フライシュゲーテ
リントを巡る聖騎士団との衝突から数日が経ったある晩、俺は屋敷に張り巡らせた結界に鑑賞する気配に起こされた。
「ティリス、悪いが神滅剣の姿になってくれ」
「わかってるわ」
小声で言葉を交わすと神滅剣は俺の手の中へと収まった。
「アイヴィス、私の結界が破られた」
気配の方へと廊下を移動する途中でイリーナと合流した。
「この気配、人間でも魔族でもない」
イリーナは、冷静にそう分析した。
ともなれば、答えは自ずと決まっていた。
「神族か……」
亜神であれ番神であれ主神であれ神族は、どの個体も強力であり難敵であることには変わりない。
「願わくば、主神だけは勘弁願いたいところだが」
「あれらを相手にするのはアイヴィス以外では無理だろう」
イリーナは自らの実力を知っている。
亜神程度であれば一人でも相手出来るが、主神ともなればその力は桁違いだ。
そして、殺しても殺しても蘇るのが主神。
その主神を葬り去るために作られたのが今、俺の手の中にある神滅剣だ。
だが、神族を相手取ることなど未経験、どこまで通用するかが分からない。
『この私が付いてるんだから、自信持ちなさいっ!』
『聞こえてたか』
『一心同体だから、聞こえないことの方が少ないわ』
『そうか。今からとは限らないが必ず神族とは殺り合う。その時は頼む』
『まっかせなさいっ!』
管理人格のティリスは、どういうわけか普段よりも強気だった。
「【気配探知】」
いつも通り、まずは相手の気配を探る。
相手によっては逆探知されることもあるが、どうせ神族相手なら、そんなことは些細なことだと割り切った。
気配は間違いなく神族だ。
だが問題はそこじゃない。
その神族のいる場所が――――
『ユミルの寝室ね』
『マズイことになった』
焦燥感に駆られて俺は廊下を走り出した。
◆❖◇◇❖◆
「案外、呆気なかったわね」
閉ざされた二人だけの空間。
闇に溶ける漆黒のドレス纏った一人の少女がユミルの枕元に立っていた。
「天界を降りた当初の貴方は、存在希薄だったけれど、リントであれだけの騒ぎを起こせば流石に見つけられるわ」
漆黒の少女は、艶やかな笑みを浮かべると神滅弓をユミルへと向けた。
だが、番えた弓を放つことは出来なかった。
「残念だけど、それを射ることは今の貴方には出来ない」
ユミルが、体を起こしながら言った。
「やっぱり貴方だったのね、フライシュゲーテ……こんな形で再開することになるだなんて残念」
かつての創造神ユミルとその使徒フライシュゲーテ。
今では無秩序の神族ユミルと時の秩序を司るフライシュゲーテ。
「落ちぶれた貴方に、どうこう言われる筋合いは無いわ!」
「フライシュゲーテ、貴方も今や秩序の簒奪者。どちらが高潔な神族として落ちぶれたのでしょうね」
「アイヴィスとかいう人間の力を頼らないと行けない程に落ちぶれた貴方風情に言われる筋合いは無いわ!」
痛い所を突かれたフライシュゲーテの口調は、どんどんヒートアップしていく。
その時だ、フライシュゲーテの張った障壁の砕け散る甲高い音が響いてフライシュゲーテの肩に冷たい何かが置かれた。
「アイヴィスとかいう人間風情だが、呼んだか?」
フライシュゲーテの肩にあてがわれたのは、もちろん神滅剣。
「呼んですらない輩が来たようね。今日のところはお暇するわ」
フライシュゲーテは、そう言うと瞬時にその場から消えた。
そしてそこで、フライシュゲーテと会ったという事実は、その場に居合わせた全員の記憶から消し去られた。
時を司る主神となったフライシュゲーテは、かなりの難敵だった。




