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それぞれの矜持 2

 芝居が跳ねて劇場から出ると、夜になっていた。

 階段の前には観客を待っていた馬車が何台も止まっている。


 アメリアはマーセラを夕食に誘ったが、もう遅いからと断られた。

 結婚式の日程が決まったら、知らせると告げて、彼女は家路についた。

 アメリアは城下屋敷まで送っていく気でいたが、馬車に乗るから大丈夫と言われ、劇場の近くで別れた。


 ――馬車を使う子じゃないのに。


 アメリアもマーセラの家の懐事情が芳しくないのを知っていた。

 よほどアメリアと一緒にいるのが気まずかったらしい。

 観劇しているときも心ここにあらずといった感があり、楽しめていない様子だった。

 観客たちが喜んで拍手喝采を送っているのに、無表情で慎ましく手を叩いているのを見て、こちらが申し訳ない気持ちになった。


 人波にもまれながら、アメリアは歓楽街へ向かった。

 まだ酒を飲める年齢ではないが、どこか一人で静かに過ごしたかった。

 憲兵の女子寮に帰ると、賑やかな同僚がたくさんいる。

 とても楽しいお喋りをする気分になれなかった。


 マーセラの境遇に同情したのもあるが、よりによってという気持ちがあった。


 現在、アメリアの所属している査察課はある事件を捜査していた。

 贈収賄事件を担当している刑事二課課長のマリク・シャフト警視が、付届けを貰っている件である。

 税務庁の税吏が正当な調査を行っておらず、商人から金品を貰い、徴税に手心を加えている疑いがあり、刑事二課が捜査を行っていた。

 しかし、責任者であるシャフトが上手く丸め込まれ、罪を逃す代わりに、付届けを貰っていたという疑いが浮上したのだ。

 だが、この三者はお互いのつながりを巧みに隠していて、確たる証拠が掴めないでいたのだ。

 上役のシズマ・ラージヒル警視はついでに商人や税吏も引っ張ると言い、張り切っている。


 その商人こそ、タクウス・ハーカスなのである。


 彼は王都イクリスに多くの土地や建物を持っており、居酒屋やカジノ、他にもいかがわしい店も経営している富豪である。

 さらに金貸しも営んでいて、返済には手心を加えることがないという。

 借りるときの神、返すときの悪魔といった商人であった。


 フィオーリ家は長年続いた領地経営の不振により、財政難だったというのは聞いたことがある。

 その弱みに付け込み金を貸して、返済する代わりにマーセラを差し出せと言ったのだろう。


 色々な考えが渦巻いて苛立ちを覚え、アメリアは靴底で道の敷石を蹴った。

 親しい友達の境遇を救える手立てはないだろうかと考えても、部外者の自分にはどうしようもないとすぐにわかった。

 そのぶん、自分の力のなさに腹を立てた。


 歓楽街に入ると街灯や店の灯が道の隅々まで照らしていた。

 日が暮れたのにも関わらず、道行く人々の影がなくなるくらいの明るさだった。

 沈んだ気持ちを抱えたままアメリアは女一人で過ごせる店を探した。


 立ち飲みできる居酒屋を過ぎると、人だかりができているのに気づいた。


「学生さんよ。おれたちに因縁をつけようってのか。いい度胸だな、おい」


 恫喝する声が聞こえた。

 耳の奥を打つしゃがれ声で、口調に澱みがなく、荒事に慣れている感じがした。


 歓楽街を見廻る憲兵がまだ到着していないらしく、誰も喧嘩を止める者がいない。

 皆、遠目で見物を決め込んでいるようだった。

 怯えながら見ている者、面白がってはやし立てる者、憲兵を呼びに行こうか迷っている者、囲んでいる人々の反応は様々だった。


 憲兵が来る気配がないのを感じ、アメリアはバッグの中からロッドを出して、人ごみをかき分けて入ってゆく。


「すみません。通してください」


 人混みにもまれながらなんとか現場の中心に近づいた。


 そこでは肌の白い丸刈りの大男が相手の胸ぐらをつかんで無理やり立たせていた。

 相手は既に殴られたあとで、顔が腫れて、口から血を流していた。

 その近くを大男の仲間らしき男女数人が人を見下すような顔でけたけた笑っていた。


「憲兵だ。貴様らここで何をしている」


 アメリアはロッドを突き出して声を張り上げた。

 すると、大男が剣呑な目つきでアメリアを睨んできた。


「引っ込んでな。この野郎ぶちのめさないと気が済まねえ」


 大男は頭に血が上っている。


「なんだお嬢さん。おれたちと遊ぼうってのか」


 目尻の垂れ下がった男がにやけた顔をしながら近づいてくる。

 かなり酔っているらしく顔や首が赤い。


「いい加減にしないか。これ以上騒ぎを大きくするなら、強引にでも止めるぞ。」


 アメリアは警告を出して牽制する。


「へえ、面白そうじゃん。ねえ、やっちゃおうよ。あたしたちに逆らったら憲兵だってただじゃすまないって教えてあげなよ」


 けばけばしい化粧をした女が、にやけ面の男をけしかけた。


「ま、まあ、相手は女だし手加減してやるか」


 にやけ面の顔が好色を帯びる。

 すると、いきなり地を蹴ってアメリアに襲い掛かってきた。

 掴みかかってくるところを、アメリアは左脚を引き、背を逸らして躱す。


「警告はしたからな」


 アメリアはすれ違いざまに、にやけ面の腰にロッドを当てて電の魔法を撃った。


 にやけ面は身体をのけぞらせると、地に倒れた。

 呻き声を上げて苦しんでいる。しばらく満足に動けないはずだ。

 周りにどよめきが走る。小柄な女性が男を倒したのが信じられないようだった。


「さあ、その手を離せ。さもないともっと強力な魔法を遣う。今なら軽い罪で済むぞ」


 アメリアは再度警告を飛ばす。

 大男の顔に動揺の色が浮かぶ。

 手を離さずにアメリアに目を向けている。


「この!」


 女は魔法道具――紋章札――を出して、アメリアに向けて無数の氷の弾を撃ってきた。

 

 アメリアは即座に反応し、ロッドを薙いで炎を出現させた。

 周りの人に被害が及ばないように氷の弾を瞬時に蒸発させながら、女に向けて炎を撃ったのだ。


「きゃ」 


 炎が女の眼前に飛び込む。

 だが、炎は当たる寸前で消えた。

 アメリアはそうなるように魔法を撃ったのだ。


「うそでしょ」


 女は後じさり、怯えた表情でアメリアを見つめた。


「これ以上の抵抗は無意味だ。暴行、並びに公務執行妨害の現行犯で貴様らを逮捕する」


 アメリアが連中に言うと、


「なにをしている」


 という声が聞こえた。

 人だかりをかき分けて二人の憲兵がやってきた。

 先頭に立った憲兵は腰に佩いた剣に手を添えている。


 アメリアは彼らに敬礼をした。


「お疲れさまです。査察課のアメリア・ティレット警部補です。偶然通りかかったところ、この者たちが喧嘩をしていたので、仲裁に入りました」


 アメリアはそう言ってから、手帳を見せた。

 二人の憲兵は確認すると敬礼をした。


「お疲れさまです。では、後は我々が引き取ります。警部補も聴取のためご同行お願いします」


「わかりました」


 と言ってから、アメリアは暴行の被害者に近寄った。


「アメリア?」


 被害者がそう言った。聞き覚えのある声だった。

 アメリアは首を傾げて見つめると、はっとなった。


「ルリアン様?」


 顔が腫れていてすぐに気づかなかった。

 この人こそマーセラの元婚約者、ルリアンだった。


   ◇


 ルリアンの聴取にアメリアも同席した。

 ドアの横に立ち、取り調べの様子を見守っている。

 担当の憲兵がなぜこんな騒ぎを起こしたのか理由を訊いていた。


「貴族のエリートがこんなことしちゃいけませんよ」


 担当の憲兵が砕けた口調で諭す。

 ルリアンは背を丸めて俯いている。

 顔の傷はアメリアの回復魔法で治してあった。


「ご迷惑おかけして申し訳ありません。私もどうしていいかわからなくなったのです」


 ルリアンは歓楽街で騒ぎに及んだ理由を、訥々と述べた。


 マーセラから婚約を破棄したいと言われた。

 理由も詳細に聞いていたが、ルリアンは納得いかなかった。

 フィオーリ家の財政は厳しかったが、それでも自分が肩代わりしてでも、マーセラと結婚したいと思ったのだ。

 しかし、借金の額を聞くと、しり込みしてしまった。

 二億オーロなど、とてもルリアンが払える金額ではない。

 たとえ将来学者になれたとして、それだけの額を稼ぐのには困難で、その間の暮らしの保証は覚束ない。


 マーセラが身売りまがいの結婚するのには、今でも反対だった。

 フィオーリ家のため、領民のためにマーセラが犠牲になるのを献身的だとは思えない。

 だが、ルリアンにはどうすることもできなかった。


「ルリアン様、どうか私のことはお忘れになってください。そしてお幸せになってください」


 マーセラはスカートを握りしめながら、震える声で言ったという。

 彼女もこんな形でルリアンと別れたくなかったのだ。


 ルリアンにはかける言葉が見つからなかった。

 そのままマーセラの感情の任せるままに黙っているしかなかった。


 マーセラと婚約解消してからルリアンの生活は荒れた。

 大学に通うことなく、町をうろつき、夜は適当な酒場に入って何杯も酒を呷った。

 毎日泥酔するまで飲んで、城下屋敷に帰っては、嫡子の兄に叱責を食らった。

 マーセラに纏わりついた宿命、そして自分の無力感に打ちひしがれながら時を過ごした。


「学問に励んでも身近な人の悲しみも癒せやしない。私は何のために存在するのかわからなくなったのです」


 自暴自棄の日々を過ごしていた。

 ところが今日、ある飲み屋でヴィト・ハーカスの噂が耳に入った。

 ルリアンはカウンターで酒を飲んでいて、後ろの壁際のボックス席でやかましく飲んでいるグループがいた。それがルリアンと喧嘩した大男たちだった。

 彼らはヴィトと一緒に働いているらしく、羽振りが良かった。

 ルリアンは彼らの背を向けながら彼らの話に耳を傾けた。大男は自慢げにハースト一家のことを語っていたのだ。


 ヴィトは既に借金取りとして父の下で働いており、仕事を学んでいるという。

 だがその手法は父親を凌ぐもので、あらゆる手練手管に長けているらしかった。


 大男は一つ例を挙げた。


「おれは驚いたぜ。そいつには娘がいてよ、ヴィトさんがハーカス一家の使いだって気づかせて、娘が売られるんじゃないかって怯えさせるんだ。でよ、そいつも娘もハーカス一家が肉を(ひさ)ぐ店をやってるのを知っているし、好都合だったんだろうよ。娘に働けと言わねえで、そいつがいかに惨めなところにいるかってのをじっくり語るんだ。『おまえが働いて借金を返せるならいい。でも今のままじゃ利子が膨らんでいつまでも返せない。どうすればいいかよく考えろ』って言うんだ。すると娘がわたしが働きますって言うんだな。でもヴィトさんはがっつかない。何度か断るのが肝なんだ。そしたら娘がどうしてもって言うんだな。そこでじゃうちで働けって言うんだ。あくまで自分から売られるのを望むように仕向けるんだよ」


 大男は哄笑した。

 バカな奴が借金の沼に嵌まってもがき苦しんでいると感じ、見下しているのだ。

 周りの仲間も笑った。 


 それらの声が、マーセラやフィオーリ家を嘲っているように聞こえたようだ。


 そしてルリアンは、酒の入ったグラスを持って連中の前に立つと、それを大男に掛けた。


「表へ出ろ」


 とだけ言ってルリアンは店を出た。

 大男たちがそれに続いて、外で喧嘩が始まった。

 ルリアンは大男だけではなく、仲間たちからも暴行を受けたのという。


 その現場に、たまたま通りかかったのがアメリアだった。



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