試験!激突!スライム戦!
新緑の芝生に覆われた城門前広場を横切り騎士団詰所に着いた俺は、早速詰所の門扉を叩いた。石で作られた重厚な詰所だ。ちょっと緊張するな。
「ごめんくださーい」
…………ん?反応がない。
「なんだよ、誰もいないのか?」
詰所の辺りをきょろきょろ見回してみる。すると丸い形の窓を見つけたので、そこから様子を窺ってみることにした。
しかし、暗くてよくわからない。
とりあえずもう一度扉を叩いてみるか。
ドンドンとさっきより大きめに音を鳴らし、
「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんかー」
「ここにいるぞー」
ふと後ろを振り返ると、四十歳代くらいの明らかに気だるそうな雰囲気を醸し出した男が立っていた。なんだか怪しさも感じるが、鎧を着ているので恐らく騎士なのだろう。
しかしいつの間に俺の後ろへ……?
「そこは姫の部屋に続く入口だけど、そんな所に何の用事かなー?」
ここ、詰所の扉じゃなくて姫の部屋に続く扉だったのか。どうやら俺の本能がこの国の姫を求めてしまい、この場所までやってきてしまったようだ。
正直言うとこの国の姫に会ってみたい。だが今日は騎士になる為にこの場所へ来たのだ。ここは我慢せねば……。
「あ、いや、姫に用事ではなくてですね……。なんといいますか、騎士になりたいな、と思いまして。一日仕事体験だけでもできませんかね?」
「ふむふむ、若いのに騎士体験を希望するとは感心だねー。いいよ。君、今すぐ体験したまえー」
え、いいの?
俺は目を大きく見開いて騎士のおっさんを見た。おっさんはボーイズビーアンビシャスと言わんばかりに、指を空へと突き立てている。
こんな俺が本物の騎士に……!
少なからずテンションが上がる。
と思ったのも束の間、騎士のおっさんは、
「ただし、体験前の試験に合格したらの話だがなー」
重要な一言を付け加えた。
なんだよー。
試験があるなんてリマから聞いてないよー。期待させといてテンションだだ下がりだよー。
てか口調が移っちゃったじゃないかよー。
「あ、試験ですかー。具体的にはどういったことをするんですかー?」
「なあに、簡単な試験さ。そこら辺の草むらにいるスライムを一匹狩ってくるだけでいい」
そのセリフは語尾伸ばさないのね……
てか、いきなり実戦かよ!
--
城を出て数百メートル離れたところにある草むらへとやってきた。あの騎士のおっさんは、
「じゃあ、狩ったらまた声かけてねー」
と言うやいなや、急に寝っ転がり昼寝を始めた。どんだけ自由人なんだ。
まあいいや、では早速ひと狩り行きますか!
そしてしばらく草むらを散策していると……
いたいた! スライムだ!
スライムは透き通った緑色のボディをぷるぷる震わせている。そしてまん丸としたお目目で俺のことをまじまじと見ている。まじかわいい。
こんなかわいいスライムをやっつけるのは心許ないが、これも騎士になる為! スライムよ、成敗!
こんなセリフを心の中で呟きつつ、騎士のおっさんから渡された黒い物干し竿のような武器でスライムを叩いた。
スライムよ、グッバイ!
が、スライムは倒れない。
「なかなかしぶといな、このっ!」
そしてもう一度叩く!
が、やはりスライムは倒れない。
そしてスライムの反撃を食らう俺。
だがぷるぷるボディなので痛くはない。
それからスライムを叩いては反撃を食らうという泥沼の消耗戦が三十分ほど続いた。
「なぜ……倒れないんだ……」
そして俺は、ついに疲れてその場に倒れ込んでしまった。
スタミナ切れ。まさかのスライムに敗北だ。
スライムが俺の側にやってきた。スライムは俺を見下している。間違いない、奴は俺にとどめを刺すつもりだ。
そして--
スライムは、俺に草をくれた。
草……?
まさか、薬草か……?
憐れむような目でこちらを見るスライム。
どうやらスライムに同情されてしまったようだ。俺はなんて情けないんだ。情けなさの極みである。
いや、違う。情けなくなんかない。それとこのスライムは同情なんかで薬草をくれたんじゃない。
これは友情だ。俺とスライムの中では、確かに芽生えた何かがある。そうだ。これは友情だ。友情が芽生えたからこそ、俺に薬草をくれたんだ。
何せ三十分も叩き合いをしたのだ。友情だって芽生えてもおかしくはない。俺は至って本気だったが、スライムにとっては人間に遊んでもらったと思っているのかもしれない。
ガリでヒョロで貧弱な俺だからこそ、三十分もスライムと戦闘ができたのだ。これは偉業だ。
俺は、そっとスライムを抱きかかえる。
「お前……ぷにっぷにしてるな……」
そして、スライムを腕に抱えたまま騎士のおっさんの元へと向かった。
「騎士のおっさん、起きてくれ」
「おー、やっと狩ったのかー。随分と時間がかかっ--」
「おっさん、聞いてくれ。俺はスライムを狩ることができなかった。だが、俺はスライムを飼った。飼ったんだ。これでどうにか騎士体験--」
「今すぐ帰れー」
---
スライムよ、バイバイ!
名残惜しみながらもスライムと別れを告げる。スライムはぴょこんと跳ねながら草むらの中へと消えて行った。
その様子を見届けたあと、俺はリマと最初に別れた場所へとやってきた。
しばらくすると、
「はあっ、はあっ……。お、お待たせしました……。で、ナイトさん。一日騎士体験はどうでしたか?」
リマが小走りで駆け寄り迎えにきた。そして早速俺に感想を尋ねてくる。
「リマよ……これ以外は何も聞くな……」
「えっ、まさか、そんな……。スライム一匹も倒せなかっただなんて……」
憐れむような目でこちらを見るリマ。
どうやらリマに同情されてしまったようだ。
その後リマから聞いたのだが、スライムには弱点となる核があるのだとか。そしてその核を突きさえすれば、小さな子どもでも簡単に倒すことができるらしい。
弱点を知ることが戦いの基本なのだとリマに自慢げに教えられた。
なるほど。だからどれだけ叩いてもスライムを倒せなかった訳だ。この世界のスライム、案外やるじゃねえか。
しかし、俺は小さな子ども以下なのか……。
情けなさを通り越したよく分からない感情が溢れてきた。この感情はどう表現したらいいのだろう。
汚れちまった悲しみとでも表現すればいいのだろうか。
「泣いても……いいかな……」
リマに向けてそっと囁く。
「ナイトさん……。はい。泣きたい時は思いきり泣いちゃってください。そして気持ちを入れ替えて、また明日頑張ればいいのですよ。まあ、明日には貧弱なナイトさんはこの世界から消えて無くなってるんですけどね」
リマの八割程度のやさしさと残り二割の毒舌が俺の身に染みる。もう何もかもをリマに捧げたい気分だ。
「リマ……ありがとう。じゃあ遠慮なく泣かせてもらうわ……。ということでリマの胸を、小ぶりなふんわりおっぱいを俺に貸し--」
「今すぐ消しますね」
さり気なくエロを狙ったがだめだった。
そして俺は、消されないように全速力でリマの家へ逃げ帰るのであった……。