決意
「私は、人族、魔族、神族のそれぞれが平和に暮らせる世界を創った。私の願いは、ただ一つ。すべての者が平和に暮らすことだった」
すべての想いを吐露するような重い声でやや大人びた少女は、そう漏らした。
「でも違った。彼らは本能的に争いを求める種だった。多くの者たちの命が無為に損なわれてしまったの……」
訥々と彼女の語る言葉は、すべてこの世界の事実だった。
彼女の雲を握る手に力が入る。
「だから私は、この世界を改変する。でも今の私は無力だ。そのために―――あなたが必要よ」
雲の端にその少女は腰かけていた。
清純を思わせる白色のワンピースは二つの果実によって押し上げられ風に白銀の髪を揺らす彼女は遠くの一点を見つめている。
遥か彼方を見つめる彼女の眼には、一人の青年の姿が映っていた。
◆◇◆◇
草原を駆ける十騎の聖騎士と、それに追われる一人の青年がいた。
「待て、大罪人!!」
「大人しく捕まれば、尊厳のある死を迎えることができるのだぞ!!」
白のマントに白の鎧を纏った聖騎士たちが叫ぶ。
追われる青年は、襤褸と化したようなマントを身に纏っていた。
「来るな、俺はお前たちを殺すことになる」
後ろを見向きもせず、青年は駆け続ける。
「大言壮語だな。貴様は、吸魔の円環によって魔力は通常の十分の一にも満たないのだ。それでよくそんなことを言えるな」
聖騎士たちが馬に鞭をくれ青年との距離を詰める。
「これより、神の御名のもとに、大罪人アイヴィスに救済を与える」
先頭を走る聖騎士の頭目らしい男が声高に告げた。
「【審判一矢】」
聖騎士たちの持つ、剣から幾重にも光の矢が放たれる。
それは第三階梯の魔法。
人の身でこれだけの量を放つことができるのは聖騎士だからと言えよう。
「さすがの、大魔術師アイヴィスと言えども避けれまい」
次々に撃ちだされるそれは、すべてが青年へと向かっている。
青年は、右手を上に向かって突きあげると
「【防御障壁】」
半透明の壁を馬と自身を覆うように展開し光の矢による攻撃をすべて防いだ。
壁には、次から次から矢が突き立つ。
青年の魔法も同じ第三階梯の魔法ではあるが基礎魔力が桁違いだった。
どれほどの量の攻撃を受けようがその壁には、ひびのひとつも入らない。
「吸魔の円環で魔力を吸われてもなお、それほどの魔力があるのか……だが次の攻撃は耐えれまい。お前ら、あれを使うぞ」
頭目が部下の聖騎士に指示した。
「「【魔力譲渡】」」
聖騎士たちが魔法陣を胸の前で描くとそこから白い糸が頭目の男へと伸びた。
「この魔法なぁ人に対して使うのは初めてでな、加減が分からん。喰らえやっ【融合射弩】」
月明かりしか明かりの無かった草原が、真昼のような明るさに変わる。
その魔法は第五階梯――――――人の身では、その命を費やしてもたどり着けない魔法。
こうして、大きな基礎魔力を持つものが複数人集まってようやく行使できる魔法だった。
撃ちだされた百光は、奔流となり青年へと向かう。
「【防御障壁】」
青年は、今度は自分の持つ剣に魔法をかけた。
すると剣が生きているかのように艶めき青年の手から浮遊した。
「そんな魔法でこの【融合射弩】に敵うはずがないわ!!」
聖騎士たちは、青年が息絶える姿を想像し下卑た笑みを浮かべる。
しかし、その顔は瞬時に驚愕へと塗り替えられた。
青年の前に浮遊した剣は、あろうことか【融合射弩】を吸収しているのだ。
「この魔剣は、持ち主が危険な状態にあると判断すると相手の攻撃を吸収してしまう。これが神滅剣の力なんだ。そしてもう一つの特徴がある」
すべての攻撃を吸収した神滅剣が不意に煌めきだした。
「反射」
剣先から眩い光があふれ青年と聖騎士たちの間の空間を薙いだ。
それは、聖騎士たちを消し去りそのまま延々と遠くへと伸びていき、草原の向こうの山に突き刺さり消えた。
「蓄えた魔力を攻撃に使うことができる。これがもう一つの特徴だ。そして俺の意思とは関係なく発動するんだ。だから来るなと言った」
青年は、剣を鞘に納めるとそのまま、何事もなかったように進み始めた。