王都の湯屋 4
被害者女性の身辺を探る捜査のはずが余計なトラブルが起きてしまい、アメリアは疲れを感じた。
リジーに服のことを言われたわけではないが、何とはなしに自分の着ている服を見てみる。
薄茶色のズボンに薄手の白い長袖シャツ。
確かに地味かもしれないが、アメリアは服装にこだわりがなく、清潔ならそれでいいと思っている。
そのとき、船屋の方から視線を感じた気がした。そこには昨夜の被害者女性、ウーナがこちらを見つめている。チンピラやリジーとのやり取りを見ていたようだ。
アメリアが目を合わせると、女性は嫌な目つきで顔を強張らせてから、顔を背けて去った。
なぜそのような目をしたのか問いただしたい気持ちがあった。
アメリアには恨まれるような覚えはない。
強いて言うなら財布を取り返せなかったのを恨んでいて、さらに女憲兵が訪ねてきて迷惑がっているかもしれない。
それにしてもあの顔つきになるものだろうか。
後を追いたかったが、ひとまずラージヒルに言われた通り、直接訊くのをやめることにした。
もし訊いたとしても、アメリアを忌々しく思っていたら素直に応じてくれないだろう。
それなら店の人間に彼女のことを訊いた方が早い気がした。
船屋へ入ると、船を待っている客たちが暇をつぶしていた。
静かに本を読んでいる老紳士、声を落としながら仲睦まじくお喋りをしている熟年夫婦、眠気に誘われてうつらうつらする若者。客たちは思い思いの時間を過ごしながら船を待っているらしかった。
奥に受付らしいカウンターがあり、そこでは中年の女性が目を落として何かを書き込んでいるように見えた。
アメリアは椅子の間を縫うようにして奥へ足を運び、受付の女性に声をかけた。
「少し、お時間よろしいでしょうか」
遠慮がちに言うと、受付の中年女性は上目遣いでこちらを見た。
頬に肉がつき、ほうれい線がくっきりと刻まれている。
思ったよりも年を取っているらしかった。
アメリアが誰なのかを訊いているような目つきになり、無言で促す。
「申し訳ございません。わたくし、こういうものでして」
とアメリアは気持ちを察して手帳を見せた。すると中年女性は目を細めて、上体をわずかにそらした。
「憲兵さんが何の用ですか?」
中年女性の対応は冷たい。客ではないとわかると迷惑がる様子を隠そうともしなかった。
もしかしたら憲兵を厄介に思っているかもしれない。
「はい。昨夜、置き引きの被害に遭われたウーナさんについてお聞きしたいのですが」
「ああ、あの子」
中年女性は目を瞑ってふぅとため息を吐いた。
「ちょっと聞いてくれないか、憲兵さん」
親し気な口調になり、にわかに態度を改めた中年女性。
「ウーナったら全然仕事しないのよ。店長の姪御さんだからっていってこの舟屋で働き始めたんだけど、てんで使い物にならなくてさ。仕事はサボるは、手を抜くはであたしも手を焼いているのよ。この間だって、上のベッド――ああ、うちは宿屋もやってるんだけど――そのベッドメイキングや掃除が滅茶苦茶でお客さんからクレームが来てね。安くない金を払って汚い部屋に泊めるのかって怒鳴り込んできてさ。あたしなんか平謝りよ。だって完全にこっちが悪いんだもの。仕方なくあたしが手入れした部屋に移ってもらってなんとか怒りを鎮めてもらったわ。で、そのあとウーナを叱り付けたら、あの子ったら自分は悪くないって感じで不貞腐れてさ。こっちの注意も全然聞いちゃいないんだよ。店長も店長でそこまで怒らなくてもいいとか言い出して、あたしを悪者扱いさ。まったくとんでもないお荷物を抱え込んじゃったよ」
そこまで一気に言うと、中年女性は両肘をついて首を傾いだ。
日ごろから出来の悪い下働きを持った不満が噴き出たようだった。
「おまけにさ、定刻になったらとっとと帰ってしまうんだよ。あれはきっとどこかで男でもひっかけて遊んでいるに違いないさ」
「それは、なにか根拠がおありなのですか?」
ようやくアメリアが訊けた。愚痴の捌け口にされている気がするが、何らかのヒントを得られるかもしれないと我慢することにした。
「そんなもんないさ。けどね、あの子の私服を見ていると想像つくってもんだよ。まだ下働きのくせに高そうな服を着たり、遊びまわったりしてね。きっとどこかの太客でも捕まえたんじゃないかってみんなで言ってるよ。ああそうだ、昨日財布を盗まれたんだってね。脱衣所に置いたまま風呂に入るなんて、バカじゃないの。日ごろの行いが悪いから天罰が下ったのさ」
「ああ、わかりました、わかりました」
アメリアは慌てて話を遮った。
口さがない中年女性の声が高くなっていて、こちらが周りの客に気を遣う羽目になった。
ちらと後ろに目を遣ると、何人かの客がこちらを興味ありげに見ていた。
「それで、ウーナさんの普段の交友関係というのはご存じですか?」
「さあね。けど、仕事の合間に悪そうな女と話しているのを見たことはあるよ。今日はどこどこで遊ぼうとか、いい男が見つかったとか言ってね。そうそう、カジノにも行っているみたいなのよ。あの子、まだ酒も飲めない年のくせに、一丁前に遊んでいるんだからろくな人間にならないね。今はまだ若いからちやほやされていい気になっているみたいだけど、年を取ったらそうはいかないさ。いつか借金をこしらえて首を括るのがオチさ」
「ちょっと待ってください。そんなお金、どこから用意しているのですか? お話を聞く限り、彼女に放蕩するほどのお金があるとは思えませんが」
「だから、さっきも言ったじゃない。太客を捕まえているんじゃないかって」
「その人物に心当たりは?」
「さあね。歓楽街で知り合った金持ちでもいるんじゃないの? あれが欲しいこれが欲しいって言いながら色目使って誑し込んでいるに違いないわ」
悪口がエスカレートしそうな勢いだった。
中年女性が失った若さを妬んでいるようにも聞こえる。
「わかりました。ありがとうございます。大変参考になりました」
これ以上、なにかを訊いてもウーナの悪口しか出てこない気がした。
アメリアが去ろうとしたとき、あっと声を洩らし、訊き忘れていたことを思い出した。
「ところで、ウーナさんはどちらにいらっしゃいますか?」
「さあね。そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」
「それで、彼女はいつ仕事が終わりますか?」
「定刻通りだよ」
「ありがとうございました。あともう一つお願いがあるのですが……」
とアメリアはあたりを見回した。
ウーナが戻ってこないのを確認してから、身を乗り出すと、それに応じて中年女性も耳を預ける。
「ウーナさんに憲兵が訪ねてきたことを黙っていてほしいのです」
アメリアがささやく。
「へえ。あの子、とうとう何かやらかしたのかい?」
流石にまずいと思ったのか、中年女性も声を潜める。
「まだ何とも言えませんが、あくまで念のためです」
では、と言ってアメリアは受付を離れ、店を出た。
通りを横切って、もう一度船着き場を見下ろすと、さっきまでいた客や船がおらず、出発したあとのようだった。
傾きつつある日の光を細かく弾きながら川が流れて行く。
川面を滑りながら幾艘もの船が行き交い、時おり操法の未熟な船頭を叱り飛ばす声が耳に届く。
アメリアはその風景を目に入れながら、盗人を捕まえる方法を考えていた。
膂力増強と速度向上泳法の魔法を組み合わせて、まんまと逃げきる盗人の姿を想像する。
見張り番を倒して金庫を奪い、川を泳いで逃げる方法に異様な荒っぽさがある。
まして、この一月で様々な湯屋に侵入し、二万オーロもの金を荒稼ぎするやり口に盗賊の拙さがある気がした。
憲兵が躍起になって捕まえに来るとは思わなかったのだろうか。
それとも単なる自信過剰なのか。
「考えてもしょうがない、か」
アメリアは独りごちた。
今は盗賊につながる手がかりを得ることが必要だと考えなおした。
とりあえず今日は定刻には帰れないと腹を括って、解決の糸口を手繰り寄せる、と胸に秘めた。
◇
空が青黒く染まり、薄い月が東の空に昇っても船屋は店を開けていた。
夜の川滑りを楽しむ客や早く家に帰りたい客が一定数いるらしく、船頭たちは忙しそうにイクリスの川を往復しているようだった。街灯に照らされて薄闇に浮かぶ彼らの顔に、疲れの色が見える。
魔法の力で浮かぶ船は船頭の魔力によって動かされている。
船頭の腕にもよるが、かなりの速度で進むことができる。
船尾に、魔力船外機が設置されている船が多い。
横一面が開いた箱で、その下から数本の管が伸びて水に浸かっている。
魔法を遣って大気を取り込み、水に浸かった管の先へ風を送り込んで推進力を出す仕組みである。
構造上は単純な物だが、魔法を遣う船を動かすならこの形が適しているらしかった。
アメリアは船屋の隣の店で茶を飲んで時を過ごしてから、船屋の横にある狭隘な路地でウーナが出て来るのを見張っていた。
船屋のドアを開け閉めする音がするたびに顔をのぞかせて誰が出入りしているのかを確認する。
夏が近いとはいえ、日が沈むとまだ冷えの感じる時期でもある。
暖かな空気が消えて、冷たい空気が現れる。
昼間の光を受けた影響からか、夜のとば口を過ぎるとうっすらと靄がかかる。
その中を思いのほか多くの人々が通り過ぎる。
歓楽街に行ったり、家路についたりするのに都合の良い道らしかった。
――遅いわね。
アメリアは腕を軽くさすりながらウーナが出て来るのを待っていた。
身体が徐々に冷えていくのに耐えていた。
靄を纏った冷気が身体を包み込む。
魔法を遣って身体を温めたかったが、万に一つでも張り込みに気づかれる恐れがあると考えると、やすやすと遣えない。路地から暖かい空気が流れて違和感を覚える可能性があった。
受付の中年女性は定刻通りにウーナが仕事を終えると言っていたが、あてになるものではなかった。
彼女の言う定刻通りというのは、アメリアが思っていたよりも遅い時刻をさしていたのかもしれない。
音を立てずに手足を動かして身体を温めていると、船屋のドアが開く音がした。
路地からそっとのぞくと、ようやくウーナが店から出てきた。
大股で道の石畳を割らんばかりに力を入れた歩く姿を見る限り、面白くないことがあったらしかった。
肩まで露出した上着を着て、胸の上部をわずかにのぞかせる服装をしている。膝上のスカートを穿き、踵の高い靴を履いている。どれも仕立てがよさそうに見えて、それなりの値段がしそうだった。遊び好きの女がする格好なのだろうと思った。
アメリアは路地を出て人の流れに紛れてウーナを跟けた。
顔を知られているため、気づかれないように細心の注意を払う。〈透明化〉を遣いたかったが、人通りが多く、ぶつかってしまう恐れがあった。
小柄な体躯を生かし、時おり人の陰に隠れながら尾行する。
ウーナは後ろを振り向くことなく橋の袂まで行った。
幅の広い川に架けられた橋は馬車や人が入り乱れてもすんなり通れるほど広かった。
橋の西側には歓楽街があり、ウーナはそこへ向かっているらしかった。
人の流れがさらに激しくなる。アメリアは一時ウーナを見失いそうになりながら懸命に後を跟ける。
ウーナが足を止めたのは歓楽街の中ほどにある店だった。建物の横に地下につながる階段があり、彼女はそこを下りてゆく。
アメリアはウーナが店内に入ったのを確認してから階段を下った。
入り口のドアには乱れた文字で『フライヤー』と描かれていた。
洩れてくる声から察するにあまり品のよい店ではなさそうだった。
アメリアの服装を考えると、雰囲気にそぐわない気がした。
それにこの手の店はあまり馴染みがないので少々気後れもする。
勇気をもって大きく息を吸ってからドアを開けた。
奥にカウンター席があり、壁際にテーブル席が設けられている飲み屋だった。
客たちは周りに気を使う素振りをぶりを見せず、またその必要もない雰囲気だった。
ウーナはカウンター席の近くにあるテーブル席に背を向けながら座っていた。
入口が見える位置にいるので、アメリアは髪をかき分けるふりをして顔を隠す。
案内役はいないらしく、アメリアはウーナに顔を見られないように心持ち顔を背けながらカウンターへと向かう。近づいてくるアメリアに気づいたマスターが目を瞠って席へ着くように促した。
「いらっしゃいませ。お客さん、この店は初めてですね」
「え、ええ。友達がこの店は雰囲気がいいっていうから寄ってみたの。ちょっと暑いわね。マスター、喉乾いちゃった。まずお水貰えるかしら。お酒はあとでいただくわ」
蓮っ葉な女を気取ってみた。慣れない口調なので、自分でもたどたどしいと感じた。
「は、はい」
初めに水を頼む客はいないらしく、マスターは意外そうな顔をしてグラスに水を注いだ。
アメリアは振り向かないように気をつけながらウーナの声に耳を傾けた。友人たちも調子にのった若者らしく、なにがおかしいのか喧しく笑い声をあげる。
「ほんと、あんなにもらえるんだからボロいバイトよ」
ウーナの甲高い声が耳を打つ。何がもらえるのか気になり、後ろを振り向きたい気持ちを抑える。
出された水を一口飲むと、今度は男の声がした。
「でもよウーナ。大丈夫なのか? そのバイト。バレたらヤベえだろ」
「平気平気。絶対にバレないよ」
とウーナは高をくくった口調で言った。
「あたしだってバレなかったわ。ほんと憲兵なんてバカばっかりなんだから」
今度は別の女が嘲う。
ここでアメリアは少し後ろを振り向いて、目の端でウーナたちが座っている席を見た。
ウーナの隣に波のかかった茶色の髪をした女がいる。
向かいには背もたれに肘をかけた地味な男と、髪を真ん中で分けた男が座っていた。
ダブルデートと言う感じではなく、馴染みの友達同士で飲んでいるらしかった。
「ねえ、マスター。あの子たちって何者? この店に来るにしては若すぎる気がするけど」
アメリアは向き直ってから、マスターに訊いた。
カウンター席にはアメリアしか客がおらず都合が良かった。
「さあ。私にはわかりませんな。どこぞの悪ガキじゃないですか」
マスターの口調には、わざとぼかした印象があった。
客の身元は分かっているが、一見の客に話す気はなさそうだった。
「それよりもお客さん。お酒はどうしますか?」
「そうね。ミンストレルはあるかしら」
「ほう。お客さん、若いわりには通ですな」
マスターは顔を綻ばせる。
「ええ。以前職場にいた人がおいしいって言ってたから気になっちゃって」
以前、ラージヒルが『ハーミット』という店で飲んでいた銘柄だと思い出して注文したのだ。
マスターが嬉しそうにしたあたり、思わぬ好感を得られたようだ。
「飲み方はどうします?」
「じゃあ、ロックで」
アメリアは薄い酒の知識を駆使して何とか注文した。
まだ酒を飲める年齢ではない上に、ロックという飲み方がどういうものなのかわからなかった。
酒に口をつけるまえに、ウーナたちがなにか口を滑らせてくれないかと祈った。
でさー、とウーナが笑いながら言う声に耳を傾ける。
「憲兵もあたしが一芝居打ったって気づかないでやんの。財布盗まれたって騒いだだけでお金をくれるっていうんだから、いいバイトよ」
その声を聞いたアメリアの身体が強張った。
「そうそう、憲兵なんてバカばっか。かわいそうに思ってくれたみたいだけど、かわいそうなのはあんただっての」
「あたしに事情聴取した女憲兵もさ、同情してくれたよ。ほんと、ちょっと顔がいいからってお高くとまってさ」
彼女たちが軽々しく犯罪を暴露するのを聞いて、アメリアの胸の内に怒りが湧いてきた。
ここまで聞けば、もう十分だった。
アメリアは席を立った。
お客さん、というマスターの声を無視してウーナの後ろに行くと、彼女の頭に手を置いた。
「そのバカな憲兵というのは、こういう顔をしていたか?」
アメリアは手に力を入れてウーナの髪を掴むと、強引に彼女を振り向かせた。
「え」
ウーナはアメリアが昨夜聞き取りをした憲兵だというのに気づいたようだ。
驚愕の色が顔にはっきりと表れた。
「バカは貴様らだ。私が店に入ってきたのも知らずに、堂々と犯行を暴露するんだからな。知らなかったのか? 悪人にも知恵が必要だということを」
アメリアはウーナの髪をグイっと持ち上げて強引に立たせようとした。
しかしウーナは不機嫌な顔を浮かべ、いつの間にか出したナイフでアメリアの前腕を刺そうとした。
アメリアはさっと手を離し、一歩下がる。
「へん。やっぱあんたバカだよ。一人でこんなところに来てさ」
茶髪の女がおもむろに立つと、それに倣って男たちも立ち上がった。
彼らの目には明確な敵意が宿っていた。
ポケットに忍ばせてあったナイフやロッドを取り出し抵抗する姿勢を見せる。
茶髪の女と金髪の男が魔法を遣うと見当がついた。
そのとき、周りの客たちも異変に気づき、アメリアたちの方を注視している。
他人の喧嘩を面白がる好奇心が芽生えたらしかった。
「残念だったな憲兵さんよ。おれたちは少し名の知れたワルでね。女一人やることぐらい、どうってことねえんだよ」
金髪は粘っこい視線を投げかけてくる。
ワルというのは伊達ではなく、それなりの場数を踏んできたようだった。
「初めに言っておく」
不気味に落ち着いた気持ちになってアメリアは言うと、バッグに入れていたロッドを出して構えた。
「その女が私を刺そうとした時点で、傷害未遂は成立している。これ以上罪を重ねるなら一切容赦はしない。それでもいいんだな?」
アメリアは怒りを湛えながら警告した。
それでも連中は舐めた態度を崩さず、へらへらしている。
男二人が椅子やテーブルを蹴り上げスペースを作った。
関係ない客たちから悲鳴が上がる。
「やっちゃえ!」
とウーナが号令をかけると彼らは殺到してきた。
周りに被害が及ばないようにアメリアは小さな雷を四発撃った。
連中の武器に命中すると、身体に痺れをきたし、手を押さえた。
「こいつ!」
ウーナが突っ込んできた。
アメリアは素早く〈氷弾〉でウーナの右膝を撃つと、さっと横によけた。
激痛が走ったらしく、ウーナは悲鳴を上げる。踏ん張りのきかない足のせいでカウンターに突っ込んで行った。
次に男二人が怒声を上げながら襲い掛かる。
魔法を撃つ前に抑えてしまえば、なんとかなると思ったらしい。
それを読んだアメリアはもう一度雷を放った。
今度は武器を落とす程度のものではなく、意識を絶つ強力な雷である。
二人は全身に雷を食らい、どっと倒れた。
あっという間に仲間が制圧されていく様子を見た茶髪の女は戦意を喪失したらしく、怯えの色を顔に浮かべて、へたり込んでしまった。
アメリアは三人の身体を氷で覆い、逃げられないように動きを封じた。
「マスター、見廻りをしている憲兵をここに連れて来い。湯屋連続窃盗事件の一味がいると」
「は、はいぃ」
マスターの声が裏返った。慌てた様子で店を出て行く。
「さて」
とアメリアはウーナに近づく。カウンターテーブルの下で膝を押さえながら悶えていた。
横に片膝をついて身体を近づけるアメリアを見ると、ウーナは涙目になり怯懦に打ち震えていた。
「容赦はしないと言ったはずだ。不良少女のおいたが過ぎたようだな」
「う、う、えぐ」
ウーナはたまらず泣き出した。
彼女の目にはアメリアがこの世で最も恐ろしい人間に見えたのかもしれなかった。
悪さを働いても反省しなかった不良少女が、才媛の魔法遣いに屈服した形となった。