声だった。

 お互いの汚れた経歴に何の意味を持たないと言いたかったのかもしれなかった。


 けたたましい足音が聞こえてくる。今になって応援が駆けつけたようだった。

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