ストーカーは美少女と共に
姫の跡をつけ始めて約六時間。
姫はさきほど塔での儀式を終えた。今は街道から街の方へと帰っている最中だ。
そして俺は相変わらず一定の距離を保ちながら、姫に気付かれないように跡をつけていた。
塔の中には流石に入ることはできなかったのでどのような儀式が行われたのかはわからずじまいだ。だが、あの自身に溢れた後ろ姿を見れば、儀式が無事に成功したことは見て取れる。
太陽に照らされながら悠然と歩く姫。まさに輝いているといえよう。これでこの国はさらに安泰となるだろう。たぶん。
だが、油断するな。城に帰るまでが儀式だ。小学校の時の担任も『家に帰るまでが遠足です』とかなんとか言っていた。
俺も最後まで注意して見守らなくては……。
周囲にモンスターなどがいないか見回してみる。うむ、大丈夫だ。危険はない。
それにしても、街道の両端は見渡す限りの草原だ。世界の広さを改めて実感する。
そしてこの広大な草原にちっぽけな俺と姫が二人きり。
ふ、二人きり……。
ごくり。いかんいかん、集中だ。
と、気合いを入れて集中を入れ直したところ、俺は何かの気配を察知することに成功した。
ガサガサと草を分けているような音がする。もしやモンスターか!?
しかし近付いてくる様子でもない。まさか俺の他にも姫のストーカーがいたのか!?
はたまた俺がストーカーされていたのか!?
音の鳴る方を振り向くと、そこにいたのは--
「なんだ、リマじゃないか。まさか俺のストーカーだったとはな。いつから跡をつけていた?」
「街を出たあたりからです。あと、すとおかあという言葉の意味は分かりませんが、たぶん違うと思います」
リマはこっそりと俺を追いかけてきていた。仕事はほっぽり出してきたのだろうか。
「ナイトさん。もしナイトさんが道中で迷子にでもなったら困っちゃいますし、スライムも倒せないのにモンスターに襲われでもしたら大変だと思うと、いてもたってもいられませんでした」
リマは俺の事を心配し、後を追ってきたようだ。
「それに、ナイトさんにあれやこれやと暴走されてしまっては、召喚した私の監督不行届になります。なので、お仕事はお休みしてきました。だから私も一緒に行きます。ナイトさんの主人として」
リマは真っ直ぐに俺を見ている。その瞳からは強い決意のようなものを感じた。
「いいんだな。もし跡をつけていることがバレたりしたら、ストーカーの罪で最悪牢屋行きになるかもしれないんだぞ」
「構いません。というか、ナイトさん一人で跡をつけていたとしても、それがバレたら主人の私も罪を被ることになりますので」
まさかのストーカー二人旅である。
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それからしばらくの間、俺の持てる全てのストーカースキルをリマにレクチャーしながら、ゆっくりと姫の追跡を続けた。
そして、そのレクチャーの途中で俺は腕を怪我してしまった。
あまりにも単調な追跡だったため、暇つぶしに匍匐前進をしながら跡をつけたのがいけなかった。
痛みとともにじわりと血が滲む。
「ナイトさん、腕から血が出てるじゃないですか。ちょっと待ってください。私が治癒術をかけてあげ--」
「大丈夫大丈夫、このくらい唾を付けとけば勝手に治るって」
「つ、唾だなんて……不衛生ですよ。さあ、早く腕をこちらに出してください。治癒術で治しますから」
治癒術をかけようとするリマに対し俺は、
「何言ってんだ。うちのじいちゃんはな、もっと酷い怪我をしても唾だけで治したんだぞ。これは元の世界では当たり前の治癒方法なんだ。唾は凄いんだぞ」
じいちゃんの経験談を交えつつ、唾の素晴らしさを熱心に伝えた。
「そう……なのですか……」
「それにこんな大したことない怪我でリマの魔力を消費するのは得策じゃない。リマだって魔力は温存しときたいだろ?」
「確かに魔力は残しておきたいですけど……でも……」
リマはまだ納得いかない様子だ。
だがここを押し通せば……。じゅるり。
「確かに魔法は便利だ。手っ取り早い。だが、魔法に頼って便利になればなるだけ、俺達は大切な何かに気付く機会を失っていくんだ。先人達の努力とか、な。傷をゆっくりと治すのも乙ってもんなんだよ」
よく分からない感性をリマに説きつつ話をまとめる。
「とまあ、前置きが長くなってしまったが、ここは唾をつけとくのが最善だ。そして、自分の唾よりも他人の唾の方が治りが早いんだ。あとは……わかるな?」
「えっ、わ、私が唾をつけるんですか?」
「そうだ。これは今、リマだけが行える治癒術と言っても過言ではない。さあ! 時間がない!」
「つ、唾の前にキスしてもらっていいですか?」
「何言ってんだ! 時間がないと言っただろう! ああっ、そうこうしている間にも俺の腕にバイ菌が広がってしまう! さあ、早く!」
「分かりました……」
俺の腕にリマの潤んだ唇が近づいていく。
完璧な説得だった。
キスはできなくても、唇から滴る雫を堪能することはできるのだ。
ごくり。
固唾を呑んで俺はリマの行為を見つめた。
そして--
「きゃあああああぁぁぁっ!!!」
俺達ではない第三者の悲鳴とともに、治癒術は不発に終わるのであった。




