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栄光の果て 6

 日が沈み、通りに向こうの空が赤みを帯びたころ、閉店の準備に取り掛かった。

 とはいえ、特別なことをするわけでない。本棚にはたきをかけたり床を掃いたりする程度である。

 売り上げの確認など、商売の根幹に携わるのはジェインの役割なので、ウジーヌはあまりすることがない。

 それでも、店を閉めるまで待った。


「ウジーヌさん。もう上がってもいいですよ」


 ジェインは事務机を整理しながら言った。


「いや。連中、もしかしたら夜中にやってくるかもしれん。もう少しここで様子を見たい」

「大袈裟ですよ。今までそんなことありませんでしたし」

「これからは、起きるかもしれん」


 ウジーヌはジェインに顔を向けた。


「え?」

「あの手の連中は切羽詰まると、なにをやらかすかわからん」


 かつて悪辣な商人を取り締まったときのことを思い出した。

 その商人は町のチンピラを雇い、土地を荒らしまわったものだ。

 中には人気のない深夜に放火までした輩もいた。

 ウジーヌが懇意にしていたルーインと敵対していたこともあって苛烈に取り調べたものだった。

 今回の黒幕は誰だかわからないが、地上げする人間の手口はそう変わるものではない。

 この近辺の店の買収も同じ気がした。


「そんな……」


 ジェインはウジーヌを見つめて、心配そうな顔色を浮かべた。


「心配するな。そのために私がいる。それに万が一のために手は打ってある」

「大丈夫でしょうか?」


 心配が払拭できないようだ。無理もない。

 あれだけ嫌がらせを受けたうえに、さらにひどいことをすると思うと、心が乱れるのが普通だ。


「必ず、守る」


 ウジーヌはジェインの肩に手を乗せて微笑んだ。


「すみません」


 という声が外から聞こえた。

 そこにいなさいとジェインに言うと、声のした方へ近づいた。


「お客さん、もう閉店で……」


 ウジーヌは客の顔を見たとき、言葉を失った。

 この客は固太りした体型で、黒いハットを被り、白いシャツに鼠色のスーツを着ている。

 ごつごつした手に杖を持っていた。

 周りには取り巻きが二人、彼を警護するように控えていた。


「久しぶりですな。次長どの」


 男はしゃがれた声で言った。


「ルーイン、なにしに来た?」


 ウジーヌはきつい口調で訊いた。


「ご挨拶だな。おれのおかげで出世したと思いきや、今は古本屋の店主か?」


 ルーインは嘲笑した。しゃがれた声に野太さも加わって不快に聞こえる。


「昔の話だ。お前とはもう縁を切った。私に用はないだろう」

「それはないんじゃないか。次長どの。さんざん陰謀を画策して今さらきれいになろうっていうのか。お前にどれだけ協力してやったと思っている」


 陰険な笑みを見せながら絡みつくような視線を投げてくる。


「たしかに、昔の私はいろんなことした。上役に金品を贈り、同僚を罠にはめ、挙句の果てにはお前に便宜を図って、賄賂だってもらった。だが、もうそんな手が通用する時代じゃない」

「だからっておれと無関係になるってのは虫が良すぎないか?」

「……」

「今までさんざんおれを利用してあとは知らんぷり。そんな話が通用するか。あんたのしてきたことを世間に話せば、どうなるかね? 次長の椅子に座れなくなるんじゃないか? 長官の座が見えたってときに、このスキャンダルはまずいんじゃないか」

「そんなことをしたら、お前も終わるぞ」

「終わらないさ。そのための手は打ってある」


 ルーインには余裕さえうかがえた。

 ウジーヌだけを破滅させて自分だけが逃れられると本気で考えているらしい。


「ルーイン、何を考えている? 今さら私に何の用だ?」

「別に特別なことは考えていないさ」


 と、ルーインは手招きをして近づくように指示した。

 それに応じて、ウジーヌは顔を寄せる。


「この通りの店を買い取りたくてな。次長殿の世話になりたいと思っているんだ」

「そうか。書籍小路の本屋がつぶれたのはお前の仕業だったか」

「人聞きが悪いな。払うもんはちゃんと払ったぜ」

「チンピラどもをけしかけただろ」

「さあな。最近の若者はマナーを知らん。衝動ってやつに弱い。おれたちの若いころと違って忍耐が不足しているんじゃないか。親の教育がなっちゃいない、っとこれはおれたちの世代のせいでもあるか」


 なにがおかしかったのか、ルーインは哄笑した。

 つられて部下たちもにやけ面を浮かべている。


 ――逮捕したチンピラを取り調べても……。


 何も出てこない、と思った。

 逮捕されるようなことがあっても、口を割らないように手を打っているはずだ。


「おっと、こんなことを話しに来たんじゃない。実は次長どのにお願いがあってきたんだ」

「帰ってくれ」


 嫌な予感がした。

 かつての自分のために働いてくれた協力者が、今では刺客なのだ。

 おいそれと話を聞いてはならないと思った。


「そんな無下にしなくてもいいじゃないか。なに、ちょっとしたお願いだ。なにも不正をしろって言ってるんじゃない」

「……」

「近ごろ、ちょっと気の強そうな女憲兵が見廻っているらしい。凄腕の魔法遣いらしくてな。そんな奴に目をつけられたら、商売に差し障りがある。お前の権限でそいつを止めてくれないか」

「断る」


 ウジーヌは即座に言った。


「ふん、お前が変わってしまったという話は本当だったようだな。まあいい。お前に頼らなくても方法はいくらでもある。だがな」


 ルーインは顔を寄せて粘っこい目つきでウジーヌの目をのぞき込む。


「お前は、終わりだ」


 異様に低い声だった。明確に敵意をむき出しにしていた。


「勝手にしろ。私はもう次長の座に未練はない」

「ふん。そうか」


 鼻息を荒くして嘲ると、背を向けた。

 もう話すことはないと言った素振りだった。


「後悔するぞ」


 背を向けたまま言うと、取り巻きを連れて通りへ消えていった。


「大丈夫でしたか?」


 やり取りを見ていたらしいジェインが心配そうに近寄ってくる。


「ああ、迷惑をかけたな。だが、敵の正体がわかったよ」

「え?」

「続きは店の中で話そう。お、そうだ」


 さっきから気になっていたことがあった。

 ルーインと話している間、向かいの建物の壁が時おり揺らめいているが目に入ったのだ。

 前にチンピラを撃退したときも同じ現象が見えた。

 さっきのルーインの証言とこの現象を合わせて考えると、その正体に察しがついた。


「姿を現しなさい。アメリア・ティレット警部補」


 揺らめきに向かって声をかけた。

 すると、短い金髪の若い女性の姿が浮かび上がった。

 目が冴えて、気の強そうな顔つきをした小柄な美女である。

 ショートパンツを穿いていて、白いシャツの裾から少しだけ臍が見える。

 派手好きな若い女性が好みそうな服装で、私服で仕事するにはふさわしいと思った。

 一見すると、憲兵には見えない。

 アメリアは、見張りに気づかれて心持ち恥ずかしげな表情を浮かべている。


「なぜ、私だと?」


 アメリアは訊いた。


「凄腕の魔法使いで、女憲兵、それに私を見張っているとなると、君しか該当する人物はいない。さあ、君も話を聞くといい。捜査の役に立つかもしれんぞ」


   ◇

 

 アメリアは気まずさを拭えないまま、古本屋へ入った。

 古い紙とインクの匂いが鼻腔をくすぐる。

 学校時代も図書館から似たようなにおいを嗅いだことはあるが、ここまで強くなかった。


 壁に埋め込まれた本棚に目を向けると、夥しい数の本の中に魔法書の背表紙が見えた。

 憲兵になるまえに、読破した本だった。

 ちょっとしたなつかしさが胸の内を過り、アメリアは何気なく魔法書に手を伸ばした。


「興味あるんですか?」


 ジェインという女性が声をかけていた。


「いえ、昔読んだ本だったので、なんだかつい」


 アメリアは口籠った。


「二人ともこっちへ来なさい」


 ウジーヌがカウンターの奥から椅子を取り出して、その前に置いた。


「はい、すみません」


 アメリアは慌てた。

 新人憲兵が次長と顔を向き合わせて話すのはあり得ないことだった。

 次長という肩書も相まって身体に緊張感が走る。


 カウンターを挟む形で三人は椅子に腰かけ、顔を向き合わせた。

 ウジーヌは木剣を杖がわりにして両手を乗せている。


「ティレット警部補、経験不足のようだな。見張りを悟られるようではまだまだだ」


「は、はい」


 いきなりダメ出しをされて面を食らった。

 ラージヒル相手なら言い返す度胸が芽生えるが、初対面の次長相手では勝手が違う。


 アメリアにも言い訳したい気持ちがある。

 同じ魔法を遣い続けるのは集中力がいる。

 〈透明化〉自体はそれほど魔力を消費しないが、長時間姿を消したままでいるのは容易ではない。

 どこかで集中力が途切れ、揺らめきが生じてしまうのだ。


「まあ、いい。君一人で見張るのは骨が折れたことだろう。上役はシズマ・ラージヒル警視だったな」

「はい」

「新人の部下一人に見張りを任せるとはな。査察課は二人しかいないから大変だと思うが、ミスはミスだぞ」

「申し訳ありません」


 よほど言い返そうと思ったが、見張りが露見してしまった以上、言い訳をしても仕方ないと思い直した。


「とはいえ、ルーインの奴はティレット警部補に気づいていなかったようだから、今回のことは不問に付そう」

「そう言えば、ウジーヌさん、あの人とはどんな関係なんですか?」


 ジェインが訊く。


「うむ。昔の知り合いなのだが」


 と、ここでウジーヌはアメリアを一瞥する。

 首を振ってため息を吐いた。


「いや、誤魔化しは無しだな。ティレット警部補、私について何か聞いているかね?」

「え、ええ」


 ミレイユから聞いたことを正直に話していいかわからなかった。


「なら話は早い。ルーインと私との関係を話そう」


 ウジーヌはかつての所業を話し始めた。


 その口調には過去の行いを懺悔しているような感があった。


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