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それぞれの矜持 6

 事件の捜査が一段落ついたころ、アメリアは非番の日に、マーセラと一緒にいた。

 公園近くの喫茶店の外の席で、事件の顛末を話していた。

 もちろん捜査に差し障りのあることは伏せて話している。

 富豪のタクウス・ハーカス、税吏のテルソン、彼らの犯罪をもみ消したマリク・シャフト警部補が逮捕されたのは、王都イクリスでも話題になった。

 かねてから後ろ暗い噂のあったハーカスだが、憲兵庁が捜査を進めると、税吏を抱き込んだ脱税と、犯罪行為を見逃してもらうために、何人かの憲兵に賄賂を贈っていたのが発覚し、噂は真実だとわかった。

 査察課の二人(と、寝返ったサイクス)が連中を追い詰めたときに反撃したのが状況証拠となった。

 それを機に憲兵たちはハーカスの自宅や事務所を捜索し、脱税の証拠を押さえた。


 ただし、ハーストの息子ヴィトが犯罪に加担した証拠は出なかった。

 借金の取り立ては行っていたものの、脅迫したとは断定できず、しかも金貸し自体は正当な商売なので、逮捕に踏み切る根拠に乏しいと見送られたのだ。


 そして、ハーストは逮捕の直前、すべての店や土地の管理をヴィトに任せることにした。これはヴィトが父親に引退を迫ったというが、定かではない。


 後日発行された新聞の記事にはヴィトが父親を糾弾するコメントが載せられた。


「彼は私にとってかけがえのない父親で、育ててもらった恩はあります。しかし彼は、各方面の役人を丸め込み、犯罪行為を隠蔽する卑怯者です。欲におぼれた恥知らずです。ハーカスの名に傷がつき、私は婚約者と別れなくてはなりませんでした。そうなったのも当然です。ハーカス家は、今や強欲にまみれた汚らわしい存在にまで堕ちたのですから。そのような家の人間と結ばれたいなどと誰が思うでしょうか。私は決して父を許すことはないでしょう。たとえ出所したとしても、二度と経営には口出しさせません。残りの生涯、一人さみしく暮らすべきです」


 煽情的なコメントだった。父親の不祥事により傷ついた息子を演出することで、父をグループの責任者の座から降ろす一撃となった。

 この記事を読んだ人の中には同情を示す者さえ現れたという。グループの傷を最小限に抑える結果となったのだ。

 結果、ヴィトは責任者の座につきハーカスが経営する店は一つも潰れることなく営業している。

 マーセラと結ばれ、ゆくゆくは爵位を授与する見通しは立たなくなったものの、いずれ別の手段を用いて爵位を狙ってくるかもしれない。

 マーセラが婚約解消を望みフィオーリ伯爵も、こうなった以上、結婚を迫ることができなくなった。伯爵は貴族の面目を保つことを選んだのだ。


 だが、借金は残った。領地で茶葉の作付けに成功したとはいえ、借金を返済できるほど稼げるかどうか未知数だった。


「大丈夫だったの?」


 一戦交えたことを話すと、マーセラは心配そうに訊いた。

 

 すると、近くの席から咳き込む声がした。ひげを蓄え、帽子をかぶり、色の濃い眼鏡をかけた男である。

 二人はそちらに目を向けるが、すぐにお互いに顔を見合わせた。


「うん。怪我は魔法で治せたし、なんとか逮捕できたから」


 アメリアは心配をかけないよう微笑みながら言った。


「さすがね。アメリアは昔から変わっていないわね」

「どういう意味?」

「ふふ、王立学園の暴れん坊娘はいまだ健在ってことよ」

「ちょっとやめてよ」


 アメリアは顔が熱くなり、頬を膨らませた。


「昔からアメリアって度胸があったわね。覚えていない? 学校で弱い者いじめをする不良を退治したり、偉そうにしている魔法の先生を懲らしめてたじゃない。それに町の悪い人に絡まれた女子を助けたり、あとは」


「いい、いい、もう」


 アメリアは手を振って止める。


「悪いことしたわけじゃないでしょ。私はアメリアが羨ましいだけよ。強く美しくを地で行くってみんな言ってたわ」

「そうかな」

「憲兵ってアメリアの天職かもしれないわね」

「だといいけど」


 事件を解決に導いたが、結局マーセラやフィオーリ家の助けにならなかったのが気がかりだった。

 もちろん当人たちの問題で、憲兵が口をはさむことではない。

 それでもアメリアにはマーセラを放っておくことはできなかった。

 せめて、ルリアンとよりを戻してくれたら、と思う。


「ねえ、マーセラ。これからどうするの?」


 アメリアはお茶を一口飲んでから訊いた。


「まだ、何も決めていないのよ。城下屋敷で籠の鳥をしているわ」


 マーセラは微笑んだ。その表情には、うっすら影のようなものが刷かれていた。


「ルリアン様のところに戻る気はないの?」


 憲兵庁の待合スペースにいたルリアンの憔悴した姿が目に過るようだった。

 ヴィトと別れた今が最後の機会のような気がした。


「もう、戻れないわよ」


 マーセラの目が俯く。


「今回のことでわかったの。貴族の娘は結局家に縛られたままなんだって。お父様が許してくださらなければ、なにもできないのよ」

「そんな……」

「アメリアだってわかっているわよね。貴族の娘は家を守るために存在するのよ。自分の望む将来なんて描けないわ」

「そんな考え、古いわ。大昔の話じゃない」

「時と場合によるわ。フィオーリ家の借金は私がどうにかするしかなかったのよ。お父様だけじゃない、領地の人々は財政難で苦しむことになるわ。でもハーカスがあんなことになって借金だけが残ってしまったけど」

「私は」

「うん。わかっているわ。アメリアは憲兵の仕事を全うしただけ。気に病むことはないわ」

「……」

「ルリアン様とのお付き合いを許してくれたのだって、お父様からすれば娘の気まぐれに過ぎないって思っていたかもしれないわ」

「でも、愛していたんでしょ? 一緒になろうって約束したんでしょ?」

「うん。けれどもう無理なのよ」


 マーセラの目が歪んで見えた。それは彼女の目が涙で滲んだせいかもしれなかった。

 マーセラは貴族の娘として覚悟を決めた、というよりいつからか諦念が胸の内を占めている気がした。

 フィオーリ家を救うため、領民を救うための人身御供として他家に嫁ぐしかない宿命を背負って生きている。


 愛人の子とはいえ、アメリアも貴族である。

 マーセラの気持ちは理解できる。全部をかなぐり捨てて、ルリアンと一緒になれというのはあまりにも無責任だった。


「アメリアには黙っておくつもりだったけど、やっぱり言わなきゃね」

「どうしたの?」

「事件のあと、ヴィトからもう一度交際してくれないかって言われたのよ」

「え……」


 アメリアは絶句した。自分の家の不祥事で婚約解消されたのに、改めて交際を申し込む神経が信じられなかった。


「私、この話を受けようかと思うの。借金も肩代わりしてくれるし」

「だ……」


 だめよ、という言葉が出なかった。

 それはマーセラの涙でにじんだ目の奥に強い決意を読み取ったせいかもしれなかった。

 フィオーリ家と領民を救う最後の機会を、彼女は逃す気はない。

 アメリアがどう言っても考えを改めないだろう。


 アメリアは首を振ってマーセラから顔をそむけた。

 悲しみに満ちた決意の表情を正視できなかった。


「わかったわ、マーセラ。でも私からお願いがあるの」

「……なに?」

「最後に、ルリアン様に会ってほしいの」

「でも」

「あの方はずっとあなたを待ち望んでいたわ。せめて一目だけでもいいから会ってあげて」

「ええ。わかったわ」


 マーセラは伏し目がちになり、弱々しく答えた。


「もし会いにくいなら、私も一緒についてあげる」

「ありがとう。でもいいわ。これは私の問題だもの」

「そう。じゃあ、あとは二人で」


 アメリアは食事代をまとめてテーブルに置いて、席を立った。


「ちょっと、アメリア。どういうこと?」

「言った通りよ」


 アメリアは視線を通りに向けた。マーセラもつられて目を向けた。

 人通りに見え隠れする向かいの建物の前にルリアンがいた。


「アメリア。あなた」

「最後の、チャンスよ」


 とだけ言って、アメリアは席を離れた。ルリアンがこちらに歩いてくる。


「ありがとう」


 すれ違いざまに、ルリアンはそう言った。


 アメリアは今日マーセラと会うことをルリアンに教えていた。

 別れるにしろ、よりを戻すにしろ、しこりを残したままこれからの人生を過ごすのは二人にとって良くないと思ったから、ルリアンを呼び出したのだ。


 余計なおせっかいだと自覚している。自己満足かもしれない。

 それでも、少しでも二人のためになるのは何かと考えたとき、この方法しか思いつかなかった。


 ――あとは、二人しだいね。


 アメリアは離れながら、二人のいるテーブルに目を遣った。

 まだ気まずい気持ちがあるようで、二人とも俯いたまま黙っているようだ。


 と、不注意にも目を離したので、通行人にぶつかってしまった。


「あ、すみません。って」

「よう、アメリア。非番は楽しんでいるか?」


 ラージヒルだった。今日は仕事のはずなのに、私服姿だった。


「課長、仕事はどうしたんですか?」

「いや、なに。私服で見廻りをしていたんだよ。この辺に素行の悪い憲兵がいるっていうもんでさ。その調査ってわけ」

「本当ですか?」

「本当」


 ラージヒルは真顔で反応する。


「ところでアメリア。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 にわかに楽しげな表情になるラージヒル。


「なんでしょうか?」

「王立学園の暴れん坊娘ってなに?」


 そう訊かれて、アメリアの表情が固まる。


「課長、聞いていたのですか?」


 いったいどこで聞いていたのだろう。

 少なくとも周りの席にはラージヒルはいなかったはずである。


「聞いていたし、見ていた」


 すると、ラージヒルはあちこちのポケットから何かを出した。


 帽子と眼鏡と付け髭。


 古典的な変装道具だった。見破れなかった自分が恥ずかしかった。


「部下のプライベートを覗くなんて最低ですよ」

「なに言ってんの? 俺だってこんなことはしたくないよ。けど、憲兵である以上、部下の素行に目を光らせる必要があるしさ。お前さんがいつ魔法をぶっ放すかわからないからこうして見張っていたわけ。で、案の定、過去の不行跡が見つかって頭を悩ませているわけ」 

「疚しいことはしてません。ちょっと懲らしめただけです」


 アメリアは顔を背けて否定する。

 疚しくないのは事実だが、過去のことを上役に訊かれてあまりいい気分がしなかった。


「どうだかなぁ。暴れる口実ができて喜んでいたんじゃないの?」

「耳、引き千切りますよ」


 悪い方に解釈するラージヒルにだんだん腹が立ってきた。

 この男が減らず口を叩いたら、制裁を加えていいとミレイユ・デルベーネ警務局長に言いつけられている。


「冗談だよ。さて、お仕事お仕事」


 ラージヒルは平然とした態度で、アメリアの横を過ぎて行った。


「なんなのよ、まったく」


 不毛なやり取りをしてしまったと思った。

 アメリアはラージヒルのことは忘れて、どう非番を過ごそうか歩きながら考える。


 マーセラとルリアンのことはあえて考えないようにした。

 もう、二人の運命は二人で決めるしかないのだ。


 アメリアは人々の明るい表情が行き交う雑踏の中に紛れて行った。


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