表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/62

過去からの刺客 7

「お疲れさま。チェザー治安統制局長も胸をなでおろしていたわ」


 警務局室長に呼ばれたアメリアとラージヒルは、ミレイユに(ねぎら)いの言葉をかけられていた。

 強盗事件の方も犯人が捕まり、世間に対してなんとか面目が立ったという。


 アイザック・タウト巡査長は査察課の二人によって取り調べを受けた。

 現役の憲兵が犯した事件ということで引き続き査察課の管轄となったからである。

 彼は素直に応じて供述をした。


 恋人だったアドリアナが三人に襲われ、自ら命を絶った悲劇をずっと引きずったまま、彼は生きていた。十代でありながら幸せの絶頂にいた二人を地獄の責め苦に叩き落した輩を許しておけなかったのだ。


「どうしても、アドリアナを忘れられなかったんです。だからあいつら」


 と、声を震わせた。

 

 タウトが憲兵になったのも、アドリアナの復讐を果たすのに適していると考えたからだった。出所後のジョアン、オグデン、イェンスの三人が住居を移したとしても、どこにいるか突き止められる機会に恵まれると考えたのだ。


 三年前の貴族襲撃事件は憲兵の面子をかけた事件だったので、刑事一課、警邏課のみならず、他の部署からも人員が派遣され、大量の憲兵が捜査に加わった。

 タウトもその一員だった。


 彼は好機に恵まれたと思った。貴族襲撃事件の犯人を追っているふりをして、ジョアン、オグデン、イェンスに復讐できるだろうと踏んだ。

 事実、三人がひどい怪我をしたときも、捜査の手が上手く回らなかった。

 さらに前科のある人間が被害に遭っても、自業自得という認識が憲兵たちの意識の片隅にあったため、おざなりな対応で済ますことができた。


 三人がタウトの顔を知らないのも都合が良かった。十三年前は面識がなかったから当然であるが、三年前、彼ら三人から聴取したのにも関わらず、三人ともタウトの顔を忘れていたのだ。


 襲撃の計画は至って単純なものだった。制服の上から黒ずくめのローブを纏い、彼らを襲ってすぐさま逃走し、人目のつかないところでローブを脱いでから憲兵として現場付近に戻り、あたかもタウトが偶然を装って聴取を行ったのだ。

 しかし彼が迂闊だったのは、調書には聞き取りをした憲兵の名を書かなければならず、それが資料として残ることだった。


   ◇


 ラージヒルは資料室で、複数の資料にタウトの署名が記されていたことに気づいた。

 三人を襲った事件に関わり続けるのは偶然にしては出来すぎで、タウトが犯人である可能性も考慮に入れたのだった。


 調べ物をしたあと、査察課の二人は、イェンスのもとを訪ねた。

 三年前と住居が変わっておらず、古いアパートに住んでいた。部屋の中は掃除をしている様子もなく、空き瓶が転がり、宙に細かい埃が舞う状態だった。

 イェンスは懶惰(らんだ)な暮らしを送っているのが部屋の様子で窺え、まともな暮らしを送っていないようだった。

 部屋から出てきたイェンスの風貌は冴えなかった。

 イェンスに三年前の事件について話を伺いたいと訊くと、さっと顔が青ざめた。


「ここじゃまずい、場所を変えてもいいか?」


 とイェンスが外へ出るように促すと、部屋の奥からどこへ行くんだい、と言う女の声が聞こえてきた。埃の舞う暗い部屋の中で、女と同居しているようだった。


 外へ連れ出し、ジョアン、オグデンが襲われ怪我をしたと告げると、イェンスは俯いて、生気を失った顔つきになる。


「あなたも、三年前に通り魔に襲われたのですね?」


 アメリアが訊くと、イェンスは黙って頷いた。


「またあいつが」


 と声を震わせて言った。イェンスの瞳が揺れて見えた。

 ひどい怪我を負わされたのを思い出しているようだった。


「イェンスさん、あなたが十三年前に犯した過ちと、あなた方を襲った通り魔が何らかの繋がりがあると我々は見ています」


 アメリアは不快な気持ちを押さえながら訊いた。

 少女に暴行を働いた男と話をしたくなかった。

 力のない少女を好き勝手弄ぶような男は唾棄すべき存在であり、汚らわしく感じる。

 それでも憲兵の本分をわきまえて仕事をしなければならず、あくまで平静さを保ちつつイェンスと向き合った。


「憲兵さん」


 イェンスは喉を絞められたかのような声色で訊いた。


「たしかに、おれたちはとんでもないことをしちまった。でも、罪は償ったじゃないか。十年も刑務所でつらい毎日を繰り返してようやくシャバへ出てきて、またつらい思いをしなきゃならないのか。なあ、おれたちは許されたはずだよな。なんで今さら復讐されなきゃならないんだ」


 縋りつくような感じでイェンスが言う。


 アメリアはこの男が身勝手だと感じ、怒りをこらえながら拳を握りしめた。

 刑に服せば、罪は消えたことになると言わんばかりの態度に、露骨な不快感を表した。


「貴様」


 アメリアはイェンスの前に迫ろうとした。


「待て、アメリア」


 ラージヒルはアメリアの肩を掴んで制止した。するとラージヒルがイェンスの目の前に立つ。


「イェンスさん。あなた少し勘違いしているようですな」


「え?」


「罪を犯した人間が法の裁きを受け、刑に服する。それは当たり前のことです。しかし、誰もがそれで納得すると思ったら大間違いですよ。あなた方がしたことは被害者、それに関係者にとっては許されざる罪なのです。彼らにとって、あなた方三人は何度殺しても(あきた)りない人間に映ってもおかしくない。いくらあなた方が罪を償ったからと言っても、その恨みは生涯消えることのない心の傷として刻まれるんですよ」


 ラージヒルは声を低くして淡々と説いた。口調こそ厳しくないが、言葉そのものに鋭利な切れ味がある。

 イェンスはうなだれ、身体中から生気が失われたかのようによろめくと、壁に寄りかかりながら地面にへたり込んだ。


「今回、そして三年前の通り魔も、あなた方に深い恨みを抱きながら襲ったとみて間違いないでしょう。我々は通り魔にこれ以上、罪を重ねてほしくないんですよ。彼にとっても、あなた方にとっても」


 追い打ちをかけるようにラージヒルは言った。


「なら、早いところ捕まえてくれよ」


「難しいですな。我々としても一刻も早く通り魔を逮捕したいのですが、なにせ証拠がない。確たる証拠がない限り逮捕にこぎつけるのは至難の業でしょうな」


 ラージヒルは後ろ首に手を当ててそう言うと、さらに続けた。


「ところで、イェンスさんお仕事は何をされているのですか」


「え? あ、食料店の倉庫番だけど」


 突然話題を変えられて、イェンスは戸惑う。


「いやなに。こんな状況でも、お仕事を休むわけにはいかないでしょう。おそらく近いうちにあなたを襲うはずです。できれば我々に警護させていただけたらと思いまして」

「本当か?」


 イェンスは喜色を浮かべたが、アメリアの方に目を遣ると不安な目つきになった。


「大丈夫です。彼女はこう見えて凄腕の魔法遣いです。通り魔の一人や二人、簡単に撃退できますよ。もちろん私も剣を揮ってお守りしますのでどうかご安心ください」


「じゃあ、お願い、します」


 イェンスは怪訝な顔いろになって了承した。


 そして予想通りタウトが襲ってきたのだった。


   ◇


 警務局長室でミレイユに犒われている最中、ラージヒルはイェンスを体のいい囮にした、とアメリアは思った。

 民間人を囮に使うのは憲兵としての倫理に反することだが、今回に限って言えば、イェンスを予想される通り魔から守るという名目になる。

 表向きとしては囮ではないが、仕事に行かざるを得ないように仕向けてタウトを誘い出したことを鑑みると、囮と言えなくもない。


 ただ、不思議とラージヒルの手法に異議を唱えるつもりも、不快感を抱くこともなかった。

 それはイェンス、いや、三人が過去に犯した罪をアメリアもまた許せない気持ちが、どこかにあるせいなのかもしれなかった。

 アメリアが訊きに行ったオグデンもイェンスも、自分はもう許されていいという気持ちが滲んでいた。

 過去の過ちは、いつかは消えると勘違いをしている、甘えた罪人だった。

 彼らは一生涯罪を胸に抱えながら、生きなければならない人間たちのような気がする。


「アメリア」


 考え事をしていると、横からラージヒルが声をかけてきて、現実に引き戻された。


「はい」


「おまえさんもよくやった。しかし」


 とラージヒルは苦笑いを浮かべる。


「もうちょっとスマートなやり方があったんじゃないか?」


「なにがですか?」


「だからさ、タウトを逮捕したときのことだよ。もうちょっと平和的に抑えられただろうに」


「あのときはタウト巡査長の動きが鋭く、油断できない状況でした。手加減すると、こちらが傷を負いかねません」


「まあ、風で足止めしたのはいいとして、氷の散弾をぶち込むのはやりすぎだろ。おまけに俺まで巻き添えを食うところだったぞ。まったく、性格が表れているというかなんというか」


「どういう意味ですか?」


 アメリアのこめかみが無意識に動く。


「別に他意はないさ。次からはもっとうまくやれってことだよ」


「性格の話を持ちだす必要がありますか?」


「おまえさんもしつこいね。そんなんじゃみんなに愛されるお巡りさんになれないぞ。顔が良くても、ねちねちと絡む奴ってのは嫌われるからな」


「課長が余計な一言言わなければいいだけの話でしょうが。舌の根引っこ抜きますよ」


 アメリアはラージヒルを睨みつけた。


「おほん」


 と、ミレイユはわざらしい咳払いをした。


「あ、失礼しました」


 アメリアはミレイユに向き直って謝る。


「いや、謝らなくていいわ。ティレット警部補、この男にいちいち腹を立てては身体が持たないから、適当にあしらっておきなさい」


「は、はい」


 上役とは思えない助言だと思いながら、アメリアは釈然としない返事をする。


「それにラージヒル警視、素直に褒めてやったらどう? 今回は良く働いてくれたじゃない。それにあなたの軽口もいい加減直しなさい。ティレット警部補でなくとも怒られて当たり前でしょ。いつか舌禍を招くわよ」


「お言葉ですがデルベーネ局長、上手く行ったからこそ、気を引き締めてもらわなければならず、褒めたたえるだけではいけません。おばちゃんも昔、おっしゃっていたではありませんか。首尾よく事件を解決したあとでは、どうしても気が緩みがちになる。そういうときこそ襟を正し、日々の勤務に励むべきだと。私はその貴重な教えを部下に感じてほしいと願っているだけです」


「ティレット警部補、今の言葉聞いたな」


 ミレイユの声が不意に低くなり、憲兵の上役らしい言葉遣いになった。

 目元が痙攣したかのように動いている。

 おそらく途中からラージヒルの言い訳が耳に入っていなかったに違いない。


「はい。たしかに聞きました」


 どう考えても擁護のしようがなく、またそのつもりもなかった。


「ラージヒル警視。貴様、上役に対しておばちゃんとはどういうことだ?」


 ミレイユは静かな怒りを湛えた口調で言った。


「あ、はい。それはですね」


 当のラージヒルも言い逃れのしようがなく、ミレイユから視線を外して宙を見つめる。


「課長、素直に謝罪した方がいいと思いますよ」


 アメリアがそう言うと、ラージヒルは一瞬、気まずそうにアメリアに目を遣ってから頭を掻いた。


「それでは、デルベーネ警務局長どの、まだ報告書が完成しておりませんので、私はここで失礼します」


 素早く敬礼すると、止める間もなく背を向けて部屋を出て行った。


「まて、シズマ! 今日こそその性根叩き直してやる!」


 ミレイユはラージヒルの後を追った。警務局長という肩書をかなぐり捨てそうな勢いで部屋を出て行った。


 そして警務局長室には、アメリアが取り残された格好になった。


「身体が持たないんじゃ、なかったの?」


 とアメリアは独りごちる。課長も課長なら、局長も局長だと思った。


 窓から射しこむ明るい日の光が局長室に降り注ぐ。

 威厳を示すはずの調度品が光のせいでどこか虚しく、なぜか愉快に映った。


「もう、夏ね」


 呆けた気持ちでつぶやいた。


お読みいただき、ありがとうございました。

次回から、別の話になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ