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新人 1

初投稿です。皆さま方にお読みいただければ幸いです。

 

 憲兵庁大会議室に、異様な空気が漂っていた。


 各局長および憲兵庁次長といった庁内の幹部たちが、今年入庁した憲兵たちの配属先を決定する会議を開こうとしている。


 シッド・ストライヴァー人事課長は、不満を抱えながら資料を幹部たちに配る。

 

 例年なら開かれるはずのない会議だった。

 言い方は悪いが、たかが新人の配属について幹部連中が集まって会議をする必要などどこにもない。人事課が事務的に決定を下せば良いだけのことだった。

 

 本来、新人憲兵は警邏(けいら)課など直接民と触れる部署に配属され、経験を積むのが慣例だった。

 局長たちも十分に承知しているはずだ。

 それなのに今年に限って、長官以外の幹部たちがしゃしゃり出て来たのが解せなかった。

 新人たちの配属に物言いをつける筋合いはなく、越権行為と言っても差し支えなかった。 


 幹部連中が、己が権力に物を言わせて人事課の職域を荒らしに来たようなものだ。


 シッドの心奥に、(おり)が溜まったかのような違和感が残っている。


 一方で不安もある。新人たちの身辺調査もできる限りしたが、もし裏社会との繋がりがあるなど、やましい経歴を隠した者を採用してしまえば、人事課の手落ちとの(そし)りは免れない。

 もしかしたら、という思いも微かにある。


 シッドは局長たちに資料を配り終えると、会議室の壁際にある椅子に腰を下ろした。

 今回、局長たちの質問に答える程度のことしか発言を許されていない。

 会議の内容を訝しむ気持ちと、緊張感が()()ぜになり、事の成り行きを見守るしかないと腹を括った。


「では、はじめるとしよう」


 ウジーヌ・ラスト次長がそう言うと、局長たちは資料を繰りはじめた。

 一枚一枚目を通しているが、誰も声を発しない。

 紙が擦れる音だけが聞こえる。

 おざなりな確認作業だとシッドが感じたとき、ヘクター・トレス交通局長が、


「彼女ですな」


 とつぶやくように言った。

 その声に呼応するかのように、幹部たちはあるページで手を止める。

 中にはほうと感嘆の息を()らす者もいた。


「アメリア・ティレット。ふむ、なかなかどうして、有望な新人だ」


 サウル・バーザッド公安局長が資料に目を落として言う。

 感心しているようだが、白々しい声音だった。


「そう、有望だから彼女の将来を考えなければならない。一つ間違えば憲兵庁の損失になりかねんからな。これだけの魔法を遣える者などそうはいない。いずれ魔法技術省への出向も視野に入れるべきだ。もし万が一のことがあれば、我々も上役として申し訳ない」


 トレスの口調もまた白々しい。


「それに、なかなかの美女だ。ぜひ一度お目にかかりたいものだ」


 クロード・レイス生活保全局長は、好色そうなにやけ面を浮かべた。


「しかし、相当気が強いらしいですな。訓戒処分三回、一回は教官に口答えをし、残りの二回は破廉恥な研修生を懲らしめたようですが、どうも扱いにくい性格かもしれません」

 

 ジョシュア・チェザー治安統制局長は、資料に目を落としながら言うと、ずり下がった眼鏡の位置を戻した。


「ふむ、気が強い方がかえって男心をくすぐるというものだ」


「おや、レイス局長。浮気でもするつもりですか? いけませんなぁ、それは」


 トレスが意味ありげに目を細める。


「ふふ、俺が若かったらの話だ。思い通りにならない女を落とすときほど、興奮するものだ。そもそも従順な女なんか、付き合っても面白くない。男を振り回すぐらいの性格でなくては落とし甲斐がないというものだ」


 胡散臭い女衒(ぜげん)のように、レイスが語る。

 頭髪が薄く、目がぎらつき、固太りの体形をしていて、全身から野心がみなぎっている。

 とても異性に好かれる風貌ではない。

 彼の言葉とは裏腹に、己の持つ権力を誇示すれば女は思い通りになると言いたげだった。


「いやいや、生活保全局長の言うこともわかる。私だって評判の美女をはべらせて酒の一杯でも飲みたい」


 と、顔を上げて話に加わるバーザッド。


「そうですな。でもって、一晩ベッドで過ごす、と」


 くっくと笑うトレス。


「それができれば、極上の気分が味わえそうだ」


 レイスのその言葉に、一同はどっと沸いた。


 ――居酒屋じゃねえんだぞ、俗物ども。


 シッドは、胸の内で呪詛(じゅそ)を吐いた。

 卑猥な発言を堂々とするさまは、酔っ払いが情欲を隠さずに(くだ)を巻くのと同じように思えた。

 こんな会議のために資料を用意したんじゃない、と怒鳴りつけたかった。


「それに優れた魔法遣いなら、魔法技術省へ出向させて、恩を売ることだってできる、か。あと……」


 ミレイユ・デルベーネ警務局長が、独り言のようにつぶやいたのが聞こえた。

 彼女だけがこの場の空気に飲まれていない。

 幹部たちに向けてというより、自分の考えを声に出して確認しているらしかった。


 ミレイユはシッドの直属の上役(うわやく)である。

 この会議が行われると決まったとき、わざわざ詫びを入れてくれた。

 

 彼女がつぶやいた言葉を聞いて、今回の会議の意図がうっすらつかめた気がした。

 理由はどうあれ、アメリア・ティレットを優遇したいのだろう。


 ミレイユの声が幹部たちの耳に届かなかったらしく、聞きとがめる者はいなかった。


「とにかく」


 と、ラスト次長が卑猥な話を続ける局長たちを叱るように切り出した。

 上役の言葉に局長たちはバツが悪そうに口を噤んだ。


「彼女の配属先を決めなくてはならない。そこの人事課長も気がもんでいるだろう」


 ラスト次長はこちらに視線を向けた。

 瞬時、胸の内で毒づいた言葉が漏れたかのような錯覚を感じ、シッドは心持ちすまなさそうに顔をそむけた。


「アメリア・ティレット、十九歳。特級試験を優秀な成績で突破し、訓戒処分三回を受けるも研修の成績もまた優秀」

 

 またミレイユがつぶやく。今度は皆の耳に入ったらしく、警務局長に視線が注がれる。


「ティレット侯爵の娘で、魔法に関して特筆すべき才能を有し、才媛の魔法遣いと謳われる、か。次長」


 ミレイユは、おもむろにラスト次長へ顔を向けた。


「私のところで預からせていただけませんか?」


「ほう、なにか彼女に適する任務でもあるというのか」


「はい。先ごろ新設された査察課に配属させようかと」


「査察に?」


 局長たちは互いに顔を見合わせる。すると、得心がいったようにラスト次長が言った。


「ふむ、それがいいだろう。査察なら危険な任務に就くわけでもあるまい。皆の要望に叶うというものだ。警務局長、彼女のこと、よろしく頼むぞ」


 ラスト次長の、有無を言わせない口調でアメリア・ティレットの配属先を決めた。他の局長たちも異存はないらしく、会議はこれで終わった。


 ラスト次長が席を立ち、会議室を去ると、局長たちもそれに倣うかのように次々と退席した。会議室に残ったのはミレイユとシッドである。


「悪かったわね」


「いえ、上役の指示とあれば従うまでですから」


「あとで私の部屋に来なさい。話すことがあるから」


 と言って、ミレイユも会議室を出て行った。


   ◇


 警務局長室のドアをノックすると、入るように促された。失礼します、と断りを入れて部屋に入った。いつも通り局長の威厳が漂う部屋の造りになっている。赤いカーペットが敷かれ、左側の壁にはさる有名画家が描いた闘技大会の絵画が掛けられている。

 

 部屋の真中に応接セットがあり、そのソファーに座るように言われて、シッドは腰を下ろした。

 

 ミレイユはお茶を淹れている。滅多にお目にかかることがない茶葉らしく、警務局長室を訪れた人をそのお茶でもてなしているという。

 

 出されたお茶を一口飲んだ。味の違いが分かるほど繊細な舌ではないと自覚しているので、何を出されても同じだった。

 ミレイユが向かいのソファーに座り、自分用のお茶を飲んでから切り出した。


「いろいろと、思うところがあるでしょう」


「はあ……」


「幹部たちが新人の配属先に物言いするなんて前代未聞よ。まったく、横やりもいい加減にしてほしいものね」


 ミレイユは砕けた口調で言った。

 シッドも当然不満はあるが、この場で言っていいものか迷った。

 目をかけてもらっているとはいえ、過ぎたことを言うと失礼に当たる気がした。


「横やりとは誰かの指示があったということですか?」


「お願い、らしいわ」


「お願い、ですか?」


「ティレット侯爵。次長や局長たちとは昔からの知り合いみたい。娘をよろしく頼むと、わざわざ領地から手紙を寄こしたのよ」


「まさか」


 部外者が憲兵の人事に口を出してきたというのか。

 それを受け入れるのは幹部としての適性を疑わねばならない。

 公私混同も甚だしかった。


「ティレット侯爵は娘が憲兵になるのが気に入らないみたい。魔法の才能に恵まれたのなら、魔法技術省に行くべきだって思ったんじゃない?」


 ミレイユはカップをテーブルに置き、手を組んだ。


「少しでも危険が伴う任務に、就いてほしくないということでしょうか?」


「たぶん、そうね。愛人の子でも自分が優秀な娘を育てたってアピールしたいんでしょう。その意を汲めば、魔法技術省へ出向させるというのもうなずけるわ」


「ちょっと待ってください。愛人の子、ですか」


 意外な生い立ちを聞かされて驚いた。

 それと同時に、自分たちの調査が甘かったと認めざるを得なかった。

 シッドは俯きがちになり、ミレイユから目を逸らした。


「落ち込まなくていいわ。知る人ぞ知る話だもの。人事課の調査が及ばなくても仕方ないわ。それに愛人の子だからって問題にする必要なんてないじゃない」


「それはそうですが……」


 シッドは決まりが悪くなり、腰を浮かせて座り直してから顔を上げた。


 ミレイユは脚を組んで、背もたれに寄りかかった。

 憲兵らしからぬ仕草である。

 すらりとした体形も相まって、中年女性らしからぬ艶めかしさがあった。


「でも、あの人たちも迂闊ね。こっちの提案に乗ってくるなんて。査察課の課長がどういう男かよくわかっていなくて助かったわ。雲の上にいるつもりの方々には、下々の事情に構っている暇はないみたい」


 皮肉をたっぷり込めた言い方だった。

 顔には出さないが、内心ほくそ笑んでいる感がある。


「ええ、それについては同感です。シズマ・ラージヒル警視は少々問題のある男ですが、憲兵の任務を全うしますから」


「少々、ではないわ」


 気のせいか、ミレイユの口元が歪んで見えた。


 ――そう言えば……。


 この人もラージヒルに振り回されたことが何度もあったな、とシッドは思い出した。


「ラージヒル警視の下で働けば、立派な憲兵に育ってくれるんじゃない? 少なくとも、ぬるま湯につかっている暇なんてないわ」


 ミレイユは心持ち首を傾けて微笑んだ。

 横やりを(かわ)したことに満足すると同時に、何やら企んでいるような感情が見え隠れしたような気がした。


 ――先が思いやられるな。


 会ったことのない新人を慮る気持ちが芽生えるシッドであった。

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