栄光の果て 4
ウジーヌとマルガレッタがチンピラ二人を拘束したのを見届けたあと、アメリアは古本屋から離れ、人目につかないところで〈透明化〉を解いた。私服を着た自分の姿が浮かびあがる。
「危なかった」
アメリアはほっとした。
姿を消していたはずなのに、ウジーヌがこちらを見たので、勘づかれたと思って離れたのだ。
ウジーヌだけならともかく、マルガレッタに気づかれたくなかった。
思わぬトラブルが起きたので、加勢しようかと考えたが、ウジーヌが思いのほか体術に優れていたので、少し様子を見ていた。
それにそのときは、魔法を解くわけにはいかなかった。
マルガレッタを跟けていたのを知られたくなかったからだ。
古本屋に行く前、秘書が古本屋に因縁をつけた痩躯の男と話しているのを目撃した。
あまり近づくと〈透明化〉を遣っているのを気づかれる恐れがあったため、遠巻きに話を聞いていた。
詳細はわからなかったが、どうやら男は雇われのチンピラで、不法行為を厭わずに土地や建物の買い取りをしているらしかった。
そして、マルガレッタは無関係を装い、たまたま古本屋に居合わせたように見せかけて、あえて彼ら二人を逮捕したのだろう。
騒ぎが大きくなり、見廻りの憲兵が来るのを恐れたに違いない。
彼女は内々で処理するつもりらしい。
おそらく、マルガレッタや男たちは、あの古本屋あたりの物件を買い漁っているのだろうと思われた。
どうやってマルガレッタがそのような連中とつながりを持ったのかわからないが、古本屋の買収を企んでいるのは間違いなかった。
「かなり根が深そうね」
建物の壁に寄りかかって考えた。
もう少し、マルガレッタを監察する必要がある。
連中から賄賂を貰って便宜を図っている可能性だってあるのだ。
いろいろと考えを巡らせていたとき、アメリアの目の前を二人の憲兵が走って行った。
古本屋の騒ぎを聞きつけたのだろう。
今度は〈透明化〉を遣わずに、彼らの後を追った。
騒ぎのせいで人が多くなり、ぶつかってしまう恐れがあった。
古本屋の前には若干の人だかりができていた。
マルガレッタが魔法を遣ってチンピラ二人を縛り、連行しようとしているところだった。
小柄なアメリアは背伸びをしながら、人ごみの隙間から様子を窺う。
私服姿なので、憲兵だと気づかれないはずである。
「こいつらだな。あんたたちも一緒に来てもらうぞ」
どうやら憲兵二人はウジーヌが次長だというに気づいていない。
「お願いします」
ウジーヌもあえて身分は伏せた。
次長だというと、いらない動揺を与えてしまうだろうと思ったらしかった。
するとマルガレッタが、
「こちらは憲兵庁の次長です。話なら私が応じます」
と、言い出した。
「じ、次長?」
まさか憲兵庁のナンバー2だとは思わなかったのだろう。憲兵二人は途端に恐縮した。
「私が対応したんだ。聴取に応じるのは当然だろう。彼らだって仕事だ。協力してやらないといかん」
「いえ、次長の手を煩わせるには及びません。わたくしが責任をもって聴取に応じますので次長は病院へ行ってください。思わぬ傷を負っているかもしれません」
なぜかマルガレッタは食い下がった。
「なにを言っているんだ。私は攻撃を食らっておらん。さあ、早く憲兵庁へ行くぞ」
「次長」
秘書はなおも食い下がる。
「相手に気づかれずにダメージを与える魔法が存在するのです。ですから、病院で見てもらった方がよろしいかと思われます」
「う、うむ。そうか」
ウジーヌは口籠った。魔法には詳しくないらしい。
だがアメリアは、はったりだと気づいた。
たしかにマルガレッタが言ったような魔法は存在するが、町のチンピラに扱えるものではない。
修練を積んだ魔法遣いでないと撃てない魔法である。
逮捕された二人にその魔法を遣えるとは思えなかった。
アメリアの見立てでは二人の魔法は拙いものだった。
口を出そうとしたが、我慢して口を噤んだ。
――もう少し泳がせてみよう。
マルガレッタの言葉の裏には何かあると考えた。
「仕方ない。では私は医者に診てもらうことにしよう。近くに病院はあるか?」
「は、私がご案内します。この地区の担当を仰せつかっておりますので、病院の場所は知っております」
茶髪の若い憲兵が敬礼をして言った。
ウジーヌは彼に従いその場を離れた。
年長の憲兵とマルガレッタが犯人を連行する。学生街のメインストリートに出るようだった。
アメリアはマルガレッタたちを跟けた。
一定の距離を取りながら見失わないように気をつける。
〈透明化〉を遣いたかったが人通りが多く、人にぶつかってしまう恐れがあるのであえて姿を現したままにした。
すると飯屋の前で、ガラの悪そうな男三人が立ち止まっているのが目に入った。
さっきまでウジーヌと争っていたチンピラだった。逃げたあと、ここで時間を潰していたらしい。
そして、一つ確証の得たことがあった。
マルガレッタは彼らに一声かけた。
連行中に職質をかけるのは異様に感じる。
一言二言会話したあとで、マルガレッタと憲兵は犯人の連行に戻った。
間違いなく、マルガレッタとチンピラたちは組んでいる。
そして年嵩の憲兵も一味に違いない。
そう確信したが、今はマルガレッタの方を尾行するつもりだった。
彼女がチンピラたちと繋がっている確実な証拠が欲しかった。
アメリアはチンピラたちを無視して通り過ぎようとした。
だが、チンピラたちはアメリアの行く手を遮った。
「お嬢さん、きれいだね。おれたちと遊ばないか?」
垂れ目の男が胡散臭い笑みを浮かべて、アメリアの肩に触れようとした。
「すみません。急いでますので」
アメリアは手を払いのけて、男の横をすり抜けようとした。
すると、太った男がアメリアの前に立ちはだかる。
「つれねえこと言わねえでよ。な、ちょっとだけでいいんだ。おれたち約束をすっぽかされてさ。人助けだと思って、な、頼むよ」
太った男は両手を合わせて拝んだ。
「ごめんなさい。私」
と言ったとき、太った男の目が笑っていないのに気づいた。
そして後ろの気配に気づき、振り向いた。彼らはアメリアを取り囲むように立っている。
――しまった!
マルガレッタたちに目を向けた。
遠目に見える彼女が、ちらとこちらに視線を送ったように見えた。
〈透明化〉を遣わなかったのは失敗だった。
マルガレッタはアメリアが尾行しているのに気づき、彼らに告げたのだ
どの道、秘書の尾行はあきらめざるを得ない。
道行く人々が剣呑な雰囲気を嗅ぎ取って、次々とこちらに目を向けている。
マルガレッタたちの姿も見えなくなった。
「なあ、いいだろ。なあ」
太った男はなおも懇願する。
「わかりました。少しだけですよ」
計画を変更した。周りに人がいる以上、騒ぎを起こすのは得策ではないと考えた。
「おお、マジか。じゃあさ、どこ行こうか?」
「あそこでいいだろ」
「おいおい、女の子を連れて行くんだぜ。もうちょっと気に利いた店に行こうぜ」
チンピラたちは相談を始めた。アメリアがナンパに応じてくれるとは思っていなかったらしい。
彼らの会話にはどこか焦りが感じられる。
「でしたら、私の知っている店に行きませんか? ちょっとぐらい騒いでも大丈夫ですよ」
アメリアは笑顔を作って言った。
同時に、頭の中で計画を練る。
「へえ、どうする。なあ」
トサカ頭が言うと、チンピラたちは顔を見合わせた。
「じゃあ、そこにするか。お嬢さん、案内頼むぜ」
垂れ目が言った。チンピラたちはにやにや笑っている。
アメリアは来た道を引き返す。
時おり後ろに目を遣ってチンピラたちがついてくるのを確認する。
傾いた日の光を背後に浴びたチンピラたちの笑みが不気味に映った。
どこかで仕掛けてくるかもしれない、と気を引き締める。
ここで、チンピラたちに気づかれないように魔法を遣った。
急襲に備えて防御力を上げたのだ。
手ごろな路地を見つけると、近道をすると言って、そこへ入って行く。
心なしかチンピラたちの気配が鋭くなった気がした。
「お嬢ちゃん、あんた憲兵だろ?」
やはり勘付いていたのだ。一瞬心臓に刃が突き刺さったかのような感覚を覚えた。
「少し、訊きたいことがあるんだが――っておい」
垂れ目が言い終わるまえに、アメリアは駆けだした。
「まて、こら!」
垂れ目の大声が耳を打つ。
背後から魔法が飛んでくるのを感じた。
しかしアメリアは即座に防御障壁を発動し、攻撃を防いだ。
すぐに振り向いて、二本の指を伸ばしてチンピラたちに向けた。
「貴様らには訊きたいことがある。少し時間を取らせてもらうぞ」
アメリアは強い視線を送り、鋭い声で告げた。
チンピラたちとの距離は取ってある。
攻撃の意志が見られればすぐに、魔法を撃つ気でいた。
「なんだ、この女。おれの魔法が効かねえ」
「その程度の魔法が私に通じるか。さあ、おとなしく聴取に応じてもらおうか」
「くそっ」
破れかぶれになったトサカ頭が殺到してくる。
脚力が強く、あっという間に距離を詰めてくる。
アメリアは無属性の〈魔弾〉を撃った。
凄まじい速度で弾は飛び出し、トサカ頭の額に命中して吹っ飛んだ。
後ろに控えていた二人にトサカ頭の身体が当たり、まとめて地面に倒れた。
「安心しろ。威力は調整してある。もっとも、もう少し本気を出したら、この男の額に風穴があいただろうがな」
アメリアは指先をチンピラたちに向けながら近づく。
そして捕縛魔法を遣い彼らの動きを封じた。
「おい、聞いてねえぞ。こんな魔法遣いを相手にするなんて」
「知るか。ボスの……」
垂れ目が言いかけて、口を噤んだ。
迂闊なことを口走った後悔が顔にありありと現れた。
「ほう。貴様らの裏には黒幕がいるようだな。さあ、続きは取調室で訊くぞ」




