#016 謎の男
「あらかた片付いたな」
ラパスの残した同門という気がかりな言葉に嘘偽りのないことは、ラパスの剣術を見て確認できた。
しかし、俺はあいつを見たこともなければ、名前すらも聞いたことがない。
あれほどの強さであれば、少しは名前が通っていてもおかしくないはずだが……。
『考えたって無駄よ』
そんな考えに浸っているとティリスが水を指した。
『急がないと、イリーナ・ブランジェの命がマズイかもしれないわ』
ティリスに言われて【気配探知】で生体反応を探ってみると、ただでさえ弱っていたものが、さらに弱くなっている。
『そのようだな』
ラパスの血溜まりを飛び越え廊下を奥の部屋目指して走る。
既に、護衛の聖騎士達をエントランスで片付けであったため廊下にいる聖騎士は少ない。
「そこかっ!」
柱の影から斬りかかってくる攻撃を見越しひらりと交わす。
そして、完全に相手が刃を振り下ろしたタイミングを見計らって神滅剣で相手の腱を斬る。
命を失うことは無いがもはや剣を握ることは無理だろう。
「な……っ!?」
驚きにも似た声をあげて聖騎士は剣を落とす。
「【審判一矢】!!」
俺に隙ありと見たのか、別の方から聖騎士が魔術による攻撃を繰り出す。
「【爆却】」
それを俺の魔術でたたき落とす。
派手な爆発とともに審判一矢と称された攻撃は折られた。
それどころか、【爆却】は、聖騎士までも消してしまった。
「お前ら、まだ武器を持つのか?」
廊下、最奥の部屋の前。
俺の目の前に立ち塞がる聖騎士たちに諭すような声で言った。
聖騎士たちは互いに目配せをしてどうする?と言った具合に俺に降るのか武器を持って戦うのかを考え始めた。
「お前ら、何をしておるか!【使役】!」
最奥の部屋の扉が空いて一人の男が現れると同時に彼は魔術を行使した。
「こともあろうに、強制的に戦闘させる気か!」
目の前でついさっきまで俺に投降するか戦うかで迷っていたはずの聖騎士たちは、生気を失ったような顔つきで何処と無く意思を感じれない動きで剣を振り上げ一斉に襲いかかってくる。
「【毒牙破斬】」
一気にこられてはさすがに手抜きは出来ない。
魔法で瞬殺せざるを得なかった。
「命を粗末にさせやがって」
救える限り命を救うのが英雄の務めだ。
敵を倒して命を奪うだけが仕事じゃない。
「何を言うか、彼ら命を懸けて神命に従ったに過ぎない」
目の前の男は、関心のなさそうな抑揚のない声で言った。
「何が神命だっ!強制的にお前は戦闘をさせていただろうが」
神託を授かって初めて神の意思を知り行動する。
これが神命というやつだ。
この男の用いた魔術は神命でも何でもない。
「それにそやつらを殺してしまったのはお前だ。大罪人アイヴィス」
クックックと顔を歪めるように男は笑うとその姿は揺らめくようにして消え始めた。
「そろそろ時間のようだ。次に会う時を楽しみにしているよ」
「【時超射刺】」
逃がさないよう攻撃を加えるがなんの効果もない。
「無駄だよ。抗魔の魔術を施してあるからね」
男の言う通りで俺の攻撃が全て霧散して行くのが見て取れた。
「みすみす逃がすのかよっ」
どうしたらいいんだ……抗魔の力が働いているなら、それが意味をなさないくらい莫大な魔力で攻撃すればいいのか?
『行っちゃったわ』
そう考えていると念話でティリスの声が聞こえた。
『……あぁ、そうか』
『それにしても珍しく感情的だったわね』
ティリスの声がヒートアップした俺の脳に冷静さを取り戻させていく。
『そうだったかもしれないな』
『その優しさでこの屋敷の主の命を魔族であるにも関わらず、助けたんだもんね?』
「終わった?」
後ろから声が掛けられる。
「呼びに行くのを忘れていた」
声の主は、先頭に巻き込まないよう屋敷の外で待たせておいたユミルだ。
「三人揃ったし久しぶりにブランジェに会いに行くか」
部屋の中からは、弱々しいが彼女の魔力の反応がある。
あの男の開けっ放しにしていた扉をくぐって俺は、かつての敵に対面した。




