#20 不死者の庭
『ちょっとこれ以上、近づきたくないんですけど』
神滅剣の姿となったティリスが念話で心底嫌そうに言った。
ちなみにその姿になったのは、歩くのが面倒くさいかららしい。
剣の姿の時は、俺の腰にぶら下がっているだけでいいからティリスは動かなくていいのだ。
どこで楽することを覚えたのやら……。
『まぁ我慢してくれ』
目的の廃教会に着いたわけだが、見るからに雰囲気が悪い。
「にしても不浄な空気がすごい」
ユミルがぽつりと言った。
魔素が魔孔から吹き出し空気は濃密、それに加えて富栄養化によりいたるものが腐っている。
「魔界のスラムよりも酷いぞ」
イリーナも顔を顰めている。
地面も粘着質で靴には、泥がこびりつく。
丘の上の教会に着く前に、帰りたくなりそうだった。
「アイヴィス、あれを見て」
ユミルが指差す先には、墓地と思われる所を徘徊する不死者の姿があった。
もしかしたら同じように生を得た他の不死者達の腐肉を漁っているのかもしれない。
「まとめて浄化しておくか?」
不死者達の、見た目も悪いし、辺りに漂う臭気も一掃したい。
「そうしてくれると助かる」
「できるならお願い」
それならさっさと浄化してしまおう。
と、詠唱を口ずさもうとした時――――
「Graaaaaa」
雄叫びと共に墓地の地面が激しく隆起しだした。
「全員、一旦下がれ!」
臭気も魔素の濃密さも先程までとは段違い、魔法への耐性がないものなら卒倒するレベルだ。
「これは、凄いのが出た……」
俺が魔族たちと戦っている間に見てきた魔族の中にも見た目の凄い者達がいたが、これはさすがに度を越してヤバい見た目をしている。
それも魔族達を従えて戦っていたイリーナも驚く程に、だ。
『うわぁ、ビジュアルがいただけないわ、もう子供達のこと諦めて帰ろうよ……』
ティリスもかなり引いているのか、神滅剣がさっきから小刻みに震えている。
『それじゃあ、依頼を達成出来ないだろうが……』
『むぅ……わかったわよ、でも私を使わないでね?』
しぶしぶと言ったような声音でティリスは言った。
でも、神滅剣の使用は不可らしい。
「さて、とりあえず浄化だ。【斎戒】」
第三階梯のものではあるが、聖職者の間でも使用頻度が高いこの魔法は、不浄なものに対して十分な効果を持つ。
「アイヴィス、効果が出ていないわ」
ユミルは、焦って叫んだ。
しかしこの化け物も不死者達も、どうやら不浄なものでは無いらしい。
「ユミル、この不死者から神威を感じられるか?」
不浄なものでないというのなら、残る選択肢は神族に関わる何かであるということだ。
「分からない!私の知る気配ではない」
つまりはユミルの創り出した秩序では無いということ。
化け物は、周囲の不死者達を吸収し肥大化を続けている。
「【根源融解】」
イリーナが第五階梯の魔法で化け物の根源を肉体から乖離させようとするが一向に肥大化は止まらない。
「アイヴィス、この化け物には根源が無いらしい」
イリーナは、魔法攻撃をやめ物理攻撃を行うつもりなのか異空間から槍を取り出した。
その槍は、かの大戦においても彼女が使っていたものとだった。
「ロムルスか?」
イリーナの取り出した武器は、伝説級の魔道具の槍、ロムルスだ。
「知っているのか……と言っても貴方と殺り合ったときもこの槍を使ったか」
数少ない伝説級の槍を所有していることからしても、イリーナはかなり上位の魔族だったのだろう。
「こいつに神核があるかどうかで正体がわかりそうだな」
神核の有無で神族かそれ以外かの判別がつく。
通常、神族にも根源があるはずなのだがこいつにはそれがなかった。
しかしオストランド聖教の教会本部が本気で追っ手を差し向けている現状、何があってもおかしくはない。
教会の暗部は、強大だ。
神族も底辺の亜神クラスであれば、体を弄るくらいどうということは無いだろう。
「Graaaaaaa」
化け物の醜悪な顔が俺達を見据える。
燃えるような赤い瞳は憎悪に満ちていた。
そして化け物は地響きと共に俺達めがけて走り出す。
「【超空粉砕】!!」
第五階梯の魔法を躊躇なく化け物に対して撃ち込む。
光の奔流となってそれは、化け物の胸元へと吸い込まれて激しい爆発を起こした。
砂煙で舞い上がり周囲の視界が悪くなる。
「Graaaaaaaaaa!」
呻き声とも雄叫びともつかない化け物の声。
そして地響き――――魔術耐性もちか!
砂煙をかき分けるように出てきたそれは、傷一つ付いてはいなかった。




