#006 お試し
「――――という依頼を受けてきた」
受領した依頼のことについてユミルに話すと
「私も、手伝うよ」
とユミルは協力的だった。
でも、さっきのような事態を考えるとユミル一人で街を歩かせるわけにはいかない。
どうしたものか……と考えているとティリスがおもむろに口を開いた。
「私を複製することはできるでしょ?」
私というのは、きっと神滅剣のことなのだろう。
「えぇ、できるはず」
ユミルはコクコクと頷いた。
「それにアイヴィスが擬態魔法をかけて神滅剣とバレないようにすればいいだけよ。それをユミルの周りに纏わせてあとは何かが起きたときに遠隔で私かアイヴィスが操作すればいいわ」
確かにそれは一理あるな。
複製とはいえもともとのポテンシャルの高い神滅剣だ、それなりの強さは期待できるだろう。
「それならいけるかもな」
普段買い物に行くときなんかに、何かが起きたとしても備えになるそのアイデアはかなり有効に思えた。
「わかった、やってみるわ」
とりあえず、二本か三本に複製しておけば、最下層の神である亜神には十分に対応できるはずだし、仮に高位の神だとしても時間稼ぎにはなるはずだった。
「【形質複製】」
ユミルの手の中から眩いばかりの光があふれて二振りの剣が現れる。
外見だけ見れば間違いなく神滅剣だ。
ユミルから差し出された神滅剣を受け取って俺がさらに魔法を付与する。
「【隠蔽】」
二振りの神滅剣に付与したのは第三階梯の簡単な魔法だ。
だが、簡潔なものであるがゆえに欠点が少ない。
時に、緻密で高精度な魔法が必要になることもある反面、洗練されていて簡潔な魔法は完成度が高いがゆえに付け入る隙を与えないこともある。
「あれ……どこに行ったの?」
その事実、ユミルは神でありながら神滅剣を見失っている。
「心配するな。ユミルの周りを浮遊している」
そう言ってやるとユミルは、手を広げて見えない神滅剣を探そうとするがその手はどれだけ振り回そうとも空を斬る。
「見た目だけではなく、触感まで隠してあるから探しても見つからない」
「ほんとだ」
ティリスが複製された神滅剣を掴みながら言った。
ティリスは、複製された張本人であるのでどうやら複製された神滅剣を見ることができるらしい。
無論、術を行使した俺には見える。
「なんか不思議な気分ね」
自分の複製をティリスは、まじまじと見つめた。
「これ、どれくらい効果があるのかしら」
ユミルが不安そうに首をかしげるので実際に見せることにした。
百聞は一見に如かずというやつだ。
「ティリス、少しユミルに見せるぞ」
「ん、わかったわ」
とりあえず第五階梯以上の魔法をぶち込めば、複製された神滅剣の実力の程が分かるだろう。
「【滅厄破斬】」
数個の闇色の球体が、ユミルを囲むように現れ火花を飛ばしながらユミルを黒い奔流の中へ飲み込もうとする。
「ちょっと、これ……ほんとに大丈夫?」
さしものユミルも慌てふためく。
「天界の神々の争いじゃ、こんなの日常茶飯事だろ」
神々は、災厄に近い魔法まで行使してしまうことすらあるのだ。
第六階梯の魔法など、わけもない。
「それは、そうだけど……」
ユミルを取り巻く闇色の球体がその大きさを増す。
「ティリス、そろそろ頼む」
神滅剣を遠隔で操作するティリスに合図を送ると
「【断罪覇剣】!!」
神滅剣を操るティリスが力強く叫ぶと二振りの神滅剣が目にも止まらぬ速さで動き回り闇色の球体を消し去ってゆく。
「きゃあっ」
部屋に置いてある家具なんかがひっくり返るほどの風が室内を吹き荒れ目も開けていられない。
やがて風がおさまるとティリスとユミルが目を開けた。
「アイヴィス……ちょっとやり過ぎじゃない?」
ユミルが抗議するような眼で見てくるが、それに関してはティリスも同罪だろう。
「お前もな」
ぐぬ……みたいな顔をして散らかった部屋を片付け始めるティリス。
ユミルはと言うと、目を回して呆けている。
「おいユミル、片づけを手伝ってくれ」
結界により建物の損壊は免れたが、家具はひっくり返り、荷物は散乱している。
ユミルが買ってきたものも乱雑に、部屋中に散らばっていた。
結界のおかげで壁に被害が無かったのは不幸中の幸いだろう。




