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王都の湯屋 6

 盗賊たちを捕らえた翌日、アメリアとリジーは非番だったので一緒に出掛けた。

 アメリアは乗り気ではなかったが、リジーがどうしてもアメリアに似合う服を探したいとせがんだのでがんだので服屋に行くことにした。

 ファッションに疎いアメリアには、どれが似合うのかわからなかった。

 リジーは色々な服を手に取って、あれもないこれでもないと呟いている。

 脳内をセンスが駆け巡るようで、どこか楽しげだった。


「これから夏だし、涼しいやつがいいかな。黒とか濃紺とかじゃなくて明るい色、うーん。それとスカート、あ、でも警部補は動きやすい服が似合いそうだし」


 こうやって考えてくれるので、アメリアも無下には出来なかった。

 せめて選んでくれた中から気に入ったのを選ぼうと思った。


「うん、決めた」


 ようやく納得のいく服が見つかったようだ。ハンガーにかけられた上下の服をアメリアに見せる。


「ちょっと待って、リジー」


 差し出された服を見て、思わず狼狽えた。

 真白な半袖シャツはいいとして、問題は下半身だった。明らかに丈が短く、太腿を露出させるショートパンツだった。


「いいえ、これでいいんです。警部補なら、これでどんな男でも仕留められます。お尻ははみ出ないはずですから、大丈夫ですよ」


「いやいや、とても憲兵が着るような服じゃないわ」


「もう、とりあえず試着してください」


 押し付けるように服をアメリアに渡す。

 アメリアは試着室に入り、まごまごしながら着替えた。

 屋敷にいたころも相手に魅力を感じさせるようなパーティードレスを着たことは何度かあるものの、平服で露出の多い服を着た覚えはない。


 カーテンを開けと、リジーが目の前で感心したような、うっとりしたような表情になった。


「ど、どう?」


 アメリアは恥ずかしさをこらえて感想を訊いた。

 着替えてから気づいたのだが、太腿を出しただけでなかった。

 シャツの裾も短く、へそも見えてしまうのだった。


「すごく似合いますよ。さあ警部補、これで町の男どもを振り向かせましょう、店員さーん、これにします」


 勝手に決めるリジー。


「ちょ、ちょっと待って。やっぱり丈の長いパンツも欲しいわ。せめて七分丈のやつ」


 似合うと言ってくれたものの、露出の多い服に抵抗があった。

 このままリジーの言う通りにしてたら、羞恥で顔が熱くなったまま町を歩くことになりかねない。


「ご心配なく。ちゃんと用意してます。でも、今日はその格好でいてください」


「いやよ。その、恥ずかしくて」


 アメリアは語尾を濁らせて言うと、もじもじして俯き加減になる。


「何事も慣れですよ。それに女性憲兵は潜入捜査でいろいろな服を着なきゃならないんですから、恥ずかしいって言っている場合じゃないですよ」


「でも、私は査察で、潜入捜査なんて」


「いつ異動になるかわからないじゃないですか。今からこういう格好に慣れてれておかないと将来困りますよ」


「そ、そうかしら?」


「そうですよ。警部補だって女の子なんですから、これくらいのおしゃれはしなきゃもったいないですよ」


 結局アメリアは、喜んでくれているリジーの顔を立てる形になって、大胆な服を買うことにした。


 一方で、リジーにうまく言いくるめられた気もする。

 仕事につながると言いながら、リジーはアメリアの格好を楽しんでいるように見えた。


 ――普段は、七分丈でいいわね。


 心中で妥協点を見出そうとするアメリアであった。


   ◇


 モーリス・ブリデ刑事三課課長は盗人の逮捕に協力してくれた礼を言いに査察課の詰所に足を運んだ。

 部屋にはラージヒルしかいなかった。彼は奥の窓を背にして椅子に腰かけている。

 机には書類が積まれ、事務処理に時を費やしていた。

 一人しかおらず、ペンの走る音しか聞こえない詰所はいささかさみしげに映った。


「どうも、ブリデ課長。今日はどうなさったんで?」


 ラージヒルは席を立って刑事課長を迎える。モーリスは空いた椅子に腰を下ろした。


「昨日の礼を言いに来ただけだ。それにしても随分仕事熱心じゃないか」


「なに、他にやることがないもので。こうやってしこしこやっているんです。あ、別にいやらしいことではありません」


「アホかお前。誰がそんなこと考えるか」


 モーリスのきつい言葉に一笑が混じる。そして真面目な顔つきになって言う。


「お前たちがいなかったら、盗人の逮捕も難しかっただろうな。まったくお互い課長になったばかりだというのにこうも差が出るとはな」


「そう卑下することじゃありませんよ。こっちは手伝いなので責任が軽いだけの話です。刑事三課ともなれば我々の想像を超えたプレッシャーもあるでしょうし」


「だが、俺の評価は下がっただろうな。盗人を逮捕しようとするあまり、熱くなって冷静に物事を見れなくなってしまった。おかげで部下たちの視線が痛く感じるよ」


「現場に出れば百戦錬磨の腕利きも、管理職になればその十分の一の力も発揮できない、よくあることです」


「言うじゃないか」


 モーリスは自嘲の笑みをこぼす。


「五十近くになってやっと課長の椅子に座れたと思ったら、このざまだ。世間を騒がす盗人を捕らえていいところを見せてやろうと色気を見せたのがいけなかった」


「まあ、こっちもアメリアがいなけりゃ、もうちょっと難しかったでしょうな」


「たしかに、あれは反則技に近い。才媛だと聞いていたが、とてつもない魔法遣いだ」


 モーリスは身体を傾けて机に肘をかける。


「なあ、ラージヒル、なんであの娘はこんなところに配属されたんだ? 他の憲兵と同じような経験を積ませてやったらよかったじゃないか。彼女は異例すぎる」


「そこんとこは俺の口からはなんとも。ここができたとき、人員をこっちにも振り分けてほしいとは言っただけで、新人が配属されるとは思いませんでしたから。ただ局長たちの計らいがあったとだけ聞いてます」


 ラージヒルは宙に目を投げた。

 真実が含まれているが、どこかぼかした印象が窺えた。

 長年の勘がそう告げている。

 モーリスはじろりとラージヒルの顔を眺めまわした。

 だがラージヒルは、これ以上は答えてくれそうもなかった。


「局長たち、か。なるほど」


 モーリスはそれ以上追及する気はなかった。

 知ったところで自分が首を突っ込む事案でもない。

 おおよその察しはついただけでも良しとした。


「まあ、どうしても気になるならうちのおば、デルベーネ局長に訊いてみたらいいんじゃないですか」


「……お前、いつか痛い目見るぞ」


 自分の上役をおばちゃんと言いかけたあたり、口が減らないのは相変わらずだと思った。


「ところでラージヒル、今日は昨日の礼を言いに来ただけじゃない。一つ頼みがあるんだが」


「アメリアをくれっていうならお断りしますよ」


「ちっ、読まれていたか」


 モーリスは苦笑いを浮かべて、頭を撫でつけた。


「そりゃあ、こっちだって二人しかいない部署ですからな。一人抜けるだけでも痛手ですよ。それにブリデ課長だってわかっているでしょう。ここ何年かはアメリアの異動はないってことぐらい」


「ダメもとで言ってみただけだ。気にするな。あの娘がいればもうちょっと使いようがあるんだがな」


「美貌の憲兵を手元に置いて愛でるってところですか」


「ははは、もうそんな歳じゃねえさ。俺には妻も子どももいるんだ。不倫なんてしてみすみす処分を受けるような真似なんてできるか」


 実のところ、モーリスはそれもいいなと思っていたが、口に出さなかった。


 あっと声を上げてラージヒルは手を叩いた。


「なら、こうしますか。査察課の手が空いたら俺たちがいつでも手伝うという形で。もちろん手柄はそっちに譲りますよ」


「なにを企んでいる」


 モーリスに猜疑心が宿った。

 憲兵は良くも悪くも手柄に飢えている人種である。

 それをあえて譲ると言ってきたラージヒルを疑ったのだ。


「深い意味があるわけじゃありません。俺もアメリアも憲兵としての経験がまだ足りませんから。時どき、刑事三課や他の部署のきつい仕事を手伝えば、経験を積めますし、儲けものだと思っただけですよ」


「お前もか?」


 モーリスは意外に思った。ラージヒルは性格に難はあるが、仕事はできる男なのでその必要はない気がしたのだ。


「ええ、俺も課長になったとはいえ、まだ至らないところがあるものですから。ただあくまでこちらの仕事がないときに限ります」


 ラージヒルの目に笑いが浮かんだ気がした。


「わかった。その代わり手伝うときは、こちらの指揮下に入ってもらうからな」


「もちろんです」


 とラージヒルが言ったが、どうも油断ならない気がした。


「お前の腕は買うが、俺を煩わすようなことはしないでくれよ。憲兵人生の最後くらい余計な苦労はしたくないからな」


「そういえばブリデ課長は一般組でしたな。それなら課長の椅子に座れただけでも十分出世したんじゃないですか」


 ラージヒルは面白がっているような表情を浮かべた。


 一般組というのは、憲兵採用試験の一般試験に合格した者のことである。

 幹部候補選抜の特級試験に合格した者とは違い、各課の課長の椅子に座り、警視まで昇級することが一般組の最高地点である。

 ただしそうなる前に退職する一般組の憲兵の方が圧倒的に多い。


「課長も楽じゃない。下にいたころは、なにかと偉ぶっているのが課長の役割だと思っていたが、大間違いだ。こんなことなら現場に出て身体を動かしたほうがマシだな」


「そうも言ってられないでしょう。課長である以上、部下を指揮し、鼓舞するのが勤めなんですから」


「当然だ。今回は上手く行かなかったが、次は課長として、らしいところを見せてやる」


 モーリスには叩き上げとしての誇りがある。

 自らの知恵と経験を活かし、部下たちにそれらを教え、被疑者逮捕につなげたい思いがある。

 管理職となり、現場に出ることは少なくなったとはいえ、できるだけのことはやりたいと考えている。


「ただな、ラージヒル。お前も気をつけた方がいいぞ。俺は査察の仕事を理解しているつもりだが、快く思わない奴もいる。現に、憲兵を何人か逮捕しただろ。後ろ暗いことをしている連中は、お前たちの動向を気にしているはずだ」


「わかっていますよ。でも組織の浄化っていうのが仕事ですからな。投げ出すわけにはいきませんよ」


「ティレット警部補はどうなんだ? いきなり仲間を疑う仕事をさせられて嫌気がさしているんじゃないのか」


「アメリアですか? 俺はさほど心配していませんよ。上役に口答えするわ、キレやすいわ、躊躇なく魔法をぶっ放すわで少し手がかかりますが、悪事を見逃さない芯の強さはありますから」


「それ、褒めているのか?」


 モーリスは肩の力が抜ける感じがした。


「心外だなあ。ほら、気性の激しい馬ほどよく走るっていうじゃないですか。ただおとなしく従順なだけでは能力は発揮できないもんですよ」


「馬に例えるのはどうかと思うがな」


 さて、と言いモーリスは席を立った。ラージヒルに断りを入れてから査察課の詰所を出た。


 ――あいつらの仕事は、苦難に満ちているな。


 手伝いを約束させながら、モーリスはどこかに彼らを案ずる気持ちが生まれる。

 憲兵は仲間意識が非常に強い。悪事を働いたとしても庇う傾向にある。

 それに逆らうかのような仕事なのだから、査察課は懸命にやればやるほど同僚に嫌われる、因果な部署だと感じた。


 彼らに災いが降りかからなければいいと願った。


お読みいただきありがとうございました。

次回からは別の話になります。

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