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それぞれの矜持 4

「こわかったでしょ?」


 ラージヒルは面白がるような表情を浮かべながら、向かいに座っているテルソンに声をかけた。


「あ、ああ。この女、あそこまで魔法を遣いこなすとは」


 テルソンは俯きながら震えていた。

 髪と着ている服が焦げて、襤褸を纏ったような格好になっている。


「彼女、才媛の魔法遣いって評判でね。知らなかった?」


「え、まさか。ティレット侯爵の娘」


 テルソンは目を剥いて壁際に立っているアメリアに顔を向けた。


「へえ、知ってたんだ。お前さんがた、挑発が過ぎたね。うちの娘、キレると手がつけられないからさ。まったく、大人しく捕まっていれば痛い目見ずに済んだものを」


 ラージヒルは目に笑いを浮かべて頬杖をついた。それを聞いているアメリアは苦い顔になる。


   ◇


 暗い路地の戦いはアメリアの圧勝で終わった。


 まず、〈捕縛魔法(マジックバインド)〉を撃ち、二人の動きを封じた。


「さあ、言え。貴様とハーカス一家のつながり、そして犯罪を見逃した憲兵の名前をな」


 アメリアはテルソンにロッドを向けながら言った。

 そして、魔力を強めて二人の身体を締め付ける。


「てめえ、訴えてやるからな。憲兵がこんな横暴な真似してただで済むと思うなよ」


 大男は喚いた。


「貴様らが明確に危害を加える気でいたから、私は魔法を遣ったまでだ」


 アメリアは二人を睨みつける。


「くそ」


 大男は身体に力を入れて、なんとか氷を破ろうとしていた。

 しかし、顔が赤くなるだけで、〈捕縛魔法〉はびくともしない。


「無駄だ。そう簡単には破れない。大人しく逮捕された方が身のためだぞ」


「解除方法があるとしたらどうだ?」


 テルソンから魔力を感じた。ロッドの先端が赤くなると、〈捕縛魔法〉が消えていった。

 そしてテルソンは素早く後ろに飛んで距離を取った。

 さらに大男に〈解除(デリート)〉を放ち、〈捕縛魔法〉を消した。


「助かったぜ」


 大男は肩を大きく回した。


「あの程度の魔法で捕まえられると思ったか? 俺は魔力の抵抗力が強いんでね。お前ごときの魔法が通用すると思うなよ」


 テルソンは両手を広げて笑みを浮かべた。

 余程魔法に自信があるようだった。 


「なら、少し手荒に行くぞ」


 アメリアは二人の敵意が衰えないと見て、さらに強めの魔法を遣うことにした。


 しかし、アメリアがロッドを構えると、大男が身を屈めて突進してきた。


 地を這うような動きで、アメリアの足元を狙ってきた。


 両腕で脚を絡めようとした瞬間、アメリアは横に躱しながら大男に雷を放つ。

 大男の身体がのけ反り、腹から地面に倒れた。


「う、が、くそ」


 しばらく動けないほどの強力な魔法を撃ったので、舌も満足に動かないようだった。

 大男は身体に力を入れて立とうとしたが、無理だった。


「やるじゃないか。だが、その程度で俺を倒せると思うなよ。所詮お前の魔法はお嬢さまの遊戯だ」


 テルソンはロッドを向けてくると、周りから渦を巻くように炎が集まり出した。

 やがてロッドの先端に火球が形作られた。


「骨ごと焼き尽くしてやる」


 火球が弾け、〈炎奔流(フレイムトレント)〉がアメリアに襲い掛かる。


 だが、アメリアは冷静だった。

 ロッドを炎に向けると、同じ魔法を撃った。

 テルソンとの違いは炎を集める速度と、威力である。

 アメリアは瞬時にテルソンと同じことをやってのけたのである。


 宙で炎が衝突すると、アメリアの魔法が勝り、テルソンの炎が一気に押し戻される。

 さらにアメリアの炎は勢いが衰えることなく、テルソンに向かって行く。


「わぁー!」


 テルソンの全身が炎に包まれた。炎の中にテルソンの影が見える。


 アメリアは水の魔法を撃って炎を消した。

 強めに撃ったので、テルソンは水圧に押され、背中から地面に落ちると、ロッドが手から滑り落ちた。 

 倒れたテルソンに近づき、逃げられないように雷の魔法を撃って身体をしびれさせた。


「ぎゃあああぁぁ!」


 容赦ないアメリアの魔法に、テルソンは戦意を喪失した。


 アメリアは二人に再び〈捕縛魔法〉をかけてから、急いで馬車を呼びに行った。


   ◇


「あんなにやらなくてもいいじゃないか」 


 取調室でテルソンはべそをかきそうになりながら、捕まったときのことを証言している。

 ちなみに炎で受けた傷は回復魔法で治した。


「たしかに俺は始末しろと言ったよ。でもそれは言葉の綾で、本気でやろうとしたわけじゃない。ちょっと驚かせたかっただけだ」


 明らかに言い逃れだった。テルソンが放った〈炎奔流〉は、魔力の抵抗が弱い人間に当たれば、大怪我は免れず、最悪死に至る魔法だった。


「まあ、始末するって言ったんじゃ、あんたが人を殺めると思われてもおかしくないでしょうよ。まして、うちの暴力大好きっ娘にそんな口実を与えちゃまずいよ」


 ラージヒルがそう言うと、アメリアは彼に近づき、机を叩くようにして手を置いて睨んだ。


「課長、それは誰のことですか?」


「言わなくてもわかるだろ。隙あらば手を出そうとする癖、直せって言ってるのにさ」


「私は、正当な理由なく魔法を遣ったことなどありません」


「なーに言ってんだか。俺に魔法を撃とうとしたり、殴ろうとしたりしてさ。仮にも上役だよ、俺」


「課長がいらないこと言うからでしょうが。いちいち減らず口を叩かないと気が済まないんですか」


「だからさ、アンガーマネジメントってやつ、怒りをコントロールする訓練を普段からつけてやっているんだよ」


「意味が違うと思いますが」


 アメリアは顔を近づけて凄む。ラージヒルの顔に苦笑いが浮かび、心持ち背を反る。


「んなことはいいからさ。さて、聴取、聴取」


 ラージヒルはアメリアの顔を優しく押しのけてから、テルソンに向き直った。

 怒り眼をラージヒルに向けながらアメリアはいったん離れる。


「テルソンさん、あんたはハーカス一家に手心を加える代わりに、見返りを貰っていたんだよね。その点は税務庁に訊けばわかるから、嘘ついても無駄だよ」


「あ、ああ」


 テルソンは認めるしかないと覚悟を決めたようだ。

 アメリアを倒そうとしたときの勢いはどこかへ消えてしまっていた。


「じゃあさ、そのもみ消しに関わった憲兵の名前、言ってくれるよね」


 ラージヒルの口調は穏やかだが、言葉の内容には隙がない。


「そ、それは」


 と、テルソンが言いかけたとき、取調室のドアが開いた。


「そこまでです。警視」


 サイクスだった。また取り調べを止めに来たらしかった。


「サイクス警部、いま取り調べ中です。もう少しで貴重な証言を……」


「お前は黙っていろ!」


 アメリアの言葉を居丈高な口調で遮るサイクス。


「黙るのはあんただよ、サイクス警部」


 低い声音でそう言ったのはラージヒルだった。

 彼の目から相手を射竦めるような鋭い眼光が放たれている。

 アメリアが初めて見るラージヒルの姿だった。

 普段のとぼけた印象が鳴りを潜めている。


 あまりの威圧感にサイクスは口を噤んでしまった。


「誰の命令で止めに来たんだ。まさかあんたの一存ってわけじゃあるまい」


「し、知らない。俺は警視たちが適切ではない取り調べをしているから」


「警部。テルソンは私に魔法を撃って、危害を加えようとしました。強力な魔法だったので、彼に殺人の意志があったと見て取り調べをしているのですが、それがなぜ違法だと?」


 アメリアはサイクスに迫る。なんとなくサイクスという憲兵は権力を盾に自分の主張を通すタイプだと感じたので、理屈は苦手だと感じていた。


「違法とは言っていない、適切ではないと言っただけだ」


「では、なぜ適切ではないのか、お答えできますか?」


「そ、それ、は」


 サイクスの目が落ち着きなく動いた。


「墓穴を掘ったな」


 とラージヒルは独りごちた。


「サイクス警部、改めて訊こうか。誰の命令でここに来た?」


「う、う」


「答える気がないなら、出て行ってもらおうか」


 ラージヒルに気圧され、サイクスの身体が硬直し、額に汗が滲む。

 誰かの命令と板挟みになっている感がある。

 おそらくサイクスは、取り調べを絶対阻止したいわけではないらしい。

 上役の理不尽な命令に逆らえないだけのような気がしてきた。


「課長、提案なのですが」


 アメリアはラージヒルに耳打ちをした。


「おまえさんも、世間ずれしてきたね」


 さっきまでの威圧感が消えて軽口をたたくラージヒル。


「余計なこと言ってないで、どうですか?」


「いいんじゃない。サイクス警部、ちょっと」


 ラージヒルは手招きをして、サイクスを呼んだ。


「取引と行こうか。あんたが正直に話してくれたら、手柄を譲るよ」


「なに?」


 サイクスの眉が動く。


「仕事の性質上、全部ってわけにはいかないけどね。ハーカス一家とテルソンの犯罪に関してはあんたに分けてやる。ストライヴァー人事課長にもサイクス警部の働きがあって、事件解決に導けたって報告するよ。そしたらあんたの評価は格段に上がるだろうな。課長の椅子が一つ空くだろうし、来期には出世できるかもね」


 ラージヒルは笑みを浮かべて言った。

 その顔には悪魔が取引を持ちかけるかのような怪しさがある。

 そして同意を促すかのようにアメリアにも目を遣った。


 ただしアメリアの提案は、手柄を譲ることだけである。

 人事課長に口利きをするまでは言っていなかった。

 ラージヒルはさらに上乗せして、サイクスを籠絡しにかかったのだ。


 サイクスは額に汗を流したまま天井を見上げて、ぼうっとした顔つきになった。

 上役の命令と取引を天秤にかけているようだった。


「わかりました。警視に従います」


 現金にもサイクスは敬礼をして、提案に乗ってきた。


「じゃあ、言ってもらうかな」


 ラージヒルが促すと、サイクスは自分に命令した憲兵の名前を言った。


「マリク・シャフト刑事二課長です」


「テルソンさん。今言った名前に心当たりは?」


「ええ、その人と組んでハーカス一家に手心を加えました」


 テルソンは落ちた。ここまで来たらもう逃げる道はないと悟ったらしい。


「じゃあ、サイクス警部。今からその人んとこ行ってさ、テルソンが落ちたって報告してくれるかな」


「え、あ、はい。けど、あの人は退勤しているのですが」


「どこにいるか、心当たりない?」


 ラージヒルが訊いた相手はテルソンである。

 どこかに集まって良からぬことを企んでいると考えたらしかった。


「多分、『ホテルジーニー』だ。あそこはハーストが経営していて、特別室で話すから外部に漏れることはない。俺たちは良くそこで話し合ったものさ。もしかしたら今日もいるかもしれない」


 手心を加えるため、お互いの私欲のための会談。


「よしわかった。アメリア制服に着替えろ。現場を押さえに行くぞ」


 ラージヒルは席を立って取調室を出た。


 更衣室で制服に着替えてから、下に降りた。

 受付前の待合スペースにまで行くと、一人の男が座っているのに気づいた。

 両肘を膝にのせて大きくうなだれている。

 ルリアンだった。すでに取調べを終えて帰ったと思っていた。


「ルリアン様、こんな時間になにを?」


 アメリアは駆け寄って、気遣うように言った。

 ルリアンはゆるりと首を上げ、力のない目でアメリアを見据えた。


「アメリア、聞いてほしいことがあるんだ」


「は、はい。どうかされましたか?」


 直ちにハーカス逮捕に向かいたかったが、ルリアンの状態を見て放っておくわけにはいかない気持ちが芽生えた。


 すると、ルリアンは思いがけないことを言った。


「どうしても、ハーカスを逮捕しないといけないのかい?」

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